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MONSTER HUNTER*anecdote
老山龍の進行(後編)
「あー!腹減った!」

エースは砦の内部に戻るなり、設置された簡素なベッドにどかりと腰掛けた。そして待ちきれないといった様子で携帯食料の袋を紐解き、ポイと口の中へ放り込む。

続いて戦闘エリアから帰還したアリスとラビも、疲労した身体を休めようと木の床に腰を下ろした。老山龍の討伐は長期戦必須。休憩をとりつつ進まなければ、後半戦まで体がもたないだろう。

「砦の門にラオが到着するまで、あと何分くらいかな?」

「今エリア4を出た所だから、5分弱だな」

「5分か……あまりゆっくりもしていられないね」

アリスはアイテムポーチから取り出した回復薬を一気に飲み干し、大剣を研ぐ為に砥石を用意した。
次のエリアで老山龍と決着をつけなければならない。ラビはボウガンの弾精製にあたり、エースは早くも4つ目の携帯食料を腹に落とす。最後の戦いに備えて、ハンター達は各々態勢を整え始めていた。

そんな彼女達から少し離れた所で、ベルザスは腕組みをしたまま身体を壁に預けて立っている。レックスSヘルムの下から覗く隻眼は相変わらず嫌な視線をアリス達に向けていたが、彼はあれから一向に口を開こうとはしなかった。

エリア3、4と老山龍の歩みに合わせて戦って来たが、ベルザスは懸念していたような真似はせず、ただ龍に対するハンターとしての務めを果たしていた。このまま討伐が済めば良いのだが……何か裏があるような気がしてならないアリス達は、警戒心を抱き続けていたのだった。

「ところでアリス。お前、何か掴んだのか?そのためにここまで来たんだろ?」

エースはモグモグと6つ目の携帯食料を口に含みながら、アリスに問い掛ける。彼の言う“何か”とは、もちろんジェナに関する事であろう。

アリスは大剣の刃を研ぐ手を止めて、エースに向き直った。

「……うん。なぜジェナが逃げ出してしまったのか、分かった気がする」

その言葉を耳にしたベルザスの眉が、ピクリと動く。

「本当か?何があった」

思わずラビも調合の手を止め、話に身を乗り出した。“ジェナの身に起きた出来事”。彼もそれを気にかけながら、何か異変が無いか見回しつつ戦っていた。だが、今までの過程では得に思い当たる節は無かったのである。

「あ、まだそうと決まった訳じゃないの。信じたくないだけかもしれないけど。でもきっと、この戦いが終われば確信に変わる。……話すのは、それからでもいいかな?」

彼女のその言葉に、エースは「何だよ気になるじゃねーか」と口を尖らせた。

「分かった。じゃあ、終わったらまた聞かせてくれ」

ラビはそう彼女に告げると、弾精製を再開する。
おそらく、アリスには自分とは違う世界が見えていたのだろう。ジェナという人物を1番よく知っている彼女が「分かった」と言っているのだから、きっとそれが正解なのだ。自分は今まで通り、戦いが終わるまで傍に居て支えてやればいい。
それが、ラビの考えだった。

「ま、いいか。今はラオの討伐に集中だな」

エースは合計で8つの携帯食料を平らげてやっと満足したのか、ポンポンと腹を叩く。そして充電完了といわんばかりに勢いよく立ち上がると、肩や腰を捻って身体を解し始めた。

――そう、今は討伐する事に集中しなきゃ。

エリア2で戦闘に参加出来なかったアリスは、遅れを取った分も成果を上げなくてはと思っていた。
戦っているうちにある程度の自信も付いたし、このまま順調に攻撃を重ねていけば、きっと無事に討伐を終えられるだろう。

「よし、準備完了」

アリスは立ち上がると、研ぎ上げたブラッシュデイムをその背に担ぐ。続いて「俺も」と、完成した弾をアイテムポーチに仕舞いながら、ラビが腰を上げた。

そこへ、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、弓やボウガンを担いだハンター達が砦内に駆け込んで来た。彼らは作戦開始時に別れた、もう一方のハンター部隊だった。

「門まで追い込んで来たが、こっちは弾切れだ。休息を兼ねて、少し補填の時間が欲しい」

その中の一人がハァハァと息を切らしながら、アリス達にそう伝える。他の三人も無事ではあったが、体力もアイテムも消耗しきっている様子だった。

「お疲れ様です。俺達は充分に休憩を頂きましたから、ゆっくり休んで下さい」

ラビは別部隊のハンター達に敬意を払い、脱いだ羽帽子を胸に当てて深々と頭を下げる。そして討伐作戦の成功と互いの無事を祈りながら、また後で合流しようと誓い合った。

「そろそろラオの野郎を出迎えに行くか」

エースは首元まで下げていたマスクをぐいっと引き上げ、頬を叩いて気合いを入れ直す。

「最後まで油断せず、慎重に行こう」

きゅっと羽帽子を被り直し、ラビは壁に立てかけておいたヘビィボウガンを担いでいた。

アリスは、最終エリアの大門へと続く階段を見上げる。分厚い雲が太陽を遮り、霧が周辺一帯を包み込んでいるせいで、開け放たれた階段の先からは一切の光が差し込まない。鼻先を擽るのは湿気た臭い。どうやら、ひと雨降りそうだ。

――この先に進めば、私の目的は果たされる。でもそれは終わりじゃない。始まるんだ。たとえ光明が差さなくても……!

「行こう」と、アリスは隣に立つ仲間達に告げる。
そして、ゆっくりとこちらに近付いて来るベルザスの気配を背中に感じながら、ぐっと拳を握り締めたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ズシンズシンと歩みを進める老山龍。ここまでの通路で、ハンター達に与えられたダメージは相当なものだった。顔や腹の鱗は斬撃により剥がされ、肩や背中には無数の矢やボウガンの弾が突き刺さったままになっている。体中から溢れ出す血が、龍の通った道をなぞるように一本の曲線を描いていた。

それでも老山龍は歩みを止めない。まるで何かの使命を背負っているかのように、力強くその一歩を踏み出していた。
やがて、ギルドの紋章を掲げた砦が龍の瞳に写り、老山龍は残された力を振り絞って歩く速度を上げたのだった。

「これ以上、砦には近付かせない!」

龍の足元の方から響くのは、ちっぽけな人間の声。この前脚で踏み潰せば、一瞬で息絶える脆弱な生き物だ。だが、ありとあらゆる知恵を持ち、ここまで自身を追い詰めた決して侮れない生き物でもある。

龍はその大きな身体を起こし、空に向けて鳴き声を上げた。砦一帯を揺さぶる大きな咆哮。生き残るのは龍か人間達か。間もなく明暗は分かたれようとしていた。

「凄い鳴き声……!」

老山龍の大咆哮に、アリス達は両手で耳を塞いで屈みこんだ。鼓膜に響く大音量は、それだけでハンターの足をすくませ、動きを止めてしまう。
だがそんな中、一人だけ自由に動く事が出来る者がいた。ベルザスだ。彼は老山龍の咆哮をものともせず、ランスを構えて攻撃を開始していたのである。

「高級耳栓か……」

アリスの隣で、同じ様に耳を塞いでいたエースがぽつりと呟いた。彼の言う通り、ベルザスが装着しているレックスSシリーズ防具には高い防音性が備わっており、モンスターの咆哮を軽減する効果がある。
そのおかげでアリス達が自由を奪われている間にも、彼だけは行動を起こす事が出来たのだ。

ベルザスは老山龍の頭に向かってランスを突き上げ、細かくステップを踏んで位置取りを合わせては、また攻撃を繰り出していく。流石はミナガルデにおいてジェナと双璧を成していた男。片目を失っていても、実力は確かなものであった。

「エース、私達も!」

「……おう。ラビ、援護頼んだぜ」

「ああ、任せてくれ」

アリスとエースは老山龍に向かって同時に走り出す。その背後で、ラビがヘビィボウガンを組み広げていた。

「はぁぁあっ!」

エースは龍の腹の下に潜り込むと、担いだ双剣を一気に引き抜いて斬りかかった。外郭よりも肉質の柔らかい腹は、剣を一振りする度に確かな手応えを伝えてくれる。加えて彼の使用している双剣・封龍剣【超絶一門】は、老山龍の弱点である龍属性を秘めた太古の宝器だ。絶え間無く繰り出されるエースの斬撃は、老山龍に多大なダメージを与えていく。

一方でアリスは、すでに老山龍の頭に陣取るベルザスとは立ち位置ずらして、攻撃を開始していた。
同じ部位を攻める場合には、互いの武器がかち合わない様に注意を払わなければならない。構えた大剣を縦に振り下ろして斬りつけた後、普段ならその勢いを殺さぬよう反動をつけて横に薙ぎ払うのだが、アリスは素早く身体を捩って回避行動を取った。そして再び間合いを詰めてから、狙いを定めて一撃。この方がベルザスの邪魔にならず、且つ攻撃の手を休めずに済むと、これまでに学んだのだった。

ハンター達が攻撃を加えていく間にも、老山龍はズンズンと砦へ近付いて行く。休憩を終えて合流した別チームのハンター達が、大門の上に設置されたバリスタを次々と龍の背に向けて撃ち放ったが、それでも進行は止まらなかった。

――あと少しのはずなんだけどな……。

ラビは老山龍から少し離れた場所に腰を据え、狙撃を続けていた。
体内の弱点部位に届く様に、狙い定めた貫通弾を惜しみ無く撃ち込む。そして装填した弾が尽きる前に、リロードを済ませる。これは不慮の事態が起きた時に弾切れで対処が出来ないなんて事にならないよう、常に数発を予備しておく彼の癖であった。

老山龍が大門の前まで到達してしまっても、ラビは至って冷静である。彼には、エースと竜姫のたった三人で前回の老山龍討伐作戦を成功させた自信があった。あの時は老山龍によって砦を半壊されたものの、結果的には大勝利を収めたのだ。今回はその倍以上のハンターが揃っているし、自分自身もあの頃より腕を上げたと思っている。

だから、このままいけば何の問題も無く作戦は終わる。
……そのはずだった。

不意に、龍が上体を起こして立ち上った。そして長い首をゆっくり擡げると、曇り空に向かって腹の底から吠え叫んだのだった。

グォォオオオオッッ!!!

大咆哮は衝撃波となって大気を、大地を、砦を揺るがす。そこに居た全てのハンター達が反射的に両手で耳を塞ぎ、それぞれの武器を手放してしまったのだった。

耳の奥を震わすビリビリとした刺激を体中で感じて、アリスの身体が硬直する。このままではまずい。大剣を拾って体勢を立て直さなければと彼女が目を遣った地面に、黒い影か被さった。

「!?」

身を突き刺すような殺気が、一瞬にしてアリスの体を突き抜ける。

影の主を確かめるために見上げた先にあったものは、憤怒や憎悪が入り混じった狂喜の笑み。
この老山龍の大咆哮の中で、唯一自由を得られる男。ベルザスが、その手に持ったランスの切っ先をアリスに向けていたのだった。

「アリスッ!!!」

その異常に気付いたラビはヘビィボウガンを拾い上げ、直ぐさま構えなおしていた。
老山龍の咆哮が、直に耳の奥深くに走る。その激痛に耐えながら、ラビは銃口をベルザスへ向け、引き金に指を掛けた。

――……駄目だ、撃てない!

射線上にはベルザスだけではなく、アリスまでもが入っている。そして今、このヒドゥンスナイパーに装填されているのは貫通弾だ。ベルザスを撃てば、貫通した弾はアリスをも貫いてしまうだろう。

――この位置からベルザスだけを撃つのは無理だ!俺には、助けられない……!

……全ては、ベルザスの企み通りだった。
今まで大人しく老山龍を攻撃していたのは、砦から戦況を見守るギルドナイツへのただの建前。防具の特性により自分だけが自由に動ける、この時を狙っていた。

誰もアリスを助ける事が出来ない。もしも仲間のガンナーが己の聴覚を捨ててこちらにボウガンを向けたとしても、射線にアリスを重ねれば、絶対に撃ちはしない。

もう一人の双剣士に至っては、自分の身を呈してまで仲間を助けに来たりしないだろう。面倒くさがりで、自分の事が可愛いだけの甘えた男だと、ドンドルマで噂されていた程度の男だ。そんな度胸があるとは到底思えなかった。

誰にも邪魔される事無く、アリスを痛めつけれる。後でギルドに罪を問われても、咆哮で動けなくなった仲間を助けようと突っついたら、当たり所が悪かったとでも適当に言ってごまかせば良い。

「恨むんなら、ジェナを恨めよ。真実を告げずに消えちまったジェナをよ」

紅く染まった漆黒槍グラビモスの切っ先は、正確に彼女の胸を狙いつけている。アリスが身につけている防具がいくら堅固な火竜の鎧だとしても、この至近距離では衝撃に耐えきれないだろう。

ベルザスはニヤリと笑った後、脇を閉めて引いた腕を一思いに突き出した。鋭く尖ったランスの先が風を切り、ヒュンと音を立てていた。

「いやぁぁあっ!!」

……ポツリ、ポツリと雨が降り出した空に、アリスの悲痛な叫び声が響き渡ったのだった。

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