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きみのためなら死ねる。
6


「お前」

 沈黙を破ったのは桂木だった。桂木は布団の端で胡坐をかき、頬杖を突いてこっちを見ている。さらりと桂木の黒い髪が色白の頬に垂れた。ジャージにTシャツというラフな格好なはずなのになんだか妙に様になっているのだから、イケメンって偉大だ。

「昨日部屋に入った時、ガスが漏れてただろう?」

 俺はぎくりと身構えた。まさかこんな直球をよこしてくるとは。
そりゃあ漏れてたさ。漏れていたどころか充満していた。だけど、それに「うん」と頷けるほど俺の神経は図太くない。だって、それを謀ったのは十中八九目の前の桂木なのだ。
答えづらすぎる質問に、俯いて布団をぎゅっと握りしめると、綿特有のざらりとした感触がした。桂木は答える様子のない俺を見て、それを肯定と取ったみたいだ。一つ小さなため息をつかれてさらに質問を重ねられた。

「それでお前、どうした?」
「……?」

 どうしたって、なにが。質問の意図が分からない。顔を上げて桂木を見ると、昨日と同様、眉間に深いしわを刻んでいた。昨日の土気色と比べると、顔色は大分良くなっている。睫毛が長い。

「鍵は掛けなかったから、勝手に入ってきたんだろ?」
「う、うん」
俺は渋々頷いた。
「ガスが漏れてたんだから、消防署に連絡するとか、警察に通報するとか、したんじゃないのか?」

 なるほど、と納得して、目線を斜め上に上げながら昨日のことを思い出した。瞬間、ピシッと頬が引き攣った。
 理由なんて言うまでもない。昨夜の俺の行動がどれだけ非常識だったのかを今になって思い知ったからだ。

 昨夜桂木は呼んでも揺すっても起きなかった。いわゆる意識不明状態だった。意識不明といったら相当深刻な事態だ。原因もはっきりしていて、手元には携帯電話もあった。それなのに俺ときたら、呼吸や脈の有無を確かめるとか、救急車を呼ぶといった行動は一切取らないで、桂木の意識が戻るまでただひたすら待っていたのだ。どうやって待っていたかはよく覚えていないけれど、どこにも連絡を入れていないのは確かだ。ガス漏れを起こしているというのに、消防署にも、警察署にも、果ては最低限呼ぶべきだった病院にさえ電話をしなかった。どこか一つ、いや、そのすべてに連絡を入れてもおかしくないくらいの状況だったというのにだ。ありえない。よく2人とも無事だったと思う。

 しばらく室内は水を打ったような静寂に包まれた。ついと目が合った。怪訝な顔だった。咄嗟にサッと視線を逸らした。な、なにをしているんだ、俺。こんなあからさまに目を逸らしたら桂木にモロにバレるだろうが! 
気付いたものの、もう遅かった。一メートルほど距離を置いた“信じられない”オーラをひしひしと感じる。

「通報してないのか…? どこにも…?」
「……」
「外からの騒ぎが一つもないから、妙だとは思ったけど…」

 一旦は引いた脂汗と取って代わって、今度は手汗が吹き出てきた。携帯を握りしめる感触がやけに籠って気持ちが悪い。

「……」
「………」

 どうしよう。もの凄く、居たたまれない。
 目のやり場に困った俺は、なんとなしに右の壁際にあったタンスの観察に励んでみた。わかってる。これは現実逃避だ。桂木の視線と、俺の馬鹿さ加減という残酷な現実からの――。なんだか自分で言ってて空しくなってきた。それにタンスなんか眺めていても全然気晴らしにならない。どこからどうみてもただのタンスだ。意外な点といえば、タンスの上に花瓶があるようで、白い花が数本活けてあるのがちょこっと見えることくらいだ。桂木、花とか買うのか。意外だ。



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あきゅろす。
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