記念日&季節 のお話 アネモネ 朝。 マルコとそういう仲になってからというもの、毎夜ベッドを占領しては、毎朝丁寧に起こされる。大抵はマルコの仕事が終わる前に寝てしまうが、就寝時間が重なった時には、二人でぴったりとくっついて寝れる。ぎゅう、と抱きしめられると恥ずかしくて、でも嬉しくて。肌越しに伝わってくるマルコの心音にひどく安心する。 そんなこんなで。 昨夜も昨夜とて早々にマルコの部屋に行った俺は、朝日とともに起こされた。 マルコの朝は俺より早い。偶に起こされる前に起きることがあるけれど、それでももう朝の支度は済ませて、机に向かっているか、航海士今日の進路を相談しているか、余裕がある朝は本を読んでるか…とまぁ、まちまちだ。 俺的には、朝のぐうたらしたマルコの姿も見てみたいと思うが、まぁ、いつか見れるだろうとタカを括っていたりする。 もそもそとベッドから起き上がると、元々の癖毛に加えて寝癖で跳ねまくりの黒髪を強引に直し、ベルトを締める。時計を見ればそう時間は経っていない。そもそも普段着ているものが少ないから、朝の支度だって精々掛かって五分程度で終わるのだ。 支度が終われば、朝食だ。いつもながら俺の支度を待ってくれているマルコが嬉しくて、ちゅ、と軽くキスをする。付き合いたての頃はそれすらも恥ずかしかったけれど、今となってはなんて事はない。それ以上にもっとマルコに触れていたいし、触れられたいと思うのだから不思議だ。それでも、絶対に昔よりもマルコのことを好きになっているのだけは間違いない。 各隊長の寝起きする部屋の前を通り越して奥にある食堂へ行く。マルコと歩くこの道にももう慣れた。同時にずっとこの日々が続けば、なんて思っている。誰もいないのをいいことに、手を繋いで食堂までの道を歩く。食堂の扉を開けば、朝食のいい香りが漂ってくるだろう。今日のメニューはなんだろうと思いながら扉を開けた。 そこにはいつも通り、むさ苦しい男達が朝から酒を飲みながら騒がしく朝食を食べている様子がある、はずだった。 「お、よう、お二人さん。今日も仲がよろしいことで」 立派なリーゼントがトレードマークのサッチにそう声をかけられる。隣にはイゾウもいて、向かいに座るジョズとなにやら話していた。 「うるせェよい」 サッチの言葉にそう返したマルコがぽかんとしているエースを置いて食堂の中に入っていく。繋がれた手はいつのまにか離されていた。残念に思いながらもエースは平然と歩くマルコに慌てて声をかけた。 「な、なぁ、これ、どういうことだよ?」 それもそのはず、食堂は昨日とは打って変わりカボチャだの、オバケのおもちゃなどが丁寧に飾られている。エースが昨日夕食をたらふく食べた時には無かったのだから、その後にやったのだろう、が。 よくよく見れば、キッチンのコック達は皆、揃いも揃って猫耳やらドラキュラのような格好やら、調理に差し障りのない程度になにかしらの装飾品を付けている。 「…お前知らないのかよい?」 歩いていたマルコが振り返って驚いたように言った。知らないのかと言われても何が何だかわからない。 「いや…全く。なんでカボチャに顔があるんだ?」 取り敢えず目の前にある顔の形に掘られた奇妙なカボチャを指差した。それを見たマルコは意外そうな顔でエースを見やり、それから飯食うぞ、と空いていたカウンター席に歩いて行った。 返事も得られず置いてかれたエースが慌ててマルコについていく。席に着けば、待っていましたと言わんばかりにコックの一人がエースの前に大皿をどん、と置いた。 エース専用の器だ。人の倍以上は当たり前に食べるエースでは、通常の皿では小さすぎるのだ。コック達がどこからこの大皿を見つけてきた日から、この皿はエース専用になっていた。 盛られた皿には数々の食材が乗っている。おそらく栄養やら何やら色々考えられて作られているのだろう。自分たちを支えてくれているコック達には頭が上がらない。 山と盛られた飯を次々と腹に収めながらエースはマルコに聞く。まだ、答えを聞いていない。なぜこんな風になっているのだ? 「なんだエース、ハロウィン知らないのか!?」 エースの隣で優雅にコーヒーを飲むマルコがエースの問いに答えるより早く、大皿を運んできたコックがそう言った。口一杯にものを詰め込みながら飯を食っていたエースが顔を上げてキョトンとした顔で呟いた。 「…ハロウィン?」 * ところ変わって甲板。 朝食を腹が膨れる程食べたエースは、二番隊に割り当てられた仕事をこなすべく甲板に来ていた。頭の中では先ほど聞いた話がぐるぐると回っている。 ハロウィンとはもともとなんかの宗教の行事らしい。ところが時間が経つにつれて本来の意味は薄れていき、今ではわいわい騒ぐだけの行事になったとか。エースはコックに言われた言葉を思い出した。 「いいか、エース、ハロウィンにはな、大切な合言葉があるんだ。トリックオアトリート≠チてな」 曰く、その言葉はお菓子をくれなければ悪戯するぞ、などと云う意味らしく。言うだけならタダだし、菓子貰えるかもしれねェし、なんなら言ってみろ、と言われて食堂を追い出されたのは先程の話だ。その時、書類を持って近づいてきた部下に声をかけられた。 「エース隊長!これなんですけど…」 「おう、どれだ?」 確認していた書類から顔を上げて、声を掛けられた方に体を向ける。聞かれたことに答えながら、ハロウィンも気になるが、今はこっちに集中しなければ、と思うのだった。 そうして、そろそろ地平線に日が落ちるという頃。船上では宴の準備が進められていた。皆、酒を飲み、馬鹿騒ぎするのが好きなものだから、何かにつけては宴が開かれる。今日のネタは勿論、ハロウィンなのだろう。 一日の仕事を終わらせたエースは、特にすることもなく、マルコの部屋のベッドでごろごろしていた。別段自室でもいいのだが、出来るならマルコと一緒にいたい、なんて。 そんなことを考えながらマルコの邪魔しないように大人しくベッドに寝っ転がっていれば、当然のように、エースは夢の世界に足を踏み入れた。 * 夢を見た。夢までハロウィンなのか、と思うくらい、ハロウィンに馬鹿騒ぎする家族がいた。何故かそこにはルフィもいて、二人揃ってあの合言葉を意気揚々と叫べば、大量のお菓子が降ってくる。途中から夢だと気づいたが、それでも楽しかった。 夜も深まり、潰れたものが増えてくると、ルフィはいつの間にかいなくなっていた。自分の船に帰ったのだろうか?分からない。それでも、久々にルフィに会えただけでエースは満足だった。 甲板に立って、ふと、思い出す。エースが東の海の小さな村から船出して早三年。そろそろルフィも約束した船出の頃だろう。夢の中で、エースは若干の酔いの回った頭で考える。三年前のあの日、エースがコルボ山を出てからの冒険。スペード海賊団を結成して、白ひげ海賊団に戦争をけしかけて力の差を思い知って。それから色々、結局親父の息子になって、マルコに恋をして。 今はマルコと居れて幸せだけど、あの頃は好きになってしまったという罪悪感で、辛かった。それでも、優しい世話焼きな家族がいたから、今こうしてマルコと居られる。生まれてきてよかったのかとか、色々考えたけれど。 今は、この世に生を受けて、今ここにいれることが幸せなことだと思っている。 それを気づかせてくれたオヤジに、マルコに、皆には感謝だ、なんて。柄にもないことを考えていたら、目の前にパアッと青い光が散った。見覚えのあるその蒼は、愛しい人のもので。 「マルコ!」 叫んで、抱きつこうと手を伸ばす。だけれど、それは実態が無いかのように触れられなくて。 触れたいのに、触れられない。 必死になって手を伸ばしていたら、その蒼はすう、と闇に溶け込むように薄ぼんやりとその輪郭を変えていく。そうしてだんだんと消えていく蒼に、突き放されたような気がして悲しくなった。 知らずのうちに頬を伝う涙をぬぐいもせずにいると、行って欲しく無いと思う気持ちを裏切るかのように呆気なくその蒼は闇に消えていった。 夜は始まったばかりだった。夜風にさらされて冷たくなった甲板に寄りかかるようにして立つ。マルコがいたのに触れられない寂しさに、一言も交わさず声も発さずに行ってしまった悲しさにズルズルと沈み込んだ。 気づけばあたりはいつの間にか慣れ親しんだモビーの甲板ではなくなっていた。見渡せばそこは、ぼんやりと薄暗いヴェールのようなものに包まれている。自分一人しかいないのだと気づくと、なんとも言えない気持ちになった。同時に、あの蒼に触れたいと思った。 そうだ、ここは夢の中だ。きっとハロウィンのオバケに惑わされただけ。 どうにかして出口を探そうと思った。打ちひしがれるのもつかの間、立ち上がるとそのなんとも言えない場所をぐるりと見渡して扉を探す。だけれど、目につく場所には無いようで、あちこち歩き回ってみた。 見つからない。 見つからない。 見つからない 永遠にこの誰もいない空間に閉じ込められるのかと思ったらやり切れない思いが溢れてくる。どうしようもなく、唇を噛み締めていると、どこからか、誰かが自分を呼んでいるような気がして頭をあげた。 上を見ても下を見ても右を見て左を見て、それでも景色は変わらない。薄ぼんやりとしたヴェールに包まれた空間のなかに自分一人がぽつんと佇んでいる。 「」 また、誰かに呼ばれたような気がした。思わず何もない空間に向かって声を張り上げた。 「…っ、誰だよ!?」 * 自分の声にがばりと体を起こした。 目に入ったのは、いつも見る天井の壁。はぁ、といつの間にか荒くなっていた呼吸を整えるように軽く目を瞑った。瞼の裏にはまだあの夢の欠片がこびりついていて。慌てて目を開ければ、ふわりと頭を撫でられた。 「…っ、マルコ、」 頭を撫でる腕をぎゅう、と抱きしめる。寝転がったまま体勢を変えると、彼に抱きついた。 マルコだ。 ほっとした。なんとなく、あのままマルコがいなくなってしまうような気がして。そんなこと、ないのに。 「エース?」 抱きついたまま微動だにしなくなったエースにマルコが声を掛ける。黙ったままの様子に一つ息をつくと、片腕を持ち上げて、黒髪の中に指を通した。 「エース」 柔らかく癖毛の髪を梳く。気持ちいいのか、甘えるようにエースが頭を少し動かした。ふ、とマルコが小さく息を吐いたのがわかる。びく、と肩が震えてしまう。すう、とマルコの気配が近づいてきたかと思うと、髪の毛にキスをされた。離れていく気配に力を込めて抱きつくと、マルコがエースの落ち着く優しい低い声で囁いた。 「エース、聞けよい。お前がどんな夢を見たのかはしらねェが、俺はどこにもいかないし、お前はもう一人じゃねェ。お前が一人になるときは、俺たちが死んだときだけだ。」 「ん……」 腰に回った腕にぎゅうと尚更強く抱きつかれる。人一倍陽気なこの青年は、周りには分からない暗い部分を持っていることにマルコは気づいていた。だけれど、それが何かは分からなかったし、エースが話してくれるまで余計な詮索はしないと決めていた。何を抱えていようが、ここにいて、動いて喋って、あのよく笑う彼がいることだけが全てなのだから。それでもいつか、時が来た時に、相談に乗ってやれる相手が自分であればいいとは思う。けれど、それを決めるのはやはりエースであるし、自分にそれを決める権利はない。ただ一つ、エースが笑って自分のそばにいてくれればいいと思った。それは、一方的な想いではなく、互いにそう想い合えたら、と。 そこまで考えてマルコは唇をゆがめた。何を考えているのだ、まったく。今はそんなことを考えている時ではないだろうに。 癖毛を梳く手を止める。そのまま優しくエースの体を持ち上げると膝の上に乗せた。うつむいたままの彼の顔を優しく上へ向かせると、触れるだけのキスをした。角度を変えて啄ばむように口付ける。触れるだけのそれは、もどかしくも気持ちを柔らかくほぐしていく。 エースの頭の後ろに腕を回して、一層強く体を密着させる。キスはしたまま背中を優しくさすってやれば幾分か落ち着いたのか、はぁ、と口の端から詰めていた息が漏れた。 「ん…マルコ……」 「どうしたよい、エース。」 とろりと蕩けた視線で見上げる恋人にぞくりとする。だけれど、その瞳の奥に怯えが見えて。マルコは隙間なく触れていた体を優しく離すと、しっかりと膝の上に抱き抱える。そうして癖毛の髪に手を入れて梳けば、エースが、ん、と甘えたような吐息を零した。 「なぁ、マルコ……マルコは、ずっとここにいるのな…どこにも行ったり、しない、よな…?」 突拍子も無い言葉にたじろぐ。何を言い出すのかと思えば。 「当たり前だろい。第一、俺の命はオヤジのモンだ。今更何処にも行けねェよい」 落ち着かせるように、柔らかに、優しく。言葉を紡いでいく。 「お前だってそうだろい?エース。…オヤジがいて、家族がいて、頼りになる部下がいて。十分じゃねェか。お前を頼りにしてる奴が沢山いるんだ。」 それに、と。 「今更隊長を降りるなんざ、誰も許しちゃくれねェよい。お前はこの船の、白ひげ海賊団の二番隊隊長火拳のエースだ。違うのかよい?」 なにより、俺がお前を必要としているんだ、とは言わなかった。万一、それが足枷になってしまう日が来ないように。海賊なんてモンやってんだ。明日の命だってあるか分からねェ。 それでも、俺はお前を愛しているし、守りてェと思う。男に向かって、しかも天下の白ひげ海賊団の隊長相手に守りたいというのも変な話だが、それでもそう思わずにはいられない。それくらい、大切にしたいと思えるのだ。たとえお前が何か、人には言えないようなものを抱えていようとも全て受け入れる。 それで、いいだろう? 小さく震える肩をふわりと抱きしめる。眼下の黒髪に鼻を埋めれば、太陽のような匂いがして。 「なぁ、エース。お前は俺が嫌いか?オヤジが嫌いか?この船が、嫌いか?」 「…っ、そんなこと、ない…っ!」 なら、いいじゃねェか。 ふるふると力なく頭をふるエースを見てほっとする。ふと、どこか恐れていたのは俺の方かもしれねェな、と。 そんなことを思った。 彼の太陽のような笑顔は、知らずのうちに人を惹きつける。上に立つものの資格としてはそれは必要な要素の一つであると思うし、マルコもその笑顔に救われたこともあった。だけれど、その笑顔の裏側にあるものにいつかエースが囚われてしまうのではないかと…自分の手から零れ落ちてしまうのでは無いのかと無意識のうちに恐れていた。 きっともう自分にはエースを手放すことはできない。 それなら、と。ただ、一つ…これから先、生涯かけてお前を愛すと誓うから、なんて。エースに言ったらあいつはなんて言ってくれるのだろう。俺も、と返してくれるのだろうか。 そんな風に考えて、まったく、いい歳して本気の恋なんざしちまうと、滅多なことは起こらねェな、と思った。 それから暫く、さっきのエースはどこへ行ったと言いたいほどに回復したエースと共にハロウィン仕様の宴へと向かった。いい歳したむさ苦しいおっさん共が猫耳やら何やらをつけて騒いでいる姿は正直見れたものではないが、これも行事においては一つの醍醐味なのだろう。仮装こそしていないが、一緒になって騒いでいたエースが火柱を上げて皆を沸かせる。 宴の中心にいるその姿はやはり、人を惹きつけて離さない魅力があった。 「マルコー!」 中心から少し離れたところでジョッキに入った酒を飲んでいると、ドタドタと騒がしくエースが近寄ってくる。若干酔いが回っているのか、頬が赤い。この状態で炎を上げたのかと思うと少しゾッとした。酔っ払いは何をしでかすか分からない。 木でできた船など、エースの手にかかれば一発で燃え尽きてしまうのだから。 「もういいのかい?」 宴の中心ではほろ酔い気分の男共が馬鹿騒ぎの真っ最中だ。まったくいつもいつもよく飽きないと思うが、まぁ、酒を飲んで騒いでればいい家業なのだ、と思えばどうということはない。 「おう!それより、マルコといてェ」 酔って上気した頬に若干の潤んだ目。にぱっと笑う笑顔はあの太陽のような笑顔だけれど。目の奥にちらつく熱い炎が見えて。 そっと肩にもたれかかってくるから。 抑える方が無理だろう? 「ん…っ」 片手でエースを引き寄せると少し乱暴にキスをした。酔いの回った頭では深く考えられないのか、あっという間に崩れていく。舌を突っ込んで掻き回せば、堪えられない声が漏れている。 「…聞こえちまうよい?」 「…は……っ、マルコの、せい、だろ…っ」 キッと睨んでくるけれど、威力なんてものはなくて。ぎゅう、としがみついたままの手を離させると、膝の下に手を入れて抱き上げた。 さっきのキスのせいか、酔っているせいか、弛緩した体を持ち上げるのは些か力がいるけれど、エースだと思えば軽いものだった。 「わ、ちょ…っ、マ、マルコ…っ」 「黙ってろい。バレたくねぇだろ?」 幸いここから自室に移動したところで甲板で騒いでいる連中にはバレはしない。それに、いくら隊長とは言え二人程度抜けたところでなんてことはないだろう。最悪サッチあたりが誤魔化してくれる、と他力本願もいいところだが、据え膳喰わぬは何とやら、だ。 ここで引けば男が廃ると言うものだろう。そんなことを思いながら、真っ直ぐに自室に向かう。器用に足で扉を開けるとエースをベッドへ放り投げた。 「うお…っ」 何すんだよ、と騒ぐエースに構わずにギシリとベットの上に乗り上げる。 「諦めろよい」 耳元で色を含んで囁けば、ぶわりとエースの顔が熱くなった。くく、と小さく笑うと赤い頬で睨んできて。そんな姿に煽られているあたり、自分も重症だな、と思いながら。 愛しい愛しい恋人に優しく口付けるのだった。 ハロウィンに向けて、ということで書きましたが… まぁ、間に合いませんでした。ハイ しかも、コンセプト一応ハロウィンになってるけど、最早マルエーがただただイチャイチャしてるだけにナッタ back/ |