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夢のまにまに(連載)
無事、帰還
―――・・・
姿が映りこむほど磨き上げられた大理石の床を、静かに歩く。
人通りの少ない棟にある客室の扉を、鞠花はゆっくりと開けた。

ベッドの上に、艶やかな赤の衣服が置かれている。
ご丁寧に、下着まで。
「これ、コンラッドが用意したんじゃないでしょうね・・・・・・」
明らかに見たことのない、新品の下着を手にとった。

「ま、いいや。私の部屋から持ってきたわけじゃないんだから。それにしても、また服も下着も増えちゃうじゃない。対策練らなきゃなー」
身に着けている質素な服を脱ぎ『双黒の姫君』らしい衣装に早変わりする。鏡の前に立つと、カツラとコンタクトを外した。





先程城へと戻ったヨザックと鞠花を出迎えたのは、意外なことにコンラッドだった。

「おっとぉ、これはこれはウェラー卿自らお出迎えとはありがたいねえ。んで、閣下はどうしちまったんだ?」
予め段取りを決めていたのだろう。
グウェンダルの姿がない事に、ヨザックは疑問を呈した。

「おかえり、二人とも。グウェンなら今頃ギュンターを羽交い締めしてるんじゃないか?城門まで出迎えるって騒ぎ出したもんだから」
どうやら、城内では鞠花の帰還をめぐって一悶着あったらしい。

「何で、ギュンターがそんな目に遭っちゃってるの?」
「君が戻ってくるのを心待ちにしていたから、人目を気にせずに名前でも叫ぶんじゃないかって、皆心配して取り押さえたんだよ」
その様子を思い出して、コンラッドは爽やかに笑った。

「なーるほど、ギュンギュン閣下ならありえるな。それで親分の代わりにお前が来たってわけか。ところで、『例の場所』はどこになってる?」
一通りの流れに納得すると、ヨザックは小さな声で幼馴染みに話しかけた。
時折すれ違う兵士たちは、誰も二人と一緒にいる鞠花の存在を気にしていない。

「北の棟の客室だ、あそこなら人通りも少ないしな。用意は整っているから、準備が出来たら執務室に来てくれ、皆待ってる」
それだけ言うと、コンラッドはごく自然に二人から離れていった。

「そういうわけだから、『変身』しに行くかー」
ヨザックは鞠花の背中をポンと叩き、足を早めるよう促す。
どういうわけなのか聞きたかったが、チラッと彼の顔を見ると、右の口角を上げてニヤッと笑ったので、何も聞かずに先導されるまま後をついて行った。

目的の棟に辿り着くと、周囲に誰もいないことを確認し鞠花の耳元でヨザックは囁いた。
ハスキーボイスと熱い息に、背中がゾクっとする。

「こっから真っ直ぐ歩いて、3番目の部屋に入ってください。そこで『元の姿』に戻って。準備ができたら、荷物は部屋に置いたままで執務室に向かってください」

オレも途中で合流するから、と言い残して護衛役はその場を去った。
要するに、鞠花が『双黒の姫君』に戻るところを、誰にも見られないようにするための行動だったのだ。
変装したままで自室に入るところを、もし誰かに見られでもしたら噂が広まってしまうかもしれない。
それを考慮したため、ギュンターも変装中の鞠花に近づかせてもらえなかったのだろう。



胸元のくっきり開いた真紅のドレス。
長めの丈のスカート部分には、幾重にもレースが重ねられている。
漆黒の髪を軽く櫛で梳くと、ヨザックに言われた通り手荷物をテーブルの上に置いて部屋を出た。

広い城内、執務室へは少し距離がある。
夕闇の中歩く鞠花の背後から、軽やかな足音がした。

「ひーめさま!お待たせしましたー。お、なかなか色っぽい服着てますねえ。あ、荷物はちゃあんと預かってますから」
後ろから声をかけてきたのはヨザックだった。
手には、先程客室に置いてきた鞠花の荷物。

「あ、いつの間にとってきてくれたの?」
「そりゃあ、姫様が部屋を出てからですよ。素早い行動が、オレの得意技ってヤツですから」
誰にも見られず隠密行動、諜報員の基本。

2日振りのホームグラウンド。あまりにたくさんの事がありすぎたので、とても久し振りに感じてしまう。
二人は城の空気をゆっくりと味わいながら、皆の待つ執務室へと歩いた。

「今回のヨザの任務について知ってるのは、グウェンだけなんだよね?」
長い廊下に、ヒールの音が響く。
「おそらくは。閣下は口が固いからねえ」
軍人、しかも国政を司る人物が、内々の任務をそう簡単に漏らしたりはしない。
少なくとも、任務終了の報告をきちんと受けるまでは。

「じゃあ、私達は単に城下に出掛けただけって事で、話を通していいの?」
念入りに打ち合わせをする。
「それでいいです。姫様の城下観光の護衛として、オレが同行したって事で。さ、着きましたよー」
ヨザックが大きな扉をノックすると、中から聞き慣れた渋い声とそれに重なる奇声。
鞠花とヨザックは、その奇声の主が誰なのかおおよその見当はついていたので、二人顔を見合せて笑いながら部屋に入った。

「姫様ーーーーーっ!!!!」
声の主は、フォンクライスト卿ギュンター。予想通りだ。
「ちょ、ちょっと、ギュンター。落ち着いて、ね?」

「ああ姫様・・・・・・!!ご無事で何よりです!城下では不自由な思いはされませんでしたか!?生水は飲んでいませんかっ!?」
まるで心配性のお母さんだ。
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう。とにかく、落ち着いて!」
顔から汁を大放出している王佐を宥めるとようやく鞠花はソファへと腰を下ろした。

ヨザックは、上司であるグウェンダルに帰還の挨拶をすると、そのまま部屋の隅で壁にもたれた。
もはや、定位置である。

「おかえり、鞠花さん。小旅行は楽しかった?」
有利が少し頬を染めて問いかけた。
チラッと壁際のヨザックの顔を見る。
「ええ、お陰様でね。ゆーちゃんはこの3日間、仕事はかどった?」

「えっ!?や、それはー・・・」
「いつも通りですよね?陛下」
コンラッドが助け舟を出す。
鞠花がいなかったので、その間はギュンターの授業もなく、実は仕事もサボってばかりいたのだ。

「そうだね、いつも通りフォンヴォルテール卿に仕事押し付けてたもんね、渋谷は」
猊下が茶化すように口を挟んだ。

バツの悪い有利は、申し訳なさそうにグウェンダルの様子を窺うが、グウェンダルからしてそれも毎度のことなので、さほど気にしていない。
自分が仕事を代わった方が、数十倍早いのだから。

そこにヴォルフラムも加わって、少年達は賑やかに会話の掛け合いを楽しんでる。
それを見て、鞠花は改めて自分が城に、双黒の姫に戻ったのだと実感した。

町で目にした物、楽しかった事などを皆に話して聞かせる。
その様子を、珍しく穏やかな表情でグウェンダルは見つめている。
そして部屋が和やかな空気に包まれている中、壁にもたれているヨザックに視線で合図を送った。
もちろん上司の動きに気がつかないわけもなく、ヨザックは軽く顎を引いて頷いた。

皆と楽しそうに話をしている恋人の笑顔を、愛おしそうに見つめつつも、この後自分に課せられた『上司への任務報告』に気を重くする。

 さーて、どうやって切り出そうかねえ。姫様が同席を望んでいることを・・・・・・。


楽しく話をしながらも、鞠花は心の中では別の事を考えていた。


 ヨザックは、いつグウェンに報告に行くのかしら・・・・・・。今この場で聞くわけにもいかないし・・・・・・。


『家に帰るまでが遠足です!』ではないが、城へと、皆の元へと戻ったのに、まだ任務が終了した気がしない二人なのだった。



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あきゅろす。
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