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MONSTER HUNTER*anecdote
老山龍の進行(前編)
司令官に会うためにやって来た拠点は、中央に古びた長机が置かれた薄暗い小さな部屋だった。壁際に設置された木製のボードには、この砦の周辺地図が張り出されている。よく見れば小さな文字で覚え書きの様なものが書き込まれており、砦までの一本道が4つのエリアに区切られていた。

室内にはアリス達の他に五人のハンターが既に集まっていたが、誰一人として会話を交わす者は居ない。張り詰めた空気に緊張したのか、いつもはお喋りなヨモギも押し黙ったままである。

「なんだ、これだけしか集まらなかったのか」

ふと静寂を破り、コツコツとブーツの踵を鳴らしながらやって来た男は、ハンター達を一通り眺めて溜息をついた。大きな羽帽子と、鮮やかな真紅のギルドナイトの正装に身を包んだその男の隣には、目元を覆い隠すようなマスクをつけた男が苦笑いしている。彼もまた、落ち着いた灰銀色のギルドナイトの正装をスマートに着こなしていた。

「多くの狩猟団が、砂漠や火山に遠征中だそうですよ。これでも前回に比べれば集まった方です。あの時は三人でしたからね」

「ふん、まあいい。いざとなれば、我々ギルドナイツが出るまでだ」

男達はクエストボードの前に立つと、改めて集まったハンターの一人一人を品定めするかのように眺めた。
更に高まる緊張感の中、アリスは隣に立つラビに小声で尋ねる。

「作戦の指揮って、ギルドナイツがとってるの?あの人達って本物のギルドナイト?初めて見た……!」

少し興奮気味のアリスに、ラビは静かに頷いた。
ギルドナイツとは、ギルドマスターによって選ばれた12人のハンターによる精鋭部隊である。栄誉を授かった、いわばエリートだ。ギルドナイツのメンバーはギルドナイトと呼ばれており、ハンターの統括や、モンスター絡みの事件が起きた際の対応・指揮などを主な活動としている。

今回、討伐戦の指揮をとるのは真紅の正装を身に纏ったギルドナイトの男らしい。彼はこの場に揃ったハンター達を眺め終わると、地図の貼られたクエストボードに向き直った。

「では、今回の作戦を言い渡す。老山龍は現在、この砦へ向かって歩を進めている。君達には四人小隊を組んで、各エリアに向かってもらいたい」

ギルドナイトは慣れた様子で手際よくハンター達を二組に分け、指示を出していく。補佐役であろうマスクの男共々、彼らはまだ三十を過ぎた頃合いの若さであったが、やはりギルドマスターに選ばれし者。この緊急事態にあっても何一つ動じる事無く、冷静に作戦を伝えていった。

「……以上だ。質問のある者は挙手」

終始ただ静かに話を聞いていたハンター達の中に、手を挙げる者は居なかった。ギルドナイトは満足げに頷くと、作戦会議の解散を告げる。程なくして、同チームとなった四人のハンター達が拠点を去って行ったのだった。

アリス達と同じチームになった四人目のハンターは、轟竜ティガレックスの防具一式を着込み、切っ先が朱に染まった火属性ランス・漆黒槍グラビモスを担いだ男であった。「あの人に挨拶しておこうか」というラビの提案に乗り、アリスはその背中に声をかける。

「同じチームの者です、よろしくお願いします!」

アリスの声で振り返ったそのハンターは、浅黒い肌に映える白い歯を剥き出しにして、ニヤリと笑っていた。

「こちらこそ、よろしく頼むぜ。……裏切り者の妹分さんよ」

「!!」

ハンターであれば、同じ装備をした者などよく居る話である。それにしても、なぜ気が付かなかったのだろうとアリスは青ざめた。ドンドルマに到着した夜以来、会わないようにと極力気をつけてきたというのに。

「ベルザス……!どうしてここに!?」

かつてのジェナの仲間であるその男は、敵意を剥き出しにした瞳でアリスを見ていた。

「居ちゃ悪いか?俺はラオシャンロン討伐経験のあるハンターだぜ」

「……別に、悪いだなんて言ってないわよ」

「ま、俺の足を引っ張らないよう気をつけてくれよな。あと……怖じけづいて誰かさんみたいに逃げ出したりしないように」

「ジェナの事を悪く言わないで!」

ついカッと頭に血が上り、ベルザスに掴みかかろうとしてしまったアリスの手をラビが抑えた。
「何をしている、早く行け!」と、騒ぎに気付いたギルドナイトから叱咤する声が飛ぶ。

落ち着くようにたしなめるラビと、悔しがるアリスを置いて、ベルザスは高らかにせせら笑いながら拠点を出て行ってしまったのだった。

「嫌な野郎と一緒になっちまったな」

「アリス、大丈夫ニャ?」

もちろんエースやヨモギも、悪態をつくベルザスに対して良い思いなどするわけがなかった。偶然とはいえ、自分達と同じチームに分けたギルドナイトを恨みたいくらいである。

「……君達、さっきから気になっていたんだが」

重い空気が漂うアリス達に、マスクを付けたギルドナイトが声をかけた。それはアリスにとって、予想外の一言となる。

「ギルドはオトモアイルーの老山龍討伐戦参加を認めていない。拠点で大人しく留守番しているか、所属ギルドに帰りたまえ」

「ニャニャ!?」

愛用の肉球ハンマーを握り締め、樽爆弾が沢山入ったリュックを背負って意気揚々と参戦するつもりでいたヨモギは、予想外の言葉に驚き跳びはねた。

「えっ、ちょっと待って!ヨモギはオトモじゃなくて、れっきとしたハンターなの!今まで私と一緒に、いろんなモンスターを狩って来た相棒なのよ。お願い、参加を認めてあげて!」

アリスは深々と頭を下げて懇願したが、ギルドナイトは首を横に振るだけであった。

「そのアイルーがハンターであると言うのならば、ギルドから正式に発行されたギルドカードを提示してもらおうか」

「それは……」

当然の事ながら、ヨモギにハンターライセンスの証であるギルドカードがあるはずがない。反論する術を無くして、アリスは口ごもった。

オトモアイルーの同行は小型から大型まで様々なモンスター相手に許されているが、老山龍のような超大型種はギルドから禁止されている。それもそのはず、人間でさえ自分の何十、何百倍も大きい相手なのであるから、アイルーなど龍の鼻息一つで吹き飛んでしまうだろう。

「アリス、仕方ないよ。ヨモギ君を連れて行くには危険過ぎる」

「ヨモギは立派なハンターだと俺も思うけどよ、さすがにラオが相手じゃなぁ……」

「そんニャア……。ラビ……エース……」

ギルドナイトだけでなく、仲間であるラビとエースにまで参加を認めてもらえず、ヨモギはすがるような目つきでアリスを見上げた。

「アリス、僕は一緒に行きたいニャ。僕たちはいつも一緒だったニャ。おっきな龍なんて怖くないニャ。踏まれニャいように気をつけるから……」

「ヨモギ……」

今まで数々の苦難を共に乗り越えて来た大切な相棒と、一緒に行きたいという気持ちはアリスにもあった。それは、この場にいる誰よりも強く。
だが、他の者達の言う通り、アイルーである彼に老山龍はあまりにも強大過ぎるだろう。それに、老山龍討伐戦に初めて参加する自分が自身の事で手一杯になってしまって、何かあった時にヨモギを守れないのではないかと思っていた。

アリスはぐっと気持ちを押し殺し、瞳を潤ませながらこちらを見上げるヨモギに向かって頭を下げた。

「ヨモギ、ごめん」

「ニャ……アリスまで……」

丸い大きな瞳から一粒の涙がこぼれ落ち、ヨモギはがくりとその場にへたり込む。
胸が締め付けられる痛みを感じながら、アリスは彼の額を撫でた。

「ここで待っていて欲しい。ヨモギは、私の帰る場所でいて?」

ヨモギは暫く俯いていたが、やがて何も言わずに小さく頷いた。
アリスは「ありがとう」と呟くと、ラビとエースと共に老山龍を迎え撃つ場所へと急いだのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


アリス達はギルドナイツの指示通り、エリア2と称された砦へ続くくの字型の通路でラオシャンロンの到着を待った。

ガンナーのみで構成されたもう一つのチームが、今頃作戦通りにエリア1と呼ばれる砦の物見台から狙撃を行っているはずである。アリス達は龍の進路を先回りし、ラオシャンロンを迎え撃つ手筈だ。

「おい、アリス」

深い霧が立ち込める空を見つめていたアリスは、エースの呼ぶ声に振り返った。

「なに?」

「お前、頭行けよ。腹は俺が行くから」

「え?でも……」

アリスは首を傾げた。ラオシャンロンは頭より腹を斬った方が効果的であると、先程ギルドナイトが言っていたのだ。それなのになぜエースは頭を狙えと言うのか、アリスは不思議に思っていた。

「お前みたいなヒヨッコが腹の下に潜り込んだら危ねぇんだよ。俺くらいの腕がないと無理無理!」

「あ、またヒヨッコって言った……」

恨めしそうに睨みつけるアリスの視線から、プイとエースは顔を背ける。
「もう……」と膨れたアリスだったが、彼なりに自分の事を心配し、気遣ってくれているのだとは分かっていた。

「アリス、俺はガンナーだから高台からの狙撃がメインになる。近くに居てやれないから、何かあった時にすぐ助けに行けないかもしれない……。出来る限り援護はするが、気をつけてくれ」

そう忠告するラビは、心配そうに表情を曇らせる。

「大丈夫、分かってるよ。慎重に、無茶しないように、でしょ?」

いつも口酸っぱく注意されている事だと、アリスは笑ってみせた。
そのわりにはヒヤリとさせられる場面が多いような気もするが、今は言わないでおこうとラビは心に留めておく。

「じゃあ俺も頭へ行って、老山龍初心者さんの面倒を見てやるよ」

少し離れた所から声が上がり、三人は固くした表情でその男を見返した。ベルザスの口元は怪しく歪み、隻眼は相変わらず鋭く刺す様な目つきでアリスを見ている。

「あんたの面倒になんか、ならないわ」

「そうかぁ?お仲間の野郎共は近くに居ないんだぜ?何かあった時、助けられる人間が必要だと思うがな」

ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるベルザスは、明らかに何かの策略を抱えている様に見える。とてもじゃないが、親切心で言っているとは思えなかった。

「てめぇ、なに企んでんだ?」

エースは眉間に皺を寄せ、ベルザスを睨みつける。

「企む?人聞きの悪い事を言うなよ」

「俺達は貴方を信用していません。もし、アリスに何か危害を加えるようであれば……俺は容赦無く貴方を撃ちますよ」

それはラビらしからぬ、穏やかで無い言葉だった。
しかし、こちらがいくら警戒していても、それすらも楽しむようにベルザスは嘲笑うのである。

「人殺しになっても構わない、ってか。それとも、流れ弾に当たった様に仕向けて俺を始末するつもりか?見かけによらず恐ろしい男だなぁ」

くっくっと喉を鳴らすベルザスの態度は、アリス達の神経を逆撫でた。だが、奴の挑発に乗って苛立ち、平常心でいられなくなってしまっては戦闘に支障が出る。三人はベルザスの言葉に耳を傾けぬよう背を向けて、老山龍がやって来る方角だけを見つめた。

やがてズシン、ズシンと大地が揺れ始める。
辺りを囲む切り立った岩山がビリッと震え、風の音が止んだ。

――来た……!

アリスは背負っていた大剣・ブラッシュデイムの柄に手を掛けると、素早く引き抜き身構える。

近付いて来る老山龍の足音。
あの日のジェナは此処に立ち、太刀を構え、何を思っていたのだろうか。

強く、勇敢なハンターだった彼女が戦線から離れた理由。それを必ず掴んでみせると、アリスは心に誓っていた。

……この時の彼女にはまだ、ジェナが持つ強い正義感ゆえの苦しみや葛藤、ヒトの心の奥に潜む悪意など、知る由も無かったのである。

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あきゅろす。
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