転生少年-1
名
「デニス……」
短い沈黙の後に、亜廉がポツリと呟いた。
「デニス?」
「僕は小さい頃、育ての義父と、サーカス団に居たんです。その時友達だった、団員の男の子の名前です。僕や君より、少し年上でしたが、丁度君みたいな、見事な金髪をしていました」
「ふうん」
「デニス。ほら、こう書くんですよ」
亜廉は、一文字一文字、丁寧に読み上げながら、カヌーの床に、指で文字を書いた。少年はそれを目で追った。亜廉の人差し指が書いた、透明な文字を、少年は見たことがなかった。アルファベットに似ているがようだが、少し違う。亜廉の隣に居たLaviが、短く笑い、少年に耳打ちした。
「ロシア語さ。お前、英語圏か?」
少年は、弾かれたように、Laviから離れた。囁かれた耳を、手で覆った。Laviは、心外だと言わんばかりに、眉をひそめた。
「知らないみたいだったからさ……俺、悪いことした?」
「……ごめんなさい。びっくりしたんだ、耳打ちされて」
少年も、なぜ驚いたのか分からなかった。首を傾げるLaviから視線を逸らした。
「デニス。どうです? 君の名として」
その空気を亜廉が割いた。意図的のようにも思えた。
「……それで構わない」
少年はぶっきらぼうに答えた。Laviの様子を伺うように瞥見すると、Laviは虚空を見上げながら、空気の上に、授かったばかりの少年の名を書いていた。亜廉に視線を戻すと、亜廉は、作り笑いを貼り付けながら、名を授けた少年を、見詰めていた。
「決まりですね、当分の間、君の名前はデニスです。どうですか、本当の君の名には、似ていますか?」
「あまり……」
呼ばれ慣れない名と共に、言いようのない違和感を、白髪の少年に感じた。
「……いや、全然似てない」
亜廉の、良く出来た作り笑顔に、背筋が冷やされる思いがした。デニスと大して歳違わぬであろう、この少年は、どうしてこうも、寒気立つ笑顔が作れるのだろうか。まるで疑ってくれと言わんばかりだ。
「それで、これから僕らは何処に?」
デニスは、何度かさ迷った視線を、Laviに定めて問う。Laviは機嫌良く答えた。
「元・ジパニーズタウンさ」
「ジパニーズタウン?」
「ジパングという国がある。太平洋の、大分大陸に寄りにある、小さな島国なんだが」
「その国なら知ってる。僕の世界にある国と、多分同じだ」
「本当か? ジパニーズタウンとは、そこから来た移住民達が、集まって作った町のことさ。ここから、この川を、潟の方向に抜けた先の島の一角にも、それがあったんだが」
Laviは、間隙、まるで、異臭の元を探るような顔をした。
「壊滅したって話だ」
「壊滅?」
穏やかでない単語に、デニスの脳裏で、ピンと糸が張った。
「悪魔の仕業ですよ」
すると亜廉が、Laviを押さえ付けるように答えた。
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