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MONSTER HUNTER*anecdote
1番近い所で
涼やかな鐘の音が、ホール中に鳴り響いた。

続いて奏でられる、のびやかな弦楽。ゆっくりと、それでいて力強い旋律は、優しく耳に溶けていく。

暖かな明かりがステージ上のシルエットを照らせば、凛と立つ歌姫の姿が現れた。黒い肌に、竜人族特有の尖った耳。きりりと吊り上がった細い眉に強調された端正な顔立ちは、オリエンタルな美しさだ。

彼女が身に纏うは、ゆったりとしたデザインの白いローブ。繊細な刺繍が施された薄絹に光が当たると、スマートな身体のラインが透けて見える。その神々しい御姿に、観客は息を呑んで見入っていた。

「わぁ……!」

両手を広げた歌姫の、たおやかな歌声がメロディーと交わった時。アリスは思わず歓声をあげた。

透き通るような汚れ無き歌声の中に、きらきらと輝く生命力が満ち溢れている。なんと美しい音色だろうか。一瞬にして、アリーナが歌姫の世界に引き込まれて行った。

波一つ無い海に、身を委ねているような心地好さ。それでいて、魂を揺さぶるような昂揚が沸き上がってくる。歌が山場に差し掛かれば、アリスにはもう、胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。

「凄いね……!こんなに素敵な歌、初めて聞いたよ」

「ああ。これだけで、ドンドルマに来て良かったと思えるよな」

我を忘れて歌姫の唄に聴き入る観客達。その邪魔にならぬよう、アリスとラビは小声で話し合った。

「不思議……。これからも頑張ろうって、前向きな気持ちになれる。……私ね、本当は少し落ち込んでたんだ。やっぱり皆とお別れをするのが寂しくて。ヨモギには、また会えるから元気出してなんて言ったけど。……私の方が、大丈夫じゃなかったかも」

「……寂しいと思う気持ちは、皆同じさ」

「うん……。でも、明日の朝は笑顔でさよならしなきゃね。ねぇ、ラビ。ココット村へ戻ったら、久しぶりに森丘へ行かない?ヨモギがね、昔の仲間に旅の話を聞かせたいんだって。だからジェナも連れて四人で――」

「アリス」

そこで、低くて哀しい声色に言葉が遮られた。

アリスは恐る恐る彼を見遣った。ラビの視線は、机の上で組んだ自身の指先に向けられている。相手の目を見て話す事ができない話など、良い内容ではないに決まっている。

……そんな思い詰めた顔をしないで欲しい。ラビの横顔を見つめながら、そうアリスは思った。思った途端、胸の奥が苦しくなる。

「……ごめん。俺は、一緒に行けない」

突然の宣告。心臓がドクンと大きく跳ねて、アリスは動けなくなってしまった。

「……どう…して?ラビも、どこか遠くへ行っちゃうの?」

理由を問う声が震える。

「いや、基本的にはドンドルマが拠点になる。だが、世界中……ありとあらゆる場所へ向かう事になるだろう」

「……何を……?」

「俺、古生物書士隊に入るんだ」

「それが、ずっと抱き続けてきた夢だから」と、ラビは話を続ける。

この街で弟を亡くしてから、抜け殻のようにからっぽになった心。焼き払われた地に眠るハンスを置いて、故郷に帰る気には到底なれず。ただ漠然とドンドルマに身を寄せていた。

無気力な毎日。何かをしたとしても、満たされる事はない。けれどこのまま、腐りたくはなかった。

心の穴を埋める、何かを求めた。

それが、幼い頃から書物を読み漁り、憧れを抱いていた王立古生物書士隊の存在だった。

書面でしか見た事のない大地。そこに生きるヒトとモンスター。知られざる歴史。謎めいた世界。……いつか一緒に行こうと交わした約束。

叶える事で、救われる気がした。自分も、弟も。

「……黒龍の記録を提出しに書士隊の本部に行った時、入隊を志願したんだ。ちょうど居合わせたディランさんの推薦もあって、隊への加入が決まった」

「そう、なんだ……」

アリスはぎゅっと、唇を噛んだ。
ラビがどれほどモンスターの生態や地理学、歴史を好み、学んでいたか。彼と共に暮らした日々の中で、充分この目にして来ている。

『君にはハンターとしての知識が足りない』。そう言いながら、手渡された生態書。どのページにも、何度も何度も繰り返し読み込まれた跡があった。

書士隊のディランと出会った時。古塔調査に同行した時。彼の純真な眼差しは、子供のように輝いていて。それほど夢中になれる物があるラビを、羨ましくも思った。

――私は馬鹿だ。これからもずっと、ラビは一緒に居てくれるものだと勝手に思い込んでいた。そんなはずないよね……。自分の夢を後回しにして、私に協力してくれてたんだよ。全てが終わればまたそこへ帰って行く。当たり前の事なのに、どうして気付かなかったんだろう。

アリスは、己の都合ばかりを考えていた自分を呪った。そして考える。今、長年の夢が叶った彼に、仲間として何をしてあげられるのか。

それはきっと、心から祝福し、応援する事以外に無いだろう。別れを惜しみ、沈み込んでいては、ラビを困らせる結果にしかならない。明るく送り出してあげる方が、ずっと良いに決まっている。

「……勝手に話を進めて、すまなかった」

「そんな……謝らないで。何も悪くないんだから」

そう言って、深呼吸を一つ。
アリスは込み上げて来る寂しさが溢れ出してしまわないように、ぐっと拳を握り締めて堪えた。そして精一杯の笑みを浮かべ、腹の底から言葉を押し出す。

「おめでとう!夢が叶って本当に良かった。ラビならきっと、立派な書士になれるよ!」

「……ありがとう」

そこで漸く、ラビはアリスの方へ向き直った。その控えめな微笑みが、今は胸を締め付ける。

「頑張ってね、私も頑張るから」

「ああ」

「もしラビが一人前の書士になって本を出したら、私にも読ませてね?」

「その時は、1番に君に送るよ」

「それから……調査でココット村の近くに来る事があったら、寄って欲しいな。……私は、ちゃんとそこに居るから……元気な顔、見せて……」

分かった、と頷くラビ。
その隣で、アリスは細く嗚咽を漏らしていた。

「……ラビ、今までありがとう」

「俺の方こそ。……楽しい毎日だった」

夢を抱き、目標を掲げ、希望を胸に追い続ける事。
仲間を信じ、助け合い、繋がりを尊ぶ事。

大切なものは何かを、沢山教えられた旅だった。

「私ね、これからは困っている人達を助ける為に闘いたい。ハンターを必要としている人達の気持ちに、応えたいから」

「……君が受けた依頼の主は、幸せ者だな」

「ねぇ。私達は、『さよなら』じゃなくて……『またね』、だよね?」

「当たり前だろ?」

静かなホールに響く歌声。
歌姫のショーは、フィナーレをむかえていた。

「……この唄、本当に素敵だね。なんていう唄なのかな?」

「ああ……これは“始まりの唄”だよ」

「始まりの……唄……」

そう、夜が明ければ新しい日々の始まり。長く続く道を進んで行く。それぞれの目標に向かって。

数々の困難にぶつかるだろう。悲しみに打ちのめされて、辛くて、苦しくて。諦めたくなる時もあるだろう。

でも、そんな日にはこの唄を聞けばいい。きっと思い出すはずだ。この世界には、志を共にした仲間達が居るという事を。

決して自分は、独りではない。仲間の存在が、再び立ち上がる力になる。たとえ遠く離れていたとしても、心が繋がっている限り、人は助け合う事ができるのだ。

そう思えば、アリスの目の奥を熱くさせていたものも、喉に詰まって言葉を遮っていたものも、自然と消えて無くなっていた。

「今の私達にぴったりな唄だね」

そう囁いたアリスには、心からの笑顔が溢れていた。

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