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夢のまにまに(連載)
乙女市の全貌
「遅いよねー」
「うん、遅いよなあ・・・・・・」

魔王陛下である渋谷有利の執務室兼勉強部屋で、教師の到着を待つ二人の生徒。
部屋の主である有利と、目下諜報員見習の鞠花は、時間を持て余していた。

「なあコンラッド、こんなに遅くなるってギュンター言ってた?」
教育係が不在のため堂々と部屋に居座っているコンラッドに、有利が声をかける。

「うーん、急用ができたから少し遅れるとは聞いてたけど・・・思ったより遅いですね」
「珍しいよな、ギュンターが遅れるなんてさ」
隙を見て山積みの書類から逃げようとしている有利に、鞠花は優しく微笑んだ。

「ゆーちゃん、逃げちゃダメよ?今日からこっちの世界情勢や政治に関して勉強するんだから」
ズバリ心を見抜かれて、有利は焦って話題を変えようとした。

「め、珍しいと言えば鞠花さん今日いつもと雰囲気違うよな!な、コンラッド!?」
主の慌てぶりに笑いを堪えつつ、コンラッドは鞠花をじっくりと観察する。
「そうですね、確かにいつもとは雰囲気が違うな。髪型のせいかな?チャイナドレスが似合いそうな可愛い髪型だ」
相変わらず、恥ずかしい台詞をサラッと言ってのける。

「そお?ありがと、っていうか何でコンラッドってばチャイナドレスとか知ってるの?」
有利や鞠花はともかく、地球ネタが通じる魔族・コンラッド。
たまにその知識を披露してくれる時、不思議と安心感からか気が弛む。

「あー、確かに似合いそうだよな。パンダと一緒にいてもイイ感じ」
こちらの世界では、砂熊だが。
「何にしても、中華風なのね?」
クスッと笑って、自分の髪を触った。

今日の鞠花のヘアスタイルは、髪を真ん中で左右に分けて、目の高さより少し上で結い上げたいわゆるお団子ヘア。
左右に出来た二つの団子には、赤いリボンが飾られている。
彼女が動くたびに、ヒラヒラと揺れるその姿は、とても愛らしい。

いつもはどちらかというと落ち着いた雰囲気の髪型が多いため、今日の鞠花は元気ハツラツ、若さ溢れる感じだ。

ギュンターを待っている間、そんな何気ない会話を楽しんでいた三人の元に、突然けたたましい足音が近付いてきた。
余程急ぎの用なのだろう、扉をノックする音に遠慮がない。

傷がある方の眉をピクリと動かしコンラッドが扉を開けると、そこには見慣れた兵士が立っていた。

「あれ、ダカスコスじゃん。一体どうしたんだよ、慌てちゃってさー」
有利は、ギュンターに仕えていつも気苦労が絶えないダカスコスに視線を合わせた。
相変わらず、さっぱりとした頭だ。

「やや、陛下!!失礼いたしましたっ!!あのぅ、うちの閣下・・・ギュンター閣下はこちらにはいらっしゃいませんか・・・・・・?」
ギュンターを探しているらしい。
「それがさ、まだ来てないんだよ。なんか、急用ができたらしくて遅れるってさ」

「急用!?では、閣下は既に乙女市の事を知って、緊急会議をしているのでしょうか・・・って、あっ!」
まずい事を言ってしまったとばかりに、彼は慌てて口を両手で塞いだ。
その様子に目敏くコンラッドが反応する。

「今、『乙女市』と言ったのか?」
「いや、あの、その・・・ハイ」
気まずそうに肩を落とすその姿を見て、有利と鞠花は二人目を合わせて首を傾げる。

「ねえ、その『オトメイチ』ってなんなの?」
漆黒の瞳が、一瞬キラリと光った。

「・・・その名の通り、乙女を競にかけるんです。若い女性・・・少女を合法非合法問わず町で安く買って、それを金持ち連中に売り捌く卑劣な商売です」
相当不愉快な話だからか、コンラッドは吐き捨てるようにそう答えた。

「な、なんだよそれ!それじゃ人身売買じゃんか!!その『乙女市』ってのが、一体どうしたんだよ!?」
その言葉は、部屋の入口で立ちつくすダカスコスに向けられている。

「あ、あのー・・・自分が直接得た情報ではないので何なんですが・・・・・・。その乙女市で競にかけられていた少女が市から逃げ出して、命からがら海を漂流していたところを我が国の軍船が救助して身柄を確保したと・・・」
港に着いた軍船から極秘情報が入ったのが、今朝の事だという。

「緊急会議、とか言ってたな。という事は、その乙女市に我々魔族が関与しているというのか?」
今度はコンラッドが問いかける。
「いえ!我ら魔族はこの件には一切関わっておりませんっ!ただ・・・その確保した被害者というのが人間の娘でして・・・」
少し言葉を濁した。

「・・・それはちょっとまずいな」
腕を組み、小さく呟いたコンラッドを鞠花が見つめた。
「何がまずいの?被害者の女性が人間だから、表だって対外干渉できないって事?」

「さすが、読みがいいな君は。その通りだよ、だが詳しい事は俺も何も知らないから、どういう風に事が進むのかはわからないけど」

「ちょ、ちょっとコンラッド!被害者が人間であろうと、これは立派な犯罪じゃないのか!?魔族が関与してなくても、放っておけないだろ!!」
有利が椅子から立ち上がり、声高らかに主張した。
正義感の強い彼には、到底見過ごせない問題だ。

そんな主の態度に、そう言うと思ったという感じに肩を竦めるコンラッド。
薄茶の瞳が、二人の双黒魔族を見つめる。

「・・・どうします、陛下?」
「どうって、とにかく何とかしなきゃ!って言っても、どうしたら・・・」

気合いは十分なのだが、いかんせん政には疎い有利。
どう動けばいいのか考えている彼に、鞠花は落ち着いた声で提案した。

「とりあえずグウェンの所に行ってみない?ひょっとしたら、ギュンターもいるかもよ」





―――・・・
「なんと、乙女市の被害者が我が国に・・・」
ギュンターの表情が一段と厳しくなった。

「それも、被害者は人間ってオマケ付きだよ?面倒な事になっちゃったねー」
あんまりそうは聞こえないような口ぶりで、眼鏡の縁を軽く押さえる。

案の定、朗報ではなかった。
兵士の持ってきた情報を一通り聞いた後、グウェンダルはただ黙って記憶を探っていた。


 確か、以前海外任務を終えてグリエが帰国した際、乙女市の事を話していたな・・・・・・。
 最近では取締りが厳しくなって、専ら客船を貸し切って海上で行われていると。


被害者が人間である以上、下手にこちらから動く事はできない。

かと言って、このまま何もなかった事にするわけにもいかない・・・・・・。
今は乙女市に関して詳しい情報を集めるのが先決だと、グウェンダルは頭の中で考えをまとめた。

「おい、グリエ・ヨザックを呼んで来い」
情報を持ってきた兵士にそう告げると、グウェンダルは深く溜め息をついた。

頭の痛い問題が、次から次へと押し寄せてきて、彼の眉間の皺は深くなる一方だ。

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あきゅろす。
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