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MONSTER HUNTER*anecdote
絶対強者…?
純白の長い毛に包まれたドドブランゴの大きな体は、荒い呼吸に合わせて上下していた。
鼻先から伸びた真っ赤な髭が、雪獅子の歩みに合わせて揺れる。咥内に収まりきらない巨大な牙の隙間からは、ハンター達を威嚇する様に唸る声が聞こえた。

「とても俊敏だから、気をつけて。落ち着いて動きを見るの。必ず、隙は生まれるわ」

ダイアナの助言にアリスは頷きながら、ゴクリと息を呑む。
……初めて対峙する相手というものは、いつだって新鮮な緊張をくれる。生死を賭けた戦いである事には間違いない。だが今は、そこに付き纏うはずの恐怖や不安が驚く程に無かった。

狩りを重ねる度に、ハンターというものは死を恐れぬ度胸を獲得するのか。それとも、感覚が麻痺してしまっただけなのか。
アリスにはそれが分からなかった。だが、剣を振るう自分は高揚しながらも、ひどく冷静だという事だけは感じていた。

後ろ脚で蹴るようにして飛びかかって来る雪獅子を身を翻して避け、雪原を旋回しながら慎重に間合いをはかる。研ぎ澄まされた神経に身を任せて戦う自分がそこにいた。

――やっぱり雪の上だと、足場が心許ない。

柔らかい雪には足を取られ、凍結した地面ではブーツが滑る。雪山での狩猟が始めてのアリスにとって、自然は第二の敵であった。
しかし、ドドブランゴは足場の悪い雪の上だろうとお構い無しである。此処が棲家なのだから当然の事。縦横無尽に飛び回り、太い前脚で容赦無く殴りかかってくる。大きな雪の塊を投げつけてきたり、冷気のブレスを吐いて獲物を凍らせようとしたりと、その攻撃は多彩であった。

それでも引けを取る事なく、ドドブランゴと交戦する双子は流石雪国生まれといった所だ。
ダイアナは、標的の動きを牽制する様に矢を射っていく。相手の行動を先読みして放たれた矢は、ひゅんと空を切った後、前脚を踏み出そうとしていた雪獅子の眼の前を掠めて行った。

急に動きを静止せざるを得なくなった雪獅子が、上げた前脚の置き場を失ったその時。バランスを崩した身体が傾き、大きな隙が生まれた。そしてこの好機を、剣士達は見逃さなかった。

雪原を駆け抜けるアリスとエース。口から零れる白い息は、次々と粉雪と共に景色へと消えて行った。

かじかんだ指先から、飛び抜けてしまわないように。剣の柄をしっかりと握り、斬る。

「やあっ!!」

噴き出す炎と共に振り下ろしたアリスの炎剣が、バキンッ!と音をたてて雪獅子の鋭い牙を砕いた。その衝撃で悲鳴を上げた雪獅子は、身体を大きくのけ反り、前脚で顔を覆う。

「へぇ、ちょっとはやるじゃねーの」

両手に握り締めた双剣をブンと一振りし、マスクの下でエースは呟いた。
ガキに負けてらんねぇなとひとりごちて、地を蹴り一気に雪獅子に詰め寄る。

「でやぁぁぁッ!!」

懐に深く潜り込み、舞う様にドドブランゴを斬り刻む。反撃の余地さえ与えぬ激しい連続攻撃に、雪獅子の身体はぐらりとよろめいた。

「これで終いだ!はあっ!!」

エースは天高く振り上げた双刃を、地まで思い切り振り下ろす。雪獅子の鳴き声と共に飛び散る鮮血を受けて、漆黒の刃が輝いた。

「甘いわ、エース。まだよ!」

ドドブランゴはふらついてはいたものの、まだ瞳には命の灯が宿っていた。
ダイアナはとどめを刺すべく、雪獅子の胸を目掛けて一直線に矢を射る。しかし、予想外の突風に煽られて矢の軌道は逸れ、吹雪の中に消えて行ってしまった。

「あら……残念。自然に嫌われちゃったかしら」

矢が外れた事にはあまり気にも止めず、ダイアナはクスリと笑う。
そんな彼女に向かって、運良く助かった雪獅子は飛び掛からんとしていた。痛手を負わされた剣士達よりも、動きを乱され、今まさにとどめを刺そうと矢を撃ち放ったダイアナを優先して標的にしたのである。

「ダイアナさん!危ない!!」

「姉貴っ!!」

ダイアナの元へ向かって駆けていく雪獅子。アリス達はそれを追いかけたが、雪獅子のスピードに追い付く術は無かった。

拳を振り上げたドドブランゴが、ダイアナの目前に迫る。

「あれだけ斬られたというのに、元気な子ね」

ダイアナは笑みを浮かべたまま、ひらりと後ろに飛び退いた。振り下ろされた雪獅子の拳は雪原に大きな穴を空け、粉雪を散らす。

「私達、急いでいるの。ごめんなさいね」

……そう言って、ダイアナがドドブランゴを睨みつけた次の瞬間。雪獅子の体は宙を飛び、雪山の岩壁に叩き付けられていたのだった。

「何が起きたの……?」

雪獅子は既に絶命している。訳も分からず呆然とするアリスの隣で、青ざめたエースがガタガタと震えていた。

「で、出た……姉貴の蹴りが……!マジかよ……昔より威力上がってるじゃねぇか……!」

「は?“蹴り”?」

まさかと思いダイアナをよく見ると、彼女は上がったままの右足をゆっくりと地に下ろす所であった。
……彼女の真っ白なブーツは、雪獅子の血で赤く染まっている。

「嘘でしょ……?蹴り飛ばしたの?あの雪獅子を!」

驚愕するアリスをよそに、ダイアナは動かなくなった雪獅子を見てフゥと一息ついていた。そして自分の足元に目を遣ると、悲しげに眉をひそめる。

「あぁ、汚れてしまったわ。このブーツは、お気に入りなのに」

その時、アリスは漸く理解した。何故エースが姉に逆らえないのか、何故姉を恐れているのか。
雪獅子を蹴り倒す様な怪力の持ち主と、誰が喧嘩など出来ようか。……いや、出来まい。

「せっかくだから、剥ぎ取れる物は頂いて行きましょう。……どうしたの?二人とも、顔色が悪いわ」

ダイアナは腰に携えた剥ぎ取りナイフを抜きながら、不思議そうに首を傾げたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


モンスターの気配が消え、静まり返る雪山。
剥ぎ取りを終えた三人は、武器の手入れを兼ねて暫しの休憩を取っていた。

アリスは小さな岩の上に座り、大剣を研ぎ始める。後から聞いた話によると、雪獅子は火が弱点だったらしい。担いでいたのが炎剣で良かったと、アリスは偶然に感謝した。

「おい、食うか?」

ふと声を掛けられ顔を上げると、目の前には仏頂面をしたエースが立っていた。
いつの間に調達して来たのだろうか。彼の腕には、骨付きの生肉が5つも抱えられている。

「さっきご飯食べたばっかりじゃない。いらない」

「バーカ。ハンターはな、食える時に食っとくモンなんだよ」

フンと鼻で笑いながら、エースは携帯肉焼き器をてきぱきと組み立てていく。
手際よく火を起こして生肉をセットすると、すぐに肉の焼ける良い匂いが辺りに広がった。

「それ、全部食べる気?」

「おう!余裕だな!」


あっという間にこんがりと焼き上がる骨付き肉。エースは豪快にかぶりつきながら、次の肉を焼き始めていた。
彼の凄まじい食欲に呆れながら、アリスは研ぎ上がった剣をその背に担ぎ直す。

「姉貴は?どこ行ったんだ?」

「ちょっと辺りを見て来るって。……ねぇ、ダイアナさんってさ、いつもモンスターを蹴り倒してるの?」

アリスの問い掛けに、ぴくりとエースの眉が動いた。
彼は頬張っていた肉を飲み込むと、辺りを見回して姉の姿が無いかを確認する。

「いつもじゃねぇが、たまにやるんだよ。昔から苛々するとすぐ足が出るのが悪い癖だ。恐ぇだろ?」

「……うん、まぁ恐いっていうか、凄いよね。足は痛くないのかな」

「さぁな。だが、前に姉貴が怪我したって言っただろ?」

「エースが代理で来た時の?」

エースはこくりと頷くと、もう一度辺りを見回してから小声で囁いた。

「あれは、ティガレックスを蹴り飛ばしたせいで捻挫したんだぜ」

「…………」

ティガレックスの名はアリスも聞いた事があった。
雪山や砂漠を根城にする、獰猛な飛竜種。他の飛竜達でさえ、ティガレックスの狂暴さを恐れて争う事を避けるという。食物連鎖の最上位に名を連ねるその竜を、狩りに生きる者達の間では“絶対強者”と呼んでいた。

「嘘よね。あははっ、有り得ないって。やだなぁもう」

「マジだ。だから、姉貴を怒らせんなよ」

「……分かった」

うんうんと頷くエースは、焼き上がった最後の肉にかぶりつく。
それを見ていたアリスは、彼の大食い・早食いもある意味脅威だと、心の中で呟いていた。

「あー食った食った!何か物足りねぇけど、我慢するか」

「……ははは」

アリスが引き攣った笑いを浮かべていると、ぎゅっぎゅっと雪を踏み締めながら、ダイアナが偵察から帰って来た。
しかし、なぜか彼女は浮かない表情をしている。アリスは心配になって、ダイアナに声をかけた。

「おかえり、どうかしたの?」

「……さっきのドドブランゴなんだけどね。群れで襲って来なかったから、おかしいなと思って」

あぁ確かに、とエースが頷く。
ドドブランゴは本来、常に群れで行動している。ブランゴと呼ばれる小さな個体を率いて、獲物を仕留める際には連携して動くものなのだ。

「それでね、この近く一帯をざっと調べて来たの。そうしたら、向こうでブランゴ達の死骸が沢山見付かったわ」

「えっ、それって……」

「他のモンスターとやり合った後だった。って事だな?相手はティガか?」

ダイアナは首を横に振った。彼女の表情から察すると、ティガレックスよりももっと質の悪い奴の仕業らしい。

「ブランゴには、ティガレックスにやられたような爪痕や牙の跡は無かったわ。あの子達は、黒く、焼け焦げていた。あの惨状は……フルフルよりも、もっと強力な雷撃だわ」

「おいおい、マジかよ……」

エースはあからさまに嫌そうな顔をしていた。だが、アリスは黒焦げのブランゴが意図する事が分からず、ただ目を丸くするばかりだった。

「それ、どういう事なの?」

「アリスちゃんは聞いた事が無いかしら?幻の雷獣・キリンの存在を」

「キリン?」

どこかで聞いた事があるような、無いような。アリスは更に首を傾げる。

ダイアナの話によると。キリンとは、一応古龍種に属するモンスターだが極端に目撃情報が少なく、存在さえも疑問視されている幻の獣だそうだ。
謎が多く、詳しい事は解明されていないが、雷の力を操る事だけは伝えられている。そこでブランゴが黒焦げになって息絶えていたのは、キリンの仕業ではないかと言うのだ。

「じゃあ近くにキリンがいるかもしれないのね?」

「いえ、今はもう遠ざかっているはずよ。キリンが出現する予兆と云われている、雷鳴が聞こえないから」

「ま、出くわす前に山を降りちまうのが賢明だな。今は古龍と戦ってる場合じゃねぇ」

エースの言葉に、二人は文句無しに賛同する。キリンに限らず、他のモンスターにだって遭遇したくはない。
三人は、すぐに出発の準備を整えてその場を発つ事にした。

――ダイアナさんなら、キリンも蹴り飛ばしそうだけど……ね。

――姉貴なら、キリンも蹴飛ばしちまいそうだよな……。

と、その時にアリスとエースが同じ事を考えていたのは、後になってから知るのであった。

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