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声(猫アリ)*



ああ、そうか。


嘲笑うように浮かぶ三日月を背に、
自室の真ん中で少女はひとりごちた。


「よく似ているのね、」

あの女の子に。


呟けば、目の前で呆けたように停止している
灰色のフードを被った青年がびくりと肩を震わせた。


今にも、泣き出してしまいそうな程に
何かに対して畏縮している青年の姿が可笑しく、

少女は声に出さずに笑った。


「怖くなんてないわ」


そっと近づいて、依然固まったままの青年の
血の気が引いた土色の左頬を右手で包む。


「ただ、私の望みを叶えてほしいだけ」


少女が手を離した青年の頬は、赤黒い何かがべったりと付着していた。


「…君が消えても、あの子供は」

「生き返らせたい訳じゃないの」


青年の絞り出した様な、否、実際やっとのことで絞り出し言葉を
少女は笑って遮る。


「消したいのよ。
 あの子の声が、……消えない、から」


少女が恐れるように耳を塞いだ。
にちゃり、と粘着質な音が微かに響く。


今、少女に聞こえているのは
先程その手に掛けた見ず知らずの少女の声、
それも断末魔などではなく、極々平凡な「おかあさん」という単語なのだろうと
青年は思った。


「アリス」


俯いた顔を上げた少女の表情は、
少女の些細な衝動によって肉塊と化した女児によく似ている。


ようやく腑に落ちた、少女の先刻の言葉。


“よく似ているのね、あの女の子に”


先程、自分もこんな滑稽な顔をしていたのかと青年は笑みを濃くした。

とは言え、フードに隠れた青年の顔など、少女に見えるはずはないが。


媚びと憐憫が混じったようでいて、実際はただ恐怖に満ちているだけ。

怖くて怖くて、今にも泣き出してしまいそうな表情。


もしかしたら、あの子を衝動的に殴ってしまった時も
本能のままにカッターで刻んでいた時も


少女は、こんな風に
ただ恐れていたのかもしれない。



帰り道、本当に偶然で、迷子になった女児に会った。
日も暮れ、一人で泣いていたその子供を不思議に思い
少女が声をかけたのかきっかけだった。


「どうかしたの?」
「っ…は、ぐれ、たぁ…!」


鼻水をすすりながら泣くその姿はひどく幼く、
少女は優しく頭を撫でながら話を続ける。


「お家、どこか分かる?」
「わ、っかんな、うっぇ、
 おかあさぁあん…!」


少女の手が止まったことに、後ろに控えていた青年は眉を寄せた。


そして気づく。

転んだのだろう、
その子供の体中に土がついていて服は破け
赤いふくよかな頬には痛々しい青あざがあることに。


おかあさん、そう言って必死に泣く。
昔の少女そのままに、おかあさんと。


「おかあさああっ…」


ごっ、という骨と骨がぶつかる鈍い音がして、小さな体が地面へと倒れた。


小さな小さな体に馬乗りになった少女が
その衝動のままに行動するのを、

青年は止めることも促すこともせず黙ってただ見ていた。


だからこそ、その報いなのかも知れないと青年は笑う。


愛しい少女が血にまみれて、虚ろな目で死を乞うなんて


(いっそ悪夢だったら)


少女も青年も、あの子供さえも救われたというのに。

月夜に
消える
君の





あきゅろす。
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