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MONSTER HUNTER*anecdote
奪われたもの
ラビが生まれ育った場所は、ココット村よりも遥か東にある小さな村だった。

村の周辺に広がるのは、複雑に入り組んだ樹海。馴れた者でなければ、森の中から無事に帰還できないとさえ云われている。

なぜこんな辺鄙(へんぴ)な場所に村を作ったのか。初めて訪れる者は不思議に思うかもしれないが、隣国が滅びてしまうまでは、この地も貿易の拠点として賑わっていたのだ。

ラビは、昔からこの村を護るハンターの家系に産まれた。
狙撃手として活躍する父。いつも仲間と共に狩りに出掛けていて殆ど家には帰らなかったが、優しくて頼りがいのある男だった。
母親も元々はハンターだったが、結婚を機に引退し、ラビを産んだ。しかし、彼の弟の出産直後に体調を崩して、治療の甲斐無く逝ってしまったのである。

難産の末に産まれたラビの弟。彼は、足先に先天的な神経異常があり、歩く事が出来ない体だったのだ。
幼い子供と赤子を抱えながら、父はハンターとしての活動を続ける。それは非常に困難で、苦労も絶えなかった。だが、村人達の支えもあり、三人は日々を楽しく過ごしてきたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今から5年前。
辺境の村にて。

「それでは行ってくる。ラビも訓練の時間に遅れないようにな」

愛銃を背負った父は、いつもの様に仲間達と狩りに出て行った。

その大きな背中を、村の出口で見送る兄弟が二人。
兄は初心者向けの扱いやすいヘビィボウガンを担ぎ、簡単な鉄製の鎧を身に纏った、当時19歳のラビ。
弟はというと、木製の車椅子に腰掛けながら、父の姿が見えなくなるまで手を振り続けている。名をハンスといい、歳は14になったばかりだった。兄と同じ黒髪に、ブラウンの瞳。ラビをそのまま幼くしたような外見である。

「じゃあ、俺も師匠の所へ行くよ。一人で家まで帰れるか?」

ラビがそう尋ねると、ハンスは無邪気な笑顔を兄に向けて応える。

「大丈夫だよ、兄さん」

「ん……いや、やっぱり家まで押して行くよ。昨日の雨で、道がぬかるんでいるからな」

「心配性だなぁ」と呆れたハンスが笑うが、ラビはお構いなしに車椅子を押しはじめた。

昨夜の豪雨は、村中のあちこちに水溜まりを作っている。ラビは車輪がぬかるみに嵌まらないよう注意しながら、自宅へ向かってゆっくりと進んだ。たっぷりと水気を含んだ地面に、車輪とブーツの跡が刻まれていく。

「兄さん、今度ハンター登録するんでしょ?」

「ああ。やっと師匠の許しを貰えたよ」

「おめでとう!御祝いしないとね!……僕も父さんや兄さんみたいに、格好良いハンターになりたいな」

「なれるさ。手術してもらうんだからな」

この小さな村ではハンスの足を治す事は出来ないが、街に行って義足手術を受ければ歩けるようになるかもしれない。……父はそう言っていた。
その為に、狩猟の報酬金をずっと貯め続けてきたのである。村人達が援助してくれた分も合わせて、漸く費用の目処もついた。出発の日取りも決まり、後は街へ行くだけとなっていた。

「歩けるようになるのが待ちきれないよ。楽しみだなぁ」

明るい笑顔を振り撒くハンスはいつも希望に満ちていて、見ているだけでラビも幸せな気分になれた。

「俺も、ハンスと一緒に狩りに出る日が待ちきれないよ」

兄の言葉にハンスは心から嬉しそうに微笑み、「僕も!」と告げた。

そうして自宅の前までハンスを送り届けた後、ラビは訓練の時間に遅れそうだなと苦笑いしながら、慌てて駆けて行くのだった。


……その3日後の事だった。
狩猟へ向かったハンター達が皆、ボロボロに傷付いた体で、互いを支え合う様にして帰ってきた。
この辺りの樹海に棲息する迅竜・ナルガグルガに襲撃されたという。

ナルガグルガは漆黒の身体を闇夜に紛らわせながら、非常に素早い動きで獲物に襲い掛かる危険なモンスターである。特徴的なその赤い瞳に見つめられた者は、瞬時に死を覚悟せざるを得ないとまで云われていた。

それでもこの地に住むハンター達なら、太刀打ちできたはずの相手である。それなのに今回、狩猟チームは壊滅に追いやられた。原因は、別の狩りを終えて疲労していた所に、不意打ちの如く襲われたからであった。

応戦し、なんとか討伐できたものの、犠牲が出てしまった。ラビの父親が、迅竜の鋭い爪に胸を裂かれて、物言わぬ身体となって帰って来たのである。

……ハンターとして生きる以上、突然の死は付き物だ。背中ではなく胸に残った傷跡は、逃げずに勇敢に立ち向かった証。
ラビは父を誇らしく思いながら丁重に弔ったが、深い悲しみに心は打ち砕かれそうになった。それでも、泣き崩れる弟を支える為に、彼は気丈に振る舞ったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ハンスの手術の日程が近づいていた。

兄弟二人だけで街まで行くのは危険だからと、ラビの師であり村の訓練所の教官でもある、グレイブという名の男が同行する事となった。彼は若い頃に街でハンターをしており、引退後、故郷であるラビの村に帰って指南役として働いていた。
元ハンターといっても、現役時代と変わらぬ強さ。彼に一緒に来てもらえる事はラビにとって大変心強かった。

産まれ育った村に暫しの別れを告げ、三人は街へ。海を越えた先にある、ドンドルマへと向かったのだった。

そして、手術の日。

少し不安げなハンスを勇気づけつつ、ラビとグレイブは手術台へと見送る。
……長い施術が始まった。廊下で待つ二人は、落ち着かない時を過ごしていた。義足技師は心配無いと言ってくれたが、それでもどっしりと構えてはいられないものだった。


……1時間程経っただろうか。
突如、街の見張り台に取り付けられた鐘が、けたたましく鳴り響いた。

「なんだ!?」

咄嗟に外へ飛び出すと、辺りは逃げ惑う人々で騒然としているではないか。引っ切り無しに鳴らされる鐘の音と、悲鳴がこだまする。

「何が起きた?」

目の前を通りかかったハンターを掴まえて、グレイブが問い掛けた。

「テオだ。テオ・テスカトルが猛スピードでこちらへ向かって来る!」

それだけを告げて、武装したハンターは迎撃に参加するべく、街門の方へ走り去って行く。

テオ・テスカトル。
その名は、ラビもグレイブもよく知っていた。

生物学上どの種にも分類されず、存在は確認されているものの詳細の不確かなモンスター。それらを総称して人々は古龍と呼び、テオ・テスカトルはその古龍種のうちの一種で、通称・炎王龍と称されている。

百獣の王に似た頭部には後方へ向かってねじれた太い角があり、鮮やかな赤と紫の鱗に覆われた身体からは大きな翼が生えている。
全てを焼き尽くす炎をその身に纏った、気性の荒いモンスターだ。

古龍は己のテリトリーを離れる事は滅多に無い。こうして街に現れたという事態は、正に異常とも言える。
街全体が、この緊急事態に慌てふためいていた。

「師匠っ……!」

「よりによってこんな時に!……まぁしかし、ドンドルマには屈強なハンターが山程いる。彼らに任せておけば大丈夫だろう」

中へ戻れ、とグレイブが促した刹那。ドォォン!と響く激しい爆音と共に、街門の方角で黒煙が上がった。
見上げた空に浮かんでいたのは、炎獄の王テオ・テスカトル。古龍はちっぽけな人間を嘲笑うかの様に空中を旋回すると、堂々とハンター達の集結する地へ降りて行ったのだった。

爆発音と悲鳴が届いて来るばかりで、街門の様子は分からない。ラビとグレイブはただハンター達の勝利を祈りながら、黒煙の上がる街を見つめていた。

「……少し様子を見て来よう。ラビはここを動くなよ」

グレイブの言葉にラビは頷き、「お気をつけて」と一言だけ告げる。

街角に消えていく師の後ろ姿を見つめながら、ラビは何の力にもなれない自分に腹が立った。
ハンターになったばかりの自分が叶う相手では無い事など、十分に承知している。行けば足手まといになる事も。
それでも、いたたまれない気持ちに苛まされて、堪らなかった。

「あっ……!」

ふわりと飛び上がったテオ・テスカトルが、街門を越えて街の中へ侵入して来る。角が折れ、尻尾も斬られた姿からして、ハンター達の攻撃から逃れる為であることは間違い無い。

来るな。

頼むから。

こっちへ来るな。

強く、強く願えども、テオ・テスカトルが通過した際に上る黒煙が、否応なしにその軌道を伝えてくれる。
古龍がここに辿り着くのも、時間の問題だった。

急速に速くなる胸の鼓動。ここが戦場になったら、辺りは炎に包まれる。しかし、手術の真っ只中にいるハンスを連れ出すわけにもいかない。

今の自分に出来る事は何だ?
弟を守る為に出来る事は?

答えを出すよりも先に、ラビは無我夢中で走り出していた。

倒そうとか、食い止めようとか。そんな大それた事は思っていない。

だが、古龍がハンスの元へ行かないように、気を反らすくらいなら自分にだって出来るはずだ。

「これが、炎王龍……」

書物でしか見た事の無かった古龍を目の当たりにし、ラビはその恐ろしい姿に息を飲んだ。

猛スピードで駆けてくるテオ・テスカトルが、目前に迫る。ラビは急いでヘビィボウガンを組み広げたが、自分の周囲ではらはらと舞う炎王龍の鱗紛に気付くのが遅かった。

「これは……!」

ドォォォンッ!!

回避する間もなく轟く爆発音。
灼熱が身を焼く中で、ぷつりとラビの意識は途絶えてしまったのだった。

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