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MONSTER HUNTER*anecdote
語り継がれぬ物語
黒龍との戦いから二日後。
ドンドルマの大老殿にて。


発端から結末まで。全ての事情を聞き終えた大長老は、ふぅと溜息を一つ零した。その息がかかった長い顎髭は一瞬だけふわりと浮き、また元の位置へと戻っていく。その様を、ジェナは事無げに見つめていた。

「ご苦労じゃったな。そなた達の功績は、ギルドでも高く評価しておるよ」

「……ありがとうございます」

大長老の言葉に礼を述べ、うやうやしく頭を下げるジェナ。彼女はギルドからシュレイドで起きた出来事の説明を求められ、単身、大老殿に赴いていた。

「逃走した密猟団の一味はギルドナイツが追っておる。まぁ、全てを捕らえるのは時間の問題じゃろうて」

「……メイファとベルザスはどうなりました?」

「今は傷の治療に専念しておる。回復次第、相応の罰を受けてもらうがの」

「そう、ですか……」

二人の間に、暫しの沈黙が流れる。
重要な話をするからと言って人払いした大老殿には、今はジェナと大長老、そして数人のギルド関係者しかいない。幽玄の間は、無音と言ってよい程しんと静まり返っていた。

「……うかない顔をしておるな」

沈黙を破った大長老の言葉に、ジェナは小さく頷く。

「大長老様……。私は、本当にこれでよかったのかと悩んでいるのです。もしかしたら、黒龍の命を奪わずに済む方法があったのではないか、と……」

「なぜ、そのように?」

「確かに、私達は戦わねばならなかった。怒りに満ちた黒龍を倒さなければ、生きて帰る事など出来ないと覚悟しておりました。ですが、とどめを刺さんと太刀を振ったあの時……。私は黒龍の瞳の奥に、共に過ごした時と同じ、聡明な光を見たのです」

「ふむ」と唸る大長老を、ジェナは見上げる。

「黒龍が理性を取り戻したのかと戸惑った私は、ちゃんと太刀を振りきる事ができなかった。しかし、その直後に黒龍は私に襲い掛かり……。アリスに助けられなければ、私は命を落としていたでしょう。……あの眼は気のせいだったのだろうかと、何度も考えました。でも、どうしてもそうとは思えないのです。ならばなぜ、黒龍は攻撃の手を休めなかったのか。堂々巡りに考えているうちに、私は出口の無い迷路をさ迷うようになったのです」

「それは、今になってはもう確かめようの無い事じゃな。おぬしらが黒龍を倒さなければ、他に被害が出ていたかもしれん。“もしも”の可能性など、いくらでもあるのじゃ」

それはジェナも充分に承知していた。理解した上で、確かめようがないからこそ悩み苦しんでいるのだ。

「大長老様、人間とモンスターは永遠に相成れないものでしょうか?私は黒龍と共に過ごした日々に、新しい可能性を見た気がしていました。でもそれは……幻想だったのでしょうか?」

至極真面目にそう問い掛けたジェナに対し、大長老は何やら楽しそうに声を上げて笑っていた。
その反応に彼女が眉を寄せたのも無理はない。ジェナが欲しかったのは笑顔ではなく、賢人の導きであるからだ。

「その答えは、これからのおぬしが見つけるじゃろう」

ひとしきり笑った後に、大長老から返ってきた言葉はたったこれだけだった。
……ジェナの眉がさらに寄る。あまりに不機嫌が顔に出過ぎた為か、大長老は「ああスマンスマン」と頭を掻いた。

「人は考え、答えを得ても、また新たな疑問にぶつかる。そうやって少しずつ前に進んで行くんじゃ。悩みの無い人生なんてつまらんよ。そうは思わんか?」

「…………」

なんだか上手く言いくるめられた気がしないでもない。だがジェナは、反論の言葉が見つからなかった。大長老の言う事は、やはり正しかったのだ。

「ところで、この先の事じゃが……。当分はミナガルデに戻れんじゃろ。いくら老山龍戦での件が誤解といえど、そう簡単に人の心は切り替えられん。わだかまりの中で暮らすのは、双方にとって気持ちの良いものでは無いぞ」

「ええ、心得ております。私自身、今は静かに暮らしたいので……。二、三日体を休めたら、アリスと共にココット村へ身を寄せるつもりです」

「ふむ、ココットか……。悪くはない。悪くはないが……ドンドルマに住む気はないのか?おぬしをギルドナイツへ迎えようという声も上がっておるのじゃぞ?」

少しの間の後、ジェナは首を横に振った。

「お気遣い感謝致します。ですが私は……いちハンターとして生きていきたいのです。今はとても、地位や名誉を得る気にはなれません。私は私のやり方で、過去と向き合いたい」

「そうか……分かった。ココットの英雄に、宜しく伝えてくれ」

「失礼します」と頭を下げ、ジェナは大老殿を後にする。その後ろ姿が見えなくなってから、大長老はまた一つ大きな溜息をついた。

「……大長老様、黒龍の件はいかがなさいますか?伝説を事実として公表すると、騒ぎになりかねませんが」

ずっと側で見守っていたギルドの役人が、おずおずと問い掛ける。彼は街の人々の動揺や、別の密猟団体の存在、伝説をいざ狩らんとする無謀な若者が後を絶たないのではないかと心配していた。

「……古生物書士隊に引き続き詳しい調査をさせる。黒龍はどのようにして生まれ、どこからやって来たのか。詳細が明らかになるまで、この件は我々の心の内に留めておくように」

「では、彼女らが伝説を討伐した記録は……」

「残さんでよい。あの者達は皆、それを望んでおらぬからな。……これは語り継がれぬ物語。逸話(anecdote)なんじゃ」

大長老は嬉しそうに、ふふっと笑みを零していた。

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あきゅろす。
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