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MONSTER HUNTER*anecdote
物に宿る心
しゅるしゅると音を立てて外された包帯の下から、すっかり腫れの引いた白い素肌が現れた。足首を前後左右に動かしてみても、痛みは無い。

アリスは感嘆の声を上げると、テーブルの上に置かれた空き瓶を手に取った。それは、ハンター達の間で秘薬と呼ばれる、体力回復の特効薬が入っていた瓶である。
良薬口に苦しと言われるが、まさにその通り。口内に含めば、たちまち顔を歪めてしまう味だった。しかしその効能は折り紙付きで、ひとたび飲めば足の痛みも腫れも一気に回復してしまったのだった。

「ねぇ!これどうやって作るの?材料なに?」

アリスは空き瓶を掲げながら、狩りの支度をしているラビに問い掛けた。もし自分にも作る事ができるのなら、今後の為に沢山作っておこうと思ったのだ。

すると、ギルドガードスーツの袖に腕を通しながら、ラビは困ったように眉をひそめた。

「知らない方がいいと思うけどな。材料は……君が普段、野山で採取しているものだから……」

「私が普段、採ってるもの……?」

そう言われてアリスの脳裏に浮かんだもの。それは
何に効くのか分からない、謎の薬草
誰がどう見たって食用ではない、毒々しいキノコ
虫網を振り回して捕まえた、数々の奇妙な虫達
……など。食すには遠慮したいものばかりだった。

「……私、ちょっと気分が」

想像しただけで、体から一気に血の気が引いて今にも気を失いそうだ。アリスは床に突っ伏して、黙りこんでしまった。
それを見ていたラビは、笑いを堪えるのに必死である。

――予想通りのリアクションだな。

採取したもので作れるというのは嘘ではないが、もちろんアリスが考えているような代物が材料ではない。秘薬には、れっきとした薬用素材が使用されているので。

――しかし、この落ち込みよう……。どうやら普段から、ろくでもない物ばかりを採取しているみたいだ。

そうなると、ラビの心境は複雑だ。彼女は自分がこれから面倒を見なくてはならない人物。率先して採取すべきもの、要らないものを、1から教えてやらねばならない。

「アリス、さっさと準備しろよ。狩りに行くぞ」

「……はい。ん?ヨモギは?」

小さな相棒が居ない事に気付いたアリスは、キョロキョロと室内を見回した。先程までそこに居て、ご機嫌な鼻唄を歌いながら樽のリュックにアイテムを詰め込んでいたはずなのだが。

「彼ならとっくに依頼書を見に行ったよ」

「ふーん、えらく張りきってるわね。久しぶりに私と一緒に狩りに行けるのが、そんなに嬉しいのかしら」

ヨモギも可愛い所があるじゃないかと、アリスは照れ笑いを浮かべた。

「いや、早く俺の銃撃が見たいと言っていたよ。ボウガンに興味津々のようだったな」

「……あ、そう」

ラビにあっけらかんと言い放たれ、とうとうアリスは立ち上がる気力も無くなってしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


狩猟準備を終えた二人は、肩を並べてギルドカウンターへ向かう。するとそこには、村長をはじめとしたいつものメンバーに加えて、一人の青年の姿があった。
アリスは一目見て、それがいつも酒場で飲んだくれている男だと気付いた。普段の彼は、仕事熱心で気さくな青年なのだが……酒癖の悪さは村人達も呆れる程なのである。

しかし、今日は様子が違った。眼に涙を浮かべながら、必死の形相でヨモギに何かを訴えているではないか。向かい合うヨモギも、涙目になりながら青年の話に何度も頷いている。
だがそれとは対照的に、傍に居るギルドの受付嬢と村長は、なぜか呆れた顔でこの二人を眺めていた。

「あっアリス、ラビ!ちょっと聞くニャ!大変ニャ!」

ヨモギは今にも泣き出しそうな表情でハンター達に迫る。

「どうしたの?」

「実はこの人がニャ……」

ヨモギの話によると、この男は恋人にプロポーズをする為に用意した指輪を、酔っ払った際に落として無くしてしまったらしい。今から新しい指輪を用意する金も無く、恋人に合わす顔がないと泣き付いてきたとの事だ。

「自業自得ですよねぇ〜。正直にお話しして、指輪はまた今度にしてもらえばいいんですよ」

退屈そうに欠伸をしながら、ギルドの受付嬢は素っ気なく答えた。村長も付き合ってられんと言わんばかりに、そっぽを向いてキセルをふかしている。

どうやらヨモギだけが、彼に同情している様だった。

「うーん……。可哀相だけど、私達にどうにかできる話じゃないよ。そんな大金、持ってないし」

「そんニャ〜可哀相だニャ〜……。なんとかならないかニャ?」

ヨモギは潤んだ瞳で、すがる様にラビを見つめている。彼に頼めば、何でも叶えてくれそうな気がしたのだった。

「……そうだな。じゃあ、宝石でも採掘してくるか」

「宝石ニャ?」

ラビはポーチから地図を取り出して広げると、この村からそう遠くない位置にある沼地を指差した。

「ここに、様々な水晶が採れる採掘ポイントがあるんだ。宝石さえ調達できれば、指輪作りは難しくない」

ラビの提案に、村の男もヨモギもキラキラと目を輝かせた。指輪を自作するなんて、考えもしていなかったのだ。買ったものを用意するより、ずっと素敵な贈り物になりそうである。

「ニャニャ!そうするニャ!早速沼地へ行くニャ!」

ヨモギはクエストボードに向かって駆けて行くと、素材採取ツアーの申込書を探した。

「お人よしですねぇ、ハンターさん達は」

呆れ顔のまま、受付嬢はヨモギが差し出した申込書に判を押す。
こうして、アリス達は指輪に嵌める宝石を探しに、沼地へ向かう事にしたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


どんよりとした薄暗い雲が広がる空。湿っぽい大地には奇妙な草木がひっそりと佇み、少し道を外れれば、足元には動物の骨が浮かんだ毒の沼が待ち受けていた。
……こんな鬱蒼とした景色を前にして、美しい宝石が取れるなどと誰が信じるだろうか。

「……本当にあるの?宝石」

アリスはじっと疑いの目でラビを見ていた。

「ついてくれば分かる」

「なんだか気が滅入る場所ニャー」

ブーブーと文句を垂れる二人を引き連れて、ラビは先頭を歩く。朽ちた木々の林を抜け、薄気味悪い湿地を進み、最奧へ。
そうして暫く歩いていると、前方に洞窟の入口らしき大きな穴が見えてきた。

「この中だ。足元に気をつけて」

そう言ってラビは松明に火を点すと、薄暗い洞窟の中へ入って行く。それに続いて足を踏み入れたアリスは、思わぬ寒さにぶるりと身震いした。
洞窟内は、外よりもずっと気温が低い。どこからか吹いてくる隙間風も、身を刺すようだった。

「さ、寒い……」

「そうかニャ?僕は平気だニャ」

アリスは鳥肌の立つ腕を摩りながら、ヨモギの温かそうな毛皮を羨ましげに見つめる。

「なんだ、ホットドリンクを持って来ていないのか?」

「必要だなんて知らなかったもん。ここに来るのは初めてだし」

「……狩場の環境は、事前に情報誌で確認しておくようにしような」

ラビはやれやれと肩を竦めると、自分のポーチから赤い液体が入った小瓶を2本取り出した。それはトウガラシがたっぷり入った防寒用の飲み物で、飲めば体がほかほかと温まってくるのである。

「私、辛いの苦手なんだよね……」

「……子供じゃないんだから我慢しろよ」

それでもアリスは頑なにホットドリンクを拒んだ。ラビもとうとう諦めて、自分の分をぐいと飲み干すと、残りをポーチに戻したのだった。

「ニャニャ!これはすごいニャ!」

と、そこへ。一人先行していたヨモギが嬉しそうな声を上げた。その声につられて見てみると、洞窟の壁面から輝く水晶がいくつも顔を出しているではないか。光を受けて七色に変化するその様は、息を飲む程美しい。

早速三人は採掘用ピッケルを手に、慎重に水晶の掘り出しに取り掛かった。洞窟内に、カツンカツンと金属音が響き渡る。


「……よし、これでいいだろう」

数十分後。ラビは両腕に抱えるほど大きな水晶を、見事に掘り出していた。

「指輪にするだけニャのに、そんなに大きなの持って行くニャ?」

「ああ、これは俺の取り分。水晶はギルドが買い取ってくれるんだ。指輪にする用の水晶はこっち。君が持っていてくれるか?」

ラビがヨモギに差し出したのは、手の平サイズに掘り出された一際美しく輝く水晶の塊だった。ヨモギはそれを受け取ると、しっかりと両腕に抱える。

「くれぐれも落としたりしないように、気をつけてくれ」

「ニャ!任せてニャ!」

ヨモギは与えられた重大な任務に、誇らしげに胸を張った。

「よし!取れたー!」

そこへ、満面の笑みを浮かべてアリスが歓声を上げる。振り返ったラビとヨモギの目に映ったのは、何ともいびつな形の水晶の塊を抱えたアリスの姿だった。
彼女の持つ水晶は、所々傷やヒビが入っていて、今にも崩れてしまいそうだ。

――……不器用過ぎる。

水晶の採掘方法も教えなければならないのかと、ラビは頭を抱えたくなった。

「もう用は無いな。ベースキャンプに戻ろう」

そう言って踵を返したラビは、一言だけ付け加えた。
「水晶を絶対に落とさないように」と……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その日の夜。ヨモギが眠りについた後、アリスとラビはココットの銘酒で酌を交わしていた。この酒は指輪の御礼にと、青年から頂戴したものである。青年が大事に取っておいた年期ものらしく、ラビは大層旨いと喜んでいる。しかしアリスは酒が飲めなかったので、グラスにはジュースが並々と注がれていた。

あれからヨモギが持ち帰った水晶の塊は、青年の要望通り工房の職人によって加工され、立派な指輪に作り上げられた。
世界に一つだけの指輪は彼女に大変喜ばれ、青年はもう二度と酒に溺れたりしないと心に決めたという。

一方で、ハンター達が採掘した水晶だが。
ラビが納品した水晶は大きさ・状態共にその価値を認められ、なかなかの収入となっていた。
しかし、アリスの水晶はというと……。

「あーあ。残念だなぁ、せっかく頑張ったのに」

アリスはだらし無くテーブルに突っ伏すと、大きな溜息をついた。彼女は採掘の帰り道、背後からブルファンゴに突撃されて水晶を落としてしまったのである。

「最初は皆、上手くいかないものだよ。でもあの状態じゃ、奇跡的にキャンプまで持ち帰れても買い取ってくれたかどうか……だな」

フォローするつもりなのか、そうではないのか。ラビの言葉にアリスはさらに落ち込んだ。どうしても金が欲しかった訳では無いが、初めての運搬を成功させてみたかったのだ。

「私もあれで何か作りたかったなぁ。凄く綺麗だったのに……」

アリスはもう一度大きな溜息をつくと、「もう寝るね」と力無く言い残して寝室へと向かった。

「全く、手のかかる奴だ」

そうひとりごちながら、ラビはグラスを片付けていく。

――『何か作りたかった』、か……。

ラビはアイテムポーチの中から、今度加工して使う為にとっておいた小さな水晶を取り出した。室内灯の火を受けて朱く煌めく石は、稀に見る質の良さである。
鉱石のナイフを片手に、ラビは再びテーブルに向かって何やら創作し始めていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


翌日。いつもより少し早めに目を覚ましたアリスは、枕元に奇妙なものを見付けた。朝日を受けてキラリと光る、ライトクリスタルの置物。繊細に削り出されたその形は……豚である。
おそらく彼の仕業だろうが、アリスは首を傾げずにはいられなかった。

「なにこれ。なんで豚なの……」

小さな置物を指でそっと摘み上げ、手の平に乗せる。ぱっちりと目が合ったその豚は、よく見ると優しく微笑んでいた。

「……変なの」

だが、眺めているうちに、不思議とこちらまで笑顔になってしまう。

「ありがと、ラビ」

アリスは勢いよくベッドから飛び降りると、小さな豚をテーブルの上に飾った。そして火竜の鎧に身を包み、ダイニングで待つ仲間達の元へ走って行くのだった。

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あきゅろす。
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