始まり(子アリ) 夕日もとうに沈んだ頃、微かに嗚咽が漏れる部屋には少女がひとり。 「ひっ…ぇ、……いた、…」 涙が染みるのか、小刻みに震えていた肩が時折大きく跳ねる。 暗い部屋で泣く幼い少女の頬は、薄暗闇でもはっきり分かる程に腫れていた。 目の前には一冊の絵本。 青いエプロンドレスをきた金髪の少女と、赤紫とピンクの縞模様の猫が描かれている。 「…っぅ……あり、す」 ああ、この絵本の少女のように 自分も違う世界に行けたなら。 誰も私を怒鳴らない世界に。 誰も私を叩かない世界に。 誰も私を傷つけない、しあわせな世界に! 「そうだよ、アリス」 突如として響いたのは、闇に浮かぶ三日月の声。 否、三日月のような笑みを浮かべた長身の人間、のように見えた。 少女は呟く。 「チェシャ猫…!」 私の、私だけの猫! あなたは私の願いを何でも叶えてくれるの、ねぇそうでしょう! 「僕らのアリス、君が望むなら」 灰色のローブから伸びてきた手が、少女の前に差し出される。 少女はその手を暫しじっと見て、虚ろに笑ってその手をとった。 独り遊びの 始まり (誰もいない世界で、しあわせだと少女は笑う) |