MONSTER HUNTER*anecdote
過去
「……眩し」
翌日。アリスが目を覚ました頃にはもう、太陽が真上に昇りきっていた。
今日はヨモギが起こしに来なかった。彼なりに、傷付いたアリスを気遣ってくれたのだろう。
起き上がり、ベッドから降りようと床についた右足が酷く痛んだ。幸い骨は折れていなかったが、完治には暫くかかりそうである。
――まぁ、別にいいか。私はもうこの村のハンターじゃないんだし。街に帰って療養でもするかな……。
アリスは大きく溜め息をつくと、ひょこひょこ足を引きずりながら寝室を後にした。
「起きたか、おはよう」
アリスが居間に入ると、まるでそこに居て当然の様ににっこりと微笑むラビの姿があった。彼はテーブルの上に分解したボウガンのパーツを広げて、手入れをしている。
「……お早いお引越しね。待ってて、すぐに荷物を片付けて出ていくから」
「あぁ、いいんだよ。君は出て行かなくて」
彼の言葉の意味が分からず、アリスは訝しげに眉を寄せた。するとそこへ、キッチンから飛び出してきたヨモギが嬉しそうな声を上げる。
「アリス!村長さんが二人共ハンターとして雇うって言ってるニャ!これからは僕達三人、仲間ニャー!」
「え?そうなの!?」
予想外の事にアリスは驚き、ヨモギとラビの顔を交互に見つめた。「良かったな」と笑い合う彼らは、もうすでに打ち解けているようだった。
「……ジジィ、そんなお金ないでしょうに、無理しちゃって」
「きっとヘソクリ溜め込んでるんだニャ!」
唯一、真実を知るラビは、二人の会話を聞いて苦笑う。まさに、親の心・子知らずである。
「まぁ、そういう訳だからよろしく頼むよ」
「……うん。で、あんたここに住むわけ?」
「他に空き家が無いから、村長さんが一緒に住めって」
「ふーん、そう。じゃあ部屋汚さないように気をつけてよね!後片付けとか掃除とか、ちゃんとしてよ!」
「(その言葉、アリスにそっくり返したいニャ……)」
ヨモギの冷たい視線がアリスに注がれる。今現在、辺りに散らかっているのは彼女が脱ぎ捨てた服ではないか。
そんな彼の思いに気付くはずもなく、アリスはキッチンへ向かって行ってしまった。ヨモギはふぅと溜息を零すと、木編みの籠を片手にせっせとアリスの服を拾い集める。
飲み物を手に居間に戻ってきたアリスは、ラビの向かい側の席に腰を降ろした。ラビはボウガンのパーツに着いた汚れを丁寧に拭き取り、慣れた手つきで組み直していく。緻密なその作業をぼうっと眺めながら、アリスは無意識にストローの先を噛んでいた。
「……足はどうだ?」
メンテナンス作業を続けながら、ラビはアリスに問いかける。
「まだまだ痛い。当分は狩りに行けないだろうから、暇だったらヨモギを連れて行って来て」
「分かった。でも、今日はやめておくよ。彼は洗濯やら何やらで忙しそうだからね」
ちらりと視線をヨモギに移すと、彼は衣服が山の様に積み上げられた籠を抱えて、外に出ていく所だった。
「ラビは……ハンターになって長いの?」
アリスが何となく切り出した話に、ラビは手を休める事なく応える。
「19の時に親父の後を継いでハンターになったから、もう5年になるな」
ばらしたボウガンのパーツを全て組み終えたラビは、銃口から弾倉までを見回した。そしてその出来に満足そうに頷くと、保管庫に仕舞うため席を立った。
「親父は腕の良い狙撃手だった。だから俺も、ガンナーになったんだ」
話の続きを口にしながら、ラビは席に戻って来る。すると今度はテーブルの上に、ボウガンの弾の材料を広げ始めた。火薬の匂いが部屋中にプンと広がる。
「……ラオシャンロン」
まるで独り言のように、アリスはぽつりと龍の名を零した。
「ラオがどうかしたか?」
「ラビは……ラオシャンロンと戦った時、何か見た?」
彼女の質問の意図が分からず、ラビは作業を止めた。その手には、薬莢となる竜の爪を握り締めたままである。
「何かって、何を?」
「分からないけど……何か恐ろしいもの。ハンターを辞めたくなるような」
「……ラオ自体が恐ろしい存在ではあるけど。ハンターを辞めたいとは思わないな」
小さく「そう」と呟くと、アリスは椅子の上で膝を抱えて、俯いてしまった。
「……何かあったのか?」
彼女が村長にも話した事が無い“過去”。それを聞けるかもしれないと、ラビは思っていた。
「……命をかけて戦い、街を守る事を誇りにしていたハンターが、一瞬にして絶望してしまったのは何を見たからだと思う?」
未だ意図の見えないアリスの問い掛けに、ラビは少し考え込んだ後、答えた。
「自分には到底及ばない、絶対的な力を目の当たりにした、とか?」
「うん、私もそう思った。あの人がハンターを辞めた原因……あの人の心を折ったもの。ラオシャンロン戦で何を見たのか、私は知りたいの」
「だから、自分も同じ世界に身を置いたわけだ。それが、君がハンターになった理由」
アリスはこくりと頷き、小さく溜め息をついた。
「ハンター登録したのはいいけど、経験を積まないとラオシャンロン戦になんか参加出来ないって言うし」
「まぁそうだな。新米ハンターは大抵、修業がてらこういった村に派遣されて経験を積むものだ」
ラビがそう言うと、アリスは顔を上げて不服そうに彼を睨んだ。
「私の場合、手違いだったけどね」
「……いいじゃないか。君が得た経験に変わりはないだろ?」
「それは……そうだけど」
反論する言葉をアリスは失う。もし街に居たままだったら、未だにイャンクックすら倒せていなかったかもしれない。こうして火竜や水竜を討伐するまでに成長できたのは、外ならぬ村長のおかげである。
「それで、その人は今もハンターを辞めたままなのか?」
ラビが話を元に戻すと、再びアリスの表情が陰った。
「……分からない。居なくなってしまったから」
「居なくなった?」
アリスは頷き、瞼を伏せる。
「あの人は……ジェナは街から消えてしまったの」
震える声と、細く吐き出した息。込み上げる感情を懸命に押し殺しながら、アリスは“ジェナ“について語り始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今から8年前。私がちょうど10歳の時に、お父さんとお母さんは流行り病で死んでしまったの。
天涯孤独の身になった私を引き取ってくれたのは、当時ハンターとして名を上げつつあった、ジェナという名の女性だった。
正義感の強い彼女は、ハンターという職業に誇りを持っていた。きっと、誰よりも街を愛していたんだと思う。人望も厚く、大勢の仲間と共に数々の依頼をこなしていたの。
強くて、優しくて、真っ直ぐで……。私はそんな彼女を尊敬し、ずっと憧れを抱いていた。
ジェナと二人で暮らした6年間は、本当に楽しかった。私達は姉妹のようにお互いを信頼し合い、助け合って生きてきた。
でも……そんな生活がある日突然、終わってしまったの。それが、今から1年前に起きたラオシャンロン襲撃の日よ。
巨大龍の進行を食い止めるべく、ハンター達に砦への出撃命令が下された。ジェナは自ら志願して、討伐に向かおうとしていたわ。
……私はそれに、反対した。ラオシャンロンが危険な事は、充分に知っていたから。ジェナはどんな相手にも負けたりしないと信じていても、行って欲しく無かった。彼女を失う事が、何よりも恐かった。
そんな私に、ジェナはいつもと同じ様に優しく微笑んでくれた。
「私はハンターとして、この街を守らなければ。……必ず帰る。私を信じて待っていろ」
彼女の決意の固さに、私はそれ以上引き止める事が出来なかった。
……約束通り、ジェナは帰って来てくれたわ。でも。
彼女はまるで、別人の様だった。
血の気の無い顔。虚ろで冷たい瞳。話し掛けても返事をしてくれない。私を見ようとさえしない。大事にしているはずの太刀を放り投げ、鎧を脱ぎ捨て、何も語らないまま寝室に閉じこもってしまったの。
私が困惑していると、ジェナと一緒に討伐戦へ参加していたハンター達がやって来た。あいつらは、口を揃えて彼女を批難したわ。「ジェナはハンター失格だ。ラオシャンロンを目前に逃亡した」と。
私は信じなかった。あの勇敢なジェナが、逃亡なんかするわけないもの。
それでもハンター達は、ジェナを罵倒し続けていたわ。ラオシャンロンは討伐されたけれど、犠牲も少なくなかったから。ジェナが前線に立っていたら、死なずに済んだ命だった……って。何もかもジェナのせいにして、やり場のない怒りをぶつけていたのよ。
その噂は一気に街に広まって、人々は皆、ジェナに不信感を抱くようになった。ラオシャンロンという強大な敵を前に、ハンター達が団結する中……独り戦線から離れた裏切り者だと罵っていたわ。
ジェナを庇い続けた私も、いつの間にか批難の対象になって……。いつしか街の人間全てが、私達の敵になっていた。
それから何日経っても、ジェナは部屋から出て来なかった。私も、街の人々を避けるように家に篭る様になっていった。
どうして何も話してくれないのか。扉越しに問いかけても、彼女は答えてくれなかったの。
信じて待つのも、限界だった。
寝室の扉を突き破って、強引に中へ駆け込んだけれど、そこに彼女の姿は無かった。
破壊された家具。血の滲んだ壁。酷く荒れて、変わり果てた部屋。……普段のジェナからは想像できない、狂気のようなものを感じた。
唯一残されていたメモを見ると、弱々しい字でこう書かれていたの。
“アリス、ごめんなさい。さようなら”
と……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ジェナがどこへ行ったのか、誰にも分からなかった。いろんな所を探したけれど、見つけられないまま……こうして時間だけが過ぎてしまった」
全てを聞いて、ラビは成る程と頷いた。
「今の私がやるべき事は、ハンターとしての経験を積んで、ラオシャンロン戦に参加する資格を得る事。ジェナがあんな風になってしまった原因を知りたいの。彼女が見たものと同じ景色を、私も見たい」
「君までおかしくなってしまったら、どうするんだ?」
「その時はラビでもヨモギでもいいから、思いっきりぶん殴ってちょうだい」
「……分かった。遠慮無くそうさせてもらうよ」
アリスの手に握られたグラスの中で、溶けた氷がカランと音を立てた。
「……この話、人に話したの初めてよ」
「聞かない方が良かったか?」
「ううん。話したらちょっとだけ、気持ちが軽くなった。ありがと、聞いてくれて」
ラビは何も言わずに首を横に振ると、ボウガンの弾精製を再開する。アリスもストローに口を付け、薄まったドリンクを飲み干した。
――そういえば。私にとって、ラビが初めてのハンター仲間なんだ。
街でハンター登録をしてから、ヨモギに出会うまで。アリスはずっと独りで狩りを行っていた。街のハンター達とは関わりたくなかったし、彼らも力を貸そうとはしなかったのだ。
――私にも、仲間ができた。
今まで頑なに隠してきた孤独の悲しみが、温かいものに解けていく。アリスの眼から、ぽつりと涙が零れ落ちた。
格好悪い。泣いている所なんて、見られたくない。
そう思って涙を拭うけれど、次から次へと溢れて止まらなかった。
だから膝に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。
彼女の涙を知ってか知らずか、ラビは無言で作業を続けている。だが、弾精製が終わっても、そこを離れようとはしなかった。
それが、アリスにとって何よりの救いであった。
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