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MONSTER HUNTER*anecdote
雪の降る地にて
「くそっ。なんで俺がこんな目に……。ああ面倒くせぇ!」

ブツブツと文句を零しながら、エースは大きな布袋に街までの旅に必要な食料やアイテムを詰めていた。
彼は時折手を止めては、背後に立っているアリスを睨みつけ、フンと鼻を鳴らす。

「そんな事言ったって仕方ないじゃない。ダイアナさんの命令は絶対なんでしょ?」

「……ああそうだよ!」

苛立つエースはガシガシと髪を掻きむしっている。どうやらこれは、彼の癖の様だった。

本来ならば、彼はもう暫く村に滞在してから街に戻る予定だったのだ。だがそれは、絶対的な存在である姉によって覆されたのである。

『エース、あなたこれから街へ戻りなさい。彼女を連れて、ね』

食後に告げられたその一言に、エースが逆らえるはずも無く。彼はその意思に反して、アリスと共にドンドルマへ向かう事になってしまったのだ。

「くそっ、街に着いたらラビに目一杯飯を奢らせてやる」

あまりにもエースが愚痴を連ねるので、アリスは何だか申し訳無い気持ちになってきた。久しぶりの帰省だ。ゆっくり過ごしたい気持ちも分かる。
アリスは居心地が悪そうに、両腕に抱えた兜に視線を落とした。

「……お礼くらいちゃんと私がするわよ。でもアンタ、馬鹿みたいに大食いだからちょっと不安だけど」

「あぁ!?テメェ今馬鹿っつったな!?絶対に許さねぇ表出ろ」

しまった、と失言に気付いた時には遅かった。エースは眉間に深い皺を刻んだまま振り返り、ボキボキと指を鳴らしながらこちらに近付いて来る。

「あら、楽しそうね。表に出て、何をするのかしら?」

エースの手がアリスの胸倉を掴もうとした瞬間、たおやかな声がかけられた。
二人が声のした方に目を遣ると、いつの間に帰って来ていたのだろうか、そこには腕組みをしたダイアナが不敵な笑みを浮かべて立っているではないか。

「ああああ姉貴っ……!」

ダイアナは二人の間に割って入ると、硬直するエースの肩にポンと手を乗せる。

「仲良く、しなさいね?」

彼女がそう告げた直後。力が込められたダイアナの指が、エースの肩に食い込むのをアリスは見逃さなかった。

次いで自分の方に向き直ったダイアナにアリスはドキッとしたが、彼女は普段通りに優しく微笑んでいた。

「ギルドマスターに頼んで、お仲間さん宛ての伝書鳩を飛ばしてもらって来たわ。これでもう、心配いらないわよ」

「あ、ありがとう!助かります、本当に」

「いいのよ、気にしないで?それよりも、エースがちゃんと貴方を街まで連れて行けるかが不安だわ」

ダイアナは溜息まじりにちらりとエースに視線を向けた後、首を横に振った。

「私が街まで同行出来れば良いのだけれど、村を離れる訳にはいかないから。でも、山の麓までは私も一緒に行くわね。モンスターの姿が、ちらほら目撃されているらしいの」

ダイアナはそう話しながらアイテムポーチを腰に巻き、壁に立てかけてあった雌火竜の弓をその背に担いだ。

「雪山のモンスター、か。狂暴な奴ばっかりだって、前にラビが言ってたなぁ……。あんまりお目にかかりたくないかも」

と、苦笑いを浮かべながらアリスは兜を被る。

「へっ。何が来たって、斬り刻むだけだっての」

エースはぶっきらぼうに言い放つと、首元にずらしていたマスク状の布を鼻先まで引き上げた。そしてテーブルの上に置かれた漆黒の双剣を手に取り、器用にくるくると回転させてから背に担ぐ。

「準備完了ね?では、行きましょう」

ダイアナが先導して開いた扉から、ひゅうと身に突き刺さる様な冷気が舞い込んだ。未知なる白銀の大地を目前に、アリスの気分は高揚するばかりであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


道具屋や武具の工房が並ぶ村の中央通りを歩きながら、アリスは物珍しそうに周囲を見回していた。
初めて見る雪は真っ白で汚れが無く、とても美しい。だが、触れた瞬間にさらりと崩れ落ちてしまう儚さがあった。

獣の毛皮で出来た独自の防寒具に身を包んだ村人達は、すれ違う度に優しく声をかけてくれる。ダイアナは「ここは小さな村だから、みんな家族同然なのよ」と、嬉しそうに話していた。

指先が痺れてしまう程気温が低く、寒さが身に凍みるけれど。優しい人々に囲まれて、心がポカポカ暖かい。
……ポッケ村はそんな場所だった。

中央通りを真っ直ぐ進み、山頂へ続く村の出口付近まで来ると、この村のシンボルとして崇められているマカライト鉱石の巨大な塊が見えてくる。
その鉱石の前に焚火をこしらえて、小さな老婆が一人、のんびりと佇んでいた。ダイアナはその老婆の元へと駆け付けると、丁寧に頭を下げる。

「オババ様、ダイアナです。エースとアリスちゃんを見送りに、少し麓まで行って参りますね」

手にした杖で焚火の薪をつついていた老婆は、ダイアナの声を受けて顔を上げた。そして目尻に皺をより深く刻んで三人に微笑むと、鼻先までずり落ちた眼鏡を指で押し上げる。

「おお、もう行ってしまうのかえ?せっかくポッケ村まで来たんじゃから、ゆっくりしていってもいいんじゃよ?エースも久しぶりじゃというのに」

ほれ、茶でも飲んで行かぬか?と、老婆は通りの向かいにある集会所を杖で指した。
この小さな老婆はポッケ村の女村長であり、この村を興した人物でもある。村人達からの信頼は厚く、皆から『オババ様』と呼び親しまれていた。

そんな村長から茶に誘われ、ダイアナが返答に困る一方で。エースが激しく同意とばかりに縦に頭を振っている。
しかし、リン…と鳴った大きな鈴の音によって、全ては遮られてしまった。

「オババ殿。何やらこの娘は、大きな目的を持って旅をしている様子。先を急ぐ身ゆえ、茶はまたの機会になされ」

鈴の音と共に非常に畏まった口調で現れたのは、朱と白の外套に身を包んだ村人……ではなく、一匹のアイルーだった。

「歩み進む者を無理に引き止めてはならぬ。それが、真理を追い求める者なら尚更の事だ」

静かに言葉を紡ぎながら、そのアイルーは村長の元へと歩みを進める。その一歩を踏み出す度に、胸元に付けた大きな鈴が涼やかな音色を奏でていた。

「あら、ネコートさん。こんにちは」

ダイアナは外套を身に纏ったアイルーを“ネコート”と呼び、うやうやしくお辞儀をする。
そんな彼女の態度に満足そうに頷くネコートだったが、ふと、不思議そうに注がれるアリスの視線に気付き、少女を見上げた。

「……何か?」

「えっ?あ、その……“ニャー”って言わないのかな?と思って」

アリスは率直な疑問が気に入らなかったのか、ネコートは不機嫌そうに眉を寄せる。

「愚問には答えぬ」

「そ、そうですか……」

つい敬語になってしまうのは、ネコートが他のアイルーとは違った、特別な雰囲気を醸し出しているからだろう。その小さな体からは、威厳、気品、英知といったものが感じられる。

「ネコートさんの言う通り、アリスちゃんは先を急いでいるの。だからオババ様、ゆっくりはしていられないわ。残念だけれど、お茶はまたの機会にいたしましょう?」

「そうかい?まぁ、仕方ないねぇ」

「私、ポッケ村が気に入っちゃった。また今度、必ず遊びに来るね!」

「残念」と、うなだれた村長も、アリスの一言を聞いて嬉しそうに口元を綻ばせていた。
皆が笑顔で別れを告げる中、唯一がっくりと肩を落としていたのはやはりエースである。

「じゃあ、行って参りますわ」

「お世話になりました!さようなら!」

アリスはぺこりとお辞儀をしてから大きく手を振ると、双子達に続いて麓へ続く出口へと向かって行った。
三人を見送った後、焚火の前で一息ついていた村長は、ふとネコートに向かって問い掛ける。

「よく、あの娘が目的を持って旅をしていると分かったねぇ」

ネコートは暫く眼を閉じたまま黙り込んでいたが、やがて静かに答え始めた。

「……別に。ただ、何となくそんな気がしただけの事」

「ふむ、ネコの第六感でも働いたのかねぇ」

ふふふ、と年老いた村長が目を細めて笑うと、ネコートは気恥ずかしそうに俯いた。

「さて、お茶でも飲みに行かんかね?」

「……猫舌ゆえ、ぬる目で頼む」

雪空に鈴の音を響かせて、小さな老婆とアイルーは集会所へと消えて行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


降り積もったばかりの真新しい雪道は、踏み込む事を躊躇ってしまう。しかし、ここを通らねば麓までは行けない。アリスは双子達の後に続いて、雪山の一歩を踏み出した。

柔らかな雪は踏む度にギュッギュッと音を立てて、くっきりと足跡を浮かび上がらせる。当然の事ながら、この白銀の世界は夜の砂漠や湿地帯の洞窟とは比べものにならないくらい寒かった。アリスは苦手なホットドリンクを、腹を括って一気に飲み干したのだった。

「アリスちゃん、大丈夫?」

眉をひそめるアリスを気遣い、ダイアナは立ち止まった。そして口直しにと、水の入った瓶を差し出す。

「うう、ありがとう。不味い……でも、凍え死ぬよりマシだと思えば大丈夫……多分」

げっそりとした表情のアリスは瓶を受け取ると、口内を濯ぐ様に水を飲み干した。すると数歩先を行っていたエースが、ちらりとこちらを振り返りながら鼻で笑う。

「トウガラシが苦手とか。ガキだな」

姉に聞こえぬよう、こっそりと呟いた一言。だがそれは、アリスの耳にはきっちりと届いていた。

「ダイアナさーん、エースが虐めてくるんですけどー」

「ちょ、おまっ……」

「エース。仲良くしなさいって、私さっき言ったわよね?」

ダイアナに睨みつけられ、エースは口ごもる。
アリスはざまあみろと言わんばかりに、ダイアナの後ろに隠れてべぇっと舌を突き出していた。

――あの野郎っ!……まあいい、どうせ姉貴は麓でオサラバだ。覚えてろよ糞ガキっ!

エースは怒りに震える両手で髪を掻きむしり、再び雪道を歩きはじめた。

「エース、ちょっと待ちなさい!」

急に声を張り上げた姉に、エースはビクッと体を強張らせる。

「な、なんだよ。俺は何も……」

彼が恐る恐る振り返ると、ダイアナは口元に指を当てて「静かに」とジェスチャーをしていた。どうやらアリスとの事を咎められる訳ではなさそうだ。

「聞こえる。あれは、雪獅子の咆哮よ」

「ゆ、雪獅子?」

「チッ、ドドブランゴか」

アリスは聴覚を研ぎ澄ませる。風の音に掻き消されてしまいそうだが、甲高い獣の鳴き声は確かに辺りに響いていた。

狩るかどうかを問う前に、すでに双子達はそれぞれの武器を手にしていた。ならば、自分も参戦しない訳にはいかない。アリスもその背に担いだ大剣に手を掛ける。

「上だっ!」

1番にモンスターの姿を捉えたエースが叫ぶ。山の斜面に目を向けると、太陽の光を遮るように大きく跳んだ雪獅子が、こちらに向かって落ちて来ていた。

ズドン!と音を立てて大地を揺るがし、降り積もった雪を散らす。あらぶる雪獅子は低く唸りながら、アリス達の前に立ち塞がった。

「アリスちゃんは病み上がりだから、無理しないでね?」

矢筒から取り出した矢を弓に宛てがいながら、ダイアナはいつもと変わらぬ優しい口調で声をかける。しかし、その瞳は冷ややかに雪獅子を見据えていた。

「へっ、何だったら引っ込んでてもいいんだぜ?」

エースが笑うと、振りかざす漆黒の双刃も獲物を求めてギラリと光った。それはまるで武器も使い手も、心から狩りを楽しんでいるように見える。

「引っ込む?冗談はやめて。こんな奴、叩き斬ってやるわよ!」

それは決して強がりではない。今までに積み重ねてきた経験や得た知識が、確かなる自信に繋がっていた。

雪獅子に挑むアリスの眼には、確かにハンターとしての光が宿っているのであった。

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