MONSTER HUNTER*anecdote
ダイアナとエース
ジォ・クルーク海の北に広がる湿地帯に、狩りを終えた二人のハンターが歩いていた。
先頭を行くのは、雌火竜リオレイアの甲殻を繋ぎ合わせて出来た大きな弓を担ぐ女。
そしてその一歩後ろを歩くのは、迅竜ナルガクルガの刃翼で作成された、漆黒の刃が幾重にも重なる双剣を背負った男だ。
二人はそれぞれガンナー用、剣士用の上位防具を身に纏っている。それはどちらも雪山や沼地に生息するモンスター・フルフルの独特な質感の皮で作られた、真っ白な衣装だった。
二人は背丈も顔つきも異なってはいるものの、同じ海色の眼をしている。女の方は頭防具に隠れていて見えないが、男と同じく銀髪であった。
共通点は少ないが、この二人は双子の姉弟なのである。
「リハビリには丁度良い相手だったわね」
先を歩いていた双子の姉が、背後にいる弟に向けておっとりとした口調で声をかけた。
「丁度良いも何も。もうすっかり本調子じゃねぇか。わざわざ俺が付いて来る必要なんて無かったよな」
フンと鼻を鳴らして、弟は思い切り悪態をついてやる。だが、姉はニコニコと微笑んでいるだけだった。
その捉え所の無い微笑みに、彼はいつも調子を狂わされてしまう。弟はイライラした様子で、逆立てた銀髪を掻きむしった。
姉の方はというと、そんな弟を気にもとめず、どんどん帰路を進んでいく。
「さぁ早く帰りましょ。皆が待って……あら?」
何かを見つけ、急に足を止める女。そのせいで、後ろを歩いていた弟は彼女の弓の尖った部分に思いきり額をぶつけてしまった。
「いってぇー!!急に立ち止まるなよ!」
「ねぇ、あそこ見て?人が倒れているわ」
姉の視線の先は、隣接するジォ・クルーク海のほとり。乱雑に生えた水草の中から、人の腕がちらりと見えていた。
二人は顔を見合わせた後、そこへ慎重に近付いて行く。伸びきった水草を掻き分け、恐る恐る覗き込んでみた。
「まぁ、大変!」
「……死んでるのか?」
そこに横たわっていたのは、火竜の鎧に身を包み、海水に濡れた金髪の少女だった。
そう。先程の戦いで気を失い、海を漂っていたアリスである。
「海竜にでもやられたんだろうな。ご愁傷様」
弟は軽く手を合わせてから、近くに落ちていたアリスの兜と剣を拾い上げた。
アリスの傍に膝をついた姉は、胸元に耳を当て、彼女の心音を確認する。
「待って。まだ生きているわ」
そして自分のアイテムポーチから回復薬を取り出し、彼女の唇に瓶を押し当てた。口内に薬を流し込みと、心なしか頬が赤く色付いた気がした。
「この子を村まで連れて帰りましょう」
「村まで……って、何日かかると思ってんだよ」
「大丈夫。ほら見て、あそこ!古龍観測隊の気球よ。緊急事態だもの、乗せて行ってもらいましょう」
「いいのかよ……」
二人はアリスの腕を自分達の肩にかけて両脇から抱えると、近くの空に浮かぶ気球の方角へ向かって歩き出した。
「お?」
一歩踏み出した弟の爪先に、何か固い物がコツンと当たる。視線を足元に落とすと、そこには小さな空き瓶が一つ転がっていた。
「なんだ?秘薬の空き瓶?」
そう呟いた後、弟は直感的に傷付いた少女の横顔に目を向けた。
――俺達が来る前に、誰かが手当てをしていたのか?
そんな考えが去来して辺りを見回したが、自分達の他に人影は無い。
なんとも不可思議な気持ちに包まれながらも、帰途を急かす姉の声に促され、ひとまずは村へと急ぐ事となったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
深い眠りから徐々に覚めていく意識。暖かな布団に包まれて、アリスは夢と現の間をまどろむ。
キッチンから漂ってくる、米の炊ける匂い。一日の始まりを告げる幸せの香りは、彼女の鼻先を擽っていく。
――……良い匂い。朝ご飯の時間かな。ヨモギが来る前に起きなきゃ、ラビに怒られちゃう……。
布団から出るのは名残惜しい。外が冷え込む日は尚更だ。
――ん、布団……?私、どうして村に居るの……?
うっすらと開いたアリスの瞳に映ったものは、窓辺に止まった小鳥と風に揺れるカーテンだった。
見慣れぬ風合いのその布地に、ここがココット村ではないという事だけはすぐに分かった。
アリスはベッドから上半身を起こし、辺りを見回す。やや狭めな部屋。ベッドサイドに置かれた本棚と、木製の大きな収納ボックスが目についた。
先程から漂う芳醇な香りは、暖簾が掛かった出入口の向こう側から来ているようだ。おそらく、キッチンはあの先なのだろう。
「ここ、どこなの?なんだか寒いし……」
自分の服装をよく見てみると、包帯が巻かれた体に、薄手の部屋着を羽織っただけだった。アリスは吹き付ける冷たい隙間風に身震いすると、慌てて布団に包まった。
「……雪?」
そっとカーテンをめくって覗き込むと、窓の外は雪景色。道にも家屋の屋根にも真っ白な雪が積もっており、防寒具を着込んだ村人達が通りを行き交っていた。
「あら、目が覚めた?」
透き通るような美しい声が聞こえて、アリスは振り返る。するとそこには、銀雪のように輝く長い髪を垂らした一人の女が立っていた。
暖簾をくぐって、隣のキッチンから出て来たのだろう。彼女からは、微かに甘い匂いがする。だが、その穏やかな物腰とは裏腹に、女の背には物騒な弓が担がれていた。
「あの、ここはどこ?私はどうなって……」
「ここは、フラヒヤ山脈の中腹にあるポッケ村よ。ジォ・クルーク海のほとりで倒れていた貴方を見つけて、連れて帰ってきたの」
女はアリスにそう告げると、窓辺に止まっていた小鳥にパンの欠片を与えた。
「じゃあ、私……意識を失ったまま流されちゃったんだ。貴方が私を助けてくれたの?ありがとう」
「偶然通り掛かっただけだから、気にしないで?ピンチの時はお互い様よ」
女がすっと右手を差し出してきたので、アリスはその手を取り握手に応じる。
「ダイアナよ。ポッケ村のハンターをしているの」
「私はアリス。ココット村のハンターをしていたんだけど今はフリー、かな」
「ねぇ、お腹空いてるでしょう?食事の準備が出来ているから、一緒に食べましょ?」
ダイアナはアリスの手を引いて、彼女をベッドから立ち上がらせた。そしてアイテムボックスの中から火竜の鎧とブーツを取り出し、寒いから着るようにと促す。
「でも私、早く戻らないと。仲間が待ってるの、きっと心配してる……」
「何か、事情があるのね?でも今は、しっかり食べて貴方自身の体力を回復するのが先よ。食べながらでいいから、良かったら聞かせてくれないかしら?」
「力になるわ」とダイアナが優しく微笑むと、ふわりと長い銀髪が揺れる。
その温かな笑みがふとジェナの面影と重なって、アリスの胸がドクンと高鳴った。
「あー!腹減った!姉貴、飯にしようぜ!」
そこに突然、バン!と乱暴に開け放たれた玄関から、両腕一杯の薪を抱えた男が入って来た。短い銀髪を逆立てたその男は、アリスと目が合うと無愛想に眉を寄せる。
驚いたアリスが目を丸くする横で、ダイアナは彼にも笑顔を向けていた。
「紹介するわ。この子は私の双子の弟、エースよ」
「こ、こんにちは」
アリスは軽くお辞儀をしてみたが、エースと呼ばれた男はフンと鼻を鳴らしただけだった。そしてそのまま暖簾をくぐり、キッチンへと消えて行ってしまったのである。
「ごめんなさいね、少しやんちゃな子なの。悪気は無いから、怒らないであげてね?」
「あ、うん……」
「さぁ、食事にしましょう。着替えたらいらっしゃいね」
そう言い残して、ダイアナもキッチンへ入って行く。
一人残されたアリスは、ラビ達の事が気になって仕方がなかった。あれから彼らはどうなったのだろう。無事に海を渡れていれば良いのだが。
「……ドンドルマへ行けば、合流できるよね」
「大丈夫」とアリスは自分に言い聞かせ、火竜の鎧に腕を通した。◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暖簾をくぐった先の光景に、アリスはまたもや目を丸くした。
そこはとても広々とした、立派なダイニングキッチンだったのだ。新鮮な野菜や、活きの良い魚、もぎたての果実といった様々な食材が、山の様に篭に盛られている。
そしてその周りを、色とりどりの毛色をした5匹のアイルーが走り回っていた。彼らは皆、揃いの真っ白なコックコートを着ている。肉球模様の大きなコック帽が、なんとも愛らしかった。
「どうぞ座って?」
既に席に着いていたダイアナは、アリスを自分の隣の席へ招く。
ダイニングテーブルの上にはこんがりと丸焼きにされた豚や、山盛りのサラダとご飯、器から溢れそうなスープなど。豪快な料理が山のように並べられていた。
向かい側に座るエースは、よほど腹が減っているのだろう。早くそれらの料理に手を付けたくて、うずうずしている様子だった。
「じゃあ、いただきましょうか」
ダイアナのその一声を皮切りに、エースはバチンと音を立てて手を合わせる。そして目の前の料理を、凄まじい速さで口に運んでいった。
――この二人、本当に双子なの?
白米をせわしなく掻き込んでいくエースと、味わいながらゆっくりとスープを飲むダイアナ。対照的な二人を眺めながら、アリスはそんな事を考えていた。
「……それで、聞かせてくれるかしら?貴方の事」
コトンとスープカップをテーブルに置いて、ダイアナがアリスの方を振り返る。
アリスは何から話せばよいものかと迷いながらも、ココット村を出てからの経緯を全て話した。
同じハンターである彼女達の前で、水中の狩猟で酸素不足という初歩的なミスを話すのは少々情けなく思ったが、ダイアナは真摯にアリスの話に耳を傾けていた。
「……そう。それは災難だったわね。ポッケ村に連れて帰らずに、ドンドルマへ向かえば良かったわ。ごめんなさい」
「そんな、謝らないで!ダイアナさん達が助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか……」
「感謝しています」と、アリスは丁重に頭を下げる。
そんな彼女と姉の会話を、エースは口の中に肉を詰め込みながら、横目で見ているだけであった。
「じゃあ貴方が無事だって事を、お仲間さんに知らせてあげなきゃね。後で伝書鳩を飛ばしましょう。ドンドルマのギルドに連絡を入れておけば、きっと伝わるはずだわ」
「本当に!?ありがとう!良かった、それならヨモギとラビも安心するよ!」
「ブォヘッ!?」
今まで黙りこくっていたエースが、突然奇声をあげて吹き出した。
「……何か飛んできたんだけど」
「あらやだエースったら!下品ねぇ」
アリスは顔を引き攣らせ、ダイアナはあからさまに嫌そうな顔をする。だが、彼はそんな事もお構いなしに会話に割って入ってきた。
「お前っ……今何て!」
「な、何って、何が?」
「お前の仲間だよ!ラビだと!?ラビってあのラビかっ!」
“あのラビ”とは“どのラビ”の事なのだろう。アリスが答えずにいると、さらにエースは言葉を続ける。
「黒髪で、やたらと背がデカくて、いつも余裕ぶっこいでいて、なんか憎たらしいあのガンナーのラビだよっ!」
「憎たらしくはないけど……多分、そのラビで合ってると思う。知り合いなの?」
エースはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、面倒臭さそうに説明し始めた。
「知り合いも何も、俺とラビは仲間だ」
「え、そうなの?」
「俺はこの村生まれだが、今はドンドルマのギルドに所属している。あいつとは、いつも一緒に狩りに出ていた仲間なんだよ」
そこでアリスは思い出した。ラビにはラオシャンロン討伐時に、共に戦った仲間が二人いたという事を。
「じゃあ、貴方達がラビと一緒にラオを倒した仲間なの?」
「それは俺ともう一人、別の奴だ。姉貴は違う」
「私は、この村の専属ハンターだから。エースはね、一時的にこの村に帰って来てもらっているだけなのよ」
ダイアナの話によると、ニヶ月前の狩猟で足を負傷してしまった彼女の代わりに、街にハンターを要請したところ。エースが久しぶりの帰省を兼ねて、ポッケ村派遣に志願したのだそうだ。
そしてダイアナの怪我も完治し、リハビリがてらエースと共に湿地帯へ狩猟に赴いた際、倒れていたアリスを発見したのだという。
「お前がラビの仲間ねぇ……」
エースは眉間に皺を寄せながら、ジロジロとアリスを見ていた。
「何よ。私がラビの仲間だったら、何か問題でも?」
彼の態度に不服なアリスは、ムッとした表情でエースを見返した。
「どう見ても、強そうには見えねぇなぁ。なんでこんな奴を仲間にしたんだ?あいつ」
「なっ……!アンタだって変なトゲトゲ頭して、全然強そうに見えませんけど!本当にラビの仲間だったの?」
「変な頭とはなんだこの野郎っ!俺はなぁ!あいつとはドンドルマで1、2を争うライバルなんだよ!」
「でも、ラビはそう思ってなさそうだよね。眼中に無い、ってやつ?」
「てめぇ……腹立つ奴だな」
「そっちこそ、ム カ ツ ク!」
火花を散らしながら、テーブルに身を乗り出して言い争う二人。飛び交う言葉はチビだのつり目だの、完全に子供の罵り合いだった。
周囲を走り回っていたキッチンアイルー達は、すっかり萎縮して部屋の隅に隠れてしまっている。
「もう……仕方ないわね」
食後のお茶を啜っていたダイアナは、小さな溜息を一つついた。
「二人とも、喧嘩はやめなさい。やめないのなら、少しお仕置きが必要ね」
先程までとは全く違う、低音を響かせたダイアナの声。彼女は微笑んでいるけれど、その笑顔が逆に怖い。
「折角のハーブティーが、不味くなってしまうわ」。……たったそれだけの言葉が、二人の背筋をぞっと凍りつかせた。
「あ、姉貴……!わ、わりぃな、止める、止めるよ!」
エースの怯え方も尋常ではない。彼は慌てて席に座り直すと、不自然な程に背筋を正していた。
それを見て、アリスは瞬時に理解する。彼女は怒らせてはいけない人物なのだ、と。
――私は、何だか大変な姉弟に助けられてしまったみたい……。
前途多難な雲行きに不安になってきたアリスは、心の中でヨモギとラビに助けを求めたのだった。
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