短編 そして僕は今日も夢を見る ふわふわのソファ。 窓から差し込む柔らかな春の日差し。 ポカポカと暖かい放送室の午後。 校庭で部活にいそしむ野球部の声を聞きながら、俺は静かに本を広げた。 ひとりきりの放送部。 これといった活動もしていないから、きっと存在すら知らない生徒が大部分。 けれども俺は、それを特別寂しく感じたりはしない。 むしろ昼休みや放課後を一人穏やかに過ごせる環境に感謝したいくらいだ。 ――…ふわっ 「――ん、うぅー…?」 そっと髪に触れられる感覚に、意識が浮上する。 午後の暖かな太陽に包まれ、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 額から頬へ大きな手がおりてくる。 包み込まれるような感覚が心地よくて、しばしまどろむ。 うっすらと目を開けば視界いっぱいに広がる、白。 ゆるゆると視線を上に向けると、そこには優しい表情で俺に手を伸ばす想い人の姿があった。 ――三浦、せんせ…? 化学の授業以外、滅多に会えない三浦先生。 誰にでも優しくて人気者だし、鼻筋はすっと通っていて、こげ茶の髪はさらさら。 たまに廊下で姿を見られる事もあるけど、先生が一人でいるなんで事はまずあり得ない。 彼はいつでもたくさんの女子生徒や男子生徒達に囲まれていて、嫉妬も忘れて思わず見惚れてしまうような、俺の大好きな笑みを浮かべているんだ。 恥ずかしすぎて、先生と目を合わせる事すらできない俺にその笑顔が向けられる事は、多分一生ないだろう。 背なんて俺より10センチは高くて身体は運動部の生徒に負けないくらい引き締まってる。 シャープな眼鏡は先生の理知的な表情を引き立てていて、実験用の白衣もすごく似合っている。 十人並みな容姿のくせに運動も勉強もろくにできない俺なんかとは、全然違うんだ。 目立つことが苦手でいつも大人しくしているから、先生はきっと俺のことなんか知らないだろう。 ただ、俺がただ勝手に……片思いしてるだけだから。 だから…こんなところに先生がきてくれるなんて、有り得ない。 俺に向かって微笑みかけてくれるなんて、もっと有り得ない。 その上、 「幸斗…」 愛おしそうに頬を撫でながら俺の名を呼んでくれるだなんて、そんなこと……有り得るわけが無いんだ。 これは、夢――……うん、わかってる。 遠くから見つめていることしかできない俺を憐れんだ、優しい神様がプレゼントしてくれた幸せな時間。 これが現実だったなら……そう望まないと言えば嘘になるけれど、たとえ夢でも俺には十分すぎる程の幸せだ。 それにほら、夢の中でなら、 「――すき…」 ……素直に気持ちを伝えられる。 いつまでも……この夢が続く限りはいつまでも、彼を腕の中に閉じ込めて、独占する事だってできる。 俺に触れる大好きな彼の手に思うまま甘えることだってできるんだ。 お願い、神様。 もうすこしだけこのままでいさせて……? 目覚めてしまえばこの幸せは、きっと消えてしまうから。 今、俺が夢と現実の狭間で感じている彼のぬくもりも、優しい笑顔も、俺を呼ぶ声も…… 何もかもがすべて、 ただの幻にすぎなかったのだと、そう認めざるを得なくなるのだから。 もうすこし、あと、すこしだけ…… 幻だとしても構わない。 想ってやまない彼に身を預け、全身に幸せを感じながら、俺は再び目を閉じた。 ::::Fin:::: *+†+*――*+†+*――*+†+* 「確かに恋だった」さま 選択式お題「361.そして僕は今日も夢を見る」 [次へ#] [戻る] |