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MONSTER HUNTER*anecdote
ドンドルマのハンター達
「さて、どこから探索しようかな」

アリスがラビと共に再び広場に戻って来た頃には、辺りはもうすっかり暗闇に包まれていた。
一眠りして疲れきった体を休め、ヨモギが振る舞う料理を目一杯楽しんだアリスは、約束通り街を案内してもらう為にマイハウスを出て来たのだ。

建ち並ぶ露店は全て営業を終え、人の行き来も疎らになったドンドルマの街。そのまま眠りにつくものかと思いきや、賑わいの街はそう簡単には終わらないようであった。

まだ明かりの灯る大衆酒場からは、愉快な笑い声が漏れてくる。乾杯の音頭と共にカシャンとかち鳴らされるビールジョッキのガラス音が、夜はこれからだと叫んでいた。

足速にブーツの金属音を鳴らしながら、大老殿へ続く石段から駆け降りてくるのは狩りを終えたばかりのハンター達。彼らが向かう先はアリーナだ。松明でライトアップされたアリーナは闇夜にぼんやりと浮かび上がり、幻想的な雰囲気に包まれている。きっと中では歌姫がその美声を響かせ、戦いに疲れたハンター達の心を癒しているに違いない。

ドンドルマに来たからには、名物である歌姫のステージを見ておかなくては。アリスは目の前を過ぎ去って行くハンター達に続いて、アリーナへ向かおうとした。
だが、その一歩を踏み出した所でラビに肩を掴まれ、敢え無く引き止められてしまったのだ。

「まずは酒場のギルドカウンターへ行って、猟果の報告だろ?探索はその後」

「えー……」

「ほら、行くぞ」

アリーナに後ろ髪を引かれながら、アリスはラビの後について大衆酒場へと向かう。
ガチャリと重みのある木の扉を開くと、ぷんと漂う酒の匂い。広い店内に置かれた四つのダイニングテーブルには、隙間無く豪華な料理が並べられている。ビールジョッキを片手に談笑するハンター達で、長椅子は鮨詰め状態だ。

「それでその時ディアブロスが……」

「明日こそ火山に鉱石掘りに行こうぜ!」

「おーい!姉ちゃん、こっちに黄金芋酒追加だー!」

今日の獲物は大きかった。
明日は何を狩りに行こうか。
新しい武器を見てくれ。

……尽きない狩猟話に花が咲くテーブル。その合間を、酒場の給仕人が忙しなく駆け回っていた。彼女達の両手には、酒がなみなみと注がれたジョッキが幾つも握られている。

あちらこちらで何度も繰り返される乾杯。飲み比べに勝利した者には更に酒が振る舞われ、敗者は誰に介抱されるでも無く、床に倒れたまま放置されていた。

酒場の真ん中に置かれた大きな木の樽を台にして、白熱した腕相撲を繰り広げる者。
アイテムの販売カウンターの隣に用意された射的に興じる者。
疲れ知らずの屈強なハンター達は、思い思いの夜を過ごしていたのであった。

「楽しそうだけど、酒臭いね……」

苦笑いを浮かべながら、アリスは右手でパタパタと鼻先を扇ぐ。酒場内に充満したアルコール臭を嗅いでいるだけで、飲まなくとも酔ってしまいそうだった。

「ここは毎晩そうさ。心配しなくても、すぐに慣れてしまうよ。ほら、正面奥にあるのがギルドカウンターだ」

二人は賑やかな酒の席を横切って、ギルドカウンターへ向かう。その途中で、腕相撲をしていた小柄な女ハンターが、自分よりも体格の良い相手の男を負かし、周囲で大きな歓声が上がった。あちこちで勝者の女ハンターに酒を奢ろうと注文が殺到し、酒場はよりいっそう騒がしさを増したのだった。

「こんばんは。ハンター登録の手続きをしたいんだけど、いいかな?」

ラビがそう声をかけると、カウンターの中で依頼書の整頓をしていた受付の娘が顔を上げる。

「あら、ラビさんこんばんは!下位のギルドにお越しになられるなんて、久しぶりじゃないですか?」

「暫くドンドルマを離れていたんだ。帰って来てからも、こっちには顔を出していなかったな」

「たまには新入りさん達の指南でもして下さいよ。もうはちゃめちゃで見てらんなくって!」

指南、ね……とラビはちらりとアリスを見遣った。今はこの無茶ばかりする少女を見るのに、手一杯だ。

「今日ハンター登録するのはお隣りにいらっしゃる方ですか?こちらの用紙に御記入お願いします」

受付の娘は、にこやかに登録用紙と羽ペンを差し出す。アリスはそれを受け取って必要事項を書き込み、注意書きの文末にサインを記した。

「はい、よろしくね!」

返ってきた用紙にざっと目を通して確認し、受付の娘は大きなスタンプをどんと押し付ける。鮮やかな朱色の龍が、くっきりとそこに写された。

「あと、狩猟の報告もしたいんだ」

「はいはい、それでは今度はこっちの用紙に……」

娘が次に用意した書類に、アリスは村を出てから今日までに討伐したモンスターの名を書き連ねる。
依頼の狩猟ではないフリーハントであっても、ギルドへの報告は必須だった。これは、禁止行為に指定されている乱獲や密猟を防ぐ為である。報告後、ギルドのスタッフが現地に赴き確認作業を取る場合もあるが、基本的には報告のみで終わる。ハンターとギルドとの間にある、信頼関係をもとにした自己申告制なのであった。

全てを書き終えた書類を受付の娘に渡すと、彼女は指折りながら計算し始める。そして明るい笑顔をアリスに向けて、手を叩いた。

「ポイントが規定値を越えましたので、ハンターランクが上がりました。下位卒業ですね、おめでとうございます!」

「本当に!?やったぁ!」

アリスはにこりと笑うラビとハイタッチを交わす。これで晴れて上位ハンターとなり、大老殿へ入る事が許されたのだった。

「上位にあがったか。ヒヨッコのくせに、生意気だなー」

悪態をつく声がして振り返ると、そこには腕組みをしてのけ反り立つエースの姿があった。

「エース!寝たんじゃなかったの?」

「腹が減って目が覚めた。ヨモギになんか作ってもらおうかと思ったんだが、あいつ熟睡してて起きやしねぇ」

「駄目だよヨモギを起こしちゃ。っていうか腹減ったって……あれだけ沢山食べたのに」

アリスの帰還を祝してヨモギが腕をふるった料理は、いつもより何倍も美味しかった。そのせいもあってエースは殆ど一人で平らげてしまい、宣言通りヨモギが悲鳴を上げたのだった。

「あれくらいじゃ足りねぇって!ほら、上位祝いも兼ねて何か食おうぜ!」

そう言うなりエースは長椅子の上で酔い潰れていた男を蹴落とし、空いた場所に陣取った。

「お祝いだなんて、お酒飲みたい口実でしょー?」

「ははっ。仕方ないな、今日はエースに付き合うか」

お腹も空いていない上に酒も飲めないアリスはあまり乗り気ではなかったが、ラビに付き添って渋々エースの隣に腰掛ける。
そんな彼女を挟むようにしてラビが隣に着席すると、向かいに座っていた若い男のハンターが身を乗り出して話しかけてきた。

「ラビじゃないか!久しぶりだな!お、それにエースも!」

「……先に座った俺に気付けよ」

エースがむっとした表情を浮かべていると、耳まで赤くしたそのハンターは悪い悪いとケラケラ笑う。どうやら、大分出来上がっている様だ。

「久しぶりだな、ジーク」

「だな!真ん中の子は新入りか?」

ジークと呼ばれたその男は、ジョッキを握り締めた手でアリスを指す。後ろで一つに纏めた長い黒髪と端正な顔立ちは、素面ならなかなかの男前なのだろう。だが今は、酒に酔いすぎて見る影も無い。

「俺の仲間、アリスだ。今日からこの街のハンターになったから、よろしく頼むよ」

「よろしくよろしく!俺は生まれも育ちもドンドルマだから、分からない事があったら何でも聞いてくれよな!」

「よ、よろしく……」

気の良い男ではあるようだが、できれば泥酔状態の彼とは宜しくしたくないなとアリスは心の中で呟いた。

「おい、何飲む?」

隣から、エースが待ちきれない様子で問い掛けてくる。彼が引き止めている給仕係の娘は、メモにオーダーを書き留めるのに必死になっていた。どうやら、相当な量を注文したらしい。
アリスとラビがそれぞれ飲み物を注文すると、漸く解放された給仕係の娘は、大慌てで厨房へと駆け込んで行った。

「あんたはどこから来たんだい?他の街でハンターをしていたんだろ?」

ジークはビールを喉に流し込みながら、アリスに尋ねる。

「私はココット村でハンターをしていたの。出身は……ミナガルデだけど」

「おお!ミナガルデか!ならあいつの事、知ってるんじゃないかな」

その辺りに居るはずだと、ジークは辺りを見回す。

「あいつ?」

「あ、あそこだ。あいつもミナガルデ出身だってよ。ランスの使い手なんだけど、腕が良いって物凄く評判なんだ」

ジークが指差す方向の席に居たのは、歳は30代後半の無精髭を生やした男だった。浅黒く焼けた肌に、短い金髪がよく目立っている。がっしりとした体には、レックスSシリーズと呼ばれる黄と青のコントラストが眩しい轟竜の防具を装備していた。

「あれは……!」

見覚えのあるその顔に、アリスは息を呑む。
忘れもしない。その男は、ジェナが信頼を置いていたハンター仲間の一人であった。ラオシャンロン戦から帰ったジェナを、真っ先に裏切り者と呼んだのもその男である。

ただ一つだけ、昔と違う所があった。彼の眼は右側だけが開かれ、左側は額から頬にかけて大きく引っ掻かれた傷により閉じられていたのだ。

「ベルザス……どうしてここに……」

「アリス、知り合いなのか?」

ラビの問い掛けに、アリスは頷く。するとこちらの視線に気付いたのか、その男は顔を上げてアリスの姿を捉えた。
驚いた様に右目を見開いていたベルザスは、ふいに席を立ち、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。

「よお、誰かと思えば裏切り者の妹分じゃねぇか。なんでこんな所に居るんだ?」

「……あんたこそ」

ベルザスは、悪意に満ちた眼でアリスを見下ろす。そしてアリスも負けじと彼を睨み返した。

「相変わらずジェナを探してハンターやってんのか?無駄だよ無駄!見つかりやしないさ!」

「……あんたのその顔の傷は、モンスターにやられたの?ジェナが居なきゃ、自分の身も守れないのね」

アリスがベルザスの傷を指してクスリと笑うと、彼は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。視界を半分奪われたその傷は、ハンターという職には致命的だ。ベルザスにとっても、汚点でしかなかったのだ。

「生意気な小娘めっ!ジェナといい、お前といい、憎たらしいったらないぜ。気に喰わねぇ!」

だんっ!!とテーブルを殴りつけ、ベルザスは舌打ちと共に踵を返す。怒りのまま乱暴に酒場の扉を蹴り飛ばすと、夜の闇へと消えて行った。

「…………」

「アリス、大丈夫か?」

俯くアリスの顔を、心配そうにラビが覗き込む。

「だがよく言った。せいせいしたぜ!あのオッサンの真っ赤な顔見たか?ざまあみろだな!」

エースは笑いながら、アリスの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。彼らの向かいでは、自分は余計な事を言ってしまったのではないかとジークが青ざめている。

「……ごめんね、空気悪くして。あいつ大っ嫌いなんだ。ジェナの事、悪く言うから……」

「言いたい奴には言わせておけばいい。誰が何を言おうと、君がジェナの事を信じる気持ちは揺るがないだろう?」

もちろんラビの言う通りだと、アリスは頷いた。しかし、同じ街に滞在するからにはこれから顔を合わせる事も多々あるだろう。なるべく関わらないようにしようと、アリスは心に決めていた。

そこへ、カチャカチャとグラスの擦れる音が近付いてくる。先程注文した飲み物と料理を抱えた給仕係の娘がやって来たのは、とても良いタイミングだった。

「気を取り直して、乾杯しよう。アリスの上位昇格と、ドンドルマ到着を祝して」

「……うん!ありがとう!」

「ほれ、カンパーイッ!よっしゃ食うぜー!」

ワインにジュースにビールと、三者三様のグラスはガシャンと音を立てる。目の前には、ドンドルマの郷土料理がずらりと並べられていく。
やっぱり肉が1番だよなとがっつくエースを眺めながら、アリス達は笑い合っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

時刻は日が変わる直前だが、酒場の賑わいはまだまだ鎮まる事を知らない。

一つのテーブルから歌声が上がれば、周りの者も一緒になって唄い出し。飲み比べ、腕相撲大会、狩猟自慢、果ては喧嘩まで。ハンター達の宴は続いた。

そんな中。ギィ……と渇いた音を立てて、酒場の奥の扉が開く。この扉は街の外に続いており、依頼を受けたハンターが目的地へ出発する際に使用する専用の出入口だ。

そこから酒場の中に入って来たのは、一人の女ハンターである。賑わう酒場内で彼女に気付いたのは、ギルドカウンターの中に居た受付の娘だけだった。

「あ!お帰りなさいませ!」

笑顔で迎える娘に、帰還した女ハンターは表情一つ変えず、軽く手を挙げて応えた。
彼女が着ているのは、リオハートUシリーズと呼ばれる可憐な防具。桜色の鱗を持つ雌火竜・リオレイア亜種の素材が使用されていた。両肩がふっくらと丸みを帯びたデザインの白銀の鎧と、足首まである長さのスカート状の腰巻きは、一見ドレスの様なシルエットをしている。花を添える様に部分的に取り付けられた桜色の竜の鱗は、目を見張る美しさだ。

同じ桜色の甲殻と、編み込まれたチェーンで出来た帽子型の兜の後ろからは、若草色の長い髪が一つに結わえられている。雪のように白い肌。深みのあるウッドブラウンの瞳を飾る睫毛は、その目力を強調していた。

歳はまだ若い様に見えるが、醸し出す雰囲気は威圧的である。それは、彼女が背負う武器のせいかもしれない。
金色に輝き、重量感のあるそのハンマーは女性が扱うには骨が折れそうなものだった。その形状はアイルーを模したもので、ニヤリと笑う表情は可愛らしさ半分、不気味さ半分といった所か。名を、きんねこハンマーといった。

その女ハンターはちらりと騒がしい店内を見て、鬱陶しそうに眉をひそめた。喧騒を嫌う彼女は、さっさとマイハウスに帰ろうと出口へ向かう。だが、ふいに足をピタリと止め、あるテーブルに着くハンター達を見つめる。

歩きざまに視界に入ったテーブルの一角に、並んで座る男と女。そのうちの一人の男を見るなり目の色を変えた彼女は、真っ直ぐに彼の元へ向かって行った。

「……エース」

女ハンターは、酒に酔って上機嫌になっていた彼の背中に声をかける。

「んあ?何だよ」

もぐもぐと酒の肴を口にしながら振り返ったエースは、背後に立っていた人物を見た途端に石の様に動きを止めてしまった。

「エース、帰って来ていたのね」

硬直するエースに気付いたアリスとラビは、彼と話している人物の方に向き直る。
エースの前に居たその美しい女性は、長い睫毛の間から覗くウッドブラウンの瞳で、恐ろしい程冷静にエースを見下ろしていた。

「姫じゃないか。久しぶりだな」

1番に声を上げたのはラビだった。彼は女ハンターの事を“姫”と呼び、親しげに笑みを向ける。

「ひ、ひめ?お姫様?」

アリスは驚き、その女性をまじまじと見つめる。どう見てもハンターの格好をしているが、王家の血を引く者だというだろうか。

「いや、そう呼ばれているだけだよ」

ラビの話によると。彼女が自分の事を多く語ろうとしないせいで、その出身地はおろか、名前さえ誰も知らないのだという。
そこでついたあだ名が“竜姫”。日々、雌火竜ばかりを狩って過ごし、今までに数えきれない程の陸の女王を討伐してきた彼女に相応しい名前だった。

「姫は、俺とエースがラオシャンロンを討伐した時の仲間だよ。この三人で戦ったんだ」

「へ〜!じゃあ姫さんも強いんだね!」

竜姫はちらりとアリスに目をやったが、すぐにまたエースの方に向き直った。どうやら彼女は、エースに対して何らかの怒りを抱いているらしい。

「エース。よくもわたくしとの約束を、すっぽかしてくれましたわね」

「いや、それは……その。ほら、俺はポッケ村に行く事になっただろ……?」

「見苦しい言い訳は結構ですわ!わたくしは貴方を許しません。罰として明日、わたくしの狩りに付き合っていただきますから。そのつもりで居なさいな」

「えぇっ!?それだけは勘弁……あ、おい!」

ぷんと顔を背けた竜姫は、エースが呼び止めるのも聞かずに、そのまま酒場の外へ出て行ってしまった。

竜姫が去った後の扉を見つめたまま、放心状態になるエース。やれやれまたか、とラビは肩を竦めた。

「エース、姫を怒らせるなよ。今度は何をしたんだ?」

「……リオレイアの希少種を狩りたいからついて来てくれって頼まれて、約束してたんだ」

リオレイアの希少種とは金色の鱗を持つ、雌火竜の突然変異種の事だ。その竜は人々の間で月に例えられる程美しく、神々しい光を放っているという。

「けど、本当は行きたくなくてよ……。ちょうどその時、ポッケ村からのハンター要請があったから、そっちに乗っちまったんだよな。で、約束の日の前日に街を出たんだ」

「えーっ!それ、酷いよ!約束破るなんて、エース最低!竜姫さんが怒って当然じゃん!」

信じられないといった風に、アリスはエースに軽蔑の眼差しを向ける。さすがに罪悪感を感じているのか、エースはううんと唸っていた。

「分かってるよ……。けどなぁ、竜姫と一緒に狩りへ行くと、色々面倒なんだぜ?やれ罠を仕掛けて来いだの、剥ぎ取った荷物を持てだの。逆らえばハンマーで殴られるしな……」

遠い目をして語るエースには、どうやら竜姫との苦い思い出が多々ある様だった。

「ハンマーで殴るって……。対モンスター用武器を人に使っちゃいけないんじゃないの?ハンターの掟違反じゃない」

アリスの言う通り、ハンター達が使用する武器はモンスターを相手にする為に作られた、殺傷能力が高いものばかりだ。それ故に人に向けてはいけないとギルドが掟を定めており、違反した者には厳しい罰が与えられる。ハンターの資格を剥奪されても、おかしくはないのだ。

「ああ、分かっているさ。だから姫は、対人用ハンマーを別に持っているんだよ。俺は殴られた事無いけど」

ふふっと笑いながら、ラビはワイングラスを傾ける。彼らの性格上、竜姫のハンマーの餌食になるのは主にエースなのであろう事は、アリスにも容易に予想できた。

「対人用ハンマー、か……。なんだか凄そうな人だね、姫さん」

「ああああ!明日は多分逃げられねぇ!嫌だ、竜姫と二人で行くのは嫌だ!頼む。お前ら、ついて来てくれ!でないと俺が、二度と狩りの出来ない体になって帰ってくるぞ!」

エースは二人の手にすがり、懇願する。アリスはさすがにそれは大袈裟ではないのかと思ったが、隣ではラビがうーんと真剣に唸っていた。どうやら、有り得ない話でもなさそうだ。

「仕方ないな。ラオシャンロンが現れるまでは適当に依頼をこなす予定だったし、明日は姫の狩りについて行くか」

「何の狩猟に行くのかな?やっぱりレイア?」

「まぁ、そうだろうな。アリスにとっても、初上位の相手がレイアなら調度良いよ」

確かにアリスはココット村に居た頃に、リオレイアの狩猟依頼を何度か受けた事があった。マイハウスに置いてある武器の中には、その時に作った雌火竜の大剣も含まれている。
よく知り抜いた雌火竜が相手なら、たとえ上位級であってもそうそう引けはとらないはずだ。

「すまねぇな、よろしく頼むぜ」

エースは助かったとほっと一息つくと、再びジョッキに手をかけた。だが、なんとなく今日はもう酔えない気がして、泡の減ったビールの表面を物憂げに見つめるに終わったのだった。

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