MONSTER HUNTER*anecdote
決戦
「アリス!朝だニャ!早く起きるニャ!」
元気いっぱいのヨモギの声が寝室に響き渡り、アリスは心地好い眠りから無理矢理現実に引き戻された。
布団に包まったまま、手探りで枕元の時計を探しあてて見てみれば、時刻は朝の5時。体を起こして大きな欠伸を一つすると、アリスは寝癖だらけの頭を掻きながら恨めしそうに小さな同居人を睨みつける。
あのイャンクック討伐の日から3日。連れ帰ったアイルーとの奇妙な同居生活は、いつもこんな調子だった。
彼は意外と家庭的で、身の回りの世話をせっせとこなしてくれる。ぐうたらなアリスが溜めこんでいた洗濯物もあっという間に無くなったし、散らかっていた部屋もすっきり綺麗になった。
そして毎朝、食事を準備してくれるのだが……。あまりにも、その時間が早過ぎる。
「あんたねぇ、今何時だと思ってんのよ。まだ太陽も昇りきってないじゃない」
「村長さんが“ハンターの基本は早寝早起きじゃ”って言ってたニャ!“アリスは生活習慣が悪いから直してやってくれ”とも言われているニャ!」
その言葉を聞いて、アリスの顔が引きつった。脳裏には、ニヤリと笑う村長のしたり顔が浮かぶ。
ほら早くとヨモギに急かされ、アリスは仕方なくベッドから降りた。まだ薄暗い廊下を抜けて、二人はキッチンへと向かう。
「今日のメニューは、竜のテール煮込みニャ!」
「……朝からそんな濃い物を食べさせる気?」
アリスは溜息をついて、ダイニングテーブルの席につく。まだ眠気の覚めやらぬ胃袋は、料理を受け付けてくれないのではないだろうか。しかし、出された料理を見た途端に腹はぐうと鳴った。
「わぁ……」
まず、彩りの良い見た目に心が惹かれる。そして、ほかほかと立つ湯気に乗って鼻先を擽る香りに、食欲は擽られた。
アリスはいただきますと手を合わせ、大きな口に料理を運ぶ。
――おいしい!!
柔らかく煮込まれた肉は、口の中で溶けていく。濃厚なスープも野菜も、今までに味わった事の無い旨さだった。
アリスが夢中になって、どんどん料理を平らげていく。その間、ヨモギはどこからか持ってきた木製の三脚の上に乗って、酷く縺れた彼女の髪をブラシで梳かしていた。
アリスが再び手を合わせた時には、器の中には何一つ残されていなかった。空っぽになったその器を、ヨモギは嬉しそうにキッチンへ運んでいく。
ヨモギは、狩りに関してはまだまだ未熟だった。あれから様々な依頼に二人で出かけたが、眠っているモンスターを起こしてしまったり、大樽爆弾を誤って起爆してしまったりと失敗は多かった。
せめて狩猟中の失敗を挽回しなければ。彼はそう強く心に決め、こうしてアリスの世話に励んでいるのである。元々世話好きな性格だったので、それは何も苦ではなかった。
アリスの方はといえば、ヨモギの狩猟中の失敗に関しては全く気にしていなかった。彼と共に行う狩りは楽しいし、こうして世話を焼いてくれるのも助かる。一つ難点を挙げるとしたら、朝が早過ぎる点はだろう。
思いは様々。だが、二人は確実にその仲を深めていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食後、二人は狩猟の準備を始めていた。
アリスはいつものようにドスランポスの防具一式を身に纏い、背にはバスターブレイドを担ぐ。そしてヨモギは、工房の職人に作って貰った小さな兜と胸当てを着込んだ。武器の方も、可愛らしい猫の手をかたどったハンマーに新調されている。これは、ヨモギが村に来てから自分で作ったものだった。
すっかり手慣れた様子で狩りの準備をする二人。
と、そこへ。バン!と玄関のドアが勢いよく開き、ギルドの受付嬢が息を切らせて入ってきた。彼女の青ざめた表情に、アリスはただならぬ事態を察知する。
「どうしたの?」
「大変ですハンターさん!レウスが……リオレウスが帰って来ました!」
その言葉を聞いて、アリスの顔色が変わった。ヨモギも彼女からリオレウスの話は聞いていたので、驚いて目を丸くしている。
「そう……それであいつは今、どこに?」
「山の上の竜の巣に入って行く所を目撃されています!ハンターさん、どうしましょう……!?」
皆が慌てふためく中、アリスだけはやけに落ち着いていた。そして嬉しそうに口角を上げると、いつもの調子で言って見せたのである。
「ふふっ。やっと来たわねこの時が!今こそあいつにリベンジする時よ!」
アリスはリオレウスに臆する事なく、待ち望んだ対決に喜び勇む。それを見て勇気づけられたのか、ヨモギも兜の緒を締め直していた。
見違える程に逞しくなった、ココット村のハンター達。彼女らを見ていると、受付嬢の心にじわじわと希望が沸き上がってくる。きっと、この二人ならやってくれるだろう。今はそう信じる事が出来た。
「私、狩猟の手続きをして来ますね!」
いつもの明るさを取り戻した受付嬢は、大急ぎでギルドカウンターへと戻って行く。
「行くよ、ヨモギ」
「ニャ!」
アリスとヨモギはお互いの顔を見合わせて一つだけ頷くと、続いて我が家を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
火竜討伐依頼を改めて引き受けたアリスは、ヨモギと共に村の出口へ向かう。するとそこには、二人を待ちうける村長の姿があった。
「……いよいよじゃな」
今までに無い真剣な眼差しで、村長はアリスをじっと見据える。
「うん。必ず、討伐依頼を成功させて来るからね」
「今のおぬしなら、きっとやれるじゃろう。油断するなよ」
アリスは確と頷いた。あの時のような失態を繰り返す気は無い。目指すは討伐。ただそれだけだ。
「ヨモギも気をつけてな」と、村長が声を掛けると、小さなアイルーは耳の先から尻尾の先までぴしっと正して敬礼する。
「何が起きても生きて帰れ。……分かったな?」
第一に望む事は、火竜の討伐ではない。二人が無事に帰って来る事だ。
アリスは村長のその言葉を真摯に受け止める。そして、決戦の地へ続く道に一歩を踏み出した。
二人を見送る村長の視線に、希望と心配が入り混じる。その思いをひしひしと感じながらも、アリスは一度も後ろを振り返らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
狩場に到着した二人は、真っ直ぐに竜の巣を目指して歩いていた。体力を温存する為に走らずに行こうと決めたのだが、高鳴る胸の鼓動に突き動かされて、その歩みは自然と速くなる。
「アリス、どんな作戦で行くニャ?」
「ん?そうね……『ヨモギの囮大作戦』っていうのがあるけど、聞く?」
そう言いながら、悪戯に笑うアリス。ヨモギは慌てて首を横に振った。
「遠慮しとくニャ……」
「冗談よ。まず、私はあの邪魔な尻尾を斬るわ。あんたはそのハンマーで、頭を狙って気絶させる係」
「頭……危なくニャい?それ」
ヨモギは火竜の大きな口に並んだ鋭い牙を想像して、ぶるると身震いする。
「大丈夫。なるようになるわよ」
実のところ、アリスは具体的な策を考えていなかった。相手の攻撃を喰らわないように立ち回り、アイテムを駆使してダメージを与える。基本中の基本しか、身についていないからだ。
いくら強気な発言で自らを奮い立たせても、以前の事を思い出せば恐くなる。あれから自分でも少しは腕を上げたと思ってはいるが、だからといって必ず勝てる保障など無い。
しかし、何としてでも狩猟を成功させたかった。村の皆の不安を取り除く為。そして、ハンターとしてのプライドを取り戻す為。これは避けて通る事の出来ない道なのだ。
――いつも通りにヨモギを連れて来ちゃったけど、良かったのかな……。
アリスは隣を歩く相棒の方を、ちらりと盗み見る。
少しだけ逆立つ毛並みと、ピンと張った髭。いつもは勇敢な小さな狩人も、今回ばかりは緊張の色を隠せないようだ。
――巻き込んじゃって、ごめんね。何があっても、私があんたを守るから。
そう胸に誓い、アリスは拳を強く握り締めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
竜の巣に到着した二人は、息を潜めて中の様子を伺った。不気味な程に静まり返っているのは、嵐の前の静けさだろうか。アリスはヨモギをその場に残し、慎重に足を踏み入れる。
以前と変わらぬ薄暗い空間。その中央で、空の王者は体を丸めて眠りについていた。
――チャンスかもしれない。
アリスは手招きしてヨモギを呼び寄せると、小声で彼に指示を出す。そして竜を起こさぬよう静かに近づき、作業を開始したのである。
まずは持参した大樽爆弾を二つ、眠る火竜の傍に並べて置く。次にアリスはポーチからシビレ罠を取り出し、リオレウスが一歩踏み出せば引っ掛かる場所に設置した。
準備は万端。二人はそっと立ち上がり、罠を挟んでリオレウスと直線上に並ぶ位置まで後退する。巣に帰って来たばかりで安心しているのか、リオレウスはガサゴソと動く二人に最後まで気付く事なく、すやすやと眠り続けていた。
「……行くわよ」
「ニャ……」
アリスはギルドの支給品にあった小さなナイフを取り出すと、爆弾に目掛けて投げ付ける。
ドォン!ドォォン!!
ナイフが突き刺さった衝撃で、一つ目の爆弾が爆発。そしてもう一つの爆弾に引火して、辺りは凄まじい熱気と爆煙に包まれた。
巣の中に響き渡るリオレウスの悲鳴。耳をつんざく様なその声に、二人は慌てて耳を塞いだ。
爆煙を掻き消すように、大きな翼を羽ばたく火竜。その体に生えた鱗は、所々が剥がれ落ちている。そして傷口から流れる血液が、深紅の身体をさらに赤く染め上げていた。どうやら、かなりのダメージをリオレウスに与える事が出来たらしい。
眠りを妨げられた上に、爆撃まで食らわされた火竜の頭には、すっかり血が昇っていた。
「お目覚めはいかがかしら?……さぁ、かかって来なさい!」
アリス達の姿を視界に捉えたリオレウスは、反撃に出んと一歩を踏み出す。だがその足元には、仕掛けられたシビレ罠が。
グァァァアッ!!
不意に動きを拘束され、火竜は激しく鳴き喚いた。思惑通りに事が進んで、アリスは心の底から喜ぶ。
「今よ!」
二人は各々の武器を手に、リオレウスに襲い掛かった。
ヨモギは勇気を出して竜の頭に飛び掛かり、小さなハンマーを力の限り振り下ろす。そしてアリスは素早く竜の背後に回り込み、長くしなやかな尾に斬り込んだ。
――固い……っ!
尾にズブリと食い込む刃。そのままアリスが力を込めても、大剣は微動だにしなかった。堅固な鱗に挟まれて、彼女の剣は抜けなくなってしまったのである。
どうにか引き抜こうと足掻いてみたが、とうとうシビレ罠の効果が切れてしまった。自由を取り戻したリオレウスは、大きく身体を揺さ振った。
「ニ"ャッ!!」
……聞きたくなかったヨモギの悲鳴。慌ててアリスが前方に目を向けると、彼の体は弾ける様に地面を転がっていた。
「ヨモギ!!」
直ぐさま助けに行こうとしたアリスの道を、リオレウスが阻む。大剣が刺さったままの尻尾をぶんと大きく振り回し、彼女を薙ぎ払ったのである。
「うああっ!」
アリスの体は宙を舞い、地面に叩き付けられた。背中を強く打ち付けたせいで、全身に痛みが走る。
竜の尾から抜け落ちて、足元に転がる彼女の大剣。アリスはそれを支えに立ち上がると、再びリオレウスに向かって走り出した。
気を失って倒れているヨモギの方へ、リオレウスが向かわないように。
アリスは火竜の注意を全て、自分に引き付けようとしていた。彼を守るには、そうするしかなかったのだ。火竜の猛攻を受けてもその度に立ち上がり、何度も何度も大剣を振るう。
――私は諦めない。必ず皆を、守ってみせる!
決してくじけぬアリスの心。気力だけが、ボロボロの体を支えていた。
「ハァッ、ハァッ」
数時間に渡る死闘。……もう、回復薬も閃光玉も、何もかもが尽きた。足はふらつき、目は霞む。口の中は血の味しかしない。
まさに、崖っぷちだった。
だが、リオレウスも動く時に足を引きずる様になってきた。きっと奴も、生命の危機を感じとっているはずだ。
「これが、最後」
アリスは息を整えながら、間合いをはかる。火竜も次の一撃で終わらせようとしているのか、ゆっくりと身構えていた。それはまるで、ここまで同等に渡り合えたハンターに、敬意を表しているようだった。
互いに向き合い、息を飲む。
「はあぁぁあっ!」
アリスは残された力を振り絞り、火竜に向かって大剣を振りかぶる。それと同時に、リオレウスの口からは火炎ブレスが放たれようとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しんと静まり返る竜の巣。
目の前に広がる渇いた地面を見つめながら、ヨモギは少しずつ意識を取り戻していく。どうやら長い間、気を失っていたようだ。
「……アリス!?」
彼の頭に一番最初に思い浮かんだものは、大好きな仲間の顔だった。
ヨモギは慌てて辺りを見回す。そしてその姿を発見した次の瞬間、彼の顔は青ざめた。
事切れたリオレウスの巨体の下に、傷だらけのアリスが横たわっている。血の気のない顔をこちらに向けたまま、ぴくりとも動かずに。
「ア、アリス……?」
ヨモギは恐る恐る近付き、彼女の肩を揺さ振った。しかし、アリスからは何の反応も返って来ない。
「ありす、起きるニャ。ねぇ、起きて……」
震える手をアリスの頬に寄せると、ヨモギは彼女の頬を摩った。
祈りながら、何度も。
「…………くすぐったい」
クスリと笑いながら聞こえた小さな声。うっすらと開いた瞼から、空色の瞳が覗く。
「……死んだかと思った?」
「……ニャ」
「ごめんね。ちょっと、疲れたみたい……」
「生きてて良かったニャ。本当に……!」
ぽろぽろと涙を零すヨモギ。「心配かけてごめんね」と、アリスは彼の頭を優しく撫でた。
「帰ろうか。私達の村に……」
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