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MONSTER HUNTER*anecdote
王者の洗礼
「全く、なんなのよ……もうっ!」

その日、アリスはぶつぶつと文句を言いながら、森丘地区の中心にある小高い山を登っていた。

ココット村に来てはや3日。その間、村長がアリスに渡した依頼書は依然として採取・納品のものばかりであった。大型モンスターはもちろん、小型のモンスターでさえ狩らせてもらえていない。この辺りの地形には、すっかり慣れてきたというのに。

「毎日毎日、キノコ取ったり魚釣ったり薬草摘んだり。そんなのばっかりじゃない……」

そして今、こうして山を登っているのも、飛竜の巣から卵を取って来るという納品依頼をやらされているからだった。飛竜の卵は珍味として美食家に大変好まれているため、産卵期にはこういった依頼が多くギルドに寄せられるのだ。

「あぁ……狩猟の腕が鈍っちゃいそう。何の為に大剣を背負ってるんだか。こんな事、してる場合じゃないのにな……」

アリスはそこでピタリと足を止めて、俯いた。

どれだけ頼んでも、村長は頑なに狩猟の依頼書を渡してくれなかった。“基本は大事じゃ!”と言ってばかりで、相手にもしてくれない。アリスがハンターとして信頼されていない事は、誰が見ても明らかだった。

「私だって、やれば出来るんだから……」

悔しさが募り、アリスは拳をぎゅっと握り締めた。我流だが、大剣の扱いにはちょっとした自信がある。初めてブルファンゴの群れと戦った時も、我ながら上手く立ち回れたと思ったものだ。

リオレウスと対峙する前に、少しでも多くの狩猟経験を積んでおきたい。でも、どうすれば村長に認めてもらえるのかが分からなかった。

帰ったらもう一度頼んでみよう。アリスはそう心に決めて、再び歩き始めた。
山の斜面を這うように伸びた長く太い蔓をよじ登り、崖の段差を飛び越える。するとそこには、山をくり抜くように大きな口を開けた洞窟が待っていた。

中から漂う威圧的な空気。近づいてはならぬと、本能が警鐘を鳴らす。どうやら、竜の棲み処はここで間違いないらしい。

アリスはごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。音を立てぬよう静かに、ゆっくりと、巣の中へ足を踏み入れる。中はしんと静まりかえった広い空間だ。幸いな事に、この巣の主は不在のようだった。

飛竜の卵を運び出すなら今のうち。アリスは急いで辺りを見回し、目当ての物を探した。すると奥まった所にある小さな高台の上に、一つだけぽつりと置かれた大きな卵を見つけたのである。

アリスは直ぐさま駆け寄り高台によじ登ると、大きな卵を抱きかかえるように持ち上げた。こんなにも簡単に手に入るなんて、少々拍子抜けである。アリスは緊張して損したなと笑うと、卵を落とさないよう細心の注意を払いながら高台を降りた。後は、この卵を無事にベースキャンプまで運べば依頼達成だ。

「……重い」

卵を抱えてよろよろと、右へ左へふらつく足。それでも彼女が懸命に歩いていると、思いもよらぬ事態が起きた。遥か上空で、竜の咆哮が響いたのだである。

「まずい、帰って来た!」

さっさとここから離れなければ。アリスは歩く速度を早めたが、竜の羽音は確実に近づいて来ていた。急速に高鳴る胸の鼓動。額からは嫌な汗が流れる。

やがて確かな気配を背後に感じ、アリスは恐る恐る振り返った。その目には、深紅の翼を広げて空から舞い降りた一匹の竜が映る。
固い鱗でおおわれた強靭な体と、三日月の様に美しく輝く鋭い爪。鞭の様にしなやかな長い尾には、毒々しい棘が並んでいる。
大空を支配する者。火竜リオレウスの帰還だった。

リオレウスはすぐに巣の中の異変に気付いた。人間の匂いを嗅ぎ取ったのか、ぐっと頭をもたげて真っ先にアリスをその視界に捕らえたのである。
侵入者の腕に抱かれた我が卵。その姿を見て、リオレウスの怒りが爆発しないわけがない。

ギャアァァァァッッ!!

体の中心を貫くような、けたたましい王者の雄叫びが洞窟内にこだまする。アリスは思わず両手で耳を塞いでしまった。

「あっ!しまった!」

抱えていた卵は地に落ち、割れて無惨な姿に変貌する。それが益々、火竜の怒りを増長させた。
こちらへ向かって一直線に突進して来るリオレウス。あっという間に距離を詰められ、アリスはたじろいだ。

――よ、避けなきゃ!

なりふりなど構っていられない。アリスは思いきって地を蹴り、大きく横に飛びのいた。
なんとか突進は回避できたものの、リオレウスは直ぐにこちらへ向き直る。怒りに満ちた王者からはもう、逃げきれそうに無かった。

「……いいわ。あんたを狩る為に呼ばれたんだから、今ここで始末してやる!」

アリスはその背に担いだ大剣の柄に手を掛け、怒り冷めやらぬリオレウスに向かって走り出した。竜の口から吐き出される火球をかわして間合いを詰め、頭を目掛けて大剣を振り下ろす。

「――っ!?」

ガキンと音を立てて、固い鱗に弾かる刃。彼女の一撃は、リオレウスに傷一つ付ける事も出来なかった。それどころか反動でアリスの体は大きくのけ反り、無防備な姿を晒すはめになってしまったのである。
リオレウスは隙だらけの獲物の姿を見逃さなかった。長い尻尾をぐるんと振り回し、彼女をいとも簡単に薙ぎ払う。

「あぁっ!!」

アリスの体は宙を舞い、ドサリと地面にたたき付けられた。身体中を襲う激しい痛み。アリスは地に伏せたまま、立ち上がる事が出来なかった。

――たった一撃で……こんな……。

身を以て知らされる力の差。さらに追い撃ちをかける様に、リオレウスは大きく息を吸い込み火炎ブレスの構えを見せた。

――まずい、あれを喰らったら確実にやられる!!

アリスは痛みを堪えてアイテムポーチに手を伸ばし、万が一の時に備えて忍ばせていたある物を探した。

「これで……!」

彼女がポーチの中で掴んだ物は、モンスターの目を眩ませて動きを封じる閃光玉だった。アリスはリオレウスの目前にそれを投げ付け、顔を伏せた。

閃光玉が破裂すると、辺り一面がまばゆい光に包まれる。直後にリオレウスが小さく悲鳴を上げたので、アリスは視線を元に戻した。竜は焼き付いた目を閉じ、グルルと唸りながら体を震わせている。どうやら上手くいったようだ。

今のうちに脱出を。ここから出て森の茂みにでも身を隠せば、リオレウスをやり過ごせるだろう。アリスは体中の痛みを必死で堪え、這いずりながら出口を目指した。
だが、しかし……。

グアァァァァッッ!!

背後で再び火竜の咆哮が響いた。閃光玉の効果が、切れてしまったのだ。ドスンドスンと迫る足音が、だんだん大きくなってくる。

「やばっ……」

アリスが振り返った時にはもう遅かった。火竜の体当たりは巣から出て行けといわんばかりに、彼女を外へ押し出した。

山の頂上から放り出されたアリスの体は、先程登ってきた崖を真っ逆さまに落ちて行く。薄れ行く意識の中で、彼女は完全なる敗北を味わっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


体が、動かない。
けれど全身に優しいぬくもりが伝わってくる。
ここは・・・?

アリスはゆっくりと目を開いた。天井に吊されたランプの光が眩しい。しかしこの光には見覚えがある。

「あっ!気がつきましたね!」

嬉しそうに微笑む少女の顔が、視界に飛び込んでくる。それはギルドの受付嬢だった。辺りを見回せば、ここが自分の借りている小屋の寝室だとも気付いた。

「私……生きてる」

「森丘の崖の下で倒れていたお主を、アイルー達が運んで来てくれたんじゃよ」

そう言いながら現れたのは、ココットの村長だった。彼はベッドサイドの椅子に腰掛けると、アリスをギロリと睨みつける。

「無茶しおって。おぬしにはまだ早いと言ったろうに」

「まぁまぁ村長。助かったんだから、良いじゃありませんか!」

相変わらず楽天的なギルドの受付嬢は、笑いながら村長をなだめていた。

「私、負けちゃった……」

ぽつりとアリスが呟いたその一言に、村長は深いため息をつく。

「力の差を思い知ったじゃろ。自業自得じゃ」

確かに充分すぎる程思い知らされた。一太刀も入れる事が出来なかった上に、一撃で瀕死に追いやられ、巣から突き落とされたのだから。

甘かった。
自分の力を過信していた。
新米ハンターのくせに、意気がっていた。
その結果が、これだ。

「……悔しい。あんな負け方っ……悔しすぎる……!」

アリスの眼からボロボロと涙が零れた。仕舞いには大声を上げて泣き出してしまう彼女を見て、さすがの村長も厭味を言う気になれず、ギルドの受付嬢と困った様に顔を見合わせていた。

「リオレウスを狩るには、もっと経験をつんで腕を上げねばならぬ。装備も良いものを揃える必要があるのう」

「……でも、早くあいつを討伐しないと」

「そうじゃな、危険じゃ。こうなったら仕方あるまい」

村長は受付嬢の方を向くと、ギルド本部と連絡がつくようになった事を確認していた。他のハンターと交代させられる。アリスはぐっと唇を噛んで、そう覚悟していた。役に立たないハンターなど、居ても仕方が無いのだから。

しかし。村長の口から発せられた次の一言は、彼女の予想とは違っていた。

「ギルド本部から、新米ハンター向けの狩猟クエストを優先的に回してもらう。それで力をつけるのじゃ。おぬしには、さっさと強くなってもらうぞ」

「えっ……?」

「頼んだぞ、ココット村のハンター殿」

アリスはぽかんと口を開けて、村長と受付嬢を交互に見つめた。

「私、この村に居ていいの?」

元気良く頷く受付嬢に、ニッと笑い返す村長。アリスの涙はさっきよりも溢れて、止まらなかった。

次こそは火竜を倒してみせる。もう二度と、負けはしない。
ぐしゃぐしゃに顔を歪ませながら、アリスはココット村を必ず救ってみせると胸に誓ったのであった。

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