きみのためなら死ねる。 33 予鈴のチャイムが鳴っても桂木は帰って来なかった。電話をしてみても無反応。とりあえず、ここでこうしていても二人共遅刻するので、『先教室戻ってるぞー。お前の鞄も持って行くからそのまま教室戻れよ』とだけメールしてひとまず教室に戻ることにした。 野村はといえば、あれからずっと桂木のことを気にしていて、空き教室から三歩も歩かないうちに「どうしたんだろう?」って聞いてきた。 そんなの、俺だってすごく気になってる。 桂木がデレデレしてるとか変なことを野村が言うものだから、戻ってきたらちょっとからかってやろうかと思っていたのに、なんだか肩すかしをくらった気分だ。 第一、すぐ戻ると言っていたし鞄もそのまま置きっぱなしだったし。しばらくは便所にでも行ったんだろうと思って探しにいったりはしなかったが。 こんなことになるなら、桂木が出て行く前になんでもいいから話しかければよかった。 そう思っているのは俺だけじゃないようで、隣にある歩調も心なしか急いている。 「そういえば、俺達があそこで飯食ってるってよくわかったね」 ふと疑問が湧いて、野村に聞いてみた。 「わかったもなにも、君らの移動教室目立つのよ。もしかして自覚ない?」 俺は面食らった。 「うそ」 「ホントホント。無言で頷き合ったりしちゃって、スパイでもしてるみたいだよ空気が」 「マジかよ」 全然自覚なかった。 * 2年1組の教室に戻って、すぐに桂木を見つけた。ちゃんとメールに従ってくれたみたいだ。ちょっとホッとした俺を野村がチラッと覗き見る。心配気な顔で。 「変な顔してないで早く席に戻んなさい」 「変な顔ってヒドいな!」 いいからいいから、とぷっくり膨れた野村を席に着かせる。 俺は桂木の席へソロソロと進んで、桂木に鞄を見せた。 「ほら、鞄」 「……あぁ、悪い」 桂木は顔だけこっちに向けて目線を鞄に固定する、というなんだか妙に器用な受け取り方をした。 「お前どうしたのさっき」 「……飲み物を買いに行ってた」 飲み物見当たらないんだけど。 「ナカセンなんだって?」 尋ねると、ようやく俺の目を見た。やっぱり桂木の言動が妙なのはナカセンが原因みたいだ。まあ、桂木が出て行って戻ってくる間の出来事って言ったらそれしかないしな。 そう納得しかけた時、聞き覚えのある無駄にハイテンションな声が俺の思考をスッパリ一刀両断した。 「新井ー! お前、どこいたんだよ探しただろ!?」 声と共に背中に重い衝撃が走って、俺は思いっきり桂木の机につんのめった。机の角が腹に刺さって、「い゛っぐぇ!」なんてアヒルが首を絞められたような悲鳴が出る。 そんな、ただでさえ重傷を負っている俺に更なる追い打ちをかけたのは、サッと、まるでテーブルクロス引きみたいに俺から鞄を避けたのであろう桂木の体勢だった。 俺のガラスのハートにピシッと亀裂が入る。 お前は俺より鞄が大事なのか桂木!? 言葉にしたら更に傷に塩を塗り込むことになりそうだから止めとくけど! それもこれも、現在進行形で俺の背中を抱き込む阿呆のせいだ。そしてそんな阿呆は俺の知り合いに一人しかいない。 俺は鬱憤の宿った掌を構えて瞬時に振り返り、後ろにいた奴の頭をスコーンと叩いた。 「なに、なんなのアホグチ! バカなの!?」 「バカなの! 悪いね桂木、コイツ貸して!」 結構思い切り叩いたはずなのに全く効いてない。 それどころか、ニコニコ笑いながら俺の腹へ回した腕にそのまま力を入れて、ズルズル後ろへ引きずり始めた。 「川口! おいって…! 俺はまだ桂木と話さなきゃいけないことが…」 「俺も新井に頼まなきゃいけないことが!」 桂木へと伸ばした手が虚しく宙を掻く。桂木はそんな俺達を見て、“なにしてんだか”みたいな顔になってそっぽを向いた。完全に他人のフリである。酷い。 桂木との距離がどんどん離れていく。 抵抗に抵抗を重ね息も絶え絶えになった頃、廊下側一番前の席に到着した。言わずもがな、川口の席だ。 「新井ー! 会いたかったわあ…って俺のノートが」 俺から手を離した川口が、3分クッキ○グ張りの手際の良さでスッとノートを差し出した。 「そんなこったろうと思ったよ!」 「いや、だって谷が自業自得だろとか言って宿題の答え見してくんねーんだもん」 「自業自得だろ!」 「新井、いつからお前はそんな冷たい子になったんだ! 父さんはそんな子に育てた覚えはないよ?」 「父さんってなんだよ!? なにキャラだよ!? 育てられた覚えないし自分でやれ馬鹿!」 「そんなこと言うなよー! 親友の頼みじゃんかー!」 ギャオギャオ喚いてすがりついて俺の胸にグリグリ頭を擦り付けてくる川口。あぁ、俺の眉間。明日筋肉痛になりそう。 数秒後。 乳首に攻撃を受けた俺は泣く泣くノートを貸すハメになった。俺が乳首弱いの、いつ知ったんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |