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惇/じゅん/短編
春の雪(前篇)
1月。
雪の止まない白い地方に、私はやってきた。

「天倉美保です。よろしくお願いします」

教卓の前に立ち、軽く頭を下げるとそれなりの拍手が聞こえた。

「えー、季節外れの転校で、皆と同じクラスになれるのは2ヶ月程度だが、仲良くしてやってくれ。じゃあ天倉はあの列の一番後ろの席ね」
私は指定された席に座った。


「よろしくね」
社交辞令よろしく、隣の席の男の子に愛想良く声をかけた。
何事も初めが肝心だ。第一印象は良くしておかなければ。

「あ…こちらこそ、よろしく」

一瞬戸惑ったようだが、向こうも笑顔で返してくれた。

その時、ゆらりと鼻に漂う一つの香り。
線香のような甘い匂い。
(――――あ)


私は感じてしまった。



この匂いは、死の香りだ



私には不思議な力がある。
それは人の死期が分かること。
それに気付いたのは小学生くらいの頃で、入院していたおばあちゃんから、線香のような甘い香りが漂ってきた。
最初こそ微かだったものの、それは日に日に濃さを増していった。
そしておばあちゃんが亡くなった日、その香りは消えた。

今思えば、病院にはかなりの死の香りが漂っていたと思う。




(本当にあの子から?でもまだピンピンしてるし…)

気になった私は放課後、こっそり彼のあとを着いていった。
同じ方面で帰る人はいないらしく、白い道をトボトボ歩いていた。

ケータイをいじっているのか、下を向きながら歩いているその様子はどこか危なっかしい。
だが相手の歩幅は広く、ズンズン先に進んで行く。私は逆に、慣れない雪に足をとられながら、見失なわないように追い掛けた。

(ちょ…足速っ)

彼に負けず小走りになった、その時

「――っうわあぁ!!!」

ズテン!!


私は凄まじい叫びと共に…転んだ。
慣れない雪に負け、滑った。
「いったぁ…」
身体についた雪を振り払いながら起き上がる。

「……天倉、さん?」
前方から自分を呼ぶ声に我に返った。

「………あ」

…バレました。追跡。


何を言えば良いのかわからずその場でおどおどしていると、彼は真綿のような柔らかい笑みを向けた。



「――大丈夫だった?」
「うん…雪の上柔らかかったし」

気付いたら私は彼と一緒に帰路についていた。
彼の名前は野田誠。

「野田君はいつも登下校は歩いてるの?」
「誠で良いよ。うん。いつも歩いてるんだ。天倉さんは転校初日から歩きなの?大変だね」
「あ、私のことも美保で良いよ」

暫く他愛もない会話が続いた。
帰るまでの15分で誠との距離がぐっと縮まった気がした。

「あ、私んちこっちなんだ」
「ふぅん、俺んちはこっち」
交差点に着き、互いに別々の方を指差した。
「じゃあね、また明日。美保」
「うん、バイバイ。誠」
私たちは互いの家へ向かった。


――なんて、嘘


私の家はこちらの方面ではない。追跡していた時点で家から反対の方面を歩いていたのだ。
ここからだと、私の家は歩いて30分かかるだろう。ただし、迷わなければ。

「……はふ」

白いため息が溢れる。
そうしてやっと消えた死臭。いや、死香。
恐らく誠が死ぬのは、そう遠いことではない。1ヶ月以内には必ずその日が訪れるだろう。

(……決めた)


誠が死ぬまで、私は彼を見守る
私しか知らない、彼が死を迎えるその日まで………




翌日から毎日、私は誠と一緒に帰って、学校でも話しかけた。
「明日の授業嫌だね」とか「進路はどうするの?」とか。未来のことを。なるべく〈死〉から遠ざけたくて。
やはりというか、当然というか、周囲からはからかいの目や言葉を受けたが、誠は嫌な顔せず私としゃべってくれるので私も続けた。

「将来の夢は…そうだなぁ…人を幸せにしたい。一人でも」
誠からの意外な答えに私は驚いた。
「え?…それって、結婚したいってこと?」
「別に結婚だけが人の幸せとは限らないだろ?でも、大切な人が幸せになりたいと願うなら、俺は協力したい。たった一人なんて、小さいことかもしれないけど、俺はそれだけでも良いからしたい」
そう言って私をみつめる誠。
「――――――」
吸い込まれるような澄んだ瞳に、私の頭の中が暗くなっていくのを感じた。
まるで何かに堕ちていくような感覚だった。

「……美保?」
気が付いたら私は誠に背を向けて歩き始めていた。
「トイレだよ」
そう言えば誠はただ、そう、とだけ言って私を見送る。


教室から出てすぐにある階段で、私は腰を降ろした。
加速する呼吸と窮屈な胸を抑えながら。

(痛い……)
心が、痛い。
(ダメだ…)
だって、誠は
(死んでしまう)


―…だからお願い、恋なんてしないで

あの真っ直ぐな瞳に吸い込まれる自分が分かった。

私のたった一つの初恋は、ダメだと分かっている彼の中へ堕ちた









その日、私は誠を待たずに家に帰った。

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