MONSTER HUNTER*anecdote
王立古生物書士隊
柔らかな陽射しが降り注ぐ昼下がり。
人の手により少しだけ整地された細い道を、竜車は進む。
先頭を行く草食竜の歩みに合わせて、ゆらりゆらりと揺れる荷台。心地好い揺れに暖かな気候が相まって、アリスの瞼がふっと落ちそうになってしまう。
ふと気付けば、自分の肩にヨモギが寄り掛かってすやすやと寝息を立てていた。
このふわふわの毛並みに顔を埋めて眠ってしまえば、気持ちが良いだろうな……。
そんな考えが頭を過ぎるが、アリスは首を横に振って眠気を掃うように努めた。
「着いたら起こしてやるから、寝ていてもいいぞ?」
何度も意識が落ちそうになっているアリスを見兼ねて、草食竜の手綱を引きながら傍らを歩いているラビが声をかけた。
「ん、大丈夫。起きておかないと、何かあった時に対応できないから」
何か、というのはもちろんモンスターの襲来の事だ。飛竜の縄張りの範囲外……つまりここが狩場ではないとはいえ、全く危険が無いとはいえない。 群れからはぐれたランポスやファンゴ、季節柄大陸を横断する飛竜達に遭遇する可能性は、充分に有り得るのだ。
「じゃあ少し歩くか?」
「そうしたいけど、動けないの」
アリスは、自身の肩に寄り掛かって幸せそうに眠るヨモギを指差す。
「いい顔してるな。何の夢を見ているんだろう」
「さぁ、大好きな魚でも食べてるんじゃない?」
時折ぴくぴくと動くヨモギの髭が何だか可笑しくて、二人はクスクスと笑っていた。
「……ん、何か聞こえない?」
ふと耳に届いた小さな音が気になって、アリスは首だけを動かすようにして辺りを見回した。
ラビも耳を澄まして注意を払い、神経を尖らせる。微かに聞こえるブブ、ブブという擦れる様な音。それが何であるのか、ハンターの二人はすぐに察知することが出来た。
羽音だ。甲虫種・ランゴスタの大きな羽が擦れる音である。巨大な蜂の様な姿をしたそのモンスターは、麻痺性の高い毒針を使って狡猾に標的を仕留める事で有名だ。森林地帯はもちろん、火山から雪山まで生息範囲が広く、ほぼ大陸全土で発見されている。
「いるいる。うわ……多いよ」
アリスは右手で眩しく降り注ぐ太陽の光を遮りながら、上空を見上げた。
およそ数十匹程だろうか。ランゴスタはブンブンと羽音を立てながら、こちらの様子を伺う様に飛び回っている。徐々にその距離は、近づいて来ているようだった。
「あの数は厄介だな。始末しておくか」
ラビは担いでいたヘビィボウガンを降ろし、散弾を装填した。
ドン!ドン!と銃声が鳴り響く度に、バラバラになったランゴスタの羽がはらはらと落ちてくる。アリスはそれを、顔を歪めながら必死で払いのけていた。
「うわ〜やだやだ!虫は嫌いなんだよね」
「……アリス」
「なに?」
ラビの方に向き直ると、彼は眉尻を下げて何やら残念そうな表情を浮かべているではないか。
「どうしたの?」
「いや、ランゴスタは全部始末したんだけどさ……。ちょっと、別の問題が」
そう言いながらラビが指差す方向には、ブンブンと大きな羽音を立てて近付いてくるものがあった。
それは人程の大きさもある、あまりにも巨大すぎるランゴスタだった。ギラリと輝く毒針は剣の様に鋭く、その姿は異様であり、不気味でもあった。
「い……いやーーーっ!!!」
まるで飛竜の咆哮の様なアリスの叫び声に、気持ち良く眠っていたヨモギが慌てて飛び起きる。
「ニャ!?なんだニャ!?」
「やだやだやだっ!!何あれ!気持ち悪い!ラビ早くやっつけてっ!」
正に顔面蒼白のアリスはヨモギにしがみつき、巨大なランゴスタを見ない様にふわふわの猫毛に顔を埋めた。
事態が把握できないヨモギは、ただただ目を丸くしている。しかし、すぐそこまで接近していた奇怪なモンスターに気付いた瞬間、毛を逆立たせてぶるぶると震え上がった。
「な、何であんな大きいニャ!?」
「クィーンランゴスタだ。群れのボスだよ」
唯一冷静なラビは、淡々とボウガンのリロードを済ませる。そして迫り来る巨大なランゴスタに、何度も散弾を浴びせていった。
しかし、さすがにクィーンともなると甲殻が硬く、銃撃を受けてもしぶとく接近して来たのである。そのせいで、荷台を引いている草食竜がだんだんと恐怖感に苛まれ、今にも逃げ出しそうに暴れ始めてしまうのだった。
このままでは、草食竜があらぬ方向へ走り出してしまうかもしれない。
ラビは装填していた散弾をより強力な弾に入れ替えて、クィーンランゴスタに撃ち込んでいった。
そして十数発ほど撃ったところで、目前に迫っていたクィーンランゴスタの巨体が漸く地に落ちた。息絶えてもなお、ピクピクと動く足はグロテスクである。これはアリスに見せない方がいいなと、ラビは思った。
ラビは役目を果たしたボウガンを担ぎ直し、荷台の上で震えているアリスとヨモギの頭をポンポンと叩いてやった。
「おーい、終わったぞ」
恐る恐る顔を上げたアリスの額は、油汗でびっしょりと濡れている。彼女はラビに何かを伝えようと、身振り手振りをする。おそらく、「見たくないから早く行ってくれ」と言いたいのだろう。
……ハンターとして、あまりにも情けない姿だった。
剥ぎ取りだけ済ませようと、ラビはナイフを片手に振り返る。すると、横たわるクィーンランゴスタの傍に一人の男がしゃがみ込んでいた。いつの間に、何処から現れたのだろうか。ラビは驚き、その男をじっと見つめた。
「こんな所でクィーンにお目にかかれるとは……この近くに巣があるのか……?」
男は小声でぶつぶつと呟きながら、手にしたスケッチブックにペンを走らせている。
擦り切れた革のジャケットと、カーキ色のズボン。服装からして、ハンターではない事は確かだ。彼が背負っている年期の入ったリュックからは、モンスターの角や爪が顔を出していた。
「あの、貴方は……?」
ラビが声をかけると、男は勢い良く振り返る。
歳は40そこそこだろう。よく日に焼けた肌に、凛々しい眉毛が印象的である。彼はこちらに警戒する事なく、人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「やあ!ずっと見ていたよ。君、なかなかの手際だったね」
「……それは、どうも」
「私はディラン。王立古生物書士隊の調査員だ」
「書士隊!?」
ラビが珍しく大きな声を上げたので、何事かとアリスとヨモギは荷台から顔を上げた。
「ショシタイ……?何それ」
地に倒れたままのランゴスタを見ない様にしながら荷台を降り、アリスはラビと男の元へ歩み寄る。
その後ろから続いて降りてきたヨモギは、顔を歪ませながらも物珍しそうにクィーンランゴスタを眺めていた。
「何だよアリス、王立古生物書士隊を知らないのか?」
「うん」
あっさりした彼女の返答にラビは肩を落とし、ディランと名乗る調査員は苦笑いする。
「ははは。まぁ簡単に言えば、モンスターの生態や未開の地の調査をして、本に起こす仕事をしている者だよ」
ディランはそう言いながら、スケッチブックをアリスに手渡した。
パラパラとそれをめくると、様々なモンスターのイラストが目に飛び込んでくる。走り書きの調査結果は少々難読だが、これも貴重な資料になるのだろう。
「うわー、すごいねぇ」
「俺が前にモンスター図鑑を貸してやっただろ?ああいった書物は全部、書士隊の方々が作ってるんだよ」
「ふ〜ん……」
あまり興味の無さそうな彼女の返事に、ラビは少しむっとした表情を浮かべる。だがすぐにディランの方へ向き直り、目を輝かせながら言った。
「俺、生態報告書は全巻読んでます!まさか書士隊の方にこんな所で会えるなんて……!」
普段は落ち着いているラビが、珍しく興奮気味である。
思い返せば、彼がいつも読んでいる数々の本。あれはモンスターの生態報告書であったり、遥か彼方の未踏の大地の読物であった。
要するに、彼は王立古生物書士隊の活動に興味津々であると同時に、熱狂的なファンなのである。
「本当かい?それは嬉しいなぁ!生態報告書の挿絵は、私が描いたものもあるんだよ」
「貴方が!?……うわ、どうしよう。俺、今すごく嬉しいです」
ディランが差し出した手に、ラビは緊張しながらも握手に応じた。
一方で、流し読みをしながらページをめくるアリスは、今さっき描かれたばかりのクィーンランゴスタのページにたどり着き、そっとスケッチブックを閉じていた。
「……で、今日も調査をしているの?」
ディランにスケッチブックを返しながら、アリスは尋ねる。
「いや、今は休暇中なんだがね。ドンドルマへ帰るところに、ランゴの大群を見つけたからさ。これは何かあるなと思ったんだ」
スケッチブックを受け取ったディランは、再びクィーンランゴスタの傍にしゃがみ込んだ。
「ハンターが居てくれて良かった。おかけでいい絵が描けそうだよ」
「上手ニャ〜すごいニャ〜!」
ヨモギは瞬く間に書き込まれていくスケッチブックを、面白そうに覗き込んでいる。初めて見る物全てに興味を示す彼もまた、ラビと同じように瞳を輝かせていた。
「あの、俺達もドンドルマへ向かっているんですが、一緒に行きませんか?よければ色々お話を伺いたいのですが……」
ラビの申し出に、ディランはぴたりと手を止めて顔を上げる。
「そりゃ助かるよ!ハンターと一緒なら、モンスターに襲われても心強いからね。是非そうさせてくれないか?」
「ありがとうございます!申し遅れましたが、俺はラビといいます。で、こっちが……」
紹介しようとアリスの方を向いたラビだったが、彼女は青ざめた顔を両手で覆って俯いていた。嫌でも視界に入ってくる巨大ランゴスタに、相当気が滅入ってしまったのだろう。
「……えと、こっちがアリスで、そっちがヨモギ君です」
「ニャ!よろしくですニャ!」
「……彼女、大丈夫かい?」
アリスは弱々しく頷くと、先に荷台へ戻って行ってしまった。
「ランゴスタが、苦手らしいんです」
「ははっ、確かにこの大きさは心臓に悪いな。よし、スケッチも終わったから、剥ぎ取りを済ませて出発しようか」
「そうですね」
二人は羽や体液といったデリケートな素材を、丁寧に集めて空き瓶に詰める。そしてそれを、アリスに見えない様にそっと荷台の後ろに乗せた。
「さぁ行こうか。港のあるメタペタット村までもうすぐだ。よろしく頼むよ」
「はい!こちらこそよろしくお願い致します。……アリス、大丈夫か?」
荷台の上でぐったりと横たわるアリスの傍で、ヨモギが肩をすくめて首を横に降る。
早く村へ行って、休ませた方が良さそうだ。ラビは溜息をつきながら、草食竜の手綱を引いて歩き出した。
こうしてドンドルマへの同行者を加えて、一行は更に東へ向かう。
船旅と交易の拠点・メタペット村は、目と鼻の先であった。
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