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MONSTER HUNTER*anecdote
蒼空に舞う桜(後編)
一方、西にある丘の上では……。

「はああぁっ!」

響き渡るエースの雄叫びと共に、ザンッと振り下ろされた刃から鮮血が飛ぶ。尾の先を切断されたリオレウス亜種は、バランスを崩して前のめりに地に突っ伏した。

その隙に、すかさず頭に撃ち込まれるボウガンの弾。蒼い竜の鱗が花びらの様に散り、火竜は悲鳴を上げた。

「いっくぜぇ!」

ダンッと地を蹴り素早く火竜の懐に潜り込んだエースは、舞う様に幾度も幾度も斬りつける。長短五枚の刃が連なった漆黒の双剣・ヒドゥガーは、竜の鱗を削り取るようにその身をえぐった。

腹を傷付けられ、足を撃ち抜かれたリオレウスはかなり疲労しているようだった。ハンター達の猛攻から逃げるように、大きな翼を広げてふわりと飛び上がる。ばさりと羽ばたいた翼から巻き起こる風圧に、さすがのエースも踏ん張りきれずに尻餅をついた。

「畜生っ、逃げやがる!ラビ!撃ち落としてくれ!」

エースは直ぐに立ち上がり双剣を構えなおしたが、ラビは飛び去る蒼火竜を撃つ事はしなかった。すっと銃口を下げると、竜の行く先を見届けるに終ったのだった。

「あれ、どうした?弾切れか?」

いつもなら確実に撃ち落としているはずなのに。珍しい事もあるものだと、エースは首を傾げた。
竜が去り、静けさを取り戻した緑の丘。ラビはボウガンを担ぎ直すと、違うよと頭を横に振る。

「弾ならまだまだあるから心配ない。撃ち落とさなかったのは、それの状態が良くなかったからだ」

そう言って、ラビはエースの双剣を指差す。彼の剣は硬い竜の鱗を休む事無く何度も斬りつけたせいで、すっかり斬れ味が落ちてしまっていた。確かに、これではろくなダメージを与えられまい。

「一度体勢を立て直してから追撃しよう。俺も、弾を調合しておくよ」

ラビは近くの岩に腰掛けると、弾の素材が入ったアイテムポーチを広げる。馴れた手つきで弾を作りあげていくラビを見ながら、相変わらず周りをよく見てるよな、とエースは感心していた。

戦闘中はつい熱くなり、目の前にあるものしか見えなくなるのは自分の悪い癖だった。ラビの様に冷静に戦況を見極め、引き際を知る事も大事だと分かってはいるのだが……なかなか上手くいかないものだった。

ラビと組んで正解だったなと思いながら、エースは草原に腰をおろした。

「……そういえば、まだ礼を言ってなかったな」

ふいにラビが発した言葉に、エースは砥石を持った手を止める。

「礼?何のだ?」

「アリスを助けてくれた礼だよ。エースと君の姉さんが、沼地で倒れていた彼女を介抱してくれたんだろ?」

「ああ……その事か。俺は別に何もしてねーよ。世話してたのは姉貴だ」

シュッシュッと刃を研ぎながら、エースはぶっきらぼうに答えた。
事実、傷の手当てをしたのも、ギルドに様々な手配をしたのも、全てダイアナがした事だった。アリスには命の恩人だなんて恩着せがましい事を言ってやったが、本当は、自分は礼を言われる様な事は何もしていないのだ。

だが、それでもラビはありがとうとエースに告げる。

「……心配で、堪らなかったんだ。ギルドに連絡して海中を捜索してもらったんだが、見つかったのはラギアクルスの死骸だけ。まさか沼地まで流されていたなんて、驚いたよ」

ラビは次々と弾を調合しながら、静かに話を続けた。

アリスがポッケ村に居るとギルドから連絡が入った時、ヨモギが泣いて喜んだ事。そして彼女を救出した人物が自分のよく知る者だと分かり、安心して帰りを待つ事が出来たのだ、と。

「だから、俺は君に感謝しているんだ」

「……やめろよ。俺は本当に、何にもしてねーんだって」

ラビの瞳は真っ直ぐにエースを見据えていたが、アリスを見捨てて置き去りにした後ろめたさに、彼はその視線から目を反らした。

「っていうか、本当に助けたのは俺らじゃないかもしれないぜ」

「えっ?」

足先の茂みを見つめながら、エースは思い出していた。沼地のほとりでアリスを見つけたあの時。彼女の近くに落ちていた、秘薬の空き瓶の事を。自分達より先にアリスを見つけた誰かが、彼女に飲ませたのではないだろうか。

ラビにその事を話すと、彼は調合の手を止めて目を丸くしていた。

「秘薬なんて一般市民に手に入るものじゃない。アリスにそれを飲ませたのは、ハンターだな」

ラビの言に、エースも同じ考えだと頷いた。あそこが狩場だという事も考慮すると、ハンター以外の人間がうろつく理由も無いのだ。

「だが助けようとして飲ませた後、そのまま放置するか?普通は、どっか安全な場所に移すだろ?」

「確かにそうだ。……何か理由があったのかもな。例えばだが、エース達が来た事に気付いてアリスの救助を託し、狩りに戻ったとか」

「それもおかしな話だぜ?だったら俺らに、何か一言告げてから行くだろ?」

顎に手を当てて、うーんとラビは唸った。あの日あの場所に、アリスを助けようとしたハンターが居たというのは間違いなさそうだ。だが、何か引っ掛かる。

「まっ、考えてたって分かんねぇよな。とにかくそういう事だから、礼はいらねーよ」

エースは研ぎ終えた双剣を担ぎ直すと、アイテムポーチに入れておいた携帯食料をポイと口の中に放り込んだ。

謎のままでスッキリしないが、エースが言うように考えて解決する問題ではないようだ。ラビは今の話を念頭に留めておくと、止めていた作業を再開し、完成した弾をポーチに仕舞い込んだ。

「……なあ、一つ聞いていいか?」

更にもう一袋、携帯食料を頬張りながらエースはラビに問いかける。

「なんだ?」

「お前、何でアリスのジェナ探しに付き合ってやってるんだ?ココットの村長にでも頼まれたのか?」

またこの質問か、とラビは小さく溜息をついた。ココットの村長にも以前、何故アリスについて行くのかと問われたものだった。

「頼まれてなんかないよ。『一緒に居ると楽しいから』じゃ、理由にならないか?」

「お前なぁ、真面目に答えろよ。だいたいラビには他にやる事があるんだろ?前に言ってたじゃねーか。書士―――」

「エース」

突如強まったラビの語調に、ぴしゃりとエースの言葉は遮られる。

「その事は、今はいいんだ。俺はアリスとヨモギ君を家族の様に思っている。だから助けたいし、守りたい。俺は二度と……失いたくないんだよ」

『家族』と聞いて漸くエースは思い出した。ラビにはもう、親も弟もいない。大切な人を失う辛さを、きっと誰よりも知っているはずだった。

二度と失わないために、自分の手で守るために共に行く。本当の理由はそこにあるのだろう。

「……悪りぃな、思い出させちまった」

「いや、大丈夫だ。気にするな」

ラビは立ち上がり、ヘビィボウガンを背負う。きゅっと被り直した帽子の羽飾りが、吹き付けた風にゆらりと揺れた。

「そろそろ行こうか。早く蒼を仕留めないと、姫に叱られそうだ」

「それだけは勘弁してもらいてぇな」

ゴクンと最後の一口を飲み込んで、エースは首元にずらしたマスクを鼻先まで引き上げた。

「エース、よかったら君もアリスの力になってやってくれよ。これも何かの縁だと思ってさ」

何で俺が!と、エースはいつもの調子で言い返しそうになった口をつぐんだ。
今までの様にあてもなくフラフラしているよりも、彼らについて行った方が新しい何かを見つけられるかもしれない。それに、ミナガルデで名を上げていた凄腕のハンターだというジェナにも、会ってみたい気はしていた。

「……他にやる事もねーし、別に構わねぇけど」

エースらしい返答にラビはクスリと笑うと、「助かるよ」と一言だけ答えた。

そして二人は飛び去ったリオレウスの後を追って、ペイントボールの臭気を頼りに北へと向かったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は少し遡り。舞い降りた桜火竜と対峙するアリス達は、先陣を切る竜姫を筆頭に激しい攻防を続けていた。

リオレイアは大きく翼を広げると、吸い込んだ息に炎を乗せて、巨大な火球を吐き出す。一直線に飛んで来るそれをひらりとかわすと、竜姫はハンマーを構えたまま果敢に桜火竜へと向かって行くのであった。
その眼は、火炎ブレスを吐き終えた直後の隙だらけなリオレイアの頭部を確実に捉えている。

「やあっ!!」

ぶんと勢いよく振り下ろされたハンマーが、桜色の甲殻を叩き潰す。脳天を揺るがす衝撃にリオレイアが怯むと、竜姫はさらに二度、三度と頭部を叩き付けた。
そして最後にぐるんと振り回したハンマーでリオレイアの顎を叩き上げると、さすがの飛竜も脳震盪を起こしたのか、ふらふらとよろめいたのだった。

それでも竜姫は手を止める事無く、桜火竜に強烈な打撃を与えていく。彼女の容赦ない連続攻撃に、リオレイアの頭部を覆っていた甲殻や、翼の先に生えていた鋭い爪はあっという間に粉砕されてしまった。

「す、凄い……」

息も吐かせぬ竜姫の立ち回りに圧倒されたアリスは、ただ呆然と立ち尽くす。その隣ではヨモギがぽかんと口を開けて、金色のハンマーが上下する様を見つめていた。

「貴方達、何をぼうっとしていますの!?じきに麻痺が効いてきますわ。チャンスを無駄にしたら、承知しませんから!」

横目に見えたアリス達に激を飛ばしながら、竜姫はなおもハンマーを振り回す。彼女のきんねこハンマーに仕込まれた麻痺成分が、じわりじわりと桜火竜の身体を蝕んでいたのだった。

ハッと我に返った二人は、慌ててリオレイアの元へ走り出した。暴れる竜の攻撃を避けながら、アリスは尻尾を、ヨモギは足を狙っていく。
牙を剥き出しにした桜火竜の噛み付きをかわし、竜姫がその頭にもう一撃を入れた時。ピリッと電流の様な痛みがリオレイアの身体中を駆け巡った。

グァァアアッ!

悲痛な叫び声が空に響く。全身の神経が強い痺れに支配され、リオレイアは完全に身動きがとれなくなってしまった。ハンター達にとっては、絶好のチャンスである。

「さあ、畳み掛けますわよ!」

「うん!」

竜姫から一方的に攻撃を受けているリオレイアが少し可哀相な気もしたが、アリスは自分の役目を果たす為に飛竜の背後へと回り込んだ。
長く、しなやかな尻尾を目掛けて一気に大剣を振り下ろす。上位のモンスターとギルドが認定しただけあって、その鱗は今まで討伐してきたリオレイアよりも遥かに硬く、切断に至るまでにはかなりの力を必要とされた。

「はああっ!」

薙ぎ払い、斬り上げてはまた振り下ろす。アリスは何度も斬撃を繰り出したが、強固な尾はなかなか切れてはくれなかった。

「離れなさい!麻痺が解けますわよ!」

そう叫びながら、桜火竜の頭に位置取っていた竜姫はぱっとその場を飛び退いた。その言葉通り、漸く痺れが収まってきたリオレイアは身体をぶるぶると揺さ振っている。

「もう……!」

折角のチャンスに、尾を切断する事が出来なかった。悔しさに、アリスは唇を噛み締める。

だが、そんな彼女の目前で再びリオレイアが悲鳴を上げた。見れば桜火竜はまたもや動きを止め、苦しそうにガクガクと震えていたのであった。
竜の足元には、いつの間にかシビレ罠が設置されている。誰にも気付かれずにこんな芸当が出来るのは、彼しか居なかった。

「フフン!シビレ罠の術ニャ!」

罠に拘束されたリオレイアの側で、得意げに鼻を鳴らすヨモギ。小さなハンターの活躍に、思わずアリスと竜姫の顔が綻んだ。

「お見事ですわ。猫ちゃん」

「ヨモギ凄ーいっ!」

もう一度訪れた好機。ヨモギの仕掛けてくれた罠を、無駄にするわけにはいかない。アリスと竜姫は同時に駆け出していた。

「やぁぁあっ!」

ザンッ!と思いきり振り下ろされた大剣が、リオレイアの尾を両断する。桜火竜の血に染まったティタルニアの刀身。同種の甲殻によって作られた剣にこの身を傷付けられようとは、リオレイアは思いもしなかっただろう。
尾を切断された竜は、ぐらりとよろめき地に倒れる。

「ふふっ、上出来ですわ」

竜姫は胸元に忍ばせた懐中時計にちらりと目を遣り、不敵に微笑んでいた。この調子で行けば、彼女が宣言した通りに狩猟を終えられそうだった。

「次は爆弾ニャ……フニャアッ!?」

アリスと竜姫が勝利を確信し、ヨモギが自身の背負うリュックから樽爆弾を取り出したその時だった。突如背後から飛んで来た燃え盛る火球が、小さなアイルーを吹き飛ばした。

「ヨモギっ!!」

「後ろ……!?」

振り返った竜姫の目に映ったものは、グルルと唸りながらこちらを睨みつける蒼の火竜。ラビとエースが対峙しているはずの、リオレウス亜種だった。

アリスはすかさずヨモギの元へ駆け寄り、煤塗れの彼を抱き上げる。

「レウスがなんでここに……ラビ達は!?」

襲来したリオレウスは翼を撃ち抜かれ、尾も切断されて全身傷だらけである。相当なダメージを負っている様だが、それをやってのけた二人の姿は見当たらなかった。

「二人は、来ていない様ですわね」

「そんな、まさか……」

「……あの二人が力尽きるなんて、有り得ませんわ。そんな事……あってはならない」

竜姫はアリスの方を振り返ると、声を張り上げた。

「わたくしの許可無く居なくなるなんて絶対に許さないと、何時も言い聞かせておりますの。だから二人は生きている。信じなさい!」

「姫さん……」

味方を得た事により、満身創痍ながら調子を取り戻したリオレウスとリオレイア。つがいが一堂に会した平原は、今まさに混戦の場となろうとしていた。

つがいの竜が揃って標的にしたのは、ハンマーを構えたままちょうど二頭に挟まれた位置にいた竜姫だった。桜火竜が地を蹴り突進し始めると、ふわりと飛び上がった蒼火竜が上空より火球を吐き出す。大地から、大空から、飛竜達の強力な波状攻撃が繰り広げられる。

転がるようにして寸での所で突進を避けた竜姫も、放たれた火球には間に合わなかった。高熱が彼女を襲い、鎧を焦がしていく。

「ああっ!」

「姫さん!!」

ドサリと地に倒れる竜姫。
助けなければと思ったアリスは、気絶したヨモギを抱えたまま彼女の元へ走り出した。だが……。

「馬鹿!やめなさい!」

竜姫の荒げた声に、ビクリとアリスの足が止まる。ハンマーで体を支えながら立ち上がった竜姫は、アリスとは逆方向に走り出していた。

「猫ちゃんを安全な所へ!早く!」

二頭の竜の気を自分に引き付けながら、竜姫はどんどん遠ざかって行く。アリスは迷ったが、彼女の意志に逆らう事はできなかった。

「すぐ助けに行くから……!」

アリスは竜姫の言う通りに戦線を離脱する。ひとまずは離れた所にある一本の大木まで走り寄り、木の窪みに隠す様にヨモギの体を横たえた。彼は火傷を負っていたが、幸いにも致命傷ではないようだった。恐らく、背後から急に攻撃されたショックで気を失ってしまったのだろう。

「ヨモギ、待っててね」

アリスはヨモギの口に回復薬を流し込むと、彼の小さな額をそっと撫でる。そして己の手をきつく握り締め、踵を返して竜姫の元へと走り出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ハァ、ハァ……」

息の上がった竜姫の両肩が上下する。二頭の竜の攻撃を避ける事は、容易ではなかった。噛み付かれ、炎のブレスを受けた竜姫の鎧にはヒビが入り、焼け焦げた臭いが鼻をつく。

どちらか一体を仕留める事が出来れば……いや、麻痺させるだけでもいい。とにかく1対1に持ち込めれば、勝機は見えてくる。だが今は、そんな余裕すら無かった。

「わたくしとした事が……情けないわ」

「姫さんっ!」

漸く背後から駆け付けたアリスは、彼女が負った傷を見て息を飲んだ。

「大丈夫!?一度下がって回復しよう!」

「……いえ、その必要は無いわ。アリス、閃光玉はお持ちかしら?」

「あ、うん。持って来てるけど……」

「では二頭の目を眩ませて、それぞれを撃破いたしましょう。わたくしが桜を。貴方は蒼を頼みますわ」

竜姫の体を気遣い、「でも」と反論しようとしたアリスは口をつぐむ。竜を見据える彼女の瞳は、何一つ傷を負ってなどいなかったのだ。

「分かった。任せて!」

目前に立つ、つがいの竜が揃って威嚇する様に唸り声をあげる。そして翼を大きく広げながら、同時にこちらに向かって走り出した。

「二匹仲良く、喰らいなさい!」

バンッ!とアリスの投げた閃光玉が破裂し、辺りに光が氾濫する。目を焼かれた蒼と桜の火竜は、それぞれ悲鳴を上げて身悶えたのだった。

「今ですわ!」

竜姫の振り下ろしたハンマーが桜火竜の頭を粉砕し、蒼火竜の胸はアリスの大剣に斬り裂かれた。
グァァ……と消え入る鳴き声と共に、二頭は平原にその身を投げうつ様にして倒れる。動かなくなった蒼と桜の竜を見下ろして、ハンター達は安堵の息を漏らしていた。

「やった!」

「討伐完了。……予定よりも大幅に遅れてしまいましたわね」

「仕方ないよ、二頭になっちゃったんたもん。それよりもラビ達、本当に何かあったんじゃ……」

未だ現れぬ仲間の安否を気遣ったその時。倒れた火竜の向こう側から、二人の名を呼ぶ声が響いた。

「アリス!姫!大丈夫か!?」

「ラビ!エースも!よかった、無事だったんだね!」

大分遅れて到着した二人は、特に怪我をしている様子も無い。アリスはほっと胸を撫で下ろした。

「遅くなってすまない。ペイントの臭気が途絶えてしまって……」

「悪りぃ悪りぃ!でも討伐出来たみてーだな!」

「もう、大変だったんだから!討伐できたのは姫さんのおかげなんだよ?」

三人の視線が一斉に向けられて、竜姫はプイと顔を背けた。彼女の美しい桜火竜の防具には、激闘の跡がしっかりと刻まれていたのである。

「あー……こりゃ酷いな。おい竜姫、大丈夫か?」

「……別に。この程度の傷、たいした事ありません」

「やせ我慢するなよな。ほら見せてみろって。うわっ、目の下ちょっと切れてんぞ」

ひょいと腰を曲げて竜姫の顔を覗き込んだエースは、彼女の目元についた切り傷を指でなぞった。
急に間近に迫ったエースの顔。竜姫の顔が、見る見るうちに耳まで赤く染まっていく。

「や……やだっ。ち、近づかないでーー!!」

ガツンッ!!

鈍い音が響いたかと思うと、声を上げる間もなくエースが地に崩れ落ちる。
咄嗟に竜姫がポーチから取り出した“モノ”。それが彼の頭に見事命中したのだった。

「く、くま……!?」

竜姫の手に握られていた物を見て、アリスは驚愕する。エースの頭に振り下ろされた鈍器は、なんと熊のぬいぐるみだったのだ。
ギルドの女性達の間で人気となり、実際の武器にまでなってしまった“おやすみベア”という名の熊のキャラクターの存在はアリスも知っていたが、まさかこのような形で目の当たりにするとは思わなかった。

これが、ラビが言っていた竜姫の対人用ハンマーなのだろうか。愛らしい見た目とは掛け離れた鈍い音がしたが、果たしてエースは無事なのか。
アリスが顔を引き攣らせながらラビを見遣ると、彼は困った様に笑っていた。

「またやられたな、エース」

「な、なんでだ……俺、何もしてねぇのに……」

竜姫は両腕に抱えた熊のぬいぐるみに、真っ赤に染まった顔を隠す様に埋めている。だが、暫くしてからぱっと顔を上げた彼女は、いつも通りのつんとした表情に戻っていた。

「さあ、次行きますわよ」

「……え、次?」

「あと二つ、依頼を受けてありますから。次はリオレウス・レイアの通常種討伐。最後は桜火竜の捕獲ですわ」

竜姫はポケットから取り出した二枚の依頼書を、呆気にとられた三人の目前に掲げる。そして鋭い目つきで釘を刺す様に睨みつけると、「異論は認めませんわ」とつけ加えた。

今日一日は竜姫の狩りに付き合う。
その約束を思い出して、アリス達は戦々恐々としていたのであった。

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