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MONSTER HUNTER*anecdote
怪鳥と猫(前編)
その日の朝、早くから。
ココット村に、カンカンと鉄を打つ音が響き渡っていた。音の出所は村長宅の向かい側。大きなカウンターの奥に炉を備えた、鍛冶工房だ。

ここではモンスターの素材や鉱石を加工して武具を作成しているのだが、これまでに利用した者は殆どいなかった。時々ふらりと村に立ち寄ったハンターが、武器の手入れを頼んでいく程度である。

だが、今は……。

「おーい嬢ちゃん!出来上がったぜ!」

工房の職人は肩にかけたタオルで額の汗をぬぐいながら、店先で待っていたアリスに声をかけた。

「え、もう?早いね!」

「へっ、これくらい朝飯前よ!」

職人は得意げに鼻先を指で擦ると、駆け付けたアリスに注文の品を差し出した。それは彼の手によって鋼色に輝く巨大な刀身に姿を変えた、アリスの愛剣だった。

「バスターブレイドだ。威力も切れ味もなかなかのもんだぜ」

アリスは受け取った剣の柄をしっかり握ると、一降り、二振りと空を斬った。

「うん、いい感じ」

「おいおい、危ないから店ん中で振り回すなよ。あと、こっちが新しい防具な」

続いて職人が持って来たのは、鮮やかな青色が美しい一式の鎧である。これは、先日アリスが討伐した青き小型竜の群れを率いるドスランポスの鱗と、鉄鉱石やマカライト鉱石を組み合わせて作ったものだった。

アリスはさっそく新しい防具に身を包むと、その場でくるくると回って見せる。

「ねぇねぇ、どう?」

「いいんじゃねぇか?前に着ていたレザーよりは、耐久性もあるからな。またモンスターの素材が手に入ったら来な。何でも作ってやるからよ」

職人は自分の仕事に満足そうに頷きながら、くわえた煙草に火を付けた。仕事の後の一服は格別なのだろう、なんとも幸せそうな笑みをたたえている。

「ありがとね!じゃあ、早速試し斬りしてくる!」

アリスはにこっと笑うと、職人に敬礼のポーズをとってみせた。

「頑張れよ!期待してるぜ」

工房の職人も煙草をくわえたままニィっと笑い返し、親指を突き立てた拳を彼女に向けたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


あの日以来、リオレウスの姿を森丘で見かける事が無くなった。行商人の話では、火竜は東の空へと飛んで行ったらしい。巣から離れた理由は分からないが、ココット村の住民は束の間の安息に胸を撫で下ろしていた。
そしてこれは、アリスにとって絶好のチャンスであった。

リオレウスが再びこの地に戻って来るまでの時間を、奴と対峙する為の準備に費やせる。どのくらいの猶予があるかは分からないが、状況が好転したことに変わりなかった。

「依頼、どんなのが来てる?」

工房を出たアリスはギルドカウンターに直行すると、資料を整頓していた受付嬢に声をかける。

「あれれ〜?ハンターさん、それは新しい装備ですね!」

こちらに気付いた受付嬢は、すぐさま新調されたアリスの鎧を指差した。

「さっき工房で作ってもらったんだ……ってあんた、いい加減に私の名前を覚えてよ」

「まぁいいじゃありませんか!細かい事を気にしてちゃ、成功する狩りも失敗しちゃいますよ!決して覚える気が無い訳じゃないですからね!」

受付嬢はふふんと得意げに鼻を鳴らす。要するに、覚える気が無いのだ。苦笑いを浮かべるアリスは、この件に関してはもう何も言うまいと決めていた。

「何をじゃれ合っておる。依頼書なら丁度良いやつが来ておるぞ」

相変わらず騒がしい二人にため息をつきながら、村長がやって来た。その手には、クエストボードからもぎ取られた一枚の依頼書が握られている。

「ほれ、そろそろこいつを狩りに出てもよい頃じゃろう」

アリスは村長から依頼書を受けとり、ターゲットを確認する。依頼書には『怪鳥イャンクックの討伐』と、大きく書かれていた。

「新米ハンターの登竜門・怪鳥イャンクックじゃ。こいつを狩れれば、新米卒業といった所かの」

村長はそう言いながら、ちらりとアリスを盗み見る。どうせまた、「楽勝楽勝!」などと軽い返事がかえってくるのであろうと思っていたからだ。

「イャンクックか……」

アリスは一通り依頼書に目を通すと村長の方へ向き直り、やけにあっさりとした笑顔で答えた。

「うん!力試しだと思って頑張って来る」

……予想外の反応に、村長は目を丸くする。そこにはもう、過信に近い自信をたっぷりと持った数日前の彼女は居なかった。
リオレウスに無惨に敗北した事と、地道にハンターとしての基礎的な依頼をこなして来た事で、少しは成長したのだろうか。

「……うむ、気をつけて行って来るのじゃぞ」

「ふふっ、任せておきなさい!大船に乗ったつもりで、お茶でも飲みながら待っててよね!」

アリスは高らかに笑いながら、村長の背中を無遠慮にバンバンと叩いた。……前言撤回。やはり、そう簡単に成長するものではないようだ。村長の悩みの種が無くなるのは、まだまだ先の事らしい。

「じゃ、行ってきまーす!」

アリスはいつものように、大きく手を振りながら村の出口へと走って行く。

「晩御飯までには帰って来て下さいねー!」

ギルドの受付嬢はにこやかに手を振り返し、村長と共に狩場に赴くハンターの後ろ姿を見送ったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「さて、クックは何処にいるのかな」

狩り場であるいつもの森丘に到着したアリスは、地図を広げながら頭を捻った。
餌になるような獣がいる平原か、涌き水のある森の中か。大体の目星を付けて方角をしっかりと確認し、不要になった地図をポーチにしまい込む。

アリスが次に取り出したのは、桃色の実を葉っぱで巻いた小さなボールだった。これはペイントの実とネンチャク草で作った、ペイントボールと呼ばれる狩猟アイテムである。ペイントの実は強烈な臭気を放つため、これを飛竜に付着させておけば、逃げ去った後も臭いを頼りに追跡する事が可能となるのだ。

「さぁ、狩るわよー!」

気合いは充分。気分は上々。アリスは跳ねるようにして、慣れ親しんだ草原を一気に駆け抜ける。彼女が最初に目指したのは、森の中だった。


緑の森の深き所。岩山に両側を挟まれた、正に獣道と呼ぶべき一本の細い通路がある。光も射さぬ鬱蒼としたその道を歩くアリスは、何かの気配を感じ取っていた。

アリスは植物の陰に身を潜めると、辺りの音に耳を澄ませた。ドスン、ドスンと、ゆっくりとした足音が微かに響いてくる。それに合わせた大地の振動も感じとり、アリスはそっと音のする方を覗き込む。

――居た……!

黄みがかった桃色の鱗に覆われた体。そこから伸びる、細長い足と尾。水色の翼膜を張った翼は小さく畳まれているが、広げればかなりの大きさだろう。
そして一番特徴的なのは、頭部を囲む大きなエリマキだ。鳥竜種のモンスター・怪鳥イャンクック。図鑑で見たそれに間違いない。

怪鳥はゆっくりと細い道を歩いている。暫く観察してみたが、こちらに気付く様子も無さそうだった。

――先手を打つチャンスかも。

アリスは不意打ちの一撃をお見舞いしてやろうと、イャンクックの背後から静かに近付いて行く。
だがその時、思わぬ事態が起きてしまった。

――ん?あれは……?

近付くにつれて、視界に入る小さなもの。思わずアリスは足を止め、再び茂みの中に隠れた。

よく見るとそれは、彼女と同じ様にイャンクックの後ろから忍び寄る一匹の猫だった。その小さな猫は、匍匐前進で怪鳥との距離を縮めて行く。
そしてその距離が1メートル程になった時。突如、彼は持っていた小さなハンマーで、怪鳥の尻をポカリと殴りつけたのである。

「ええーーーっ!?」

茂みの中から思わず叫んでしまったアリスは、直ぐに両手で口を塞いだ。

「どうだニャ!これはお前にやられた仲間達の恨みニャ!」

してやったりとばかりに、その猫は跳びはねて喜んでいる。だが、当然イャンクックにそんな攻撃が効く訳もなく。ゆっくりと振り向いた怪鳥は、森中に響くけたたましい鳴き声を上げた。

「だめ!危ない!」

イャンクックが大きく息を吸い込み、足元の小さな猫に向かって火炎ブレスを放とうとしている。それを見たアリスは、とっさに茂みから飛び出して猫の前に立ち塞がった。

……間一髪。怪鳥の口から放たれた炎は、アリスが構えた大剣の腹に当たって消滅した。足元の小さな猫も無事である。

「あんた何してるのよ!危ないから逃げなさい!」

アリスは大剣を構えたまま、背後の猫に叫んだ。しかし、猫は驚いた表情で固まったまま、呆然と立ち尽くしている。

「あ〜〜〜もうっ!」

アリスは大剣を背に担ぎなおすと、その猫を両手で抱きかかえた。一時退散して、この子を安全な場所に連れて行かねば。アリスはくるりと踵を返し、一目散に走り出した。

追い掛けて来るイャンクックの突進をかわし、細い道をひたすら駆け抜け、森の切れ間で振り返る。すると怪鳥は目前に迫っていた。

「アンタは後でゆっくり相手してあげるから……待ってなさいよ!」

怒りながら追いかけてくるイャンクックの顔に、アリスはペイントボールを投げ付ける。そしてあとは振り返らずに、全力で逃げたのだった。

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あきゅろす。
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