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MONSTER HUNTER*anecdote
海を総べる者
海竜の長い首が水中から姿を現し、蒼い鱗をつたう海水が滝の様に流れ落ちる。赤く光るその眼は、確実にアリス達を見据えていた。

「ディランさん、ここは危険だ。船のクルー達を連れて船内へ!」

「あぁ、分かった。よろしく頼むよ」

ラビの指示通り、ディランは戸惑う船乗り達を誘導しながら、船内への階段を駆け降りて行く。これで、船上という狭き狩場はハンター達だけとなった。

ラギアクルスは甲板の上の獲物を海中に引きずり込もうと、その長い首を伸ばして喰らいついて来る。アリスはそれをかわしつつ、竜の頭部にある二本の角を目掛けて大剣を振り下ろした。

アリスの炎剣が蒼の鱗を焦がし、ヨモギの投げた樽爆弾が甲殻を破壊する。更に喉元をラビによって撃ち抜かれ、海竜は再び水の中に首を引っ込めた。

海深くに姿をくらますラギアクルス。次の瞬間、ドォン!と衝突音が響いてぐらぐらと船が揺れた。海中に潜った海竜がまた、船底にその巨大な体躯をぶつけてきたのである。

「ニャニャニャ!」

「くっ……!」

安定しない足場に、三人はまともに立ってはいられなかった。木の床に手を着き、武器を構える事ができない。

そして何よりも恐ろしいのは、このまま体当たりを続けられ、船が大破してしまう事だった。海でモンスターに遭遇した場合に備えて船は頑丈に造られているが、そう何度もあの巨体をぶつけられるとたまったものではない。

「こうなったら水中戦に持ち込むしかないよ!船からあいつを遠ざけなきゃ!」

アリスは大剣を担ぎ直すと、四つん這いの姿勢のまま這う様にして船の柵に近付いた。

「ニャ……。僕、泳げないニャ」

すまなさそうにヨモギは俯き、へたりと床に座り込む。彼はずっと森の奥深くで暮らしていた為、泳げないというよりも泳いだ経験が無かったのだ。

「じゃあヨモギはここに居てね?ラビ、行こう!」

「……」

「……ラビ?」

なんともばつが悪そうな表情をした彼は、視線を足元に落とした。

その間にもラギアクルスの攻撃が止む事は無く、船の揺れは収まるどころか激しさを増す一方だった。

「も〜〜〜っ!何してるのよ!ラビ、早く行こうよっ!」

痺れを切らしてアリスが声を荒げると、ラビはぽつりと呟いた。

「……ないんだ」

「えっ?」

「泳げないんだ、俺」

アリスは木の柵に片足をかけた所で、固まってしまった。

何でもそつなくこなす彼に、出来ない事など何も無いと思いこんでいた。それがまさか、泳げないなんて。……予想外である。

こんな状況になって、初めて露見した彼の弱み。だが、今までが完全無欠過ぎたせいか、妙にアリスは安心してしまった。

――ラビにも出来ない事があるんだ……。

船に乗った時から彼に元気が無かったのも、泳げないが故に海を見たくなかったからなのかもしれない。それか、海にトラウマでも抱えているのだろうか。

「よし、分かった!じゃあここは私に任せて!」

最近は専らラビに頼ってばかりだったアリスは、ここぞとばかりに拳を握り締めた。

「アリス……。いや、駄目だ。水中戦は圧倒的に不利になる。ここは一旦引いて……」

「もう引けないよ!あいつのスピードにこの船が逃げ切れると思う!?ラビならそれくらい分かってるでしょ!?」

彼女の言う通り、モンスターの生態を熟知しているラビには分かっていた。だが、それでもアリスを一人で行かせたくはなかったのだ。

「ど、どうするニャ?」

「大丈夫だって!実はさ、泳ぐのは得意なんだよね。ジェナにも『お前はミナガルデのマーメイドだな』な〜んて褒められちゃったりして……」

大口を叩くアリスに、二人の冷たい視線が注がれる。

「な、なによその目は。信じてないわね?」

「いや、だって……なぁ?」

「……ニャ」

アリスはコホンと咳ばらいを一つすると、柵の上に乗り、立ち上がった。

「とにかく、方法はただ一つ!必ず戻って来るから、心配しないで!」

それだけを言い残すと、ラビが止めるのも聞かずに、アリスは両腕をぴんと揃えて青い海に飛び込んで行った。

「アリス!!」

慌ててラビは柵に駆け寄り、海面を覗き込む。だが、ジャボンと音を立てて飛沫が飛んだだけで、彼女の姿は既に海中へ消えてしまっていた。

「ニャニャ!行っちゃったニャ!アリス、大丈夫かニャ……」

「どうしていつも無茶ばかりするんだ!……でも、今回ばかりはそれしか方法が無い……か」

ラビは唇を噛み締めながら、船の柵を拳で叩きつけた。

――すまない……アリス。頼むから、無事に帰って来てくれ……。

だんだんと収まって行く船の揺れは、海竜の標的がアリスに変わった事を意味している。だがそれは、残された二人にとって心配を増長させるだけのものに過ぎなかったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


――ひゃ〜……危ない危ない。

アリスは海竜の身体から放出された電撃をギリギリの距離で避けると、少し間合いを取る為に、海底から伸びる大きな岩を蹴って遠ざかった。

メタペタット村へ着くまでに、ラビとディランがずっと話し合っていたモンスターの生態情報。その話の中に、ラギアクルスも登場していたのである。
体内で発生させた電気を水中放電する際には、背中に並んでいる突起物が光るという情報や。身体をとぐろ状に丸めた後は、長い尻尾を振り回して暴れるという動きの癖を、事前に知り得る事が出来たのだ。

おかげで今の所、ダメージを喰らわずに済んでいる。そのうえ、上手く海竜を引き付ける事にも成功した。
彼らの話を横で聞いていて良かったと、アリスはつくづく思っていた。

――あいつの弱点は確か、腹部だったよね。

ラギアクルスの鼻先から首、背中、尾の先端まで、表面は硬い鱗に覆われている。だが、その裏側……喉元や腹は水中の行動に適する為か意外と柔らかく、斬撃は比較的通りやすかった。

アリスが泳ぎは得意だと言うのも満更でも無い。重い鎧を着込んでいるにも関わらず、自在に水中を進んでいる。
ラギアクルスに引けを取る事もなく、その腹を狙って確実に大剣を振るっていった。

しかし、水圧で重みを増す大剣が、両腕にかける負担は計り知れないものがあった。一振りする度に、ピリピリと腕の神経が痙攣を起こしてしまう。
それでもアリスは歯を食いしばり、耐え続けた。

――キツイな……。それに、そろそろ息が……。

潜水しての活動時間はそう長くない。アリスは息継ぎのタイミングを図るが、海竜の敏速な攻撃が海面への浮上を許さなかった。
ぶんと振り回された海竜の尻尾が激しい渦を作り、アリスの身体は水流に飲まれて再び海の底に押し戻されてしまうのである。

――あの尻尾を先にやらないと……!

アリスは両腕の痛みをおして全速力で泳ぎ、ラギアクルスとの間合いを詰める。そして竜の長い尾に、渾身の力を込めた一撃を見舞ってやった。

手応えを感じた直後、両腕の筋がビキビキと悲鳴を上げる。苦痛に顔を歪ませるアリスだったが、それ以上にもがき苦しんでいたのはラギアクルスの方だった。
尻尾切断とまではいかなかったが、今の一撃はかなり効いた様子。海竜の長く巨大な体躯はぐにゃりとうねって、大量の血が海を染め上げていた。

今がチャンスだ。もう息が苦しくなり始めていたアリスは、急いで海上へ向かって泳いで行く。

「ぷはっ!はぁ、はぁ……」

水面から頭だけ出し、胸一杯に空気を取り入れる。危ない所だったと、額に冷や汗が流れた。

息も整わぬうちに直ぐさま海中に目をやると、そこはラギアクルスの血ですっかり濁ってしまっていた。これでは、標的の姿が目視できないではないか。狩猟の最中に相手の姿を見失う事は、非常に危険である。

――もう一度潜って位置を確認しなきゃ!でも……。

ぷるぷると震える両腕は、あと一度でも大剣を振るうと神経がおかしくなってしまいそうだ。だが、回復するまで休憩をとる訳にもいかない。アリスの思考に、迷いが生じた。

決断が鈍り、なかなか次の行動に移れない。その時だった。
遠くから、ホロホロと角笛の高い音色が響き渡ってきたのである。

音がする方に視線を向けると、そこにはアリスが乗っていた船が佇んでいた。甲板の上には心配そうにこちらを見つめるラビと、その隣で懸命に角笛を吹いているヨモギの姿があった。

「ヨモギ……!」

「アリスー!頑張れニャー!!」

ヨモギが吹く角笛の不思議な音色が、アリスを優しく包み込む。すると痛みを伴う両腕の痙攣が、徐々に治まっていったのだ。

「これ、回復笛?やるじゃんヨモギ!ありがとね!」

これでまた、戦える。
力を取り戻したアリスは胸一杯に空気を取り込み、再び海中に潜水して行った。

視界を遮る赤黒い血を掻き分けながら、アリスはラギアクルスの姿を探す。ふと、背後にただならぬ気配を感じ、アリスは素早く大剣を引き抜いた。
その直後、津波の様な水流を起こしながら、怒りに満ちた瞳が猛スピードでこちらに接近してくる。咄嗟に大剣の腹で防御するアリス。竜はそのままの勢いで、彼女に体当たりを喰らわせた。

――くっ……!!

凄まじい衝撃に、アリスの身体は海の底まで叩きつけられる。なおも海竜の猛攻は止まず、ギラリと牙を剥き出しにしてこちらに向かって来ていた。

――皆が待ってるんだから、アンタに負ける訳にはいかないのよ!

アリスは海底の岩の窪みに足を引っ掛け、踏ん張りがきくように体を固定する。そして大剣を握り締める手に力を込め、迫り来る海竜との距離を計った。

大剣のリーチと、振り下ろす動きにかかる時間。少しでもタイミングがずれると、命取りになる事は確実だった。

――今だっ!!

振り下ろされた刃は海水を切り裂きながら、目前に迫るラギアクルスの頭部に大きな割れ目を作り上げた。
竜の悲鳴が海中に轟く。しかしそれと同時に、アリスの両腕は激しい痛みに襲われていた。全身に激痛が走り、思わず肺に溜めた酸素をほとんど吐き出してしまう。

早く浮上しないと、このままでは溺れてしまう。しかしアリスは、ラギアクルスの生死を確認する方が先決だと、辺りに漂う海竜の血を両手で掻き分けながら目を凝らした。

――!! 死んで……る?

おびただしく流れる血液の中心に、ぴくりとも動かなくなったラギアクルスの巨大な身体がぷかりと横たわっていた。アリスはホッと胸を撫で下ろすと、沸き上がる勝利の喜びと共に光射す水面へ急いだ。

――あんな一か八かの戦い方したなんて話したら、またラビに怒られちゃいそうだよね。

そう苦笑いしながら泳いでいたアリスだが、ふと視界の隅に映った黒い影に気付き、振り返った。

それは、今まで岩影に潜んで身を隠していた、ルドロスと呼ばれる小型の水棲モンスターであった。ぞろぞろと群れをなして、こちらに近付いて来る。

――ラギアクルスが倒れたから、ルドロス達は活動を再開したんだ……!

応戦しようか考えたが、もう息が続かない。アリスは水面を目指して、必死に泳いだ。

ルドロスの群れはアリスを追い続け、その距離はどんどん縮まっていく。そしてついに、モンスター達による波状攻撃が彼女に向けられた。
度重なる体当たりに加えて足首や腕を噛み付かれ、アリスの身体は海中深くに引きずり込まれる。なんとか振り払おうとアリスは手足をばたつかせ、空いた両手で掴んだ大剣をがむしゃらに振り回した。

酸素の足りない頭が朦朧としてくる。それでもアリスは生き延びる為に、ひたすら大剣を振るうのだった。

じきにルドロス達が一匹、また一匹と力尽きていき、やがて降参したかの様に残党は泳ぎ去っていった。だが、その頃にはもう……アリスの意識は殆ど残っていなかった。

――もう……だめ……。

ぷつりと意識が途切れた身体は、静けさを取り戻した海の中に飲み込まれていく。

ゆらりと揺れる波に漂い、彼女は遥か遠くへ流されていったのだった。

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