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MONSTER HUNTER*anecdote
怪鳥と猫(後編)
アリスは猫を抱えたまま、ベースキャンプ近くの草原まで逃げ戻ってきた。
ゼェゼェと息を切らしながら後ろを振り返ると、そこにはもうイャンクックの姿は無い。どうやら、奴のテリトリー外まで無事に逃げてこれた様だった。

「……ふぅ。良かった、逃げ切れて」

アリスは息を整えると、抱きかかえていた猫を地面に下ろした。その猫はビー玉のような目をよりいっそう丸くして、じっとアリスを見つめている。

ふわふわした毛並のその猫は、アイルーと呼ばれる獣人種のモンスターだ。ただモンスターと言っても、彼らは人語を理解し、その温和な性格から人間社会に生きる者もいる。
しかし、彼の様な野良のアイルーは集団で行動し、自分達に危害が加えられた時には一斉に襲い掛かってくるので注意しなければいけない。

「ねぇ大丈夫?怪我は無い?」

アリスはその場にしゃがみ込んで、助けたアイルーと目線を合わせた。

「怪我は無いニャ。……びっくりしたけど」

それを聞いて安心したアリスは、彼の柔らかい頭を撫でてやる。

「なんであんな事したの?あれはイャンクックよ、凶暴なんだから」

「……知ってるニャ。僕は、敵討ちがしたかったんだニャ」

アイルーはそう言うと、口をへの字に曲げて俯いた。怪鳥に一撃を喰らわせた小さなハンマーを握る手は、ふるふると震えている。

――敵討ち、ね……。

アリスはちらりと彼の武器を見る。小さな木製の樽を、木の枝にくくりつけただけのお粗末なハンマー。これでは釘を打つトンカチにもなりやしない。

「……仲間がやられたの?」

アリスの問い掛けに、アイルーはこくりと頷いた。

「皆で泉の水を飲んでたら、いきなりあいつがやって来たんだニャ。僕は無事に逃げ出せたけど、皆は……」

アイルーの瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。
そんな恐ろしい思いをしたにもかかわらず、この小さな猫は仲間の為に勇気を振り絞り、自分より何十倍も大きな敵に立ち向かっていったのか。アリスはふと、先日の敗北を思い出していた。

……あの時に味わった悔しさは、決して忘れる事が出来ない。今、目の前に居る小さなアイルーは、自分と同じだ。いや、それ以上に仲間を失った悲しみさえも抱いている。そんな彼に、ここで待っていろなんて言えるはずがなかった。

「よし!じゃあさ共同戦線ってのはどう?」

アリスのその提案を聞いて、小さなアイルーは顔を上げた。

「私ね、あの飛竜を狩る依頼を受けてるの。ここはあなたの敵討ちと私の狩り、力合わせて戦わない?」

「……手伝ってくれるのニャ?」

それは違うと、アリスは首を横に振る。

「手伝うんじゃないよ、協力し合うの。私は狩りで、あなたは敵討ち。自分の目的は、自分の手で達成させなきゃ!」

アリスはにっこり笑うと、まだ不思議そうにこちらを見つめているアイルーに右手を差し出した。

「それに私、アイルーには命を助けられてるからさ。恩返しさせてよ」

そう、あの日傷付いたアリスを村まで運んでくれたのは、たまたまそこに居合わせたアイルー達だった。もしかしたら、それはこの子の仲間だったかもしれない。

「……僕もさっき君に助けられたニャ」

「んー……じゃあ、あんたも私の狩りに協力して恩返しするってのは?」

名案でしょ?とアリスが歯を見せて笑うと、アイルーの瞳から一粒の涙が零れた。
「ありがとうニャ」。アイルーはそう呟いて、差し出された手に自分の手を重ね合わせた。アリスはその細く小さな手を、きゅっと握りしめる。

「私はアリス。よろしくね!あなた、名前はあるの?」

「名前?僕はアイルーだニャ」

「そうじゃなくて、あなた自身の名前だよ。無いんだったら決めなきゃね」

アリスは顎に指を当てて、考え始めた。
人間から“名前”を付けてもらえるなんて、とても素敵な事のようだ。名無しのアイルーは、期待に胸を膨らませていた。

「ヨモギ!」

「フニャ?」

「あなたの名前!ヨモギってどう?」

「……ヨ、ヨモギニャ?」

「うん。なんかこの辺に生えてる草がヨモギ色だったから」

「…………」

ヨモギと名付けられた猫は、眉間に皺を寄せた。半開きになった口といい、明らかに不満そうである。
彼が漂わせる澱んだオーラ。鈍感なアリスも、さすがに頬を引き攣らせた。

「いや、ほら、その……いい色じゃない。ね?」

「…………」

慌ててフォローを入れてみる。すると、アイルーは不機嫌そうな顔をしながらも、ちらりと辺りの草を見回していた。

そう言われてみれば、良い色の様な気がしなくもない。光が当たれば鮮やかな感じもするし、深みのある渋い色合いとも言えなくもない。良いように思えば、不思議と愛着が沸いて来るものである。

「……ヨモギ。僕の名前は今日からヨモギニャ!」

納得がいったのか、猫の顔は一転して明るくなった。嬉しそうに自分の名前を連呼するその姿に、アリスはほっと胸を撫で下ろす。

「じゃあ、そろそろクックを狩りに行かなきゃね。あ、そうだ!その前に……」

何を思いついたのか。アリスはガサゴソとアイテムポーチの中をまさぐる。ヨモギはそれを見つめながら、まだ何か素敵な事が起きるのかと目を輝かしていた。
じゃん!とアリスが取り出したのは、鋭く光るドスランポスの赤い爪と、強度のあるツタをロープ状に捩ったもの。そして何の動物のものか分からない棒状の骨だった。どうやら昨日採取した素材を、そのまま入れっぱなしにしていたらしい。

ヨモギが興味津々といった表情で見つめる中、アリスは三つの素材たちを纏めて何かを作りあげていく。

「完成ー!どう?アリスお手製の即席武器!」

得意げに掲げるそれは、棒状の骨の先にドスランポスの爪をくくりつけただけの簡素な槍だった。ヨモギが持っている樽のハンマーよりは幾分かましだが、なにぶん見た目が悪い。
それでもヨモギにとっては立派な武器だった。彼は渡された槍を抱え、アリスに尊敬の眼差しを送る。

「すごいニャ!アリスはこんな事も出来るんニャね!」

「ふふん。まっ、ハンターならこれくらい作れて当然かな。現地で調達した素材でアイテムを作るのは、狩りの基本よ!キ・ホ・ン!」

アリスは当然の様に言って見せたが、今の言葉は全て村長の受け売りである。

「これなら負ける気がしないニャ!いざ、敵討ちと狩りに出発ニャ!」

「よーし、行くわよ〜!」

すっかり打ち解けた一人と一匹は、再び森の中へと向かって行った。打倒イャンクックという、共通の思いを抱いて。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


二人はペイントボールの臭気を辿り、どんどん森の奥深くへと入って行く。程なくして、泉のそばで静かに佇むイャンクックの姿を発見した。

「私が先に行って引き付けるから、あんたは奴の後ろに回って攻撃してね。尻尾振り回して攻撃してくるかもしれないから、気をつけるのよ」

アリスが小声で指示を出すと、ヨモギは緊張した面持ちで頷いた。
気付かれないよう静かに、かつ素早く近づくと、アリスはその背に担ぐ愛剣を握りしめる。そして一気に剣を抜き、イャンクックの足を目掛けて振り下ろした。

舞う鮮血。イャンクックは突然の出来事に驚き、甲高い鳴き声を上げながらジタバタと体を揺さぶった。
負けじと反撃に出る怪鳥は、続けて大剣を振るうアリスに向けて、大きなくちばしを振りかざす。間合いが近く、避けられない。アリスはしまった!と目を見開いた。
しかし次の瞬間。イャンクックはがくんとバランスを崩して、反対側に倒れてしまったのである。

「ニャハハハ!やったニャ!ざまあみろニャ!」

倒れたイャンクックの背後で、ヨモギが槍を振り回しながら嬉しそうにはしゃいでいる。アリスがダメージを与えた脚部に、ヨモギがさらなるダメージを与えた事によって、イャンクックは転倒してしまったらしい。

「やるじゃんヨモギ!さぁ、一気に畳み掛けるわよ!」

イャンクックは起き上がる事が出来ずに、足をバタバタさせてもがいている。アリスはそこに、渾身の力を込めた一撃をお見舞いしてやった。ヨモギも一緒になって、夢中で槍を振るっている。

二人の集中攻撃を受けたイャンクックは、絶え間無い攻撃から逃れるように翼を広げた。そしてふわりと飛び上がると、二人を嘲笑うかのように大空を旋回し始めたのだった。

「飛んじゃったニャ!アリス、どうするニャ!?」

「これを使おう」

そう言って、アリスはポーチの中から小さな装置を取り出した。

「それは何だニャ?」

「シビレ罠よ。これでイャンクックの動きを封じるの。ギルドの支給品の中にあったのよね。設置するから、見張ってて」

アリスは地面の平らな所にその装置を置くと、麻痺作用を発生させるスイッチを押す。するとパチパチと何かが弾ける音が鳴り、地表に罠が広がった。

「ア、アリス!イャンクックがこっちに向かって飛んで来るニャ!」

「罠に掛かるように、引き付けて!」

二人は罠の後ろに立ち、空から一直線に飛んで来るイャンクックと向かい合う。迫り来る緊張感。ごくりと息を呑むアリス達の前で、イャンクックは降下する勢いのまま罠に突っ込んで行った。

バチバチと火花が散り、怪鳥は叫び声を上げる。罠にはまったイャンクックは、激しい痺れに拘束されて身動きがとれなくなっていた。

「今よヨモギ!とどめを刺して。仲間の為に!」

「アリス……。分かったニャ!」

ヨモギは高くジャンプしてイャンクックの背に飛び乗ると、手にした槍を一思いに突き刺した。

森中に響く断末魔。ぷつりと事切れたイャンクックはその場に倒れ、もう二度と立ち上がる事は無かった。

高鳴る胸に息を荒げるヨモギ。怪鳥を討伐できた喜びが、じんわりと沸き上がってくる。

――あのニンゲンのおかげニャ。

イャンクックの背に乗ったまま、ヨモギはアリスの方を向く。彼女はまるで自分の事のように、敵討ちの成功を喜んでいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ねぇ。案内するって、どこに?」

戦いの後。アリスはヨモギに連れられて、さらに森の奥深くへと向かっていた。

「こっちだニャ。本当はアイルーしか入っちゃいけないんニャけど、アリスは特別ニャ」

ヨモギは美しい小川を渡り、植物の茂みの中へ入って行く。一体この先に何があるのだろう。アリスはワクワクしながら彼に続いた。

「わぁ……!」

茂みの向こうの世界。それは、アイルー達の小さな小さな集落だった。
石を積み上げて作った猫の置物や、大小様々な樽が沢山あちらこちらに並べられている。人間にとっては全てがガラクタに見えるけれど、きっとアイルー達の宝物なんだろうなとアリスは思った。

「みんな!今帰ったニャ」
「へ?みんなって?」

ヨモギの声につられて、物陰からぞろぞろとアイルー達が姿を現す。あまりの数の多さに、アリスはぽかんと口を開いた。

「紹介するニャ。人間のハンター、アリスだニャ。僕と一緒にイャンクックと戦ってくれたニャ!あいつはバッチリ倒してきたニャ!」

ヨモギの報告を受け、アイルー達の中から歓声が沸き上がる。更にヨモギは興奮冷めやらぬ様子で、先程の戦いを身振り手振りしながら語り始めていた。

――仲間がやられたって、怪我させられたって事だったのね。私、てっきり……。

アリスは少し苦笑いを浮かべたが、アイルー達が無事だったのなら、それで良いと思った。

「さて、そろそろ村に帰るね。素敵な場所に招待してくれてありがとう」

ヨモギは語っていた武勇伝をピタリと止めると、アリスの方を振り向く。

「……帰るニャ?」

「うん、遅くなると皆心配するし。手間取ってるって思われちゃったら嫌だしさ!」

そう言いながら、アリスはヨモギの前にしゃがみ込んだ。

「また遊びに来るよ。今日みたいに、一緒に狩りしよう?あんた良いハンターになれるよ。私が保障するんだから間違いないって」

ヨモギはすっかり俯いてしまい、何も答えようとはしなかった。別れが辛いと思ってくれているのだとしたら、それは二人が絆で結ばれた証拠。喜ばしい事じゃないかとアリスは自分に言い聞かせた。

「またね……ヨモギ」

アリスはヨモギの頭を優しく撫でてから、茂みを掻き分けてアイルーの集落を後にする。

「ニャ……」

去り行く彼女の後ろ姿。空しく伸ばしたヨモギの手にはまだ、あの時交わした握手の温もりが残っていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


村への帰路。アリスは一人、平原を歩いていた。
イャンクックから剥ぎ取った素材で、パンパンに膨れあがったアイテムポーチ。いつもなら、これで何を作ろうかと浮き立つ所だが、今日はそんな気分になれなかった。

ふと、夕焼け空を見上げて立ち止まる。真っ赤な太陽は、目に染みるから嫌いだ。

「うわっ!」

その時、ふいに何かがアリスの背中に飛び掛かった。油断しきっていた彼女は、草の上にドサリと倒れ込む。

「いったーい!何なの……って、あれ?ヨモギ?」

押し倒されたアリスの背中には、大きな樽をリュックサックのようにして背負ったヨモギが乗っかっていた。

「僕、アリスと一緒に行くニャ!決めたニャ、ハンターになるニャ!」

ヨモギはすりすりとアリスの頭に頬を擦り寄せる。
突然の事に驚いていたアリスも、鼻を啜りながら微笑んだ。

「……分かった。じゃあ私達は仲間ね!」

「仲間、ニャ!」

「これからもよろしくね、ヨモギ」

「よろしくニャ!アリス」

二人は手を取り合って立ち上がると、仲良く並んでココット村へと帰って行くのであった。

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