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夢のまにまに(連載)
後悔の海、不安の波
―――・・・
「広い部屋・・・」
大きな扉を閉めると、鞠花は慣れた足取りで暖炉の前に配置されているソファに腰を下ろした。

この数日間、狭い船室から安宿、挙句檻の中でまで過ごしてきた事を思えば、ここはまごうことなき王候貴族の住まう場所。
双黒の姫君の自室だ。

日も暮れ始め通り過ぎる人々の姿が見えづらくなった頃、鞠花とコンラッドはようやく血盟城に戻って来た。

ヨザックと別行動をとる事になったので、二人は共に最初に辿り着いた港町へと向かったのだが、一足先に高速船が出航していたため、結局もう一泊して翌朝船に乗り込んだ。

行きと違い、特別に周りを警戒する必要もなかったので、それなりにリッチで快適な客船を利用したが、コンラッドにとっては全く『快適』とは程遠い旅路だったろう。
何せ、同行の姫君は貝にでもなったかのように無口だったのだから。

理由はただ一つ、ヨザックがいない事。

あまりにもわかりやすくそれが透けて見えるので、コンラッドは下手に刺激をしないよう、鞠花の前でヨザックの話題は出さなかった。

けれど、単に寂しいという感情だけでなく、何かしら鞠花自身も思い詰めている様に見え、コンラッドは航海中どう接すれば良いものかずっと考えあぐねていた。

無表情のようで、どこか哀しげで。
流れる雲を見ているのか、はたまた群をなす海鳥を眺めているのか。

海原に預けた視線は虚ろで儚げで、放っていたら身投げをするのではという不安から、片時も彼女から目が離せずにいた。

国に着いた時には少しばかり柔らかな笑みを見せた鞠花だが、その後は話しかけなければ貝のまま、という状態。
宿を出てからは、悩み事でもあるような重たい表情を終始浮かべていた。

それでも幾つかは言葉を交わし、コンラッドは鞠花を部屋まで送ると「頃合いをみて呼びに来るから、ゆっくりしておいで」と穏やかな声で伝えた後、一人皆の待つ広間へと向かった。



「近隣諸国の視察ねえ・・・」
呟きながら、鞠花はクローゼットを開ける。
大使として姫として、『それらしい』格好を城の中ではしていなければならない。

今回の任務も、表向きは大使の任務の一環である視察のために国を空けていたという事になっている。
軽く吐息すると、毎度のことなんだからと自らに言い聞かせ、中からドレスを一着取り出した。

淡い桃色とクラシックなベージュが合わさったレーシィなデザインが、鞠花の美しさを引き立てる。
いつ呼ばれてもいいように着替えを済ませ髪をさっと整えると、ドレスが皺にならないよう気を遣いつつ、今度はベッドに座り込んだ。

「にいに、ただいま」
ベッドサイドに置かれている兄の写真に、ようやく本来の笑みを浮かべた。
「それなりに・・・頑張ってきたつもり。まだまだきっと、にいにの足元にも及ばないだろうけど」

小さくクスッと笑う。
だが一度写真から目を離すと、一転両膝を抱えて頭を沈めた。
「ねえにいに。私って何なんだろうね・・・」
くぐもった声が、少し泣きそうになっている。


 大使の顔で諜報員としての自分を隠して、不可思議な『力』の事も黙ったままで・・・・・・。隠し事ばっかりして自分を偽って、本当の私は何なのかわかんなくなってきちゃったよ・・・・・・。


「でもお互い様ね・・・ヨザックも何かを私に隠してるし、にいにも本当の事は話してくれなかったもん」
ゆっくり顔を上げると、また兄の写真に目をやり皮肉を言ってみせた。

幼い自分を抱き寄せて微笑んでいる兄に、「もう一度会いたい」とこの世界に来てから何度思っただろう。
それでも、そんな事考えるだけ無駄だと、その度に込み上げてくる寂しさを無理矢理消し去った。
否、そう割り切れる様にヨザックがずっと傍にいてくれていた。


 地球にいた時の私の方が、今より強かったよね。何も知らなければ、哀しむ事も苦しむ事もなかったんだ・・・・・・。


出生の秘密も、自分の前世も、必要とし合う事も、誰かを愛するという事も。

「頭ん中ぐちゃぐちゃ・・・やだもう・・・」
自らの命さえも脅かす『魔力』。
リマ・シュボルボンドが伝えたがっている、自分達の魂の過去。
心に収めた秘密はあまりに大きすぎて、不安だけが口から漏れてしまう。

こんな時、一番支えて欲しい人にさえ真実を打ち明けなかった事を、鞠花は今になって心の底から後悔した。

会いたくてもすぐには会えないのだから。
恐らく、彼自身も何かを抱え、自分を避けているのだから。

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あきゅろす。
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