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MONSTER HUNTER*anecdote
逆転勝利
その日の夜。


これで全部、と。竜姫は衣類を詰めた木箱の蓋を閉じた。思っていたよりずっと早く作業は終わったが、外はすっかり日が暮れていた。

纏めた荷物を改めて見回してみると、ちょうど両手で抱えられる大きさの木箱が三つにしかならなかった。中に入っているのは着替えの服と狩猟道具、それにハンマーが二つだけ。不要な物は全て処分した。ベッドや机はマイハウスに元から備え付けられていた物だから、彼女の私物はたったこれだけになっていた。

竜姫はそっとベッドに腰掛けると、傍らに置いていたクマのぬいぐるみを抱き上げた。暫しその無機的な目と見つめ合う。そのうち、ふっと力が抜けたように顔をクマの頭に埋めた。
今朝洗ったばかりのぬいぐるみは、石鹸の香りがしていた。

「……本当に、デリカシーの無い人ですわね。ノックくらいしたらどうですの?」

顔を埋めたまま、竜姫は厳しい言葉を投げ掛けた。
それに対してばつが悪そうに口篭ったのは、いつの間にか玄関に足を踏み入れていたエースであった。

「や、悪りぃ。その……いつもの癖っつうか。ノックする習慣が無いっつうか」

「……何の用です?」

竜姫は顔を上げて、無作法な訪問者を睨みつける。エースは玄関先に突っ立ったまま、がらんとした室内と積み上げられた荷物を交互に眺めていた。

「……どっか、行くのか?」

「ええ。先日ジャンボ村に寄った時に、あそこの村長に誘われましたの。繁殖期になったら新しい村を作りに旅立つから、一緒に来ないかって」

「ジャンボの村長が?」

エースはかの村に訪れた事は無かったが、村長の人となりは風の噂で聞いていた。

……ジャンボ村の村長は、竜人族の若者である。行動的で、勇敢な。熱い思いを胸に抱いた開拓者として有名だ。人々の為に尽力する事を生き甲斐にしているせいか、村人からの信頼も厚い。

まさに統率者に相応しい人格の持ち主であり、悲しいかな自分とは真逆の人間だった。

「なんだよそれ……。じゃあ、もう雌火竜狩りはやめるのか?お前、まだ失った記憶を取り戻せていないんだろ?」

エースの言葉に、ピクリと竜姫の表情が強張った。

「……誰から聞いたんですの?」

「大長老の爺さんだよ。今日の昼、お前の様子はどうだって聞かれてな」

エースはそう言いながら、ドサリと竜姫の隣に腰を下ろす。しかし、ぬいぐるみを握る彼女の手に力が込められたのを見て、少し距離あけて座り直した。

「本当に……年寄りはお喋りで困りますわね」

「ははっ。まあそう言うなって。爺さんなりに、色々と心配してたんだぜ」

苦笑いを浮かべつつ、エースは「しかしまぁ……」と話を続けた。

「自分の事を全く話そうとしなかったのは、記憶喪失だったからとはな……。4年前、ジャンボ村に担ぎ込まれた血まみれのハンター。目を覚ました時には名前も、住んでいた場所も、何も覚えていなかったそうじゃないか。唯一思い出せたのは、リオレイアの狩猟中に負傷したという事だけ。……だからお前、リオレイアばっかり狩ってたんだな。記憶の手がかりを求めて……」

「…………」

「本当にいいのか?ドンドルマに居りゃ、お前を知ってる奴が現れるかもしれねぇのに。なんでまた、村作りなんかについて行くんだよ」

竜姫は、纏め終えたばかりの荷物をじっと見つめている。その理由をしっかり考えていなかったわけではない。だがこうしてあらためて聞かれると、すぐに返答できなかった。

「過去を追うより、未来へ進みたくなった……それだけですわ」

「……は?」

意味が分からないと言いたげに、エースが肩を竦める。

「本当は、恐いのかもしれません。記憶が戻った時、今の自分が居なくなってしまいそうで。わたくしは、わたくしの知っている自分で居たいの。これまでに得て来た大切なものを、失いたくないから……。だから、わたくしの事を知る誰かが現れる前に、ここを離れたいと思ったのよ」

「…………その大切なものの中に、俺は入ってんのか?」

竜姫は驚きのあまり、ぎょっと見開いた目でエースの方へ向き直った。だが彼は別段変わった様子も無く、手持ち無沙汰に弄る自分の指先を眺めている。

いきなり何を言い出すのだろう。そもそも、彼の性格からしてそんな台詞が飛び出すなんて信じられない。ふざけているのか、本気なのか。嬉しいような、腹立だしいような……。
竜姫は、自分だけが混乱している事に苛立ちを覚えていた。

「あ、あなたねぇ、馬鹿じゃないの!?そんな事も、言わなきゃ分からないのかしら!?本っ当に、鈍い人ですわね!」

竜姫が感情のままに振り上げたクマのぬいぐるみを、エースは慌てて奪い取った。

「ちょっ、待て待て落ち着け!確認だよ確認!」

憤る竜姫をなだめながら、エースは凶器となりうるそのぬいぐるみを、纏められた荷物の方へ放り投げる。ニッコリと微笑む愛らしいクマは、ズシンとぬいぐるみらしからぬ音を立てて床に落ちた。

「……んじゃ、俺も新しい村作りに参加させてもらうとするか。ジャンボの村長も、付き添いのハンターがお前だけじゃ心許ないだろ」

「失礼ですわね……。あなたは私より、お義姉様の元に居てあげなさいな。あなたが無責任にフラフラしてるから、たった一人でポッケ村を守り続けていらっしゃるんでしょう?少しはお義姉様の苦労も考えて……」

「あー……それなんだけどよ。なんだっけ、あの小さいの。……フェイ、だったか?あいつが来てくれるから、俺は必要ねぇんだってよ」

もはや竜姫の口からは、呆れた溜息しか出なかった。

「あなた……お義姉様に見限られた訳ですわね?情けないったらないですわ。まぁ、わたくしは別に……一緒に来てくれても構いませんけど……」

「うるせぇな。『ついて来てくれてありがとう』くらい言えねぇのかよ。素直じゃねぇなぁ」

「な……何よ、あなたが勝手について来、っ――――!」

悪態をつこうとした彼女の口は、次の瞬間にエースの唇によって塞がれていた。

息が出来ずに、体も思考も止まってしまう。
火が出そうなくらい、顔が熱い。

……今、この手にクマのぬいぐるみがあれば、思いきり彼の頭に振り下ろしてやるのに。手元に無いから仕方がないのだと、竜姫は自分に言い聞かせていた。

「……あなたって、本当に不躾ですわね」

唇が離れてから叩いた、精一杯の憎まれ口。

それだけしか言えなかった竜姫に対して、エースは勝ち誇ったかのように笑っていた。

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