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MONSTER HUNTER*anecdote
賑わいの街
「さぁ着いたぞ。ここが、これからの本拠地となるドンドルマの街だ」

郊外に着陸した気球から降り、草原を暫く歩いた先に広がっていたその光景にアリスは息を飲んだ。

切り立った山あいの谷に築かれたドンドルマの街並みは、山の斜面に沿って立派な家屋がずらりと並んでいる。まるで、一つの山が丸ごと街であるかのようだった。

街の南側には、モンスターが侵入してきた際に対抗すべく建てられた、強固な門と迎撃施設がある。人々はそれらを纏めて、街門と呼んでいた。そして、その街門から街の最奥へと続く真っ直ぐな石段には、米粒程に小さく見える人間が多数行き来していた。

石段の両脇に広がる建物の屋根には風車が備え付けられ、絶える事の無い風を受けてくるくると回る。街の入り口付近は一般市民の居住区で構成され、上部へ向かうほど公的な施設が建ち並ぶ造りだ。

麓から街を見上げるとまさに壮観。圧倒的なドンドルマの佇まいに、思わず溜息が出る程だった。

「凄いねぇ…… 」

アリスが住んでいたミナガルデの街も大きな都市ではあったが、辺境という場所柄か、これ程立派なものではなかった。

「街の中を案内したい所だけど、まずはマイハウスに行こうか」

「さすがにこの格好じゃちょっと」と、ラビは自分達の汚れた服装を見て苦笑う。

他の地方からやって来て、この街に籍を置くハンターの数は少なくない。その為にハンターズギルドはマイハウスと呼ばれる居住施設を用意しており、ドンドルマのハンター達は各個人で家を借りて生活していた。
日々狩猟をこなして街に貢献してくれるハンターへの恩賞として、家賃無料で滞在可能期間は無期限という好待遇である。ただし、狩猟を怠けるハンターには、容赦無く家賃の支払い義務が発生するので要注意だ。

「じゃあさ、着替えたら街を案内してね!見て回りたい!」

「俺は風呂入ったら飯だな。あー…先に飯でもいい」

新しい街に興味津々のアリスと、空腹であまり元気の無いエース。対照的な二人の様子に、ラビはクスリと笑った。

「マイハウスは街の中層にあるんだ。さ、行こう」

ラビの後に続き街門をくぐって中に入ると、そこには様々な装備で身を固めたハンターの姿が多く見られた。
この開けた場所の一角には、ハンター達に様々な情報を提供してくれる古龍観測所と、狩猟の同行者を募るメッセージボードが設置されている。この二つの施設を利用するべく、自然と玄関口にハンターが集まるのであった。

屈強なハンター達の中には、見た事のない装備をしたハンターも居る。何のモンスターの素材を使っているのかが気になって、アリスは無意識に凝視してしまった。

その視線に気付いたラビは、ポンと彼女の肩を叩いた。アリスがあまりにも真剣にハンター達を見つめていたので、彼らの装備を欲しているのかと思ったのだ。

「アリスも上位装備、作ろうな」

「え?でも私、まだ上位じゃないよ?ハンターランク足りないもん」

「村を出てから今までに討伐したモンスターを報告すれば、上がると思うよ。海竜や古龍は評価が高いからな」

「そうなんだ……!楽しみっ!実は、上位防具で作りたいやつがあるんだよね」

いつか見た情報紙に載っていた、憧れの上位装備。それが漸く自分の物になるのだと思うと、アリスは興奮を抑え切れなかった。

「ま、作りたきゃ今までよりも遥かに危険な、上位クラスのモンスターを討伐しなきゃならねぇけどなー」

「う……」

現実的なエースの言葉に、アリスが思い描いていた“憧れの装備を纏った自分”の像が儚く消えていく。
確かに、彼の言う通りである。

「大丈夫だよ、素材集めなら俺も手伝うから。エースも頼むよ」

「あぁ?こいつの手伝いなんかやらねーよ。面倒くせぇ」

顔をしかめてそっぽを向くエースに、ラビはやれやれと肩を竦めた。
相変わらず困ったものだけれど、いざとなればちゃんと力を貸してくれる。エースはそういう男だと知っているラビは、それ以上何も言わなかった。


街の中心地にある広場には露店が軒を連ねており、狩猟の道具から雑貨、食材まで様々な物が売られていた。交易の中心とだけあって人々の交通量も多く、ドンドルマで1番活気に溢れた場所といえるだろう。

「ここからいろんな施設へ行けるから、覚えておくといいよ」

そう言うと、ラビは順に指差しながら各方面への行き方を説明し始めた。

向かって右端の大きな建物がアリーナ。ハンター達が武器の習熟と戦術を学ぶ為に作られた訓練場が、内部に用意されている。
そしてそのロビーにある大きなステージでは、歌姫と呼ばれる人物が夜ごと美しい歌声を響かせていた。彼女の唄は、ドンドルマ名物の一つである。

次に、ここから更に上部へ伸びる石段の先には、ドンドルマを統べる大長老のお膝元・大老殿がそびえ立つ。
大老殿は上位ハンター向けのギルドカウンターも兼ねている為、新米ハンターにとってこの石段の先は憧れであり、目標でもあるのだった。

石段の左側にある建物が大衆酒場。とはいっても、ハンターズギルドの直営であるため、酒場兼狩猟組合となっている。
中にはもちろんギルドカウンターやアイテムショップなどの設備が整っており、こちらで下位ハンター用の依頼が受注できる仕組みだ。

大衆酒場に隣接し、丁度大老殿の真下に当たるのが武具工房。ドンドルマを拠点とするハンター達の武具は、全てここで作製されている。
名工と呼ばれる職人達と、充分過ぎる程の高度な設備は、ハンター達の絶対的な信頼を受けていた。

「……で、1番左端の通りを行くとマイハウスが並ぶ区画だ。俺達の家はこっち」

ラビに続いてアーチの掛かった通路を進むと、同じ型の家屋が幾つも建ち並んでいた。その軒先で仲間と待ち合わせるハンターや、今から狩猟へ行こうと広場へ向かうハンターで、通路は溢れかえっている。

「ここが、俺達のマイハウスだ」

そう言いながら、ある家屋の前で立ち止まるラビ。
アリスは「わぁ……!」と歓声を上げながら、目を丸くした。なぜならそこは、他のマイハウスよりも一回りは大きく、玄関先には高さ50センチ程の猫の置物がどんと鎮座していたのである。

「この置物、どこかで見たような気がする」

「……おい、ラビ」

妙な既視感を覚え、アリスは猫の置物の前にしゃがみ込んで首を傾げた。そんな彼女の後ろで、エースはじろりと何か言いたげな視線をラビに向ける。

「なんだ?」

「なんだ?じゃねぇよ。どういう事だ」

ずいと迫る彼に表情一つ変えず、ラビは平然と何の事か分からないと言い張った。それを受けてより一層目を吊り上がらせたエースは、声を荒げて詰め寄る。

「ここは俺達のマイハウスじゃなくて、オ・レ・の・マイハウスだろ!!」

ラビはうーんと唸ると漸く観念したのか、胸の前で手を合わせて軽く頭を下げた。

「悪い。実はさ、マイハウスに空きが無かったんだ。だからエースの家に寄せて貰っている」

「俺の留守中に勝手に入るなよ!お前が前に借りてた家はどうしたんだ?」

「俺の家は、ココット村へ行く前日に解約したんだ。こんなに早く戻って来るとは思わなかったからさ」

口では悪いななどと言っているラビだったが、それ程真剣に悪びれた様子は無い。いや、恐らくは反省も何もしていないだろう。
彼は、ココット村でアリスとヨモギと一緒に暮らしていたように、また皆で住めばいいと思っていたのだった。

そんな事を知るよしもないエースは、気心知れた間柄であるラビだとしても、さすがに呆れに果ててしまった。

「とにかく、一緒に住むのは駄目だ。俺は一人でゆっくり過ごしたいんだ。百歩譲ってお前の同居を許しても、この煩いガキは絶対に駄目だ」

エースは未だ置物の前に屈んで首を捻っているアリスを指差しながら、キッパリと断言する。

「いいじゃないか。賑やかで楽しいと思うぞ」

「よくねーよ!それからあともう一人居るんだろ?コイツの相棒だかなんだかの……」

頑なに同居を拒むエースと、それを説得するラビの押し問答は続く。
ふとそこで、パン!と手を叩いたアリスが振り返り、二人はその音に驚いて押し黙った。

「ねぇねぇ!思い出した!この置物、森丘のアイルーの住家にあったやつと似てるよね!」

その瞬間。全く話題からズレている彼女の発言に、エースの怒りがいよいよ沸点に到達してしまったのである。

「知るかぁぁあっ!っていうか、お前は人の話を聞けよ!」

「うるさいなぁ、聞いてるって。いいじゃん皆で住めば。エースのケチ」

「なんだと……!」

ぐぐっと拳を握り締めるエースを一人置いて、アリスとラビは猫の置物についての話を続けていた。この置物は広場の雑貨店で売られていたもので、欲しいとねだるヨモギにラビが買い与えたらしい。

と、その時。ガチャリと開いた扉の隙間から、怪訝そうな表情を浮かべた一匹のアイルーが、ひょっこりと顔を出した。

「うるさいニャ。喧嘩なら他所でやって欲しいニャ」

「あ、ヨモギ!」

ばちっとアリスと目が合ったヨモギの表情が、見る見るうちに驚いたような喜んでいるような、どちらともつかない奇妙な顔に変わっていく。
彼は開きっぱなしの口をぷるぷると震わせ、変わり無い姿で帰還した大好きなその人を熱い眼差しで見つめていた。

「アリスが……帰って来たニャ……!」

「ただいま。やっと着いたよ、心配かけてごめんね」

「ニャーー!アリスーー!」

完全に開いた扉から勢いよく駆け出し、両腕を広げてアリスの胸に飛び込んでいくヨモギ。小さなアイルーのガラス玉の様な瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

こうして再び会う事が出来たのも、命あってこそ。無事にここまで来れて良かったと改めて痛感すると、アリスの眼にもじわりと涙が込み上げる。
大好きな小さい相棒を抱きしめようと、アリスも両腕を広げて彼を迎えた。

しかし。抱擁目前に迫ったギリギリの所で、ピタリとヨモギは足を止めてしまったのだった。

「ヨモギ?どうしたの?」

「き……」

「“き”?」

「汚いニャー!!アリス、泥まみれニャ!危うく僕の毛並みに泥が付く所だったニャ!」

「…………」

ヨモギは素早く後ずさると、他の二人を見回し、口をへの字に歪めた。そして信じられないといった風に、小さな両手で頭を抱える。

「みんな泥んこニャ!せっかく今、お部屋の掃除が終わったのに!また汚れちゃうニャ!洗濯も大変ニャー!」

「あんたって子は……」

せっかくの感動の再会が、台なしである。

「とくにそこのヒト、1番汚いニャ!そんな格好じゃ家には入れられないニャ!」

びしっと指を差したヨモギが言う“1番汚いヒト”とは、もちろんエースの事であった。

「いや、だから、ここは俺の……」

「みんなさっさとお風呂に入って、ドロドロを落として来るニャ!服は纏めて洗い場に置くニャ!靴はここで脱ぐニャ!」

危機迫る表情のヨモギに急かされて、アリスとラビはいそいそとブーツを脱ぐ。
反論する間も無く一人取り残されたエースは、ただ唖然と自分の家の中へ入って行く二人と一匹の後ろ姿を眺めていた。

「俺の家……」

駆け出しのハンターだった頃は、他のマイハウスと同じ大きさだった。それを上位ハンターとなった記念に、広々とした立派な家にリフォームをしたのである。

一人で住むには広すぎるだろうと、周囲の者に揶揄されもした。だが、広い部屋が与えてくれる優越感は、自分には調度良かったのだ。

だが今になって、それが仇となるなんて。

なぜこんな事にと肩を落したエースが家に入ると、彼に更なる追い打ちをかける光景が待っていた。

必要最低限の家具しか置かずに、インテリアをシンプルに纏めていたリビングルームの一角には、間違いなくアリスの物であろう大剣が幾つも立て掛けてられている。

壁際には買った覚えの無い大きな本棚が設置され、隙間無く綺麗に本が並べられていた。これは、ラビの私物だろう。

留守にする前に食材等を残らず処理したキッチンには、ずらりと人数分の食器が揃えられ、市場で買ってきたばかりの活きの良い蟹がざるの上で踊っていた。

他にも一見ガラクタの様なごちゃごちゃしたものが、至る所に置かれている。外にあった置物といい、なぜアイルーはよく分からぬ物を収集したがるのだろうか。

「嘘だろ……」

夢なら覚めて欲しいと、エースは頭を抱える。その横を、タオルを抱えたヨモギと部屋着に着替えたアリスが通り過ぎて行った。

「あ、エース!お風呂お先にー!」

ひらひらと手を振りながら、二人は風呂場へ消えて行く。無理矢理にでも引き止めて怒鳴り付けてやる力はもう、エースには残っていなかった。

玄関マットの上で、エースは暫しうなだれる。だが、ある嫌な予感に突き動かされて、矢の様な早さでリビングを駆けて抜け行った。
彼が向かった先は寝室。自分の家の中で、1番心が安らぐ場所だ。そこには両手両足を伸ばしきっても充分過ぎるくらいに余る、特注キングサイズのベッドがある。狩りで疲れた体を癒してくれる、ふかふかの、お気に入りのベッドが。

「やっぱり無えぇぇっ!!」

寝室の大半を占めていたキングサイズのベッドは、跡形も無くなっている。代わりにシングルサイズのベッドが三つと、アイルーサイズのベッドが一つ、ご丁寧に並べられていた。

そこへ着替えを済ませたラビがやって来て、魂の抜けたエースの背中に声をかける。

「あ、君のベッドならギルドの倉庫で預かってもらっているから、心配無いよ」

「……そりゃどうも」

ちゃんと保管してある事が、唯一の救いだろうか。どうせなら処分してくれていた方が、怒りを爆発させられたのに。

どうにかして、この許可無く転がり込んできた奴らを追い出さなくては。必死で考えを巡らせるエースを余所に、風呂から上がったアリスはリビングのソファーでくつろいでいた。

その後。泥だらけの服で室内を横切ったせいで、磨いたばかりの床が汚れてしまったと、エースはヨモギにこっぴどく叱られた。
そして無理矢理服を引っぺがされ、風呂場に強制連行されたのだった。

湯舟に浸かりながら、ハァーッと長い溜息をついたエースは、もうどうにでもなれと自棄気味に諦める。
……こうして、三人と一匹の奇妙な共同生活が始まったのであった。

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