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きみのためなら死ねる。
3


 桂木の家は幸い、高校から歩いて行ける距離に位置しているらしかった。国道線沿いの電気屋の近くだってナカセンが言っていた。
国道といっても、取り立てて栄えている訳じゃない。やたらと広い駐車スペースを持つローカルチェーンのコンビニとか、工具屋とかが点々とあるくらい。大半は田んぼとか、雑草が伸び放題のよくわからない空き地だ。

 国道に出たらひたすら直線。もともとどちらかと言えばインドア派な俺の体は、10分も走っていないのに、情けなくゼーゼーと息を切らした。辺りはもう真っ暗。人っ子一人いない。尻ポケットの携帯が何度か震えている気がしたけれど、構っている余裕はなかった。思い出したかのように、ポツリポツリと建てられた電信柱に書かれた住所だけを頼りに、夜道をただ走った。




 桂木は、二年になって初めて同じクラスになった奴だった。あんまり話したことはない。本当に、ただのクラスメートだった。

 桂木は俺とも話さなかったけれど、他の誰とも話さなかった。男子とも、女子とも。誰ともつるむことも無く、いつも窓の外を見ている。そんな奴だった。大人しい奴だったけれどいじめの標的になるなんてことはないし、不良に絡まれることもなかった。その要因としては、背が高くて、おまけに鼻も高くて。目も黒めがちで顔のパーツも全て整っていた、いわゆる、“イケメン”だった事にあったのかもしれない。そんなだから、女子にもたぶん人気があると思う。

 だから、という訳ではないけれど、俺には今回の唐突の自殺未遂が信じられなかったし。ショックだった。「お前には関係ない」と言った桂木の冷たい拒絶を思い出すと、腹が立つと同時に、踏み込むことができないあいつの胸に潜む暗い影を目の当たりにしたみたいで、やるせなかった。関係ない。そう言ってしまえばそれで終わりだ。だけど、関係ないからって放っておくことなんてできない。

 俺は聖人君子でもお悩み解決のプロでもなんでもないけれど、死んでしまいたいと思っている人を見過ごせるほど冷めた人間でもない。と、思う。とにかく、クラスメートに、――桂木に死んでほしくない。ただそれだけだった。

 足も肺ももう限界だった。桂木の家に無事に着いても本人が今そこに居るとは限らないし、行っても門前払いされるかもしれない。けれどそれでも、なんの根拠も持たない嫌な予感だけが俺を突き動かして、足を止める事は出来なかった。




「ここか」

 桂木の家は何というか、…ボロい安アパートだった。周囲にも似たようなアパートが二つ三つあるのだけど、このアパートが一番小さかった。一階と二階に六つずつ部屋があって、各部屋の前に申し訳程度に明かりが取り付けられていた。
ここにたどり着くまでに少し迷ったのだが、入口手前に書かれた『コーポ高橋』という表札を見る限り、ここで間違いないみたいだ。

 カツンカツンと鉄製の階段を登る。桂木の住む204号室の、白い格子が取りつけてある窓をのぞき見ると、電気がひとつもついていないようで中が真っ暗だった。目を凝らしても、ざらざらしたガラス窓に俺の影がモザイクみたいに映るだけだ。なんだ留守かと落胆したけれど、念のために尋ねてみることにした。
乱れる呼吸に呼応するように震える人差し指でインターホンを押す。
ピンポーンという電子音。

「……」

出ない。聞こえるのはどこかで鳴いているケラの耳障りな声だけで、目の前のドアの向こうからは物音一つしない。もう一度押してみる。今度は二回。

「…………」

しばらく待ってみたけれど、やっぱり出ない。

「留守かよ……」

 空しさ、後悔、焦り――。形容しがたい様々な感情がジワリと腹の下に広がった。やりきれなくて、下唇を強くかみしめた。いつまでもこうしていても仕方ない。桂木のいそうな場所の当てはもうないから、また学校に戻ってナカセンに相談してみるしかない。ため息をついてから、無駄だと思いながらも苛立ち紛れにドアノブを回した。

「え……?」

ガチャガチャやるはずだったのに、あっさりとドアが開いた。
予想外にすんなり回ってしまったドアノブに困惑を隠せない。息を荒くしながらもごくりと喉を鳴らして30センチくらいドアを開く。



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