夢のまにまに(連載) 逃れられない運命 「・・・それでは今日の最終便で発ってもらう、船は私がもう手配しておいた。グリエと落ち合う場所は、先程話した通りだ」 鞠花の固い決心を理解したグウェンダルは、もう下手に意識して気遣うのを止めた。 自分なりの誠意を見せ、それを形にしようとしている彼女に、グウェンダル自身も任務に関しては厳格な姿勢で対応する事が誠意だと感じたからだ。 「わかったわ、それじゃあ準備に取りかかるわね。あ、その『宿』なんだけど、ヨザックが先に待っててくれるって書いてあった?」 「いや、それについては何も書かれていなかった」 「という事は、こちら側がとった部屋に後からグリエが様子を見て訪れるという事か・・・・・・」 細い顎に手を当ててヴォルフラムが呟く。 「そういう事だ、着いたら早々に宿に向かって待っていろ。いいな、コンラート」 兄の言葉に黙って頷くコンラッド。 だが、二人のやり取りに有利とヴォルフラム、そして当事者の鞠花は驚きをあらわにした。 「ちょ、ちょっとちょっとどういう事なの?何でここでコンラッドの名前が出てくるわけ!?」 予想外の展開に双黒の姫君は思わず声を荒げた。 その様子を見て、有利もグウェンダルとコンラッドに説明を求める。 「な、なあグウェン、コンラッド。一体どうなってるわけ?」 「前々から決めていた事だ。いくら能力が高かろうと、姫を一人で向かわせる訳にはいかんからな」 グウェンダルはそれだけ言うと、あまり話したくないのか口をつぐんでしまった。 代わりに前もってグウェンダルから事情を聞いていたギュンターは、鞠花と有利、ヴォルフラムに聞かせるように話し出す。 「マリカ様、貴女の御力を疑っているのではありませんが、もし船で何か起こってしまったら任務どころではありません。高貴な方に護衛をつけるのはごく当たり前の事。無事に目的地へ向かう為にも、護衛は必要なのです」 ギュンターの解りやすい説明に、有利とヴォルフラムはそれなりに納得の表情だが、鞠花だけは不満声だ。 「大丈夫よ、心配ない・・・船で移動するだけでしょ?一人で平気・・・」 「駄目だ!」 鞠花の言葉を遮って、グウェンダルが大きな声で彼女の言い分を却下した。 「いくら変装していようといくら腕に覚えがあろうと、とにかく要人を独りにするわけにはいかない。一番大切なのは姫の安全だが、この任務に就くというその意志を尊重する限り、次に大切なのは任務の成功だ。失敗は許されない」 いつになく厳しい言葉に、鞠花はグッと歯を食い縛った。 「誰か・・・他の人でも良かったんじゃないの?この国には優秀な兵士がたくさんいるじゃないっ」 明らかに自分を拒否されて、コンラッドは腕を組んで嘆息した。 「マリカ。君は嫌かも知れないけど、君の本来の役割を知らない者に護衛をさせるわけにはいかない事くらい解るだろ?」 拒否されてもなお、出来るだけ穏やかな口調で鞠花を諭そうとするコンラッドに加勢するように、ギュンターが口を開く。 「コンラートの言う通りですよ、マリカ様。貴女の本来の姿を知っていて、尚且つ人間の中で不自然にならない人物はコンラートの他には誰もいません。出来る事ならば私がお供したいくらいですが・・・」 その瞬間、鞠花が末弟に視線を移したのを見逃さなかったグウェンダルは、釘をさすように念を押した。 「ヴォルフラムを、とも考えはしたが、人間の中では目立ちすぎる。第一、船旅の護衛には適していない」 やり玉に上げられた彼は不機嫌そうにそっぽを向くが、いかんせん事実なので何も言い返せない。 どれだけ正論を並べられても、頭での理解とは裏腹に感情が前に出てしまう。 「皆の言ってる事は理解できるわよ?でも、当事者を抜きに勝手に話を進めるのはちょっと納得いかない。第一、ヨザックはこの事知らないんでしょ?いきなり私とコンラッドが現れたらびっくりするんじゃない?」 いつもの冷静な物言いは鳴りを潜め、何とか皆をうまく言いくるめようと眞魔国随一の敏腕諜報員である恋人の名前まで持ち出した。 しかし必死の攻防も虚しく、鞠花は一番聞きたくない事実を聞かされる。 「コンラートを護衛にと、この提案を初めに持ち掛けてきたのはグリエ本人だ」 「・・・え?」 大きな瞳を更に見開く。 動揺の表れか、瞳孔は開ききっている。 その様子を見て一瞬躊躇ったが、グウェンダルは言葉を続けた。 「グリエ自身が出発前に言ってきたんだ、『船旅の護衛には、ウェラー卿が適任だ』とな。その後、コンラートにも直接護衛の任を頼んだと聞いている」 鞠花はただ黙ってコンラッドの方を見た。 その視線に応えるように、少し困った表情を浮かべてコンラッドは真実を伝える。 「確かに・・・頼まれたのは事実だよ。アイツは君の事も、俺の事も信じてると言っていた」 ヨザ・・・どういうつもりなの?私の護衛にコンラッドが就くって事は、丸二日も二人で船旅をするって事なのよ? 私が彼に『何を』されたか、忘れた訳じゃないんでしょ!? 側に居ない恋人に怒りをぶつけたい気持ちになる。 それとは別に、まだ諜報員として信用されてないという真実も鞠花の心を傷付ける。 執務室にいる面々は、黙り込んだ鞠花を見守る様に、口を閉ざした。 それ以前に、どう話を、言葉を切り出したら良いかわからない。 するとその時、扉をノックする音と共に眼鏡の少年が姿を見せた。 「相変わらずだね、鞠花さん」 「村田!?」 「猊下!」 友人である魔王陛下やギュンター達の声が部屋に響いた後、小さく鞠花が彼の名を呼んだ。 「村田君・・・」 「まだ色々とこだわってるみたいだね。前にも言ったけど、君は選ばれたんだよ、眞王に。この国で双黒の姫君として大事に扱われ敬われる事も・・・君自身が望んで無くとも、それを君が自分の意志で拒めるレベルの話じゃないんだよ」 辛辣な言葉だが、全てが事実。 その辛い運命を受け入れる事を決めたのは、他でもない鞠花自身だ。 桜色の唇をキュッと噛むと、白く美しい手で拳を作りそれを太ももに押し付けた。 「わかった・・・コンラッド、護衛よろしくね・・・・・・」 何がこんなに自分を悲しくさせているのか、思い当たる理由が多すぎて分からない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |