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MONSTER HUNTER*anecdote
波乱(前編)
グルルルル……。

目前に立つハンターに向けて恨めしく唸り声をあげたのは、桃色の体毛に包まれた大きな猿型のモンスター・ババコンガである。

トサカの様に逆立てていた自慢の髪は、戦闘の間に受けた傷によって乱され。獲物を引き裂く為に伸びた鋭い爪は、両の手とも一本残らず根元から折られていた。
すでに満身創痍。残るのは、遭遇したハンターをなんとか倒してやろうという気迫だけだ。ババコンガは吊り上げた口から尖った牙を剥き出し、荒げた息を吐く。

もう間もなく雌雄を決する事になるだろう。それはババコンガ自身も、相対するハンター・アリスも分かっていた。しかし、負傷した左足首がズキリと痛む。

……事の始まりは今から約30分前。
森の中をエースと共に歩いていたアリスは、大木の上に身を潜めていたババコンガに不意打ちを掛けられた。咄嗟に身を翻してかわしたものの、アリスは着地時に足を捻ってしまったのである。

迎え撃つためにすぐに戦闘体制に入ったアリスだったが、隣を見るとそこに居るはずのエースの姿が無い。慌てて彼の姿を探すも、ババコンガの猛攻に合い、やむなく1対1で戦う事になってしまったのだった。

「次で、仕留めなきゃ……!」

捻った足を庇いながら戦うアリスの体力も、かなり消耗している。それに加えて、ババコンガの体当たりを喰らった時に強打した腹が痛み、酷い吐き気に苛まされていた。

ババコンガはむくりと上体を起こすと、発達した前脚を大きく振り回しながらこちらに近づいてくる。爪を失った為に戦力は削がれているが、筋骨隆々とした前脚による攻撃は、それだけでも脅威に等しいだろう。

避けろ!と咄嗟にアリスの頭は判断を下したが、疲労した足は思う様に動いてくれない。先に動いた腕だけが、反射的に大剣を盾にして構えていた。

振り下ろされた前脚が、大剣の板状の刃にドガッと音を立てて叩きつけらる。その衝撃でアリスの体は大きくのけ反り、後退した。

「なんて力……!」

地面に足を踏ん張って堪えたアリスの瞳に、追撃せんと迫り来るババコンガの前脚が映る。
この危機と思える状況を好機に変えたのは、自然と動いた己の身体だった。直ぐさま屈んで伸ばされた前脚をかい潜ると、体を捻りながら一気に大剣で薙ぎ払う。

ズバッと通った刃は勢いを失う事なく、アリスは振り回される様に少々よろめいた。それでも確かな手応えを感じ、勝利を確信する。
アリスの斬撃はババコンガの腹部に真一文字の傷を付け、桃毛の猿はその場に崩れ落ちた。

「や、やった……!」

絶命したババコンガを前に、アリスはふうーっと息を吐いて力無くその場にへたり込んだ。震える手でポーチから回復薬を取り出し、口に含む。

左足のブーツを脱いで軽く足首を回してみると、痛みこそはあるものの、重症ではなさそうだった。腹部の痛みも薬の効果で少しずつ和らぎ、落ち着いてきている。

「エースの馬鹿!どこ行っちゃったのよ」

アリスは改めて辺りを見回したが、やはり彼の姿は無い。
夜が明けて目が覚めた時から、エースはとても苛々していた。何かあったのかと尋ねても、口を利いてくれなかったのだ。

腹の虫の居所でも悪いのだろうと、その時のアリスはあまり気にも留めていなかったのだが……。まさか自分一人を置いて逃走するなんて、予想外だった。

「信じらんない。私、ドンドルマへの道なんか分かんないのに」

鬱蒼と生い茂る森の中で、一人きり。アリスは途方に暮れそうになったが、とにかくエースを探さなくてはとブーツを履き直して立ち上がった。

大剣を担ぎ直した時にふと、エースが旅の荷物を何も言わずに持ってくれていたのは、この為だったのだろうかと嫌な思いが過ぎる。

「まさか、ね。いくら何でも、それはちょっと酷い」

念のため、アイテムポーチの中身を確認する。回復薬が5つと、携帯食糧が3つ。あとは砥石にペイントボール、閃光玉が数個ずつあるだけだ。
あと一回くらいは戦闘になっても持ちこたえられそうだが、早めにエースに追い付いた方が良さそうである。

「……慎重に行かなきゃ」

『街へ向かうには、ずっと南へ向かって進まなくてはいけない』ダイアナがそう言っていたのを思い出して、アリスは額から流れる汗を拭いながら空を見上げた。時刻は昼前、およそ11時くらいだろう。太陽の位置を照らし合わせれば、大体だが方角を知る事が出来る。

ぐっと拳を握り締めて、アリスは深い森の道無き道を進み始めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


エースは襲いかかって来たブルファンゴの群れを一掃し、双剣を手にしたまま荒い息に肩を奮わせていた。
酷くむしゃくしゃして鬼の様に双剣を振るったせいで、足元に転がる猪共の亡骸は、眼を被いたくなる程無惨である。

だらりと垂れた彼の両腕。握り締める剣の切っ先からは、ポタリポタリと血の雫が地面に落ちていた。
立ち尽くしていないで、さっさと血に塗れた双剣を手入れしてやらなければ。だがエースは、激昂した精神を上手く落ち着かせられないでいた。

「くそっ……」

昨夜は苛々して全く寝付けなかった。朝になったら、アリスと目を合わせる事もしなかった。

一緒に居れば、心が掻き乱されて苦しい。そう思う内にババコンガが現れ、アリスが戦おうと剣を手にした時。標的が自分でないのをいい事に、その場を立ち去った。

不意打ちを避けた際に、彼女が足を負傷した事も気付いていた。
街への道を知らぬ彼女には、自分が付いていなければいけない事も分かっていた。

それなのに、今が離別のチャンスだと走り出して……。
アリスを無事に送り届けるようにと言っていた姉や、ドンドルマで彼女の到着を待つラビに告げる言い訳を考えていたのだ。

自分の卑怯さに、嫌気がさす。

「……っあああああ!!」

エースは未だ激しく波打つ脈にじっとしていられず、草や木の幹、枝垂れた蔓、目に映る物全てに斬りかかった。
両手に握り締めた双剣を無心に振り回す彼の周りに、千切れた木葉がハラハラと舞う。

――俺は間違ってなんかいない。目的なんて、持つだけ無駄なんだ。

――面倒だと言ってしまえば、何からでも逃げられる。責任とか役目に縛られるよりも、自由でいることの方が楽だって気が付いたんだ。

――なのに何故、こんなにも心がざわつく……?

ザンッ!と大木の幹に左の剣が食い込み、漸くエースの手が止まった。

右の剣を宙に浮かせたまま、エースは切れ切れの息に肩を上下する。
長い年月により、ざらざらに硬化した木の幹。刃が嵌まった場所を暫く睨みつけていた彼の瞳は、静かに、ゆっくりと落ち着きを取り戻していた。

「そうだろ?違うって言うのか……?」

ハンターになった理由だって、他人に誇れるような立派なものではない。ただ生きていく為に良い金になるから。それで充分だった。
姉の様に村を守るハンターにならなかったのは、そこに生きる人々の命なんて重過ぎて背負いたくもなかった。
誇らしげに戦う姉の姿を傍で見ているのも嫌になって、村を飛び出した。

街へ行き、適当な依頼をこなして得た報酬でのその日暮らし。それがとても自分に合っていると思った。
ラビや、他のハンター仲間に誘われて共に狩猟に出るのは嫌いじゃない。互いに深く干渉しなければ、馬鹿やりながら楽しく過ごせる。

ただそれだけで良い。

良いはず、なのに。

「……アイツ、死んでねぇよな?」

エースは刺さったままの剣を引き抜き、来た道を振り返った。もちろんそこに、アリスの姿は無い。

エースは少し考え込んだ後、武器の手入れを先に済ませる事にした。アリスの元へ戻ろうにも、途中でモンスターに遭遇してしまえば己の身が危ない。こんな状態の武器では、ろくに戦えやしないからだ。

雪山での戦闘を見た限り、アリスもそこそこ腕は立つようだった。多少足を負傷していても、ババコンガ程度のモンスターなら上手くやれているだろう。

エースは辺りを見回し、身を隠せそうな大木の窪を見つけて中に潜り込むと、どっかりと腰を据えて双剣の手入れに取り掛かった。酷く汚れた剣を見て、よくもまぁこんなになる迄暴れられたものだと自嘲気味に笑う。

と、その時。目の前の茂みに、ポツリと空から雨粒が落ちた。

木の窪から頭だけを出して空を見上げると、いつの間にやらどんよりとした雲が広がっている。それに風も出てきた様であった。

急いだ方が良さそうだと砥石を手にした瞬間、エースの脳裏に嫌な予感が過ぎる。

――天候が急変……。雲が広がり、雨、嵐……。まさか!!

ばっと窪から飛び出したエースは、曇り空に目を凝らした。

ポツリポツリと降り出した雨は、すぐにザアザアと音を立て始める。辺りはもう、夕暮れのように暗かった。
遠くで轟く雷鳴。エースは予感を確信に変え、急いで窪に戻ると手早く双剣を研ぎあげた。充分な手入れは出来なかったが、今はゆっくりしている場合じゃない。直ぐにこの場を去らなければ。

「チッ、来やがった!」

暴風雨と化した天候。視界の悪い森の中でも、充分にその絶大な存在を感じて取れる。

その身体に纏う風で木々を薙ぎ倒しながら、鋼の鱗に被われた神々しい龍が今、エースの目の前に降り立とうとしていた。

風に、雨に、閉じそうになる眼を彼は頑に見開く。命が惜しいのなら、あの龍から目を離してはいけない。

古龍・クシャルダオラ。
何人たりとも寄せ付けぬ爆風を巻き起こし、全てを破壊する恐るべき龍。その特徴から風翔龍や、鋼龍とも呼ばれている。

ふわりと空から舞い降りたクシャルダオラは、擡げた首を真っ直ぐにエースに向けて、佇んでいた。

降りしきる雨と横殴りの風の中、一人と一匹は互いに視線を合わせたまま、一歩も動かない。敵意の無い事を感じとって、このまま立ち去ってくれれば。
……そんなエースの僅かな希望は、儚く散る事となる。

軽やかに上体を反らし、前脚を浮かせたクシャルダオラは、目の前のハンターを威嚇するように咆哮を上げた。

ギィアァァァッ!!

「畜生っ!見逃してくれる訳ねぇか!」

エースは持っていた荷物を地面に放り投げ、間に合わせの補修しか施していない双剣を構えた。

――いや、待て。戦ってどうする?この状況では、あいつに傷一つ付ける事もできない!

風を纏って、こちらに突進して来るクシャルダオラ。エースはその場から跳び退くと、双剣を背負い直して一目散に走り出した。
ぬかるんだ地面も水溜まりも関係無く、バシャバシャと飛沫を上げてひた走る。
「うわっ!」

背後からクシャルダオラが放った風のブレスに足元を掬われ、ふわりとエースの身体が宙を浮く。
暴風の渦に舞いながらも、どうにか抜け出そうと手足をばたつかせたが、彼の身体は大きく弧を描いて真っ逆さまに地へ落ちて行った。

「ぐっ……!」

地面に頭からドサリと落とされ、エースは苦痛に顔を歪める。落ちた場所が柔らかい草むらの上だったので大事には至らなかったが、体中が泥に塗れて無様な姿だった。

エースは濡れた草むらに横たわったまま、背後を振り返る。すると、翼を羽ばたかせたクシャルダオラが、こちらに向かってギラリと牙を光らせていた。
龍は彼を噛み殺さんとばかりに、ぐっと首を伸ばして襲い掛かる。

「――っ!!」

エースは反射的に両腕で頭をガードし、訪れる痛みに覚悟を決めて目をつむった。

ガキンッ!!

雨空高く響く、衝突音。
来るべきはずの痛みが来ない。不思議に思いながらエースが目を開くと、自分とクシャルダオラの間に割って入り、大剣を盾にして龍の牙を一身に受け止めている少女の後ろ姿がそこにあった。

「お前っ……!」

自ら離別し見捨てた少女が今、自分の身を助けようとこの危機的状況に踊り出たのである。
鋼龍は牙を剣に食い込ませて少女を押し、少女もまた負けじと力を込めて競り合っていた。

「エース!逃げて!!」

雨風の音に掻き消されない様に、アリスは力強く叫んだ。
しかし、エースは泥土の上に尻餅をついたまま、ただ茫然と目の前にある小さな背中を見つめていた。

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