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MONSTER HUNTER*anecdote
いつも、傍に
そこで、過去を打ち明けるラビの言葉は途切れた。

「ラビ……」

「ごめん、やっぱりまだ、辛いのかも。とっくに心の整理はついたものだと、思っていたんだけどな……」

焚火の明かりに照らされて、夜の闇に浮かび上がる彼の頬には一筋の涙が流れていた。

「もう、いいよ。話さなくて」

アリスは燃え盛る炎の影に視線を落とした。話の先は言うまでもなく、想像通りだろう。口に出すのは辛いに決まっている。ましてや、火を目の前にしてなんて。

「……大切な家族を失って、心に整理つけられる人なんてそうそう居ないと思う。思い出して、辛くなるのは当たり前だよ」

自分だって同じだと、アリスは思っていた。
流行り病で亡くなった両親の事を忘れた日など、一日たりとも無い。思い出す度に悲しくて、寂しくて、辛かった。

そんな時に支えてくれたのが、ジェナだった。
泣いている時、いつも優しく包み込んでくれたあの腕は暖かくて、不思議と心が落ち着いた。
それはまるで魔法の様だった。

「辛い時はね、思いっきり泣いていいんだよ。亡くなった人もね、自分の為に泣いてくれる人が居るんだって思うと、嬉しくなるって。ジェナがそう言ってた」

「…………」

俯いて、声を押し殺しているけれど。涙はポタリポタリと彼の足元に落ちていく。

微かに震えるラビの肩を、アリスはかつてジェナにしてもらった時の様に、そっと両腕に包み込んだ。肩に掛けていた毛布が滑り落ちて、あらわになった素肌に冷気が刺さる様に痛かったけれど。悲しみにラビの心が押し潰されてしまわないようにと、ずっと彼の広い背中を撫でていた。

「私達は、独りじゃない」

子供の頃にジェナがかけてくれたその言葉を、アリスは噛み締めるように呟いた。


暫くそうしていると、腕の中のラビの頭が少しだけ動いた。

「……アリス」

「ん?」

「ありがとう」

「んー……。ラビにいつも助けてもらってるのに比べたら、大した事じゃないよ」

アリスが笑いながらそう言うと、ラビは顔を上げ、少し赤く腫れた眼を彼女に向ける。そしてふいに悪戯っぽい笑顔を見せた。

「それもそうだな」

「だな、じゃないでしょー?」

アリスは容赦無く彼の脇腹を擽ってやった。夜空に笑い声を響かせながら、ラビは降参する。

「ごめんごめん!冗談だよ!ほら、風邪引くぞ」

逃げる様に立ち上がったラビは、地面に落ちた毛布を拾い上げてアリスに投げた。
すっかり冷えきってしまった身体を再び毛布で包みながら、アリスも立ち上がる。

「さ、もう寝ないとな。明日も激しい戦いになる」

「平気平気!尻尾も角も無くなったアイツなんて、もう楽勝だって!街行きも確定したようなもんだよね」

「油断してると、痛い目を見るぞ?」

「……ははっ、気をつけまーす……」

調合したボウガンの弾と、残りの素材をラビは手早く片付ける。テントに向かう頃にはもう、すっかりいつもの彼に戻っていた。

その姿を見て、アリスはほっと胸を撫で下ろす。
少しはジェナのように、人の支えになれただろうか。包み込む腕は暖かくなかっただろうけど……。

アリスは、夜空に一際大きく輝く星を見上げた。

それはとても美しいけれど、どこか寂しそうで。細く尖った光の先が、胸にチクリと突き刺さる。

――ジェナ……。貴方も今、どこかで独り……震えているの?

会いたい。

会って抱きしめたいよ。

ねぇ


どこにいるの……?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


静かな時が流れるココット村に、村長が吐き出すキセルの煙だけがせわしなく空へと昇っていた。

ギルドカウンターの向こう側では、受付嬢が退屈そうに欠伸をしている。緊張感の無い彼女の様子に苛立つ村長だったが、その脳天気さが羨ましくもあった。

アリス達がモノブロス討伐に発ってから、今日で15日経つ。砂漠までの移動時間を差し引いたとしても、10日は向こうに滞在している事になるだろう。

ラビが付いているのだから心配する事は無いと自分に言い聞かせても、やはりまだまだ不安材料の残るアリスとヨモギのことだ。大怪我をしてしまったんじゃないだろうか。方角を見失って、砂の海でさ迷っているんじゃないだろうか。暑さや寒さにやられてしまったんじゃないだろうかと、村長の脳裏に次々と嫌な考えが過ぎる。

自分で課題を出しておきながら、心配で気が気じゃ無い。自然と、普段よりもキセルを吸う回数が増えていった。

「あ、帰ってきましたよー!」

突如、受付嬢がカウンターから身を乗り出して、大きく右手を振った。

反射的に村の入り口へ目をやると、これまた大きく手を振りながら、アリスがこちらへ向かってくるではないか。
その後ろから元気よく走ってくるヨモギと、こちらに向かって会釈をするラビの姿も確認できる。

それぞれ防具が多少痛んでいるものの、三人揃って無事に帰って来た。村長は安堵の息をつき、立ち上る白煙を見上げていた。

「ただいま!モノブロス、討伐してきたよっ!」

アリスは兜を脱いでカウンターテーブルの上にどんと置くと、小脇に抱えていたモノブロスの真紅の角を村長に差し出した。
それを丁重に受け取った村長は、まじまじと根本から先端までを見つめる。紛れも無い、懐かしき宿敵の象徴。かつての死闘の日々を思い出し、目頭が熱くなった。

「……よくやった。では、約束通りドンドルマへ行く事を許そう」

村長は小さな声でそう告げると、真紅の角をアリスに返した。そしてゆっくりとした足どりで、その場を立ち去って行ってしまったのである。

「……それだけ?」

あまりにもあっさりとした態度に、アリスは拍子抜けしてしまった。すると、溜息混じりに受付嬢が口を開く。

「村長さん、ああ見えて寂しいんですよ。ハンターさん達の事、すごく心配してましたし」

「……そっか」

アリスは「ちょっと行ってくる」と仲間達に告げ、村長の後を追って雑木林の中へ入って行った。

どこへ行ったかは予想がつく。古びた剣の眠るあの場所だ。
案の定、アリスが石碑の前にやって来ると、村長は一人そこに佇んでいた。

「ねぇ、ジジィ……」

恐る恐る声をかけてみると、村長は静かに振り返り、真っ直ぐに剣を指差す。それが何を意味するのか。言葉は無くともアリスには伝わった。

アリスは剣の柄をしっかりと握り締め、息を呑んだ。
軽く力を込めて引き上げると、少しずつ石碑から刃が顔を出していく。そしてするりと切っ先まで抜けた瞬間、刀身の揺れる音が鼓膜に響いた。

「抜けた……!」

「見事じゃ。ココット村のハンター殿」

「……」

「街で受ける依頼は、今までよりも遥かに危険が伴うぞ。気を抜かずに日々精進する事じゃ。ラオシャンロン戦とて甘くないからの」

「ジジィ、あの……ごめんね」

村長はアリスから視線を反らして胸一杯にキセルを吸うと、空へ向けて煙を吐き出した。

「……何を謝る必要がある?」

「だって、私がこの村のハンターでいさせて欲しいって頼んだのに。急に辞めちゃうなんて、無責任だよね」

「おぬしに大事な目的があるならば、それを果たさぬ訳にはいかんじゃろ。それに……」

それに?とアリスが聞き返すと、村長はこちらに向き直ってニッと笑った。

「おぬしは充分、この村の為に頑張ってくれたよ。村の者一同感謝しておる」

「……私の方こそ。皆には感謝してるよ」

狩猟の手続きを手早く済ませてくれる受付嬢も。

素晴らしい武器や防具を作ってくれる工房の職人も。

狩りに必要なアイテムを、毎日仕入れてくれる行商人も。

体調を気遣って、いつも優しく声をかけてくれる住民達も。

皆が支えてくれたから、ここまでやってこれた。モンスターと戦っているのは、ハンターだけじゃない。サポートしてくれる村の皆も、一緒に戦っているのだ。

「私、ココット村に来て良かった。この村の皆が、大好きだよ」

「……この村に来たハンターが、おぬしで良かったのかもしれんな。賑やかで退屈せんかったわい」

偶然か、運命かは分からないけれど。出会えた事に感謝しながら、二人は顔を見合わせて笑った。

「ねぇ、ジェナの事が解決したら……この村に帰って来てもいいかな?」

「あぁ、構わぬ。じゃが、その時は今まで以上に働いてもらうぞ」

「ふふん。今以上に強くなって帰って来るから、全然問題ないもんね!」

アリスは村長に向かって、自信たっぷりにVサインをしてみせる。
相変わらずお調子者な彼女に少々呆れながらも、村長の口元は緩んだままだった。

「あ。この剣、戻しておいていいよね?」

「え?」

村長が返事をするよりも先に、アリスは抜いたばかりの剣を石碑に突き刺した。

「持っていかんのか?鍛え直せば、使えると思うんじゃが」

「でも私、片手剣って使った事無いし。それに……この剣はココット村の守り神みたいなもんでしょ?持って行っちゃうと、余計にジジィは寂しくなっちゃうじゃん」

あっけらかんとした答えは彼女らしいといえば彼女らしい。だが、村長は首を傾げずにはいられなかった。

「本当に変わった奴じゃな、おぬしは」

「そう?よく分かんないけど……。さぁ、皆の所へ戻ろ!」

ぐいぐいとアリスに肩を押されながら、村長は静かな林を後にした。

すっかり小さくなったその背中を、再び石碑の中で眠りにつく事となった古い相棒が、いつまでも見守っているのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……それは何とかならんのか?」

草食竜が引く小さな荷車の上に、山積みにされた大量の荷物。村長はそれを指差して、顔を歪めていた。

「だって、置いて行く訳にはいかないじゃない?」

荷台の半分以上のスペースを占めているのは、アリスが今までに作成してきた数本の大剣だった。

「僕は必要最低限ニャ」

そう言って得意げに胸を張るヨモギだったが、彼の荷物はあの森丘のアイルーの棲家にあった、ガラクタにしか見えない様な物ばかりだった。

「……まぁ、途中で船に乗り換えますから。問題無いでしょう」

唯一、身軽なのはラビだけだった。彼の荷物は愛用の老山龍砲と麻袋一つ分の弾とその材料。そしていつも読んでいる数冊の本があるのみだ。

「ねぇ、本当にもう出発しちゃっていいの?代わりのハンターが来るまで居た方が良くない?」

「いいんじゃよ、ギルドの通達によるともう間もなく到着するらしいからの」

そう答えておいた村長だが、本当は別の理由があった。
代わりに要請したハンターは、どうやらミナガルデからやって来るらしい。もしもアリスやジェナと関わりのある人物だったら、きっと顔を合わせるのは辛いだろうと思ったのだ。

「そっか。じゃあ……行ってくるね!」

見送りに来てくれたココットの住民達に、アリスは大きく手を振る。

「バイバイニャー!」

両手を元気一杯に振った後、ヨモギは荷台に飛び乗った。

「お世話になりました。ありがとうございます」

羽帽子を胸にあてて、丁寧にお辞儀をするラビ。そこへ近づいて行った村長は、何やらこそこそと耳打ちをする。

村長が彼に何を言っているのかは、アリスには聞こえなかった。だが、ラビがしっかりと頷いた後に、小さな声で「分かっています」と答えたのだけは分かった。

「アリスさーん!頑張って下さいねー!」

「へっ?」

今までずっと“ハンターさん”としか呼んでくれなかった受付嬢が、いきなり彼女の名前を叫んだ。そのせいで、アリスは思わず変な声を上げてしまう。

――なんだ、ちゃんと名前も覚えてるんじゃない。

なんだか少し照れ臭くて、アリスは頬を掻いた。

「ありがとー!頑張る!」

動き出した荷車の台に飛び乗った後、アリスは村を振り返り、皆の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。

「さぁ、出発だ」

「街へ向かってゴーゴーニャー!」

「うんっ!」

空は晴れ。
遠くの山の周りを飛ぶ飛竜の影を見つめながら、ゆっくりと竜車は進む。

新天地へ向けての旅が今、始まるのだった。



第一章 終わり

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あきゅろす。
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