夢のまにまに(連載) 自由恋愛主義 「・・・・・・」 疲れて言葉も出てこない。 先刻、鞠花の『眞魔国駐箚特命全権大使・任命式典』が無事終了したところだ。 特に大勢の前でスピーチをさせられたりする事もなく、実際は予め決められていた手順通りに動いていただけ。 それでも、各領地を治める貴族達と一人一人挨拶を交わし、その後晩餐会にも出席。 鞠花の疲れはピークに達していた。 「立食パーティーだから座れないし、かと言ってすぐに席を外すわけにもいかないし・・・ああ、疲れたー」 ようやく大広間の隅を確保し、手にした飲み物を一気に飲み干した。 すると、ヨザックと鞠花の背後から、聞き慣れた声がする。 「あとちょっとの辛抱ですよ、もうすぐお開きですから」 「コンラッド!」 「任命式、お疲れ様でした。堂々とした姿勢に、皆感心していましたよ」 そう言って新たな飲み物を差し出す。 「変なモノでも入れてんじゃあねーだろうな?」 笑顔のコンラッドに対し、警戒心を露わにして幼馴染みの手から飲み物を取り上げた。 少量を口に含み、じっくりと味を確かめてから鞠花に手渡す。 「おい、毒味だなんて酷いな。いくらなんでも姫に一服盛ったりはしないさ」 礼服姿で爽やかに笑った。 中に着ているシャツには、赤い染みはついていない。 「気を悪くすんなよ。あくまでも、これは護衛役としての任務の一環なんだからな」 そうは言いつつも、これまでとは違う眼でコンラッドを見るヨザックに、鞠花の心境は複雑だ。 肉体だけでなく精神まで疲れさせられる。 「ちょっと二人とも!折角のパーティーなんだから、もっとラフに楽しく、ね!?それよりコンラッド、こんなトコで油売ってていいの?向こうでレディ達があなたの事を待ちかねてるわよ」 誰にでも優しい笑顔を見せる事ができ気の利いたセリフもお手の物のコンラッドは、まさに淑女キラーだ。 「俺としては、マリカとゆっくり話していたいところなんだけどね。でもご婦人方を待たせるのも気が引けるから、お相手してくるよ。君とは、これからずっと一緒にいれるんだし」 首元がこそばゆくなるようなセリフに、間髪入れず「剣術の指南の時だけね!」と釘を刺す。 二人の元を去っていく後ろ姿を見つめながら、鞠花は手元のグラスの中身を飲み干し、静かに話しだした。 「ねえヨザック・・・二人が仲悪くなっちゃうのは、私としては嫌なんだよね。勿論そんなのは、私の口出す事ではないんだけど・・・」 「別に、仲が悪くなるとかそんなんじゃあないっすよ。ただ、アイツが貴女に良からぬ事をしなければそれでいい」 「考えすぎよ・・・」 これ以上この話は止めておこう。 そう思って次の話題を振ろうとした時。 「姫様ぁ!ようやく、他の貴族方から解放されたのね!!」 艶のある女性の声が、ヨザックと鞠花の耳に飛び込んできた。 「「ツェリ様!!」」 「先程は軽く挨拶しか出来なかったでしょう?ずっと、アナタとお話がしたかったのよー!ねえヨザック、しばらく姫様と二人にしてくれなぁい?」 (超)年上美女の上目遣いに、逆らえる男がこの国に果たしているだろうか。 「ご無沙汰してます、上王陛下。無粋な軍服野郎は席を外しますんで、どーぞごゆっくり」 二人をテラスまで案内すると、その入口付近で立ち止まって護衛任務開始。 「姫様、本当にお美しいのね!髪といい瞳といいお顔立ちといい、男女問わず虜にするその御姿・・・私もその一人でしてよ?」 この国では本当に『黒』が特別なようだ。 こんな美しく妖艶な美女にまで褒められて、鞠花は恥ずかしさを通り越して居心地が悪い。 「ツェリ様こそ、私とは違って大人の魅力に満ち溢れていて羨ましい限りです。きっと、内面もお美しいからなんですね・・・」 「あらん、姫様の内面は汚れているとでも?」 「私は・・・弱くて意地っ張りで自分に嘘つきで・・・」 そのまま、黙り込んでしまった。 「姫様は、気になる殿方はいらっしゃるの?」 優しい笑顔で突然そう言われ、鞠花はうまく言葉が出てこない。 「どうでしょう・・・自分でもわからないんです。でも今は自分に与えられた使命を全うする事が一番大事な・・・ううん、これも嘘なのかもしれません。結局傷付くのが怖くて、傷付ける事にも臆病で、自分の心に嘘をついているのが一番楽なんです」 まだ18歳、全てが初めてずくしの状況に成す術もない。 その不安に、ツェリは温かい言葉を与えた。 「本当に恐ろしい事は、自分の気持ちに嘘をつく事よ。全ての事を、自分の目でちゃんと見て自分で判断して、自分に正直に生きなくちゃ!」 ウフっと笑う口元は、鞠花の心を見透かしていた。 「ねえ姫様、愛する男と女の前には、地位や環境なんて何の意味も持たなくてよ?」 「えっ!?ななな何言ってるんですかっ!?」 思わずたじろぐ。 「もうー、本当に可愛らしい方ね!大丈夫よ?アナタが自分の気持ちに正直になれば、きっと全て上手くいくわ!!そうしたら、アナタに与えられた『使命』も二人で乗り越えていける・・・そうは思わなくて?」 ツェリは、テラスの入口でジッと立っているヨザックを見つめながらそう言った。 「どうして・・・気付いたんですか?私とツェリ様は、今日お会いしたばかりだというのに」 これが女のカンと言うものだろうか。 「あーらぁ、すぐにわかったわよ?だって、姫様はヨザックを見つめている時が一番美しい表情をしているもの!それに・・・あのコの目を見ればわかるわ。ずっと幼い頃から知っているのよ?あんなに穏やかに誰かを見つめる事ができるだなんて・・・」 素晴らしい事ね、とツェリは笑顔でそう言い切った。 「・・・ツェリ様。私が自分の心に嘘をつかなければ、私の内面も輝くと思いますか・・・・・・?」 まるで我が子を見つめる母の目で、ツェリは鞠花に告げた。 「ええ、この夜空に輝く星よりも美しく、ね。たとえ苦悩する事があっても、それもまた私達を輝かせるきっかけになるのよ。愛に生きて愛を貫くって、そういう事じゃないかしら?」 もし私の母が生きていたら、同じ事を言ってくれただろうか・・・・・・。 上王陛下の熱き思いに、鞠花は自分に正直になろうと決めた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |