MONSTER HUNTER*anecdote
最後の夜
次の日の夕刻。
中央広場の石畳に、大小二つの影が伸びていた。歩く度にカシャカシャと鳴る、火竜の鎧。その隣では、ピンと上を向いた小さな尻尾が揺れている。一人と一匹は、街の東側にある武器工房へと向かっていた。
平穏に佇む夕暮れの街。つい数日前に死闘を繰り広げたばかりの二人にとって、今見ている景色は夢幻のようだった。……いや、あの戦いこそが、朧げな夢だったのかもしれない。それとも、全てが架空だろうか。
……どれも違う。この目で見て来たものは全部、覆す事の出来ない現実。偽りの物なんて、どこにも無かった。
何か一つ、あるとすれば……。それは人の心を夢うつつとさせる、黄昏の街の魔力だろう。
そんな不思議な気分に浸りながら、アリスとヨモギは肩を並べて歩いた。
「今日で皆と、さよならしなきゃね」
「寂しいニャー……」
二人が仲間達に別れを告げられたのは、今朝の事だった。
まず始めにダイアナが、そろそろポッケ村に帰らなくてはと切り出した。フェイを連れて行くと聞いた時は驚いたが、彼女達の事情を思えば納得のいく話であった。
次にエースと竜姫が、明日の朝にドンドルマを発つと打ち明けた。行き先は未定。未知なる大地へ、あての無い旅になると言う。これには心配を口にしたアリスだったが、二人がそれを望むのなら行かせてやれと、ジェナに諭されてしまったのである。
それぞれが、新しい道へ進む時が来た。
誰からともなく、別れは一度にした方がいいという声が上がった。もちろん反対意見は無い。結果、明朝に全員がドンドルマを後にする事となったのだ。
「寂しいけど、また会えるって!私もさ、ほら、ココットの村長に『また戻って来る』って約束してるし。いつかは皆とお別れしなきゃって思ってたから」
「フニャー……」
「もう、元気出しなさいよヨモギ!これからは私と、あんたと、ラビとジェナ。四人でハンターとして活動していけるんだから。また楽しくなるよ!」
アリスはヨモギの頭を撫でながら、明るく励まし続ける。しょんぼりと垂れていたヨモギの髭も、目的地に着く頃には少しだけ張りを取り戻していた。
武器工房の中に入って行くと、相変わらず立ち込める熱気にジワリと汗が滲む。二人は他のハンター達の間をかいくぐり、奥へと進んだ。
「おっ!修理なら出来てるぜ!」
カウンターの向こうで待ち受けていた職人の親父が、アリスに向かって小さく手を挙げる。そして白い布で包んだ大きな板状の物体を、丁重に彼女へ受け渡した。
巻き付けられた布をめくっていくと、中から桜色の美しい大剣が姿を現す。それは黒龍との戦いで折れてしまった、アリスのブラッシュデイムであった。
「わぁ凄い!綺麗に直ってる!」
黒龍の鉤爪に削られた跡も、亀裂が入って吹き飛んだ切っ先も。まるで新品の様に修復されていた。
折れてしまったショックでシュレイドから帰る時は相当落ち込んだものだが、そんな事は今となっては笑い話である。
アリスが瞳を輝かせながら礼を言うと、職人は得意げに親指を突き立てた。最高峰の技術を誇るドンドルマ武器工房。やはりその名に偽りは無かった。
「よく修理する素材があったニャ。アリスのアイテムボックスには、無駄な物しか入ってニャイと思ってたニャ」
「無駄って何よ無駄って。これはねぇ、姫さん……じゃなくって、サンドラが素材を譲ってくれたの!ほら、サンドラはリオレイアをいっぱい狩っていたでしょ?修理代も、皆が少しずつ出してくれたんだから」
「ニャルホド。貧乏なアリスを憐れんで、皆が仏の心で恵んでくれたって話かニャ?」
「……美しい友情の証って言ってくれる?」
ニヒヒと悪戯に笑うヨモギ。
アリスは復活した大剣をその背に担ぎながら、やれやれと頭を振った。
武器工房から外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。家路を急ぐ人々と、酒場へ向かうハンター達。幾つもの賑やかな笑顔が、ランプの灯に照らされた広場を交差する。
「僕らも帰って晩御飯にするニャ。今日は皆で一緒にご飯を食べる、最後の日ニャ。腕を振るって御馳走作るニャー!」
「うん、私も手伝……あーーーーっ!!」
意気揚々と一歩を踏み出したヨモギの後ろで、アリスが大声を上げた。その悲鳴はアイルーの大きな耳に、キンと痛烈に響いていた。
「ニャッ!急に大きな声を出さないでニャー!ビックリして地面に潜るところだったニャ!」
「ご、ごめん……」
ヨモギはぷんと頬を膨らまして、不快感をアリスに突き付ける。
「ねぇヨモギ、大変だよ大変!明日の朝にはドンドルマを出発しなきゃならないのに、私まだ歌姫の歌を聞いてない!」
青ざめるアリスとは正反対に、ヨモギは呆気にとられていた。
歌に全く興味が無いと言えば嘘になるが、そこまで執着するほどではない。人間という生き物は時々よく分からないなと、ヨモギは首を傾げるばかりであった。
「……今から行ってきたらどうかニャ?ご飯ができるまで、時間はあるニャ」
「そ、そっか。じゃあ私、ちょっと行ってくるね!すぐ戻るから!」
慌てて駆けていくその後ろ姿を眺め、ヨモギはうーんと唸る。
人間って、面白い。
それからマイハウスへ向かったヨモギはご機嫌な鼻唄を響かせながら、「森丘の巣を出て正解だったニャ」とひとりごちていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
歌姫のステージが開催されるアリーナへとやって来たアリスは、その入口で見慣れた顔を見つけた。
腕組みをして、壁にもたれ掛かっている長身の男。鮮やかな蒼のギルドガードスーツが、夕闇に一際映えていた。
「ラビ、何してるの?誰かと待ち合わせ?」
アリスが声をかけると、彼は静かに壁から離れる。
「……ここに来るだろうと思った。君はドンドルマに来た時から、歌姫の歌を聞きたがっていたからな」
クスリと笑うラビの瞳がどこか消え入りそうに見えたのは、羽帽子のつばの影のせいだろうか。
きょとんと目を丸くするアリスに、ラビは右手を差し出した。
「行こう。早く入らないと、始まるぞ」
「あ、うん……」
戸惑いながらもアリスはラビに連れられるまま、アリーナの中へと足を踏み入れる。思っていたよりホールの照明は暗く、目が慣れるまで少々の時間がかかった。
ステージ上の松明以外、アリーナの内部を照らすものは無い。等間隔に並んだ、長椅子とテーブル。歌姫を間近に見ようとする人々で、前列は満席である。それとは逆に、後列は観客の姿がまばらで、ちらほらと人影が点在しているのみだった。
ラビが最後列の隅に座ったので、アリスはその隣に腰掛けた。……なんとも居心地が悪い気がする。なぜラビが自分を待っていたのか。それが気になって仕方がなかった。
いつもなら気兼ねなく尋ねるところだが、今は妙に声をかけ辛い。
どちらとも話し掛けたりしないまま、時が過ぎ、やがてステージの照明が落とされた。
静寂の中、暗闇に浮かび上がる美しいシルエット。
荘厳なる幻想曲の、開演であった。
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