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きみのためなら死ねる。
7

 「じゃあ」と言葉を続ける桂木に、無理矢理遠ざけさせていた意識を簡単に引き戻される。

「まさか、ガスが充満した部屋に一人で入って、ずっとここにいたのか?」

 桂木の声音がみるみるうちに険しいものへと変わっていった。
マズイ。
 そう感知して何かそれらしい言い訳を考え始めた。が、なにも思いつかない。それくらい昨夜の俺は直情的だった。
だけど、俺だって出来る限りのことをしたつもりだ。かなりアグレッシブな対応だった訳だけれど。

 そう思うとむくむくと反論する勇気が湧いてきた。こうなったら開き直るに限る。俺は意を決してキッと桂木に顔を向けた。

「でも俺は。ただ、ボケっとしてたわけじゃねえんだぞ……? ちゃんとガスの元栓閉めたし。窓も開けて喚起もした! だからほら、もう臭くないし……結果オーライだろ? 俺すげえ頑張った、俺偉い!」

 俺は言いながら携帯を布団の上に放り、胸を張って深呼吸してみせた。
夜通し戸が開けてあったから、もうガスの匂いなんてすっかり消えている。深く呼吸をしても香ってくるのは畳のイグサくらいだ。
しかしそれでも目の前の人物の眉間のしわが薄れることは無かった。

 大きく左右に広げたままの両腕が空しい。
な、なんだろうかこのシチュエーションは。どこかで見たような気がする。なにで見たんだっけか。
……そうだ。確か海外のアクション映画。破天荒な刑事が織りなす、ド派手なテロ事件を無理矢理解決した後なんかの情景に似ている。その刑事が開き直って上司に事件解決へのあらましを弁解するシーンを見て、俺はいつも思うのだ、「そういう問題じゃねえだろ」と。だが、今ならあの刑事の気持ちが痛いほどわかる。あの刑事はただ馬鹿みたいに開き直ったんじゃない。開き直るしかなかったのだ。やってしまったものはもう、笑ってごまかすしかない。

 乾いた笑いを漏らす俺に、桂木は“なんてこった”とでも言いたげな顔をして深いため息をついた。

「今が梅雨でよかったよ」
桂木が俯きながら呟いた。
「え?」
脈絡を感じられない桂木のセリフに、虚をつかれる。
「…ガス爆発は、静電気でも起こるんだよ」
「……」
「一歩間違えればお前を巻き込むところだった」

 ガス爆発?聞きなれたような、聞きなれないような。そんな単語に、間抜けにも口が開いた。
一瞬たかが静電気でそんな馬鹿な、と思ったけれど、桂木が笑い一つこぼさないところを見ると、冗談ではないようだ。
どうやら俺は昨日、思っていたよりもずっと危ない橋を渡っていたらしい。

 外からチュンチュンと鳴く雀の声が入ってくる。もし桂木の話が本当なら、静電気ひとつで今のこの平和な時も過ごせなかったことになる。ゾッとした。そんなことになっていたら今頃テレビのニュースでそのことが流れていたかもしれないのだ。地方紙には間違いなく載るだろう。冗談でも笑えなかった。

 だがそうはいうものの、元をたどればガスを捻ったのも、戸を締め切ったのも、まぎれもない桂木自身だ。そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる。だって、考えてみれば俺は昨日から桂木のためにかなり体を張っている。職員室で土下座もしたし、夜の国道を何キロも走った。あれもこれも全て桂木に生きていてほしいからだ。それは俺が勝手にした事だし、大きなお世話だったかもしれない。けれど、体を張って必死に助け出した相手にここまで呆れられたら、当然それなりにムカッと来る。

 俺は湧きおこった鬱憤を開放すべく、淡い水色の布団を握りしめて、桂木をぐっと睨みつけた。桂木はそんな俺を見て何を思ったのか、唇をきゅっと引き結んで真正面から俺を見た。

「……、」
「……」
「………っ」
「………」

……無理だった。責められない。桂木のフェロモンの滲み出る眼力に負けたとか、そんなんではなくて。何というか。漠然と、俺にはそんなことを言う権利なんて無いような気がしたからだ。


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