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きみのためなら死ねる。
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半透明のタッパーに入った卵サラダとおにぎりを、俺と桂木に挟まれた机の上に広げる。
様子を見ているのがバレないように鞄を盾に盗み見してみれば、当の本人は表情の乗らない顔で、黙々と自前のコッペパン(たぶんバイトの廃棄)を齧っていた。
昨日谷様の後押しを受けて、ゆっくり誘うならやっぱり昼休みがベストだろうと思っていたのだ。べつに、朝予鈴ギリギリに登校して来た桂木に、「おうい!」なんてエア突っ込みはしていない。それを見た野村に「大丈夫?」って真顔で言われてもいない。断じて。

「あのさぁ、隣街に屋内プールできるの知ってる?」

「いや、知らない」

一瞬俺と目を合わせてから返事をした桂木は、ペットボトルに入った烏龍茶に口を付けた。今日は紙パックじゃないらしい。桂木にしてはちょっとレアだ。

「来月完成予定らしいんだけど、行かない? プール」

「ッぅ、げほぉっ!? げほっ! ごほ!」

「え! ちょ、大丈夫かよ」

盛大に噎せ始めた桂木にびっくりして、思わず俺は立ち上がってその背中を叩いた。噎せながら片手を挙げて、『大丈夫』みたいなポーズとってるけど、全然説得力ないぞお前。

「ペットボトルってたまに凄え変なとこ入る時あるよなあ」

呟きながら背中を擦すっていたら、なぜか恨みのこもった瞳で睨まれた。え、俺のせい!? と焦りつつも、目の前の桂木の顔に視線が釘付けになる。
な、なんでそんなエロい顔してんだお前おかしいだろ! なんか、噎せた余韻なのか、目元がじんわり赤くて涙で若干潤んでるし! お前イケメンなんだからもっとこう、気をつけろよ……! 俺全然そんなんじゃないのに、なんかっ、新しい扉が開きそうで怖いよ! ええ、ちょ、顔熱くなってきたよ? 俺。危ないよ助けて谷様ぁっ! 

俺の頭がおかしくなってきたところで、桂木が「もういいよ」と俺の腕をどけた。一瞬俺の心の独白に対する制止なのかと思ってめっちゃビビったのは秘密だ。

「……けほっ…、プール、なんでプールなの? べつに、遊びに行くなら他にいくらでもあるだろう? プールは、その、疲れるし」

「まあ疲れるけどさ。……ん、てか、もしかして泳げなかったり?」

泳げなくてあっぷあっぷしてる桂木が頭に浮かんで、ちょっと笑いそうになりながら席に着くと、途端に目の前の顔がムッとなった。

「泳げないことはないけど、そんなにプールに行きたいの? 遊ぶならボーリングとか、ゲームセンターとかのほうがいいんじゃないか?」

まだほんのり頬を赤らめながら頬杖をつく桂木は、一見落ち着いて見えるけど、目が思いっきり泳いでいる。眉間の皺もすごいことになってるし。
なんだってそんなにプールを拒むんだ。ボーリングだって疲れるじゃん。やっぱり、口では泳げなくはないとか言ってるけど、もしかしなくても本当に金槌なのかもしれない。

「そんな泳ぐのやだ? てか、プールっていってもウォータースライダーとか波のプールで遊ぶのがメインだろうし、がっつり泳ぐってことはないと思うけど。それに、例え桂木が溺れても俺超助けるし! あとな、プール以外に温泉もあるんだって。日々の勤労で疲れきった高校生にもピッタリ!」

親指を立ててドヤ顔で笑うと、桂木はなぜか益々困ったような顔になった。なんでそこで困るんだ。はっ、まさか。

「水着持ってなかったら、俺の貸」

「いらない。持ってる。やめて」

「……はい」

そんな食い気味に否定しなくても。水着貸すとかね、冗談だよ。……冗談にしてもキモかったね。ごめん。
自分の発言に後悔しつつオレンジ色の炭酸飲料のペットボトルの口に唇を着ける。そのまま目線を上げると目が合った。

「どうしても、プールがいいの?」

戸惑った感じで一瞬だけ上目遣いを使うのはマジでヤメて欲しい。そういう顔すんの今んとこクラスで俺だけかと思うとなんか、間違いが起こりそうだ。俺の中で。

「桂木が嫌なら無理強いはしないけど……、敢えて言うなら、プールがいいっス」

ペットボトルの中で俺の声が響いて、振動が俺の手に伝わる。そんな俺の答えに苦心したのか、眉間の皺を深くしながら、悩ましげなクラスメートは溜め息をつくように呟いた。

「……わかった。行くよ」

「……え。マ、マジで? ホントに!? あ、ドタキャンとかは無しな」

「……うん、しないから」

「っしゃああああ! 桂木、愛してるう!」

白旗でも上げたみたいに下を向いて顔が見えなくなった桂木が、五月蝿いんだけど、と文句を言う。サラサラした髪の間から覗く耳が心なしか赤い。恥ずかしいか、喜びに乱舞してガッツポーズを天に掲げるこんな俺と一緒にいることが! でもそんなの関係ないねっ!

だってまさか、本当に乗ってくれるなんて思ってもみなかったし。 
行かないの一言で交渉決裂する未来しか見えなかったのに。


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