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MONSTER HUNTER*anecdote
蒼空に舞う桜(前編)
起伏の少ない平坦な丘がいくつも並び、生命力に満ち溢れた草木が青々と生い茂る大地。晴れた空には鳥達が飛び交い、一見してそこは平和な光景であった。
だが、ここはれっきとした狩場。モンスター達のテリトリー内に一歩足を踏み入れれば、そこから激しい戦闘が始まるのである。

「姫、まずはレイアから行くか?」

早速ヘビィボウガンに弾を込めながら、ラビは竜姫に問い掛けた。
二頭を同時に相手しなければならない狩猟の場合、狙いを定めて一頭ずつ確実に落としていくのが定石だ。二頭が同じエリアに合流してしまえば、手もつけられぬ大惨事となってしまうからだ。

しかし竜姫は、表情一つ変えずに首を横に振っていた。

「いいえ、二手に別れます。蒼と桜ごとき、揃いも揃ってぞろぞろと狩る必要はありません」

「おい、姫!今日は俺達だけじゃねーんだぞ!ヒヨコが二匹いるんだから無茶言うな!」

エースにヒヨコ呼ばわりされたアリスとヨモギの二人は、目を見合わせる。自分達の事だと気付くまでに、少々の時間を要した。

「ちょっと!誰がヒヨコよ!」

「そうだニャ!僕はヒヨコじゃなくてアイルーだニャ!」

ヨモギの反論は少しズレていたが、二人の威勢に押されてエースは口をつぐんだ。

「おだまりなさいな、貴方達。今日はわたくしに従ってもらうと言ったでしょう。二手に別れると言ったら大人しく別れるのです」

少し苛立ち始めた竜姫の語尾が強まる。何を言われようと、意見を変えるつもりは無いらしい。

――姫さん、本当はエースと二人で来たかったんだ。だからせめて二手に別れようと……。

頑なに全員で行動する事を拒む彼女の姿勢に、アリスは真意を見た気がした。やはり推測した通り、彼女はエースの事を……。
そうとなれば、同じ女子として協力しないわけにはいかない!と、妙な使命感に燃え始めたアリスは、さっとヨモギを引き連れてラビに寄り添った。

「じゃあ私とヨモギとラビチームと、エースと姫さんチームに別れよう!いいよね、ラビ?」

「え?あ、ああ」

ちらりと竜姫を盗み見ると、彼女は驚いたように目を丸くしている。上手くいったとほくそ笑むアリスだったが、間髪入れずにエースはその頭を叩いた。

「いったーい!何するのよ!」

エースは更にアリスの背後から首に腕を回して、ぎりりと彼女を締め上げる。

「お前は阿呆かっ!俺と竜姫をペアにしてどうする!お前らを連れて来た意味がねぇだろ!」

竜姫本人に聞こえぬように、エースはアリスの耳元で怒鳴った。そして痛い痛いとじたばた藻掻く彼女を、草むらの上にポイと放り捨てたのだった。

「うーん……俺と姫がペアになったら、尻尾を切断できないからな……。あ、姫とアリスが組んでみるか?」

唯一私情を挟まず真面目に構成を考えていたのは、ラビだけのようである。
アリスはすかさず異議を唱えようとしたが、それに賛成したのは意外にも竜姫だった。

「それで構いませんわ。わたくしとアリス、そこの猫ちゃんの三人で桜を狩りますから。貴方達殿方は蒼を狩っていらっしゃいな」

「お!竜姫がそう言うんなら決まりだな!じゃ、行こうぜラビ!」

これは好都合だと心底嬉しそうにエースは笑うと、ラビの肩をがっしりと掴んだ。そして気まぐれな竜姫が意見を変えてしまわぬうちに出発してしまおうと、ラビの背をぐいぐい押して歩き始めたのだった。

「じゃあ、また後で。姫、アリスとヨモギ君を頼むよ」

「ちょ、ちょっと!待ってよー!」

去って行く二人を引き止めようとしたアリスだが、彼らの後ろ姿はどんどん小さくなって、丘の向こうに消えてしまった。
背後で聞こえる小さな溜息。アリスが振り返ると、長い睫毛を少し伏せた竜姫が、誰も居なくなった丘を寂しそうに見つめていたのであった。

「姫さん……」

「元気無いニャ?」

竜姫は心配そうに自分の顔を覗き込むヨモギに気付くと、またつんと表情を固くしてしまう。

「わたくし達も参りましょう。リオレイア亜種の目撃情報があったのは、あちらですわ」

「う、うん……」

アリスは思惑通りにいかなかった事にやきもきしながら、ヨモギと共に竜姫の後を渋々ついて行くのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


つがいの火竜が棲息する地とだけあって、草食竜やランポスなどの小型モンスター達はすっかり姿を潜めてしまっている。不気味な程に静まり返った草原を、アリス達は目的の竜を探しながら進んでいた。

ここは視界を遮るものが殆ど無い。竜の姿を捉えやすいという点では良い環境だが、いざという時に自分達が身を隠す事が出来ない点で不利だった。
今リオレイアと遭遇すれば、真っ正面からぶつかり合う事になるだろう。

先頭を歩く竜姫はペイントボールを握り締めたまま、時折立ち止まっては空を仰ぐ。雲の切れ間をじっと睨みつけ、飛行する竜の姿が無い事を確認すると、再び歩を進める。その堂々たる佇まいからは、ハンターとしての実力を伺えた。

キョロキョロと辺りを見回しながら、竜姫の後を付いて行くヨモギ。そして列の最後尾を歩くアリスは、悶々とした気持ちを抱えたままだった。

竜姫に聞きたい事がたくさんある。だが今は狩りを始める大事な時。集中しなければいけない事は分かってはいるのだが……。

「ねぇ、姫さん」

耐え切れず声をかけると、竜姫は空を見上げたまま歩みを止めた。

「お節介かもしれないけど……エースと一緒に行かなくてよかったの?」

背を向けたまま、ふうと一息ついた竜姫の肩が上下に揺れる。

「何か勘違いをなさっている様ですわね。わたくしはエースを、下男としか思っておりませんわ」

「へ?」

「無駄口を叩く暇があるなら、桜を探して来なさいな」

「は、はいぃ」

竜姫の逆鱗には触れぬ方がいいと、アリスの本能が警鐘を鳴らしていた。
やはりラビの言う通り、竜姫は何を考えているのかがよく分からなかった。エースに気があると思ったのは、勘違いだったのだろうか。けれど確かに、エース達と別れる時の彼女は、悲しげに表情を曇らせていたのだ。

アリスが一人で頭を悩ませていると、ツンツンとヨモギが鎧の裾を引っ張る。

「なに?ヨモギ」

「エースの言う通り、竜姫さんはちょっと怖―――フニャッ!?」

咄嗟にアリスはヨモギの口を塞いだ。彼に悪気は無いのは分かっているが、今はその率直さを恨む。

どうか竜姫に聞こえていませんように。そう切に願いつつ、ちらりと彼女の方を見遣ると、鋭く冷たい瞳がもうすでにこちらを見ていた。

「そう、エースが。わたくしの事を怖いとおっしゃったのね?」

「いや、全然、何も」

真っ白になったアリスの頭からは、まともな言い訳が出てこなかった。あからさまに怒りをあらわにする竜姫を見て、もう手遅れだとアリスは青ざめる。

とその時、ゴオオオと大気を揺るがす轟音がこちらに近付いてきた。
はっと三人が空を見上げると、全身を華やかな桜色の鱗で包んだ飛竜が、翼を羽ばたかせながら舞い降りて来る所であった。

目前にズシンと着地した竜は、左右いっぱいに翼を広げる。そして首をもたげてアリス達を視界に捉えると、凄まじい咆哮を鳴り響かせたのだった。

グァァァアアアッ!!!

空の王者リオレウスと対を成す雌の火竜・陸の女王リオレイア。その亜種である、桜火竜のお出ましである。

リオレイアはぐるんと身体を回転させ、鞭の様にしなる長い尻尾を振り回す。鋭い刺の生えた尾の先が、1番近くにいた竜姫の胸を掠めた。

「姫さん!」

「この程度、何て事無いですわ」

一筋の傷が付いた胸当てをパンと払うと、竜姫は手にしていたペイントボールを投げつける。リオレイアの首に付着したそれは、独特の匂いを辺りに充満させた。

「アリス、先程のお話は桜を狩ってからじっくりと聞かせていただきますわ。わたくし、非常に興味がありますの。包み隠さず話してもらいますから、覚悟なさいな」

担いでいたきんねこハンマーの柄を握り締めた竜姫は、ぶんとそれを振り回し身構える。太陽の光を受けてさらに輝きを増す黄金の猫は、待ちに待った獲物を前に嬉しそうに笑っていた。

「うわぁ……私達、後でまたエースに絞められるわよ」

「そ、そうなったら、ラビに助けてもらうニャ」

それが1番だとアリスは頷くと、まずは目の前の竜を討伐するべく大剣の柄に手をかけた。ヨモギもその小さな肩に背負ったリュックの中を漁り、お得意の樽爆弾を準備する。

グルルルと低く唸るリオレイアを、至って冷静な瞳で見つめる竜姫。身体を捻って腰を落とすと、後ろ手に持つハンマーに力を込めた。

「宣言いたしますわ。10分でカタをつけてさしあげます。逃がしはしませんわよ」

不敵に笑う竜姫に、ゾッと背筋が震えたアリスとヨモギであった。

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あきゅろす。
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