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MONSTER HUNTER*anecdote
結末。そして……
老山龍討伐に向かったジェナを見送った後、アリスは一人で家の中をウロウロと用も無くうろついていた。

心配で落ち着いていられない。ジェナが負けるわけがないと信じているが、今回ばかりは相手が相手だ。どうか不慮の事態に陥っていませんようにと、祈らずにはいられなかったのだった。

もう何度目かも分からぬ溜息をついて、玄関が見通せるダイニングの椅子に腰掛ける。そして気を紛らわせる為に、ジェナが帰ってきてからの事を考えようと努めた。

まずは疲れているであろう彼女を、用意しておいた温かい風呂に入れる。その間に自分はジェナの太刀や防具の手入れをし、彼女の大好きなお茶を入れてあげよう。それから少し休憩をとった後で、ミナガルデで1番美味しいレストランへ行く。大好物の料理に舌鼓を打ちながら、老山龍の狩猟談をたっぷり聞かせてもらうのだ。

うん、それがいい。と、アリスは一人で納得しながら頷いた。
ジェナから聞かせてもらう狩猟談は、いつだって冒険心を擽られる。ミナガルデから外の世界を知らぬアリスにとって、それはどんなお伽話よりも夢があった。

いつか自分もハンターになって、一緒に狩りに出られたら。そんな夢を抱くようになったのはもう、随分と前の事である。それからはジェナが狩猟に出掛けている間にこっそり体を鍛え、剣を振るう練習をしてきた。大剣を使おうと決めたのは、防御の出来ない太刀使いのジェナを、いざという時に守りたいと思ったからだった。盾のあるランスやガンランスも手に取ってみたが、残念ながら上手く使いこなせなかったのである。

最近になって漸く、自己流ながらも大剣を振る格好は様になってきたとアリスは思う。今夜の食事中、ハンターになりたいとジェナに打ち明けてみようか。許可さえ貰えれば、明日には小型モンスターの狩猟に連れて行ってくれるかもしれない。

未知なる世界に思いを馳せて、ドキドキとアリスの胸は高鳴った。

「でも、ジェナってば心配性だから……。駄目だ!って言いそうだよね」

「それに頑固だし」と付け加えて、アリスは苦笑いを浮かべる。
10歳の時に両親を亡くしてジェナと暮らすようになってから、彼女はとても自分を大事にしてきてくれた。だが、ジェナには少し過保護な節があったのだ。今年でアリスはもう17歳になったというのに、ジェナは未だに小さな子供のように扱ったりもする。

それでも、ジェナと一緒に狩りに行きたいと願う気持ちは止められない。やはり今晩、話をしよう。きっと新しい道が開ける特別な夜になるはずだ。
アリスがそう決意を固めた、その時だった。

ギィ……と乾いた音を立てて玄関の扉が開く。冷たい外気が家の中に入り込み、鎧の擦れる音が鳴った。

ジェナだ!
バタンと閉まった扉に反応して、アリスは椅子から立ち上がる。そして笑顔の花を咲かせながら、跳びはねるように彼女の元へと駆けて行ったのだった。

「ジェナ!お帰りなさいっ!」

「ただいま」と微笑むジェナの太刀を預かって共に風呂場へと向かい、防具を外すのを手伝ってから彼女を浴室へ見送る。これが、帰還したジェナを出迎える時の習慣だった。

しかし、この日はいつもと違っていたのである。

俯いたジェナの顔色は悪く、虚ろで冷ややかな瞳はアリスを見ようとはしない。返事をするでもなく、太刀を彼女に預ける事もなく。一人でさっさと室内に入って行くと、乱暴に装備品を外して放り投げ始めたのだ。

「……ジェナ?」

普段の彼女からは想像もできない荒々しい振る舞いに、アリスは眉をひそめる。ただ機嫌が悪いのとは明らかに違う。声を掛けるのをためらってしまうほど、得も言われぬ異様な雰囲気が漂っていた。

「ジェナ、どうしたの?」

鎧を全て脱ぎ捨てて、ミナガルデ特有の幾何学模様が刺繍されたインナー姿になったジェナ。しなやかな筋肉がついた引き締まった身体には、幾つもの古傷が刻まれている。その少しばかり痛々しい背中にアリスは恐る恐る声を掛けてみたが、やはり返事は無い。

ジェナは無言のまま自分の寝室に入って行くと、後ろ手にしっかりと扉の鍵をかけた。

緊張の糸がぷつりと切れ、力無くその場に腰を下ろす。冷たい木製の扉に背中を預け、真っ暗な天井を仰いだ。

「私は、今まで何をやってきたのだろう……」

ぽつりと零した自分自身への問い掛け。もちろんそれに、返答は無い。

あの後、アリスに今後いっさいの危害を加えないという約束と引き換えに、ベルザスから告げられた要求は全部で三つだった。

一つは『この老山龍討伐戦から戦わずして逃亡する事』。

そして『真実を誰にも話さない事』。

最後に、『ミナガルデから立ち去る事』だ。

ベルザスが突き付けてきた破滅へのシナリオとはつまり、ジェナに『一方的な依頼放棄』というハンターとしてあってはならぬ違反を犯させた上に、仲間を裏切って逃げた“臆病者”のレッテルを貼る事にあった。

負傷の具合や環境の変化などで、狩猟が困難であると現場のハンターが判断した場合には、クエスト中に依頼を中断しても違反とはならない。不確定要素によるリタイアは、致し方ない事なのだ。

だが、“恐怖”という感情だけで身勝手に依頼を放棄して逃げ出したとなると、依頼主からの信用やギルドの名誉に関わってくる。いちハンターの失態の尻拭いをするのはギルドだ。重大な任務であればある程、その損害も比例して大きくなる。
それ故にギルドは、『一方的な依頼放棄』を違反として定めていた。違反を犯せば、ハンター達は今まで築き上げてきたギルドとの信頼を損なう事になるだろう。

……この世界のあらゆる物が、造り上げる事より壊す事の方が簡単なのと同じ様に。信頼もまた、長年地道に積み重ねてきた絆は、ふとした亀裂が入っただけで脆く崩れ去る。
だからこそ信頼とは尊く、真摯に向き合わねばならないものなのだ。

そして、『逃亡』。二人の間に交わされた取引を知らぬ他のハンター達は、ジェナが老山龍を前に恐れをなして逃げ出したと聞いたらどう思うだろうか。最初は「あのジェナが逃亡するなんて、そんな馬鹿な」と信じないかもしれない。だがそれが現実で、彼女の居なくなった戦況が酷く困窮し、苦戦を強いられたら?

実際に戦いはかつてない混戦を極め、討伐は成功したものの数名の死者が出た。討ち死にしたハンターの仲間や家族が、どんな感情を抱くだろうか。帰らぬ命に対する無念さは怒りに昇華し、そして人はそれを責任として、誰かにぶつけなければ気が済まないのではないだろうか。

もたれ掛かった扉の向こうから聞こえてくる声。ジェナはそれに、耳を傾けた。

アリスが複数の人間と言い争う声がする。筋書き通りにジェナを罵るベルザスを筆頭に、怒りを当たり散らす討伐戦に参加したハンター達。それに対してただ一人だけ、ジェナを信じるアリスが彼女の行為を否定し続けていた。

――アリス、ありがとう。……でも、もういいんだ。

自分を信じてくれる人がいる。
それも、この世で最も愛している人が信じていてくれるのだ。
これ以上の幸せなど無い。今のジェナにはただそれだけで、充分だった。

ベルザスがジェナに求めた条件。それは彼女が大切にしてきた人との繋がりを一瞬にして無惨に断ち切り、孤立という結末を辿る。そして、ジェナは偽りの十字架を背負ったまま、街から消え去らなければならなかったのだった。

――あの子は独りでやって行けるだろうか。それだけが心配だ。不器用で、家事も何もできない子だからな……。当分の間、働かずとも生活出来るくらいの貯えはあるが。こんな事になるのなら、身の回りの世話をするアイルーを一匹、雇っておけばよかったな。

アリスの今後を考えれば、涙が溢れた。
これからもずっと、一緒に暮らしていきたかった。一緒に狩場を駆け巡り、苦楽を共に分かち合いたかった。
そう、ジェナは来年で18歳になる彼女を、ハンターにならないかと誘うつもりでいたのだ。好奇心が旺盛で、何にもくじけない前向きな心を持ったアリスは、きっと良いハンターになるだろう。
自身の背中を預けられる仲間として。そして、ゆくゆくはミナガルデを背負って立つハンターとして。アリスを一人前に育て上げる楽しみを想像しては、己ももっと精進せねばと身が引き締まる思いでいた。

しかし、もう遅い。
何もかもが、叶わぬ夢と散ってしまった。
二人の道は狂いだした歯車に分かたれ、共に歩む日はもう来なくなったのだ。

「くっ……。うああああああ!!!」

高ぶる感情を抑え切れず、ジェナは振り上げた拳を力の限り叩き付けた。壁、床、家具、目に映る物全てに怒りをぶつけて当たり散らし、割れた拳から血が流れても構わず打ち続けた。

そしてそれだけでは飽き足らず、ジェナは側に立てかけてあった太刀を手に取ると、大きく円を描くようにして振り斬った。彼女の太刀筋に巻き込まれた物たちは、綺麗さっぱりと真っ二つに分断されてドサリと崩れる。
斬り裂かれたベッドシーツの合間からは真白な羽毛が舞い散り、ジェナの視界いっぱいに広がってハラハラと床へと落ちていった。

儚く散っていく真白な羽に、ジェナは己の夢や希望、そして信念を投影してがくりと膝を着いた。力の抜けた手からこぼれ落ちた太刀が、ガランと揺れながら床に横たわる。

「私はもう、駄目だよアリス……。何もかも奪われて、飛ぶ力を無くしてしまった……」

ジェナは血の滲んだ拳で涙を拭い去ると、ゆっくりと立ち上がった。あと一つ、やる事がある。最後の条件を全うしなければ、取引は成立しない。

重い足取りで部屋の片隅へ向かうと、ジェナはそこに飾られた幾月前までの愛用防具・クシャナSシリーズにそっと手をかけた。部屋の外では、今も激しい言い争いが繰り広げられている。その声に耳を傾けながら、ジェナは鎧を着込み、馴れた手つきで手甲とブーツを装着していった。

最後にひんやりと冷たいフルフェイス型の鋼の兜を被れば、彼女の表情は完全に仮面で覆い隠された。それから兜の中でフゥと一息つくと、先程振り回した太刀を拾ってその背に担ぎ、ぽつりと別れの言葉を呟く。

「私は二度と、この街には戻らないだろう。アリス、ごめんなさい。どうか、強く生きて……」

そして簡単な置き手紙を残し、ジェナは部屋の窓から外へ飛び出すと、ミナガルデから姿を消したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「これが全てだ」と、ベルザスは言葉を締め括った。

微動だにせず、ただ静かに彼が語る話に聴き入っていたアリス達の髪からは、絶え間無く小さな雨粒が滴り落ちていく。大きな戦闘を終えたばかりだというのに、彼らの身体はとうに冷えきっていた。

滝の様に流れる豪雨のカーテンが、そこにあるはずの砦や老山龍の姿を遮り、視界から消してしまう。辺りを暗く染める厚い雨雲。そこから走る一筋の稲光が、一瞬だけ周囲を照らして、轟音と共にそれらを浮かび上がらせたのだった。

「そんな……。私の為に、ジェナは……」

アリスの震える唇から、弱々しく言葉が零れる。ベルザスは痛む腹に顔を歪めながらも、ヒヒッと渇いた笑い声を上げた。

「そうだ。お前を守る為に、ジェナは全てを捨てたんだ。積み重ねてきた全てをな」

アリスにとって、目眩のするような事実だった。正義感の強いジェナが、こんなにも非道な脅迫に屈しなければならなかったその苦しみは、計り知る事ができない。彼女が居なくなった後に見た、荒れ果てた部屋の光景が脳裏に浮かび、アリスの胸を締め付けた。

追い求めたあの日の真実。それに自分が関わっていたなどとは、夢にも思わなかった。いや、関わっていた所ではない。まるっきり根源に居たのではないか。

「これは本当なんだな?今の話に嘘偽りは無いと、誓えるのか?」

ラビの問い掛けに、ベルザスはコクリと頷く。

「今更嘘なんて言っても何にもならねぇ。俺はこの通り狩猟中に片目を失い、ハンターとしてもう先が無いんだ。こうなっちまったらジェナが居ようが居まいが、俺の目標は叶わねぇ。だから嘘をつく必要なんか無い。そうだろ?」

確かに、彼の言うことは正しい。今の話が仮に嘘だったとしても、ベルザスには何一つ得にはならないのだ。
ラビは今までの話を真実として受け止めながら、目の前に居る男に対して怒りを通り越した感情を抱いていた。

「……人の成功を嫉んで、卑劣な手段で陥れた結果が今の貴方か。欲に溺れた人間の末路とは、憐れなものだな」

決して許しはしないし、同情もしない。だがラビは、もはや同じ人間として不憫だと気の毒に思うばかりであった。

「へっ、そうだな……その通りだ。こうしてあの日の様に老山龍討伐戦に立ったのも、何かの因果かもな。そしてこの目の傷は、全ての報いだ」

ベルザスは、額から頬にかけて縦一直線に切り裂かれた左目の傷跡にそっと手を触れる。降りしきる雨のせいなのか、やたらとその古傷は疼いていた。

「ニャー!アリスー!ラビー!」

バシャバシャと水溜まりを跳ね上げながら、暗闇の中から可愛らしい声と共にヨモギがこちらへ向かって来る。彼は四肢を目一杯駆使しながら大急ぎで戦場を横切ると、三人の前でピタリと足を止めた。

「何やってるニャ!びしょ濡れニャ、早く砦の中に入るニャ!」

「ああ……そうだな。ヨモギ君、アリスを連れて先に戻ってくれないか。俺はベルザスをギルドに引き渡しに行く。全てを話して、ジェナに着せられた汚名を返上しなくちゃいけないし、エースの事もある……。この男には、法の裁きを受けてもらおう」

「ニャ?汚名?……何かよく分かんニャいけど、とにかくラビの言う通りにするニャ。アリス、行くニャ」

ヨモギがアリスの手を取り、砦に向かって歩きだそうとしたその時だった。

「待って」と、どこからともなく女の声が彼らに投げ掛けられたかと思うと、次の瞬間にはスッと豪雨の中から狐の面が現れたのである。

一体いつからそこに居たのか、誰にも分からなかった。だが雨に濡れたその身体は、長い間この場に居合わせた事を物語っている。
それでもその存在に気付かなかったのは、彼女が気配を完全に消していた上に、身に纏う黒の忍び装束が暗闇の中に上手く溶け込んでいたせいだろう。

「待って。その男の始末は、私が引き受けるわ」

「貴方は……以前ドンドルマで……」

見覚えのある姿と、聞き覚えのある声。ラビは古塔調査へ向かった日の事を思い出していた。
あの日、工房から大老殿へ向かう階段で、すれ違いざまにぶつかった忍び装束の女。すらりと長い手足といい、腰に携えた片手剣・封龍剣【絶一門】といい、目の前にいる女とあの時の女は、間違いなく同一人物だ。

「ニャニャ?お姉さんはもしかして、マタタビのお姉さんかニャ?」

フニャアとだらしの無い声を上げながら、ヨモギが忍の女に向かって親しげに手を振った。どうやらヨモギもこの女と面識があるらしがいつの間に?と、ラビは驚く。

ベルザスを始末すると言っているが、彼女は一体何者なのか。ラビは忍び装束の女に警戒心を抱きながら、そっと背中のヘビィボウガンに手を掛けた。

「久しぶりね、ヨモギ君。メタペタットの船出の日以来かしら。あの時はどうもありがとう」

「ニャ!こちらこそ上等なマタタビをありがとニャ!でもなんで、お姉さんがこんな所に居るニャ?」

「……色々とあるのよ、色々とね。とにかく、そのベルザスという男は私が預かるから、貴方達はドンドルマへ帰りなさい」

忍び装束の女は足速にこちらに近付くと、腹を押さえて座り込むベルザスの背中を足蹴にする。バシャンと水溜まりに倒れた所をさらに女の足に踏みつけられて、ベルザスはゲホゲホと咳込みながら血の混じった唾を吐いた。

「……貴方は何者なんですか?何故、貴方にベルザスを引き渡さなければならないんだ」

手荒い行動に出る女を、ラビは鋭い目つきで睨みつける。それに対して忍び装束の女はベルザスを踏み付けたまま、胸元から取り出した一枚の小さなカードを彼に投げつけてやった。

飛んできたそのカードをすかさず掴んで見てみると、それは龍の紋章が描かれた彼女のギルドカードであったのだ。

「私の名はメイファ。ギルドの統括部に所属する役人よ。事情は全てこの目で見、この耳で聞いた。この男の罪は我々が裁こう。何か問題でもあるかしら?」

メイファと名乗る女が投げたギルドカードを確認すると、確かにハンターズギルドの役人であるという記述がなされている。ラビは彼女のギルドカードが雨風に曝されぬようコートの内ポケットに仕舞うと、礼儀として自分のギルドカードをメイファに投げ返した。

「そうとは知らず、失礼しました。ならば貴方にお任せした方が良いですね」

メイファはラビのギルドカードを受け取ると、ちらりと目をやりすぐに胸元に仕舞い込んだ。

「ドンドルマ所属のハンター・ラビ。覚えておくわ。……話が分かる子で助かった。ここは私に任せて、早くアリスを連れて行ってあげなさい。彼女、相当ショックを受けているみたいだからね」

メイファの言う通り、アリスは言葉を失うほど動揺しきってしまい、茫然としたままだった。このままでは、心労で憔悴してしまうだろう。どこか落ち着ける場所に移動した方が良い。それに、負傷したエースの事も気掛かりであった。

ラビはメイファにベルザスの処分を任せ、この場を去る事に決めた。ヨモギと共に放心状態のアリスの手を引き、一先ずは砦の中へと戻って行ったのだった。


ざあざあと雨が降り、稲光が空を走る中。メイファはアリス達の後ろ姿が消えるまで見届けると、踏み付けていた足をベルザスの背中から下ろした。そして彼の轟竜の兜を強引に剥ぎ取ると、固く短い金髪をわし掴みにしてぐいと顔を上げさせる。

「ギルドの役人、か。俺の罪は、死を以て償うべきなのか?」

雨水と泥に塗れた顔をメイファに向けさせられたベルザスは、この期に及んでも笑みを浮かべていた。もう、彼には失うものが何も無い。空っぽになったベルザスにとって死などは恐れるに足りず、命請いをする気も毛頭無かったのだった。

だが、メイファはそんな彼の顔を見つめながら、艶のある美しい唇をニィと吊り上げていた。そしてもう片方の手で、自身の顔半分を覆っていた狐の面を外し、その素顔をさらけ出す。肩まで真っ直ぐに伸びた黒髪が一瞬にして雨に染まり、透き通る様な白肌を濡らしていく。整った鼻筋に切れ長の目。くっきりとした黒い瞳は目尻に一つだけある黒子によって、より強く印象づけられていた。

「死刑だなんてもったいない。私は、お前の様に強くて欲の深い人間を探していたの。やっといい人材を見付けた……。それも、ジェナの仲間だったなんて最高だわ」

「ジェナを知っているのか?あいつは今、どこに……」

「まあそう慌てないで、必ず会わせてあげるから。まずは私に従い、協力なさい。そうすればお前が欲しがる名誉や地位だって、いくらでも与えてやる。どう?悪い話じゃないでしょう?」

ニコリとメイファは微笑むと、再び狐の面を被りなおした。そしてアイテムポーチから秘薬を取り出し、ベルザスの目前に突き付ける。

「飲んだらさっさと出発するわよ。可愛いあの子を、待たせているから……」

さぁ、いよいよ準備が整ってきた。

メイファは狐の面の下で、静かに笑うのであった。



第3章 終わり

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