MONSTER HUNTER*anecdote
いつか、きっと
さらに、二日後。
「ダイアナさーん!」
ドンドルマの中央を伸びる長い石階段を上っていたダイアナは、青空に響き渡る清々しい声に呼び止められた。
振り向けば、石階段の下に大きく手を振る少年の姿があった。彼は頬を真っ赤に染めながら、元気いっぱいに石段を駆け登って来る。
「フェイ君!大丈夫?そんなに走っちゃ、身体に悪いわ」
ダイアナの目の前まで一気に駆け上がったフェイは、両膝に手をついてハァハァと息を切らす。重たいガンランスと鎧を身につけてでは、さぞ足腰にこたえた事だろう。
「け、怪我も治ったから、ちょっとリハビリのつもりだったんですけど……。さ、さすがにこの階段は、疲れますね……」
「もう……。無茶は良くないわよ?」
フェイはきまりが悪そうにえへへと頬を掻く。そしてダイアナが差し出したハンカチで、額の汗を拭った。
「ダイアナさん。さっきギルドの人から聞いたんですが、もうポッケ村に帰っちゃうって本当ですか?」
「ええ、本当よ。また、次の季節が来るから。私は私の務めに戻るの」
「そうですか……」とフェイは残念そうに呟く。役目を背負うダイアナは、いつか自分の村に帰らなくてはならない人なのだと分かっていた。だが、実際にその日が来るとなると、どうしても寂しさが込み上げる。
「フェイ君は……これからの事、考えてる?」
「はい。僕は、メイファが刑期を終えて出てくるまで待ちます。また一緒に狩りに出れる日まで、何年でも、何十年でも待ち続けるつもりです」
「彼女を、許すのね?あなたに嘘をついて、利用して来た人だと知りながら」
フェイは力強く頷いた。決意を滲ませたその顔に、幼い面影はもう無い。
「彼女は確かに悪人です。でも僕は、そんな彼女に救われたから。……どんな理由があろうとも、僕はメイファを嫌いになれない。だって、一緒に過ごした日々は、間違い無く幸せだったんです」
それは決して美化された思い出じゃない。二人の間には確かな絆があった。嘘よりも、確かなものが。
フェイはそう信じて疑わなかった。
「……メイファさん、あなたの事を、とても大切にしていたんだと思うわ。それは嘘じゃなく、本当の気持ち」
「ダイアナさんも、気付いていたんですか?」
ダイアナはニコリと微笑み、空を見上げる。雲一つ無い晴れ渡った空に、渡り鳥が二羽、北へ向かって飛び去って行った。
「だって、あなたを自分の仕事に巻き込まないよう、遠ざけ続けたじゃない。古塔の銀火竜を狩りに行かせたのも、シュレイドの外で待つように言ったのも。あなたに罪を負わせない為。……本当は悪事から足を洗って、あなたと一緒に暮らしたかったのだと思うわ。それでも密猟の仲間との関係を絶たなかったのは、“夢”を叶える為かしらね」
全てお見通しといった様子のダイアナを、フェイはぽかんと口を開けて見つめていた。彼女の鋭い観察眼には、甚だ脱帽である。
「参ったな、僕も全く同じ考えです」
フェイも同じように空を見上げた。
「メイファは……ただ純粋に、伝説の黒龍を追い求めていたんでしょうね。その夢を叶える為には、確かな情報が必要だった。けれど、重要な情報はギルド上層部だけの機密として抱えられ、末端の役人やハンターには渡らなかったんだ。だから彼女は、ギルドを裏切って密猟団と手を組んだ……。互いに有益な情報を取り交わす為に」
ザァッ……と風が吹き、ダイアナは視界を遮ろうとする長い銀の髪を押さえた。
メイファの心には、いくつの葛藤があったのだろう。求める物と、手放す事のできぬ物。二本しかない人間の手には、その全てを繋ぎ止められやしない。
それを思い知らされた時、彼女は何を思ったのか。
……それは彼女のみぞ知る事だった。
「ねぇ、フェイ君。メイファさんが戻るまで、私と一緒に暮らさない?」
「へっ?」
予期せぬダイアナの提案に、思わずフェイの口から素っ頓狂な声が出た。
「ぼ、僕が、ダイアナさんと?ポッケ村で?」
「ええ。実はまだ、足の怪我が本調子じゃないの。だから、フェイ君が一緒に狩りに出てくれれば助かるんだけど……。嫌、かしら?」
ダイアナは悲しげに柳眉を下げる。それを見たフェイは、慌ててぶんぶんと頭を横に振った。
「そ、そんなっ!全然嫌じゃないです!で、でも……僕なんかでいいんですか?弟さんが……エースさんが居るのに……」
「あら、あの子よりフェイ君の方がずっと頼りになるわよ?それに……エースにはエースの道があるから」
無理強いはしないけど、とダイアナは微笑む。
「頼りになる」なんて初めて言われた少年は、耳まで真っ赤に染まっていた。
そして、「よろしくお願いします」と呟く。
……本当は少し、寒い所は苦手だけれど。
それはまた、別のお話。
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