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MONSTER HUNTER*anecdote
大老殿
翌朝。狩猟の準備を整えたアリス達は竜姫の狩りに同行するべく、大老殿へと向かっていた。

そこに踏み入れれば、今まで戦ってきたモンスターよりも遥かに強い相手が待っている。そう思うと、長い石段を一歩、また一歩登る毎にアリスは気が引き締まる思いだった。

「大勢で狩りに行くニャんて、楽しみニャ!」

ウキウキと元気いっぱいに先頭を歩くヨモギは、愛用の肉球型ハンマーをしっかりと握り締めている。久しぶりの狩猟に気合い充分、といった様子だ。

そんな彼とは対称的に、ヨモギのすぐ後ろを歩くエースは、二日酔いの頭痛と竜姫のプレッシャーで浮かない顔をしている。こんな調子で朝からずっと、溜息ばかりついていた。

「お前は呑気でいいよな」

「ニャ?エースは楽しくないニャ?」

「楽しい訳ねぇだろ?姉貴以上に竜姫は恐ろしいんだぞ。冗談もごまかしも通用しねーからな」

そう言って、エースはまた長い溜息を一つつく。

「そんなに怖い人なの?」

エースの後に続くアリスは、隣に並ぶラビに尋ねた。
昨夜から竜姫に関しては良い話を聞いていないが、実際にこの目で見た彼女は、そこまで悪い人間には見えなかったのだ。あの時の竜姫は確かにエースに対して怒りをあらわにしていたが、瞳の奥は悲しそうに揺らいでいたのである。

「怖くはないよ。ただ、凄くマイペースというか……何を考えているのか分からない時があるんだよな」

「ふーん……」

「エースにきつく当たる事は多いけど、何かと狩りに同行させたがるし。きっと姫なりに目を掛けているんだよ」

「ねぇラビ、それってもしかして……」

「ん?」

ラビが首を傾げて言葉の続きを待っていたが、アリスはふと浮かんだ推測を胸に留めた。こういう話は後でじっくり、女同士でした方がいいと思ったのだ。ラビならば、冷やかしたり、詮索したり……そんな野暮な事は絶対にしないだろうけれど。

「ああ、着いちまった」

石段を登りきった所にある豪華な飾り扉の前で、エースはがっくりと肩を落とした。出来る事ならば、後戻りして逃げてしまいたかったのである。だが、また竜姫との約束を破ってしまえば、今度こそ何をされるか分かったものではない。

エースは覚悟を決めて金の取っ手に手をかけると、重い扉を押し開けた。

ギギィッと蝶番の軋む音が響く。扉の向こうには大衆酒場の様な賑やかさも、騒がしさも無い。凛とした空間には、優美な雅楽が微かに流れていた。
自分の姿が映るほど磨きあげられた大理石の床。見上げるほど高い天井の窓から射す光は、大老殿の厳粛な雰囲気を強調している。

アイテムの販売も兼ねたギルドカウンターと、簡単な食事の取れる円卓が一つあるだけで、無駄な物は一切無い広間。
まるで俗世から掛け離れた世界の様だとアリスは思った。

「アリス、あそこにおられる御方が大長老様だ。このドンドルマを取り仕切る、偉い御方だぞ」

「え?」

ラビに言われて、アリスは入り口から真っ直ぐに伸びる一本の赤い絨毯の先を目で追った。だが、少しの段差を上った先で、それは途切れてしまっている。その先には何やら巨大な像がどっしりと鎮座しているだけで、大長老らしき人物は見当たらなかった。

「どこ?大長老様」

アリスは辺りを見回すが、巨大な像の前でウロウロしている初老の男しか見つからない。その男が大長老なのかとも思ったが、服装はそれらしいものには見えなかった。

と、その時。ウォッホン!と自らの存在を主張する様な大きな咳ばらいが、大老殿に鳴り響く。それは間違いなく、遥か上方から聞こえていた。

「え……!」

アリスが咳ばらいの聞こえた上方を見上げると、ふさふさの白い眉毛の下から覗く切れ長の眼と、ばっちり視線が合わさった。
巨大な像だと思っていたものがこちらを見つめ、動いていたのである。

それは、人の10倍はあろう背丈の老人だった。台座に腰掛けた状態でその大きさなのだから、立ち上がればもっと大きいはずである。
深い皺が刻まれた顔には真っ白な髭が立派に蓄えられ、眉尻は長く垂れ下がっている。そして、なんといっても目を引くのは、顔の倍は長い頭部だった。まるで、東方の神話に出てくる仙人の様な面構えである。

だが、老人の身なりは穏やかではなかった。衣服の上に軽鎧を着込み、背には年季の入った巨大な太刀・斬龍刀を担いでいる。常人では到底扱えぬその刀で、大長老は昔、老山龍の首を切り落としたとも謂われているのだった。

「うわぁ、びっくりした……」

「ニャフー……!」

アリスはもちろん、側にいたヨモギも口をあんぐりと開けて、大長老の大きさに驚いていた。
大長老本人はというと、やっと自分に気付いてもらえて満足したのか、ゆったりと背もたれに体を預けて瞳を閉じている。

「竜姫はまだ来てねぇみたいだな」

一通り辺りを探し終えて戻ってきたエースは、安心したように一息ついた。

「じゃあ、今のうちに道具類の確認をしておこう。特にアリス。君は忘れ物が多いからな」

「うっ」

前科が幾つもあるだけに、アリスはラビに言い返す事が出来なかった。マイハウスを出る時に何度も確認はしたけれど、念のためもう一度アイテムポーチの中を見直してみる。
薬に砥石、閃光玉、ペイントボールに罠……。他にも必要になりそうな物は、色々持ってきた。武器はココット村に居た時に作った龍属性大剣・ティタルニアを用意している。それはリオレイア亜種の桜色の甲殻から作られた、紅色の刀身が美しい剣だった。

各々準備を再確認するアリス達後ろで、ギィと大老殿の扉が開く。現れたのは、桜火竜の鎧を纏った女ハンターである。その背に担ぐ黄金色のハンマーが、太陽の光を反射してきらりと煌めいていた。

「あ!姫さんだ!」

真っ先に彼女の姿を見つけたアリスは、大きく手を振って竜姫を迎えた。

カシャリカシャリと鎧を揺らしながらやって来た竜姫は、アリス、ラビ、ヨモギの三人を順にじいっと見つめる。ついて来るよう言ったのはエースだけだったのに、なぜ他の者が居るのかと疑問に思ったのだろう。

「姫、俺達も同行したいんだけどいいかな?アリスは上位の狩猟が初めてだから、人数が多い方が助かるんだ」

エースの心情を汲んでか、ラビは「ついて来てくれと頼まれたから」とは言わなかった。自分達がすすんで同行を希望しているように言ったほうが、エースが責められずに済むと考えたのだ。

それを聞いて、竜姫は少しだけ眉を寄せる。断られるかなとアリスは思ったが、彼女はつんとした表情のまま頷いていた。

「別に、わたくしは構いませんわ。どうぞ御自由に」

「ありがとう!あ、まだ自己紹介してなかったね。私はアリス。よろしくね!」

「僕はヨモギだニャ!」

竜姫はアリスが差し出した手を軽く握り返し、小さな声で「よろしく」と述べただけだった。

依頼を受注しに、竜姫は一人でギルドカウンターへ向かって歩いて行く。そして慣れた様子で受付嬢と二、三言葉を交わした後、アリス達の元へ帰って来た。

「参りますわよ」

たったそれだけを告げて、竜姫は大老殿の裏手にある出発口へさっさと進んで行ってしまう。自分達に一切の有無を言わさぬ彼女の行動に、エースは困ったように頭を掻いた。

「おい、竜姫!俺ら何を狩りに何処へ行くのか、全く聞いてねーぞ!」

エースが張り上げた声に、やっと竜姫の足が止まる。

「……場所はここから少し離れた丘陵地帯。依頼はリオレウス亜種とリオレイア亜種の二匹討伐ですわ」

「うへぇ、亜種のつがいかよ。面ど……」

いつもの様に面倒くせえなと言いそうになったエースは、慌てて口を塞いだ。それもそのはず。竜姫が振り返り、こちらをじっと睨みつけていたのだ。

「異論は認めませんわ。今日一日は、わたくしに付き合う事と言ったでしょう?貴方の行動は、わたくしが決めますから」

そう言って、竜姫は出発口から大老殿の外に出て行ってしまった。

不安な先行きに腹が痛むのを感じたエースの横で、姫は相変わらずだなぁと暢気にラビが笑う。
そして、竜姫の金色に輝く猫のハンマーを憧憬の眼差しで見つめるヨモギの側では、初めての上位クエストが二匹同時討伐だと知ったアリスが凍りついていた。

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