MONSTER HUNTER*anecdote
書士隊、再び
「ねぇ……まだ来ないの?ラオシャンロン」
竜姫の狩りに散々付き合わされた日の翌日。ドンドルマの街門に設置された古龍観測所のカウンターにだらしなくもたれ掛かりながら、アリスは口を尖らせていた。
カウンターの向こう側に立つのは、穏やかな物腰の老人。古龍調査員である彼は、ずれ落ちそうな眼鏡をくいっと押し上げながらアリスの問いに答える。
「観測隊からの目撃情報は入っておらぬよ。良い事ではないか。老山龍の進行など、災害でしかないのじゃからな。平和が一番である」
「そりゃそうだけど……」
納得がいかないアリスは、膨れっ面のままである。そんなアリスの態度に、老人は眉をひそめた。
昨日、今日と朝一番に観測所にやって来ては、老山龍の情報を求めるこの少女。それ程心待ちにするとは、かの龍の素材で作りたい装備品でもあるのだろうか。街の人間からすれば、ただの驚異でしかない老山龍など現れなければ良いに決まっている。命知らずのハンターが考える事はよく分からぬと、老人は首を捻っていた。
「アリス、ここに居たのか」
聞き慣れた声がしてアリスが振り返ると、そこには大老殿で待ち合わせていたはずのラビの姿があった。街中を探し回っていたのか、やや呆れ顔である。
「工房の職人さんが探していたぞ。注文の品が出来たって」
「え、もう!?早いね、オッケーすぐ行く!」
アリスは昨夜眠る前に、上位装備の作成を依頼していたのだ。いよいよ憧れの防具に袖を通す時が来たと、先程まで浮かない表情だったアリスの顔がぱっと明るくなる。
アリスは観測所の老人に簡単な挨拶を済ませると、ラビと共に武器工房へと向かった。いつもは少し煩わしく感じるドンドルマの長い石段も、今日は軽々と跳ねる様に登れたのだった。
広場を抜け、武器工房に足を踏み入れると、直ぐにむっとした熱気が漂って来る。大きな窯の中にくべられた幾つもの薪が、ごうごうと燃え盛っていた。
職人の男達がハンマーを振り下ろす度に、カン、カンと鉄を打つ音が反響し、小さな火花が散る。狩猟にて欠かす事のできない武器と防具。モンスターの素材を使った装備品は技術や設備はもちろん、彼ら職人達の飽くなき研究心の賜物でもあった。
「見て見て。新しい装備の完成っ!」
出来上がったばかりの防具を早速身に纏ったアリスは、工房内で待っていたラビの前でひらりと回って見せた。
「レウスSシリーズか。うん、似合ってるよ」
お世辞抜きのその言葉に、アリスは嬉しそうににっこりと笑う。
彼女が作成を依頼したのは、今まで着ていた火竜防具の上位強化版だった。視界を広域に確保しつつも、しっかりと頭を守るヘッドギア状の兜。深紅の鎧の背中には、火竜のそれを模した小さな翼がついている。コイルの後ろは三股に分かれて尻尾の様に垂れ下がり、リオレウスの鱗をふんだんに使ったブーツは高い炎の耐性を兼ね備えていた。
「昨日、姫さんと火竜をいっぱい狩ったからね。沢山手に入った素材で、武器も強化出来ちゃった」
アリスは壁に立てかけていた大剣を、掲げて見せる。それは昨日使用した龍属性大剣ティタルニアを、上位桜火竜の甲殻を使用して打ち直したものだった。剣の名はブラッシュデイム。威力も斬れ味も遥かに増した、工房の自信作である。
「良かったな。ラオシャンロン戦前に、ちょうどいい獲物が出来たじゃないか」
「ね、ね。試し斬りに行きたい!何か狩りに行こうよ!」
「ああ、いいよ。大老殿でヨモギ君とエースが待っているから、まずは合流しようか」
「了解!」と、気合い充分なアリスは出来立ての大剣を背負い、大老殿へと続く階段を意気揚々と駆け登って行く。
あっという間に小さくなって行くその後ろ姿を見つめながら、ラビはクスクスと笑っていた。
「本当に、退屈しないな」
ふぅと一息つき、彼が大老殿への階段を登り始めたその時だった。
ちょうど階段を降りて来ていた一人の女ハンターと、すれ違いざまにドンと肩がぶつかったのである。
「あっ、すみません」
振り返り、頭を下げたラビに、そのハンターは軽く会釈をした。見れば、黒と紫を基調とした美しい忍び装束を纏い、狐の面を被った女であった。彼女が腰に携えたいびつな形をした片手剣は、ぎらりと黒光りしている。
「こちらこそ、失礼」
艶のあるか細い声で女は告げると、音も無く階段を降りて行ってしまった。
――あの剣は確か、封龍剣【絶一門】……。
それは、その名の通り龍を封じる為に作られたいにしえの武器である。なかなかお目にかかれない珍しい武器に気を取られ、ラビは女ハンターが工房の奥に消えて行くまで、その後ろ姿を眺めていた。
「ラビー?何してるの、早く早く!」
階段の上から聞こえたアリスの声に、ラビは漸く我に返る。そして「すぐに行く!」とだけ答えて、再び階段を登り始めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
厳粛なる大老殿は、今日も静寂に包まれている。クエストボードの前でハンター達が二、三言葉を交わす程度で、やはり大衆酒場の様な賑わいは無い。行き交う足音だけが、空まで響いて行くようだった。
「あれ?ヨモギとエースは?」
アリスが辺りを見回すも、待ち合わせているはずの二人の姿は見当たらない。買い物にでも行っているのだろうかと首を傾げていると、円卓で食事を摂っていた一人のハンターがくるりと振り返った。
「よっ!ラビとアリスちゃん!」
巨大な鎌の形状の太刀を背負い、肩から尖った二本の角が飛び出した角竜の鎧を着込んだその男は、端整な顔をくしゃくしゃに緩めて微笑む。
「あ。えーっと、ジークさん。……だよね?」
「そう!生まれも育ちもドンドルマのジークさん!」
自分自身をさん付けで呼びながら、彼はケラケラと笑う。ドンドルマに到着した日の夜、大衆酒場で出会った酔っ払いの彼である。今は酒を飲んでいない様子だが、お気楽な調子は相変わらずだ。どうやら彼の元々の性格だったらしい。
「エースならさっき、竜姫に連れて行かれたぜ。一緒に居たアイルーもな!」
「姫に?……またか」
やれやれと溜息をつきながら、ラビは肩を竦める。
「竜姫の壊れた鎧を修理するのに、素材が足りないとかでよ。ちょうどエースが暇そうにしてたから、桜火竜狩りを手伝えって話をしてたんだ。あいつは嫌がってたんだが……例のクマで一発!気絶したエースと、それを見ていたアイルーを引きずりながら、クエストに行っちまった」
あいつら相変わらずだなぁと、ジークは楽しそうに話していた。どうやら、エースが竜姫に無理矢理連れて行かれる事は日常茶飯事らしい。
「……ヨモギは巻き添えを喰らっちゃったわけね。ラビ、どうする?帰って来るまで待つ?」
「どうせまた、夜まで連れ回されるはめになると思うよ。俺達だけで適当に狩りに行こう。ジーク、一緒にどうだ?」
それ食べ終わったら何か行くんだろ?と、ラビは彼を狩りに誘う。だが、ジークは申し訳なさそうに首を横に振っていた。
「悪い、今から仲間と砂漠まで遠征するんだ。暫くは戻って来れない。また今度行こうぜ!」
「分かった。じゃあ、またな」
にこやかに手を振るジークに別れを告げ、二人はギルドカウンター横にあるクエストボードへ向かう。
何か手頃な狩猟依頼はないだろうかと、ボードに隙間無く貼られた依頼書を眺めた。
そこへ、通り掛かった男が一人。アリス達の姿を見て、「おや」と声を上げた。
「アリスちゃんじゃないか!やっとラビ君と合流できたんだね」
聞き覚えのあるその声は、アリスが振り返るよりも先にそれが誰だかを分からせた。二人の後ろに立っていたのは、ドンドルマへ向かう途中で出会った、王立古生物書士隊の調査員・ディランであった。
「こんにちは!遠回りしたけど、なんとか二日前に到着したの。ディランさん、あの時は心配かけてごめんね」
「良かったね!無事だったならいいんだよ」
笑みを浮かべるディランは、以前より更に日に焼けて真っ黒である。擦り切れたジャケットと、カーキ色のズボン。背中に担いだ大きなリュック。ボサボサ頭に無精髭まで生やして、調査員というよりも探検家の様な風貌だ。
「君達は今から狩りに出るのかい?もし、君達さえよければだが……私と一緒に古塔へ行かないか?」
突然の誘いに驚き、アリスとラビは目を見合わせた。
「実はね、隊のハンターがみんな遠方に出払ってしまって。同行してくれる者を探していたんだ。目的はただの地質調査だから大型モンスターとの戦闘にはならないが、塔には小型モンスターが巣くっているからね」
「要するに、私達はボディガードって事?」
その通り、とディランは頷く。非戦闘員である調査員が現場にハンターを連れて行くのは、よくある事である。
「あ、でも……。せっかくのお誘いですが、俺達今日は大型モンスターを狩る予定で……」
ラビはディランの誘いを断ろうとした。今日は目的は、アリスの新しい武器を試し斬りする事だったからだ。
だが、隣に立つアリスがコツンと彼を肘でつついた。見ると彼女は、にいっと口角を上げてこちらを見ている。
「そんなに目をキラキラさせちゃってるのに、素直じゃないよねぇ。本当は調査について行きたいんでしょ?ラビ、書士隊の本が大好きだもんね」
……見て取れる程、あからさまに嬉しそうな顔をしていただろうか?ラビは少し気恥ずかしくなって、アリスから目を反らした。
「行こう、古塔調査!私も初めて行く場所だし、見てみたい。小型モンスターはこの剣で全部始末してやるから、ラビとディランさんはゆっくり調査してて!」
「アリス……」
「ははっ、これは心強いボディガードだ。よろしく頼むよ」
ディランは調査隊らしく敬礼をしてみせると、握手を求めて手を差し出す。節のごつごつしたその手を握り返しながら、アリスはちらりとラビを盗み見た。
憧れの古生物書士隊の活動に同行できる事が、よっぽど嬉しいのだろう。上がりっぱなしの口角と、少し赤らんだ頬が何よりも彼の心情を表していた。勿論、本人に自覚は無いのだが。
――ラビはいつも誰かの為に戦ってばかりなんだから、たまには自分の好きな事をやらなくちゃね。
ラビとディランが調査に集中できるように、小型モンスターの掃討を一身に引き受け努めよう。
そう心に決めたアリスであった。
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