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MONSTER HUNTER*anecdote
来襲の果て
降り出した冷たい雨がぽつりとアリスの頬に落ち、首筋を伝って肩口へと流れていった。

荒い息。ドクドクと脈打つ心臓の鼓動。この煩い二つの音で、雨音も、老山龍の鳴き声も、ハンター達の叫び声も、世界中の全ての音が掻き消されている。まるで自分だけを残して世界の時が止まってしまったかのような、奇妙な感覚にアリスは襲われていた。

「あ……」

そんな状況の中。唯一確かに感じるものは、鎧の隙間から染み込んで体中に広がる生温かい血液。震える手で胸の辺りに触れてみれば、ドロリとした嫌な感触が手袋ごしに伝わった。

「どうして……。どうして、こんな……」

指先で鎧に包まれた胸のラインをなぞっても、突き刺されたはずのランスは無い。覚悟したはずの痛みも来なかった。

この血は、自分のものでは無い。

ならば誰が流しているものなのか。アリスにはもう、分かっていた。彼女の体の上には、脱力した仲間の体が仰向きに重くのしかかっていたのである。その身体から流れてきた血が、アリスの胸につたって来ていた。

「いや……嘘でしょ……?どうしてっ……。エースッ!!!」

……アリスの目の前にあったのは、雨露に濡れた銀の後ろ髪。彼女を庇って前に立ち塞がったエースの左肩には、ベルザスが放った漆黒槍グラビモスの切っ先が、ずぶりと突き刺さっていた。

「何、だと……!?」

これに驚いたのはベルザスであった。助けに来るはずがないと高を括っていた男が、アリスに向けてランスを突き出した瞬間に、間に割って入って来たのだ。攻撃の手を途中で止める事もできず、ベルザスのランスは勢いを殺さぬままエースの防具を貫通して体内で停止していた。

「へっ……なんで俺がここに居るのか、分からねぇって顔してやがるな……」

エースは苦痛に顔を歪ませ、マスクの下で荒い息を吐く。そして自身の肩に刺さったままのランスを、両手でしっかりと掴んだ。
反射的にベルザスがそれを引き抜こうとしたが、エースに握られた切っ先はびくりとも動かなかった。

「抜くんじゃねーよ……余計に、血が出るだろ」

「貴様っ、離せ!」

「お前が耳栓付き防具だって気付いた時から、このタイミングで何かしでかすんじゃねーかって警戒してたんだよ。喰らっちまったのは予定外だがな。流石に避ける暇は無かった……」

エースは左肩から溢れて防具を赤く染めていく血を見つめながら、「糞痛ぇ……」と呟いた。出血により朦朧とする意識は、降りかかる冷たい雨によってかろうじて保たれている。

一方でベルザスはランスをエースの手から奪い返そうと躍起になり、上下左右に揺すっていた。だが、強堅な力に阻まれて、やはり微動だにしなかった。

ベルザスの焦りが加速する。早くランスを引き抜いてしまわなければ、ギルドナイツに味方に向けて武器を突き刺している現場を目撃されてしまう。もしもそうなれば、言い訳など通用しないだろう。対モンスター用の武器を人間に使用する事を御法度としているギルドから、ハンターライセンスを剥奪されかねない。
それだけで済めばまだ良いが、罪人として捕らえられ、豚箱にでも放り込まれたら……間違いなく一生を棒に振る事になる。

「俺の勘も、捨てたもんじゃねーな。距離を取って、ラオの咆哮を回避して正解だったぜ」

「そんな、馬鹿なっ!」

「いいかオッサン……。双剣士は身軽なんだよ。この中で1番、な」

「くっ……。う、うおおおおおっ!!」

怒りや焦り、保身に走らねばという自己愛が感情を高ぶらせ、ベルザスは雄叫びを上げながら全体重をかけてエースの胸を踏み付けた。固いブーツの靴底が肺を圧迫してエースは激しく咳込み、彼の下敷きとなっているアリスも、体を圧迫されて悲鳴を上げる。

「アリス!エース!!」

一部始終を目の当たりにし、あまりの衝撃に暫し茫然としていたラビは、ハッと我に返って銃口をベルザスへと向け直した。そして狙いを定めたまま、装填していた貫通弾を通常弾に切り替える。

「ベルザス!二人から離れろ!今すぐにだっ!!」

彼の銃口は一撃で片が付くよう、ベルザスの頭部に向けられていた。牽制など甘い事をするつもりは無い。ベルザスが妙な動きをしたら、ラビは迷わず引き金を引くつもりであった。
ラビにはベルザスの様に、自己保身に走る気などは一切無い。何を差し置いても、仲間を助ける事が最優先だったのだ。

と、その時。老山龍の足踏みが激しく大地を揺らしたかと思うと、龍は大きな身体をぐにゃりと曲げて身構えていた。しなやかな長い首をくの字にし、右肩を突き出すようにして砦に体当たりをし始めたのだ。

勢いを付けた老山龍の巨体が、門前に居るアリス達に迫る。岩のように硬化した体は彼女達の存在を気に留めるでもなく、ただ邪魔な物体である砦に対して、容赦無く叩き付けられようとしていた。

――来る!!

身動きの取れぬアリスとエースは、少しでも次に来る衝撃を和らげようと身体を固くする。だが、それがまずかった。エースの気が老山龍に逸れたその瞬間に、ベルザスはここぞとばかりに一気にランスを引き抜き、右腕に装着した大盾を構えて自分自身の守りに入ったのだった。

「ぐああぁっ!」

ランスを引き抜かれた痛みが全身を貫き、エースが悲鳴を上げる。傷口を塞いでいた物が無くなったせいで鮮血は氾濫し、辺りを瞬く間に血の海に染めてしまった。

ズドォォオンッ!!
直後、爆発音に近い激しい轟音が鳴り響き、老山龍の巨大な体躯が砦にぶつけられた。その一撃により大地は大きく震動し、砦の石垣ががらがらと音を立てて崩れ落ちる。そして砦の上部で狙撃をしていたハンター達の体が宙を舞い、悲鳴が雨空に上がった。

砕けた石材の粉塵が空気中に舞い上がり、視界を煙で覆い尽くす。まさか、こんな事態になるなんて。地上の離れた位置に居たおかげで唯一難を逃れたラビの全身から、さあっと血の気が引いていった。全てが悪い方向へと一転し、目の前に惨状が広がる。

――どこに居る……?

これが悪夢なら覚めて欲しい。
ラビは砂埃の中に目を凝らしたが、二人の姿はおろか、ベルザスの姿さえも見つけられなかった。大盾で咄嗟に防御行動をとっていたベルザスは、恐らく無事で済んでいるだろう。だが、丸腰な上に、負傷した二人はただでは済まなかったはずだ。

老山龍はゆっくりと体当たりの姿勢を解いていく。この時ばかりは、龍の動作の遅さに感謝せざるをえなかった。

今のうち。龍が次の攻撃に移る前に、二人を救出しなければ。ラビはヘビィボウガンを素早く納銃し、砦へ向かって走り出す。ざあざあと激しさを増してきた雨が空気中の粉塵を静め、ラビの視界には崩れ落ちた瓦礫の山が映った。

――あの中に二人が……!?

崩壊した石垣の元に駆け付けたラビは、大急ぎで無惨な残骸を掻き分け始める。足元の水溜まりがくすんだ赤色で滲んでいくさまに嫌な予感を覚えつつも、二人の無事だけは信じていた。

「アリス!エース!!」

だが、いくら名前を呼び叫んでも、二人の応答は返って来ない。欠けた石材を荒々しく放り投げるラビの脳裏に、悲しい過去の記憶が甦る。
古龍テオ・テスカトルの急襲に遭ったドンドルマの街。あの時も焼け落ちた家屋をこうして払い退けながら、弟の姿を探していた。

大切な人を守れなかった。
何も出来なかった。
もう二度と失うまいと、必ず守ると心に決めたはずなのに。どうしてまた、こんな事になってしまったのだろうか。
ラビの後悔と自責の念は、増すばかりであった。

「頼む。返事をしてくれ!」

祈る様な気持ちで、剥がれ落ちた大きな石壁の塊を動かす。そしてその先の光景に、ラビは目を見開いた。

退かした板状の石材の下には、穴蔵の様な空洞があったのだ。荒々しく削られた地肌はそれが自然にできた物ではなく、人為的に掘り起こされた物である事を物語っている。

石壁が蓋をしていたおかげで、空洞内はまるでシェルターようになっていたらしい。そして穴蔵の湿った土の上に、瞳を閉じたアリスが静かに横たわっていたのであった。

「アリス!!」

ラビは急いで彼女の元に駆け寄ると、上体を起こして抱きかかえ、首筋に手を添えた。
……生きている。指先にトクトクと一定の鼓動を続ける脈を確認して、ラビはホッと胸を撫で下ろしたのだった。

「エースはどこだ?」

衝突前、エースはアリスに覆いかぶさる様にして倒されていた。それならば老山龍の体当たりで多少飛ばされたとしても、この近くにいるはずである。

ふと視線を落としたラビは、地面に掘られた一つの穴を見つけた。直径は、人ひとりが通れるくらい。長さは底の見えない地中深くまで続いている。

「これは、もしかして……」

不自然なその穴を見つめていたラビの、直感がピンと働いた。地面を掘り、地中を潜行するなんて芸当が出来るのは、例の種族である彼しか居ない。

「ニャアッ!」

地中へ向けて掘られた穴の中から、可愛らしい鳴き声と共に小さな鎧に身を固めた一匹のアイルーがピョンと飛び出した。土を掘り返した手も、地中を通って来たその体も、泥に塗れて真っ黒である。

「やっぱり、君が助けてくれたんだな」

「ニャ、ラビ!」

切迫した状況に表情を強張らせていたアイルーは、ラビの姿に気付いて安心したのか、そのガラス玉の様な瞳を潤ませた。
拠点で待機しておくようにと言われていた彼が、なぜここにいるのかを問うのは無粋だろう。いてもたってもいられなくなり、戦場に駆け付け仲間の救助に尽力した事は、日の目を見るより明らかだ。

「ヨモギ君、エースは?」

「大丈夫ニャ。今、拠点に居るギルドナイツさん達の所へ送り届けて来たニャ。出血は酷いけど、助かるだろうって言ってたニャ」

ヨモギは溢れそうになる涙を堪えながら、しっかりとした口調でそう答えた。勇気を奮い立たせて気丈に振る舞うその姿に、ラビは目を細め、「ありがとう。よく頑張ったな」と小さな頭を撫でてやった。

「アリスも連れて行けるか?俺はここに残ってやる事がある」

「任せるニャ。……僕にはこれくらいしかできないニャ。ラビ、龍とあの人の事……頼みますニャ」

ヨモギの言う「あの人」とは、ベルザスの事を指していた。アリスの命を狙い、エースに傷を負わせたあの男が許せないのは、彼も同じだったのだ。

ラビは力強く頷くと、両腕の中のアリスを差し出した。しかし、彼の動きを制止するかのように、細い指がその腕を掴んでいた。

「アリス!?」

意識を取り戻した少女の手が、ラビの腕を握り締めて離さない。ふるふると弱々しく横に振られる頭は、自分を搬送する事を拒否している様だった。

「まだ、戦える……。エースの為にも、最後まで戦わなきゃ……」

「無理をするな!老山龍の事も、ベルザスの事も、俺が片を付ける!」

「ラビ、お願い……。私がやらなきゃいけないの。私にも戦わせて……!」

アリスはラビの腕を支えにぐっと体を起こすと、よろめきながら立ち上がる。地面に向けて左右する視線は、老山龍の咆哮を受けた時に落とした大剣を探していた。

心配そうに彼女を見つめるヨモギの側で、ラビは意を決した様に立ち上がる。迷っている時間は無い。老山龍はこうしている間にも、砦へ更なる一撃を加えようと身構えているのだ。

「分かった。一緒に戦おう。ヨモギ君にもお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」

「僕にもお手伝いできる事があるニャ?」

「ああ、君に任せたい。君の力が必要なんだ」

小さくて非力な自分にもやれる事がある。必要とされている。その言葉だけで、ヨモギの顔がパッと明るく晴れ渡った。

何をすればよいのかと問うヨモギに、ラビは指示を与える。それは老山龍を倒すにあたり、絶対的に必要な一手であった。絶大な効果を発揮すると同時に、失敗が許されない一撃。戦いの鍵ともいえる策は、一匹の小さなアイルーに委ねられた。

「もう殆ど時間が無い。砦が崩壊する前に、討伐するぞ」

「うん!」

「ニャ!」

三人は互いの目を見つめながらしっかりと頷くと、それぞれの持ち場につく為に走り出した。ぬかるんだ地面に放り出されたまま、雨風に曝されていたブラッシュデイム。アリスはそれを拾い上げると、その背に素早く担ぎなおした。

老山龍に砦を突破されるわけにはいかない。早く仕留めてしまわねばと、アリスは龍の首下に潜り込み、腹へ向かって駆けて行った。

「はぁぁあっ!」

抜刀の勢いを活かし、大剣の重量に任せて孤を描くように振り下ろす。これで終わりにしてくれと願いを込めて、老山龍の丸い膨らみを帯びた腹を何度も斬りつけてやった。

老山龍の腹はすでに、数多の斬撃により付けられた傷で酷い有様だ。これら全てが、エースがここまでの道程で攻撃を与え続けて来た証なのだと思うと、アリスの胸はぎゅうと締め付けられた。

――エース……!

瞼の裏に焼き付いた、あの時の光景。苦痛に歪む彼の顔がどんどん青ざめていく様は、一生忘れられないだろう。

――大丈夫。ヨモギが安全な場所へ連れていってくれた。命は助かると言っていた。だから、私は私の成すべき事をやらなきゃ!

彼が元気になった時には、いつもの様に憎まれ口をたたきながら、額を指で小突いてくるに違いない。
アリスはそう信じて、大剣を振るい続けた。

豪雨と化した天候の中、死闘は続く。砦は全体の約半分を破壊されたが、老山龍の意識も朦朧とし始めていた。

早く。早く倒れろ!
アリスもラビも、砦上部に居るハンター達も。皆が一様にそう願い、疲労の限界を超えた体を酷使する。退く事の許されない戦闘とはいえ、こうしてまでも彼らが立ち向かっていられるのは、ハンターとしての誇りと威信を懸けていたからであろう。

三発の銃撃を行ったあと、ラビが最後の貫通弾をヘビィボウガンに装填したその時の事だった。老山龍がグオオと唸りながらその大きな体躯を持ち上げ、二本の後ろ脚で立ち上がった。高くそびえる砦を悠々と見下ろす巨大さに、周囲に居たハンター達は一瞬だけ慄き、攻撃の手を止めていた。

ズシン、ズシンと老山龍が前進すれば、地面に溜まった泥水を跳ね上げる。激しい雨は龍の血を洗い流しながら、頭部から肩、背中、尾の先へと滴り落ちていった。

――チャンスだ……!

砦の大門に接近していく老山龍。その動きに気付いたラビは、静かに銃口を下ろす。やっと訪れたこの好機を、見逃す訳にはいかなかった。

「アリス!こっちへ!」

ちょうど龍と大門の間に位置取っていたアリスに向けて、ラビが叫ぶ。その声をしかと聞き届けたアリスは大剣を納刀し、ラビの居る大門の側面へ向かって走り出した。

「“アレ”をやるの!?」

「ああ。もう少し……あともう少しだけ引き付けてからな。合図、君に任せてもいいか?」

「うん、分かった!」

アリスは老山龍へ向き直り、そのゆったりとした足どりを見つめる。大門と龍の距離はおよそ十メートル。のっそりと動く後ろ脚がぬかるみに沈む度に、その距離が九、八、七……と縮まり、それにつれてハンター達の間に緊張感が高まっていった。

ふと、老山龍が足を止める。砦との距離はもう、無いに等しい。ぴたりと大門の前で動かなくなった龍は、低く唸りながら熱い吐息を吐き出した。それは雨によって冷やされた空気中に、白い煙となって消えていく。

――今だ!

アリスは天を仰ぎ、砦の上部に向けて豪雨に負けぬよう声を張り上げた。

「ヨモギーー!お願いっ!撃ってーーー!!」

その声は、大門の上に待機していた彼に確かに伝わった。

「了解ニャ!」

ヨモギは目の前にまで近付いて来た老山龍の巨大な頭部に臆する事無く、龍のギロリとした眼を睨み返す。そして小さなその両手に握り締めたハンマーを高々と振りかざすと、足元に設置されたボタン型の起動スイッチを叩き付けたのだった。

ズドォォォォンッ!!!

……それは、ほんの一瞬の出来事だった。
ギルドが大門正面から突き出る様に設置した、対巨大龍用の兵器・撃龍槍。長さ十メートル、直径八十センチはゆうに越えるであろう四本の大型槍が勢いよく飛び出し、老山龍の身体を貫いたのである。

龍は叫び声を上げる余力も無く、ただ静かに息を引き取った。撃龍槍が突き刺さったままの体に、脱力した両腕や長い首がだらりとぶら下がった。

「やった……。やったぁ!!」

アリスは涙ぐみながら傍に立つラビの方へ振り返ると、手を取り合って喜びを分かち合った。大門の上ではヨモギはぴょんぴょんと跳びはね、しかと老山龍の最期を見届けた他のハンター達からも、勝利を祝した歓声が沸き上がる。砦中が、目標を達成した歓喜に満ち溢れていた。

「アリス、待て!」

その時。彼女の背後にうごめく影を見つけたラビが、表情を固くする。彼の視線を辿るようにアリスが振り返ると、そこには腹を手で押さえ、ヨロヨロと覚束ない足取りでこちらに向かって来るベルザスの姿があった。

老山龍の体当たりを大盾でガードした彼は、事なきを得たと思われた。だが実際には崩れた石材の下敷きになり、今まで気を失っていたのだった。漸く意識を取り戻してみれば歓喜に沸くアリス達の姿を目にし、気力だけでここまで歩いてきたのである。

ベルザスは荒い息を吐きながら、二人の目前で動きを止めた。その背に担いだランスを手に取る力が残っているとは思えないが、警戒したラビはアリスの前に立ち塞がる。

「……答えろ。なぜアリスに刃を向けた。そのせいでエースがどんな目に合ったか、分かっているな?」

ラビのものとは思えぬ、低く冷たい声が雨空に響く。ベルザスは切れ切れの息に肩を上下させながら、今の状況には相応しくない不敵な笑みを浮かべた。

「憎い……ただそれだけだ」

「憎しみだけで凶行に走るとは安易だな。……こっちは仲間の命がかかっている。答えとしては不十分じゃないか?もう一度聞く、何故なんだ」

それでもベルザスは、ニヤついた顔を二人に向ける事を止めなかった。煮え切らないその態度に、アリスの怒りも頂点に達しようとしていた。

「あんたねぇ!いい加減に――」

「ジェナの事、分かったと言っていたな。……何が分かったっていうんだ?」

アリスの言葉を遮って、今度はベルザスが質問を投げ掛けた。アリスは少々戸惑いながらも、それに答える。

「何よ、急に……。いいわ、教えてあげる!ジェナが居なくなった理由は、あの日一緒に戦うはずだったあんたにもあるんだから!」

アリスは自身の前に立ち塞がっていたラビの前に出ると、わなわなと震える拳を握り締めた。

「あの日……認めたくはないけど、ジェナは確かに老山龍の恐怖に怯えていたのよ。さっきの私みたいにね。恐くて、体が震えて動けなくて、苦しんでいた。それでもこうして戦場に帰って来る事ができた私と、逃げ出してしまったジェナとの違いを考えた時、気付いたの。……それは仲間の存在。私には、救いの手を差し延べてくれる仲間が、いつでも傍に居てくれた!」

「でも」と、アリスは言葉を続けながら、涙を湛えた瞳でベルザスを睨みつける。

「……ジェナには居なかったのよ。苦しい時に支えてくれる仲間が!あんたは自分の事ばっかりで、仲間を助けようなんてしないじゃない!だからジェナは、恐怖に耐え切れずに……。私もジェナも、独りじゃ自分の弱い心には勝てなかったのよ……」

言い終わるよりも先にぽろりと大粒の涙が零れ落ち、雨粒と共に足元で跳ねた。
泣きじゃくるアリスにラビはかける言葉が見つからず、ヒクヒクと上下する細い肩にそっと手を添える事しか出来なかった。

「……ク、クク。ふはははははっ!あーっはっはっは!」

ベルザスの狂喜じみた笑い声が、二人の耳に嫌に響く。ラビはギリッと唇を噛んで、憤る感情を抑えつけた。そうでもしなければ、今ここで怒りに任せてベルザスを手に掛けかねなかったのだ。

「何が可笑しいんだ」

「ククッ、分かってねぇよ。何も分かっちゃいねぇ」

「言えっ!!」

「アリスよ、残念だが半分は正解で、残りの半分は間違いだ!お前、ジェナの事なんにも分かってねぇよ!」

ベルザスは不快な笑みを浮かべたまま、歪んだ目付きでアリスを見据える。そしてゆっくりと、浅黒い肌に映える白い歯を剥き出しにして、その言葉を告げたのだった。

「教えてやるよ。あの日、俺達の間に何があったのか。ジェナがお前に告げられなかった“真実”を、な……」

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