MONSTER HUNTER*anecdote
視線
書士隊の調査員・ディランと共にドンドルマへ向かう事になったアリス達は、野営キャンプを張りながら東へ向かう。
そして2日後、一先ずの目的地であるメタペタット村に辿り着いたのであった。
ここは、大昔にラオシャンロンが通って出来た平地を利用して、東西の中継地点としてハンター達が興した村である。
この村のすぐ側にジォ・クルーク海が広がっており、この海路を利用して物資を運搬しているのだ。
ドンドルマへ行くにはこの海路を使う以外にも、二つの道がある。一つは北にある湿地帯を渡る道。そしてもう一つは、海を迂回するように南からぐるりと回り込む道である。しかし、そのどちらも遠回りである上に道が険しいので、余程の事がない限りはこの海路を利用するのだった。
「私は少し、ギルドカウンターに顔を出してくるよ。船の出発時間までには戻る」
そう言って、ディランはにこやかに手を振りながら大きな通りの方へ去って行った。
「さて、船に乗れば3〜4日でドンドルマに着くだろう。俺は乗船手続きをして荷物を預けてくるから、アリス達はアイテムの補充を頼むよ」
「了解!」
「任せるニャ!」
竜車の手綱を引いて港へ向かうラビ。それを見送ってから、アリスとヨモギは露店の並ぶ賑やかな通りに入って行った。
ここはそれ程大きくない村だが、東西の拠点とだけあって人の行き交う姿はかなり多い。それもずっしりとした鎧兜に身を包んだハンターから、沢山の交易品を抱えた商人まで様々だ。
アリス達が向かった道具屋の前にも、今から狩りに出掛けるものと思われるハンター達が輪を作っており、それぞれの所持品を確認し合っていた。
彼らはアリスとすれ違いざまに手を振ったり、軽く会釈をしながら村の出口の方へ走り去って行く。それは同業者に対するただの挨拶に過ぎなかったが、それでもアリスは口元を緩めずにはいられなかった。
――私の事、ちゃんとハンターとして見てくれたんだ。
ミナガルデでハンターになった時は、ジェナの件もあって誰も相手にしてくれなかった。それなのに彼らは、見知らぬ自分にもちゃんと手を振ってくれたのだ。ただそれだけの出来事が、何よりも嬉しい。
アリスは胸を張って、堂々と彼らに手を振り返していた。
「アリス、知り合いニャ?」
「ううん、そうじゃないんだけどね。さ、買い物済ませちゃお!」
露店に向き直ったアリスは、棚に置かれた道具類を指差しながら、店主に必要な物を伝えていく。
さすが物資の流通が良い村とだけあって、品揃えはココット村よりも遥かに充実していた。結果、予定よりも多くの道具を購入するはめになってしまったのだが、彼女は満足そうだった。
「ちょっと買い過ぎ?でも、消耗物だしいいよね。ねぇヨモギ、この袋だけ持ってくれる?」
両手一杯に紙袋を抱えたアリスは、薬草類が入っている1番小さな袋を差し出しながら振り返る。しかし、そこにヨモギの姿は無かった。
「あれ?どこ行った?」
辺りを見回すと、斜め向かいの店先に小さな相棒の姿を見つけた。ヨモギは誰かと話をしている様子である。
ヨモギの前に立って話をしているのは、この辺りではあまり見かけない忍び装束を身に纏った女性だった。
黒と紫を基調とした艶やかな装束には、繊細な金刺繍が施されている。狐を模した仮面を付けているため顔立ちは分からないが、背はすらりと高く、長い手足と相まってその存在感は際立っていた。
彼女はヨモギと二、三会話を交わした後、彼に何かを手渡した。そして優しく白毛の頭を撫で、港の方へ去って行ってしまったのである。
「ヨモギ、知ってる人?」
背後から声をかけると、ヨモギはとろりとした目つきで振り返った。
「知らない人ニャ〜。でも良い人ニャ〜。マタタビをくれたニャ〜」
その手にマタタビを握り締め、ヨモギはだらし無く鼻の下を伸ばす。マタタビは、魚に次いで彼の大好物だった。
「……そう、良かったね」
「ニャフフフ〜!」
すっかりマタタビの虜になってしまったヨモギに、薬草の袋を持ってくれとは言えず。アリスは重い袋を沢山抱えたまま、船着き場へ向かったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
船着き場に到着すると、手配を済ませたラビが二人を待っていた。
「……沢山買い込んで来たな」
「だって、光蟲とかにが虫とか売ってたんだよ?調合に使うでしょ?」
そう言って、アリスは袋の中を満足げに眺めている。
先日ランゴスタ相手にギャーギャー騒いでいたのに、こういった虫類は平気らしい。その辺りの心境がいまいち分からず、ラビは首を傾げた。
――ドンドルマでも買えるんだけどな……。
苦笑いを浮かべながら、ラビはアリスの抱えた袋を受け取ると、自分達が乗る船へ預けに向かう。
後はディランと合流し、船の出港を待つのみ。アリスは桟橋に腰を下ろすと、目の前に広がるジォ・クルーク海を眺めた。
透き通る程に美しい青は、穏やかに寄せては返す。水平線の彼方まで続く波音。この先に目的の地があるのだと思うと、アリスの胸は高鳴った。
――ジェナがいなくなってしまった原因を、必ず突き止めてみせる。そうすればきっと、居場所だって見えてくる。
貴方を、見つけられるはず……。
「待っててね、ジェナ……」
ぽつりと零したその言葉に、煌めく波間だけがゆらりと揺れた。
「やぁ!お待たせ」
声がして振り返ると、ディランがこちらに向かって手を振りながらやって来ていた。背負っていたモンスターの素材をギルドに買い取って貰ったのだろう、彼のリュックは空っぽになっている。
「ラビ君は?」
「船に荷物を載せに行ったよ」
「ふむ、待たせた様だね。じゃあ我々も行こう」
アリスは立ち上がり、うんと背伸びをした。
「ほらヨモギ!いつまで呆けてんの?行くよ!」
「ニャニャ!待ってニャ〜!」
すっかりマタタビの虜になってしまっていたヨモギは、慌てて二人の後を追いかける。しかし、ふと背後に視線を感じて、小さなアイルーは足を止めた。
「ンニャ?」
振り返りった先にある坂道の途中で、先程の女がこちらをじっと見つめている。
――さっきのお姉さんニャ!
ヨモギはすっかり彼女の事が気に入った様子で、ニコリと微笑みながらマタタビを振ってみせた。
すると、その女も小さく手を振り返してくれたので、ヨモギは嬉しくなってぴょんぴょんと跳びはねた。
「ヨモギー?何やってるの?早くー!」
「ニャ!今行くニャー!」
最後にぺこりとお辞儀をした後、ヨモギはアリスを追って船に掛かる桟橋を駆けて行く。
その姿を見届けてから、忍び装束の女は静かに踵を返して立ち去ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
穏やかな海原を、船はゆっくりと進んで行く。天気も良好。こういう日を航海日和というのだろう。
船のクルー以外に同乗者は無く、小さな船はアリス達の貸し切り状態だった。
「うわー!いっぱいいるねぇ」
「あそこのお魚をこんがり焼いて、シモフリトマトのソースを添えていただきたいニャー」
「あ、それ美味しそう!今度作ってよ」
甲板の木の柵から身を乗り出し、アリスとヨモギは子供の様にはしゃいでいる。そんな二人を、ラビは遠くから眺めていた。
「……柵に乗るなよ、落ちるぞ」
彼は何やら不機嫌そうに、眉を寄せる。
「大丈夫だって。ほら、ラビも見てよ!あそこにいるの古代魚じゃない?」
「……俺はいい。それから、こんな所に古代魚は住んでないよ」
そう言って溜息をつきながら、ラビは船室へ続く階段を降りて行ってしまった。何故か元気の無い彼に、どうしたんだろうねとアリス達は首を傾げる。
ディランはというと、少し離れた所に腰を下ろして、スケッチブックにペンを走らせていた。彼の視線は紙面とアリス達を行き来している。どうやら、楽しげに笑い合う二人の姿を描いているようだった。
……波の音に包まれて、船上に穏やかな時間が流れる。
しかし。その平和なひとときは、深い海の底から船底を睨みつける二つの目に破られようとしていた。
ドオオオンッ!!
ふいに鳴り響いた轟音と共に、船体が大きく揺れる。
柵から身を乗り出していたアリスとヨモギは、その衝撃で危うく海に落ちそうになった。
「な、何っ!?」
それは、船底から突き上げるような揺れだった。海底の岩山にでも座礁したのだろうか。……否。大型のモンスターの気配がする。
アリスはまだグラグラと揺れている甲板から慎重に立ち上がり、再び柵に手をかけて海中に目をやった。
「あれは……!」
大海に揺らぐ、大きな黒い影。海竜だ。長い身体をくねらせて、船の周りを旋回するように泳いでいる。
アリスの隣に駆け付けたディランも、同様に海面を覗き込んだ。
「ラギアクルスだ……!」
黒い影が船底に消えると、また大きな音を立ててぐらりと船は揺れる。先程まで穏やかだった水面が激しく波打ち、その飛沫は甲板にまで降り注いだ。
「海の王者のお出ましか……」
声がして振り返ると、そこにはヘビィボウガンに弾を込めるラビの姿があった。最初の揺れで異常を感知した彼は、すぐに船室を飛び出して来たのである。
「このままじゃ、船が沈んじゃう!やるしかないよね」
「ニャ!」
アリスはその背に担いだ炎剣リオレウスの柄に手をかけると、ぶんと一振りし身構えた。
ゆらりと海面が揺れ、黒い影が浮上してくる。
海上に頭を出したラギアクルスの、真っ赤な瞳がギラリと輝いていた。
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