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MONSTER HUNTER*anecdote
影法師
ポッケ村を発ってから数時間後。アリス達は漸くフラヒヤ山脈の麓まで辿り着いていた。雪獅子との戦闘後は大型モンスターに遭遇する事も無く、三人は揃って安堵の息を漏らす。

ここまで来るとホットドリンクが不要なくらい寒さも和らぎ、積雪も道端にうっすらと残る程度である。そして目の前に伸びる細い道は、ドンドルマへと続く。
……ダイアナとの別れの時が、訪れていた。

たとえ一緒に過ごした時間が短くとも、共に戦い、親交を深めた仲間との別れは辛いものだ。

「ダイアナさん、本当にありがとう」

何から何まで快く世話を焼いてくれたダイアナに、アリスは心から感謝していた。本当は、ありがとうなんて言葉じゃ足りない。けれど、それ以上に今の気持ちを表す言葉が見つからなかった。

別れを惜しんで萎れるアリスに、ダイアナは柔らかく微笑む。そして少女の手を取り、そっと自らの両手で包み込んだ。
寒さでかじかんだアリスの指先が、温かいダイアナの手に癒されていく。

「これが、永遠の別れじゃないでしょう?悲しい顔をしないで……必ずまた、会えるから」

ダイアナはアリスの小指に自分の小指を絡ませ、指切りをした。
「ほら、約束」と、ダイアナがにっこり笑うと、先程までの寂しい気持ちが晴れていく。

「うん、約束する!」

「ふふっ。じゃあ、さよならは言わないでおくわね。……エース!ちゃんと街までお願いね?喧嘩しないで、仲良くするのよ?」

空を眺めてぼうっと突っ立っていたエースは、いきなり名を呼ばれてビクッと肩を震わせた。

ここから先の二人旅が余程心配なのだろう。ダイアナは弟に詰め寄り、何度も何度も喧嘩しないように念を押し続けた。
最初のうちはハイハイと適当に相槌を打っていたエースも、あまりにもしつこい姉に苛立ち、髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。

「あー!もう、分かってるよ!それより姉貴は自分の帰り道でも心配してろよ!キリンに襲われても知らねーからな!」

雪獅子の群れを壊滅に追いやったと思われる、古龍種のモンスター・キリン。幻とまで云われているそのモンスターが、確かにそこにいた形跡があったのだ。
もしも再びキリンが雪山に舞い戻り、不運にも遭遇してしまったら……いくらダイアナが腕の立つハンターといえども、さすがに一人で立ち向かうには手に負えないだろう。

「……そうね、気をつけるわ。心配してくれて、ありがとう。エースは優しい子ね」

そう言いながら、ダイアナは小さな子供にする様に、弟の頭を優しく撫でていた。

そんな姉の行為に、エースの顔は羞恥でみるみるうちに赤く染まっていく。

「なななな何すんだよ!やめろ!ガキじゃあるまいし!」

エースは慌ててダイアナの手を掴み、乱暴に跳ね退けた。

「あら……昔はこうしてあげると、喜んでくれたのに」

「へぇ〜、そうなんだ〜」

茶化すようにニヤニヤ笑うアリスを、エースはギロリと睨みつける。
言い返してやりたい所だが、ここは我慢して深呼吸を一つ。生意気な小娘への反撃は、姉と別れてからでも遅くはない。街に着くまでの間は、好きなだけこき使えるではないか。
エースは自分にそう言い聞かせた。

「とにかく、帰り道には気をつけろよな」

「もしもキリンに遭遇したら、ダッシュで逃げてね!」

「ふふっ、そうするわね。ありがとう、二人共」

じゃあ、またね。……そう言い残してダイアナは踵を返すと、たった今降りて来たばかりの山道を登って行く。

彼女の真っ白な防具が、雪降る山の景色に溶けて見えなくなるまで。アリスは大きく手を振りながら、その背中を見つめていた。

――必ずまた、会おうね。

彼女と交わした約束を強く心に誓い、静かに腕を降ろしたその次の瞬間……。

ガツンッ!!!

突然、激しい衝撃に襲われた。

何か固い物で、背後から思いきり頭を殴られたのだ。アリスは軽く眩暈を覚えながらも、ぐっと痛みを堪え、自分を殴った人物を振り返った。

「いったーい!いきなり何するのよ!」

「痛かねぇだろ?火竜の兜を被ってんだからよ」

「痛かったわよ!すっ……ごく痛かった!」

一体何で殴ったのかと思いエースの手元に目をやると、彼の手にはアイテム類をぎっしり詰めこんだ布袋が握り締められていた。
中身は大量の砥石や携帯肉焼き器、回復薬の入った瓶などであろう。堅牢な火竜の兜のおかげで、痛いで済んだ様なものだった。

「ほらよっ」

恨めしげに唸るアリスに悪びれた様子も無く、エースは布袋を彼女に放り投げる。慌ててキャッチしたアリスの両腕に、布袋はずしりと重くのしかかった。

「荷物持ち。頼んだぜ」

「なっ、何でよ!私の方が重い武器担いでるんだから、エースが持ってよね!」

「嫌だね。俺の方が年上で、ハンターとしても先輩だし。何より命の恩人なんだぜー?言う事聞けよな」

横柄な物言いだったが、命の恩人であるという事を引き合いに出されては、アリスはぐうの音も出ない。
ダイアナを味方に付けようにも、彼女はすでに帰路の途中。納得はいかないが従うしかないと、アリスはしぶしぶ布袋を肩に掛けた。

「重い」

「ほらさっさと行くぞー。ドンドルマまではまだまだ長いからな」

荷物から解放されて身軽になったエースは、壮快に細い野道を進んで行く。

「あっ!ちょっと待ってよー!」

肩からずり落ちそうになる布袋を何度も背負い直しながら、アリスは先行くエースを慌てて追いかけた。

雪山の斜面を沿うようにして吹く冷たい風が、二人の肌を掠めていく。辺りは日が傾き始め、夜のとばりが下りようとしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


草原が闇に包まれ、道の先は目視出来ぬようになってきた。これ以上夜道を進むのは危険である。歩みを止めた二人は野道から少し離れた林の中に入り、そこで野宿をすることにした。

木の枝を拾って焚火を作り、それを挟むようにして向かい合わせに座る。一息つくやいなや、エースは持参した携帯食料を頬張っていた。

アリスも兜を脱いで足元に置き、携帯食料を取り出したが、なかなかその手は進まなかった。ただ緩やかに揺れる炎を見つめ、昔日の“彼女”を想う。

――ジェナ……。

双子の姉弟達を見ているうちに、自分の親代わりであり、姉のような存在であったジェナに会いたくて会いたくて堪らなくなってしまったのだ。

――いつだって笑顔で帰って来てくれたから、きっとまた約束通りに帰って来ると信じていたのに。
どうして、あんな……。

早く知りたい。
あの日、何があったのかを……。


「……なあ。……なあってば。…………おいっ!」

「へ?」

少し強めに張り上げられたエースの声に、漸く我に帰ったアリスはハッと顔を上げた。
向かいに座るエースは仏頂面を浮かべている。おそらく、先程から何度もアリスを呼んでいたのに、彼女が全く気付かなかったからであろう。

「ごめん、何?」

「なんだよボーッとしてただけかよ。暗い顔してるから、腹でも痛ぇのかと思ったぜ」

「……考え事、してた」

「あっそ」と興味なさげに言い捨てて、エースは4つめの携帯食料の袋を開けていた。

「ねぇ、エースはラビと一緒にラオシャンロンを討伐したんでしょ?」

「んあ?それがどうした」

「何か……戦意を喪失するような事とか、逃げ出したくなっちゃうような事、なかった?」

それは、以前ラビにも問い掛けて、何も手がかりを掴めなかった質問だった。ラビが見ていなくとも、もしかしたらエースは何か知っているかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱いて、アリスは尋ねてみたのだが……。エースは食事の手を止め、益々眉間の皺を深くしただけであった。

「……は?何だそりゃ」

質問の意図が全く分からないといわんばかりに、怪訝そうな表情を浮かべるエース。やはり駄目か、とアリスは肩を落とした。

「何の質問だよ。もっと分かりやすく話せって。モヤモヤするじゃねーか」

少し苛立った口調のエースを相手に、言葉を濁して適当に流してしまえるとは思えない。きっちり説明しなければ、彼は納得しないだろう。

「分かった。話すから……最後までちゃんと聞いてよね?」

「おう、任せとけって」

そう言いながらも5つめの食料に手を伸ばしている彼に一抹の不安を覚えつつ、アリスは自分とジェナの事、ラオシャンロン討伐戦後の出来事を細かに説明した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふーん、なるほどねぇ」

アリスが説明し終わった時には、エースの足元に散らばる携帯食料の空き袋は8つになっていた。

「俺、ラオ戦の時は奴の腹の下に潜り込んでひたすら斬ってたからなぁ。奴の腹しか見てねぇな」

「そう……。やっぱり自分で実際に行ってみなきゃ、分かんないよね」

ハァと短い溜息をついて、アリスは地面に寝そべった。
ずっと焚火の炎を見ていたせいで、目がチカチカする。だがそれが鎮まってくると、今度は木々の隙間から覗く夜空に目を奪われた。強い光を放って煌めく星々は、澄んだ夜空からアリスを照らし出してくれている。それは何よりも心強い、導きの光のように思えた。

「絶対に、何かあったはず。ジェナを狂わせた何かが。でなきゃ、あんな風になるはずないもの。必ず、突き止めるんだから……」

「でもよ、お前がその場に行ったからって必ず見つけられるってわけでもねぇだろ?実際、俺もラビも変なもんは見てねぇし」

「分かってるわよ、そんな事」

アリスはむくりと上体を起こすと、後ろ髪についた土を掃う。

「私にも見つけられないかもしれない。もしかしたら、ジェナが参戦したあの時だけに起きた出来事なのかもしれない。でも……本人の行方が分からない以上、実際に現場へ行ってみるしかないじゃない」

「ま、それもそうか。それにしても、雲を掴む様な話だがな」

「それでも……」

ジェナが居なくなってから、アリスは必死にあちこちを探し回った。けれど、どこにも彼女の姿は見つからなかったのだ。手がかりが欲しくて、藁にもすがる思いでハンターになったその日から、この思いは揺るがない。

「私は迷わず前に進むだけ」

先程まで眺めていた星々を宿したかのように光る、確かな信念を持った少女の瞳。射るように真っ直ぐ見つめられ、エースは視線を逸らした。

「……へっ、ご苦労なこった。俺はもうラオなんて面倒臭ぇ奴はパスだからな」

彼は肩を竦めて立ち上がると、アリスに背を向け立ち去ろうとする。

「一緒に戦ってくれなんて言ってないわよ。っていうか、どこ行くの?」

「飯が足りねぇから肉の調達だよ。その辺に獣の一匹くらいいるだろ」

ひらひらと右手を振りながら、エースはあっという間に林の中へ消えて行ってしまった。

まだ食べるつもりなのかとすっかり呆れ果てたアリスは、再び地面に寝転んで眼を閉じた。
焚火の燃える音。鈴のような虫の羽音。風に揺らぐ木葉の音……。自然が奏でる優しい音楽に耳を澄ませていると、心は幾分か安らぐ。

――ヨモギとラビに、連絡は伝わったかな……。

はぐれた仲間達を思いながら、アリスの疲労した体はいつの間にか寝息を立てていた。


一方。獣を狩る武器も持たずに林の中をふらついていたエースは、足元の小石を乱暴に蹴飛ばした後、近くに倒れていた木の幹に腰をおろした。

一点の曇りも無い、希望の光を宿したあの瞳から、逃げるようにして離れてきた自分。
目的とか、目標とか。そんな物を持つのは面倒だと思う。ただ毎日を適当に、のらりくらりと過ごしている方が楽に決まっている。

そう、いつだって面倒に巻き込まれないように避けてきた。だからこそ自由でいられる。それは正しかった。

けれど今……。

「くそっ、何なんだよ」

胸がざわざわして、得体の知れない感情に苛立ちがつのる。
それは確かな目的を持って輝くあの瞳への嫉妬や、何も持たざる自分への焦躁なのかもしれない。

「俺は……」

唇を噛み締めて俯く今の彼には、頭上に広がる星月夜は見えなかった。

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