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夢のまにまに(連載)
嫉妬
―――・・・
「ありがとう、黙っててくれて・・・・・・」
部屋に戻るため通っている広い廊下に、二人の足音が響き渡る。
帰りのお供はコンラッドだった。

「・・・何がですか」

明らかに不機嫌だ・・・・・・。
普段は大抵どんな心情でも笑顔を取り繕える男だと認識しているだけに、今のこの目に見えて分かる『不機嫌』は、なかなか堪えるものがある。

「何がって・・・その、舟での事・・・」
「言わない事を望まれてるかもしれないから、俺の口からは控えてました。けど・・・君には正直に話して欲しかったよ」

「言えないよ・・・」
言った直後、一秒とない間に「しまった」と激しい後悔が鞠花を襲う。
この一言で、彼女の秘密は脆くも崩れた。

「やっぱり、な。国に戻ればギュンターが調べてくれる、君はそう言ってたろう。本来の君なら、不安を抱えたままではいられずに、真実を知る事を渇望するはずだ。違うかい、マリカ?」

ヨザックのハスキーな声とは違い、透度のある、けれど男の色気を含んだコンラッドの声が、少し先を歩く鞠花の耳に届いた。

「っ・・・」
言い訳をしようとして、結局言葉を飲み込んだ。そもそも、何の言い訳も用意してはいなかったが。

「あの治癒魔力は、どう考えても普通じゃない。『リマ・シュボルボンド』と話をしたって言ってたけど、本当は『あの力』についても何か聞いたんじゃないのか」
立ち止まっていた鞠花の元に、コンラッドが歩み寄る。それを避けるように、鞠花は再び歩き出した。

「な、やだなあコンラッドってば。何でそんな事――きゃっ!?」

突然手首を掴まれ、その身体は引っ張られるように壁に押し付けられた。
ドンッと鈍い音がして思わず目を瞑る。
短く息を吸い込むと、鞠花は恐る恐る目を開けた。
だが、視界に広がるのは廊下ではなく、見慣れた軍服の胸元。

視線を動かすと顔のすぐ脇に拳がある。
一瞬の事でわからなかったが、どうやらコンラッドが壁に拳をぶつけたようだった。

「何するの!?ちょ、やだっ、離してよ!」
掴まれた手を振り払おうとするも、本気の男の力に敵うわけもない。
「嫌です。こうでもしないと、君は本当の事を話してくれないだろう?」
背中を屈め狼狽える鞠花の顔を覗き込む。
つい先程自分の存在の意味に温かい言葉をくれた人物と、今自分を壁に押さえ付けてる彼が同一人物だなんて・・・・・・・。
一体何がコンラッドの逆鱗に触れたのだろう。
鞠花は必死にそれまでの会話を思い返していた。

「コ、コンラッド!どうして急にそこまで怒ってるの!?」
「怒ってる?とんでもない、怒ってなんかないよ。ただ・・・君は真実を知った上で、それをひた隠しにしている。さっきの言葉でそれが分かったから、単に腹立たしいだけだよ」

やっぱり怒ってるんじゃない!
思いはしたが、『笑っていない』笑顔が目の前にあると、とてもじゃないが言う気にはなれない。
「そんな・・・コンラッドの思い違いよ。私、何も隠してなんか・・・」

「そんな『嘘』をつき続ける悪い口は、これかな?」
左の拳が壁から離れ、鞠花の顎を掴んだ。
大きな手を利用して、長い親指がそっと柔らかな唇に触れてくる。

「やっ、ちょっと止めっ・・・」
遠慮なく近付いてくる彼の唇を、思い切り自身の首を捻る事で、寸でのところでかわした。
ただしキスは免れたものの、コンラッドの唇が鞠花の頬を掠り、耳元で止まってしまう。

「さっき君は俺の問いに対し『言えない』と言った。真実を知らなければ、決して出てこない言葉だ」
「それは・・・違・・・」
温かい息が耳にかかる度、未だ掴まれたままの左手首が熱い。

「違わないよ。話して困る内容だからこそ、そうまでして隠すんだろう?となれば・・・君自身に不利益な魔力である事は明白だ」
「・・・例えそうだったとしても、あなたには関係ないでしょコンラッド!」

彼の肩越しに、廊下に向かってきつく言い放つ。
するとコンラッドはようやく鞠花の耳元から顔を起こし、更には拘束していた彼女の左手も解放した。

「関係ない、ね・・・相変わらず酷い事を言ってくれる。あの場には俺も居たんだ。君の魔力と『惨状』を目の当たりにして、どれほど心配したか・・・っ!止めなかった自分を責めたよ、君のあんな・・・苦しむ姿はもう見たくないんだ!!」

解放されたのも束の間、バンッと乾いた音とともにコンラッドの両手が壁に叩きつけられた。
鞠花の顔の、すぐ両脇に。

薄茶の双眸が時折苦悶の色に変わる。
それを見ていると、鞠花は自分がさっき投げ掛けた言葉が如何に酷いものだったか容易に知る事が出来た。
「もう使わないから・・・あの力は。だから心配しないで、ね?もう、忘れて・・・」

彼もまた、自分とは違う形で苦しんでいたんだろう・・・・・・。
そう思うといたたまれない。
いっそ、忘れてくれればいいのにと、都合のいい事を考えてしまう。

「受け止めるから・・・」
「・・・え?」

「真実がどうであろうとちゃんと受け止めるから、本当の事を話してくれ、マリカ」
「・・・・・・」

しばらくの沈黙の後、コンラッドは肩を落として嘆息すると、今度は厳しい目つきで鞠花を見据えた。
壁に押さえ付けてる両手に力がこもっているのが、嫌でも伝わってくる。

「アイツには話せても、俺には話せない、か・・・」
目を見るのが怖くて彼の口元ばかり見ていたが、言い終えた後に少し口端が歪んだのに、鞠花は違和感を覚えた。

おずおずと顔を上げ、上目遣いでその表情を確認する。
「コンラッド・・・・・・?」

「ヨザックには本当の事を話したんだろ!?アイツの様子がおかしかったのも、君がずっと塞ぎ込んでたのも、それが原因なんだろう!」

形の良い眉をひくつかせ、彼にしては珍しく語気を荒げている。先程から鞠花が感じていた違和感、それは『嫉妬』だ。

「アイツは君を置いたまま未だ帰って来ようとしない、現実から逃げるために時間を稼いでるんだ!」
「止めてっ!そんな言い方しないで!!」

「君の魔力に隠された真実に動揺して、あの夜出て行った。残される者の痛みよりも自分の苦しみを優先したんだよ、アイツは。俺は君を救いたいんだ、マリカ!真実を知っても逃げたりはしない、必ず受け止めるから!」

一気にいろんな情報を聞かされて、鞠花はズルズルと力無く床に座り込む。


 逃げてる?真実を知って?受け止める?コンラッドが――?


あまり早く回転してくれない思考のまま、鞠花は頭上のコンラッドに問いかける。
「ねえコンラッド・・・ヨザックは、私の魔力について何も知らないわよ?」

「・・・え・・・・・・?」
しばらく表情が固まっていたが、ようやく意味を理解したようで、床に座り込む鞠花と目線を合わせるために、彼も床に片膝をついた。

「話して・・・ないんですか?」
「もし、私が真実を知っていたとしても、それは誰にも話してない。私だけの心の中に閉まってあるわ」

「そんな・・・てっきり俺は、ヨザックはもう全てを知っていたものだと・・・」
「どうしてそう思ったの?」
一瞥する鞠花に、少し気まずいのかコンラッドは俯きがちに話し出した。

「君自身が、魔力についての真実を知っていると気付いた時、真っ先に頭に浮かんだのは宿でのヨザックと・・・帰りの船での君の様子だった。君にとって不利益な魔力の真実を知った上で、アイツは逃げたんだと、そう思ったんだ。だからこそ、君はそれに落胆してあんなに塞ぎ込んでいたのだと・・・」
深く溜め息をつくと、片手で額を覆った。

「君がヨザックに裏切られたんだと・・・それなのに、アイツを庇うような事を言うから、我慢出来なくなった。俺なら君の全てを受け止めて、辛い時こそ離れたりしないのにってね・・・・・・。すまない、マリカ。勝手な思い違いで乱暴な行動を・・・許して下さい」
頭を垂れるコンラッドの視界に入るよう、鞠花は右手を差し出した。

「・・・こんな風に誰かが哀しむ姿を見たくなかった。だから、言えずにいたの。でも、隠し通せるものでもないしね、近いうちにちゃんと話すわ。ヨザックが戻ってきて、皆揃ったら・・・・・・。さ、起こして?」

申し訳なさそうな顔を見せつつも笑みをつくる鞠花に、コンラッドはホッと息をつくと差し出された手を取り、そのまま彼女を立たせた。

「ありがとう、コンラッド」
「ありがとうだなんて・・・本当にすまなかった。それとヨザックの事だけど・・・」

「ショックを受けたと思うの、平気そうに見せてくれてたけど。色々考えたくて、まだ帰って来ないんだと思う・・・・・・。ヨザックが悪いんじゃないわ、当事者なら誰でもそうなってる。だから・・・ヨザックが宿であなたに何て言ったかは聞かない」

自分の怪我のせいで『あんな』事になった・・・・・・。
ヨザックを理解しているからこそ、彼も今苦しんでいるだろうと分かるのだ。

「信じて受け止めるしかないもの・・・」
小さく呟くと、コンラッドの腕にそっと手を添えて歩き出した。

信じていても、不安なのだ。愛していても、寂しいのだ。

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あきゅろす。
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