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きみのためなら死ねる。
20



 規則的な間隔を開けて、ピピピッと鳴り響く耳障りな電子音に、意識を無理やり急浮上させられた。夏用の薄手の布団に包まりながら、もぞもぞと右手だけを布団から出して音の出所を探ってみる。すぐに発信源である携帯にたどり着いて、力なく側面の小さなボタンを押した。

「……」

 鳴りやんだことにいささか脱力してむくりと起き上がった。あー、ねむい。なんで昨日もっと早く寝なかったんだ、なんて毎朝恒例のささやかな後悔を味わっていると、ガチャリと部屋のドアが開いた。

「あれ、起きてる。兄貴、あのさ、俺のチャリの鍵知らない?」

 良太だった。紺のジャージ姿にデカいスポーツバックを肩に下げている。良太はテニス部で、いつも朝練があるから、朝顔を合わせることはめったにない。だから、俺が起きるぐらいの時間はもうとっくに家を出ているはずなのに。
そこまで考えて俺は飛び起きた。

「悪い! 鍵借りっぱなしだった! ちょっと待って、たしかこの中に」

 言いながら布団から起き上がって、昨日使っていたペタッと薄いウエストバッグの内ポケットを漁る。お目当ての物はすぐに見つかった。

「ごめんな、昨日は本当助かった。てか、今日も朝練だよな? 怒られたら兄貴のせいですって言っていいから」

後ろ髪をポリポリしながら良太に鍵を渡す。良太はそれを受け取ると、小麦色に焼けた顔に向日葵みたいな笑みを浮かべた。

「大丈夫だって、飛ばせば間に合う。んじゃ行ってくる」

そう言ってパタンと音を立てて良太は部屋を出て行った。途端に部屋がしんとなった。

「俺アホだ…」

 両手で顔を覆って小さく呟く。ぼーっとした頭で数秒そうしてから朝の準備に取り掛かった。今日はやることがいつもより一つ多いから、いつまでもここでぐずぐずしている訳にはいかない。手始めに部屋のカーテンを勢いよく開けた。
うん。快晴ではないけれど、なかなか晴れている。今日も暑くなりそうだ。





 その後、単線に揺られ、遅刻することもなく無事に学校の教室に着いた。
いつもつるんでる奴らに軽く言葉を交わしながら自分の席に着く。なんだかそわそわした。チラリと見やる。窓際の前から二番目。けれどそこに桂木の姿はなかった。まだ来てないみたいだ。ちょっと残念。胸の中が落ち着かないまま、鞄に入った教科書やノートを机にしまう。

「新井、昨日の“サイジコ”みた!? マジ、七河ともか超可愛くなかった? 俺録画してなくってさー」

突然俺の机の前に現れたかと思うと、興奮を抑え切れないといった様子でいきなり捲し立てられた。いつもつるんでいる内の一人、川口だ。川口の言っている“サイジコ”っていうのは、今流行りのテレビドラマ、“最優先事項”のことで、“七河ともか”っていうのは、そのドラマの主演女優の名前だ。川口は流行りのものには一通りチェックを入れているようなミーハーな奴で、特に今話していた七河ともかには赤丸でチェックを入れているらしい。

「でさー…って、お前その足どうした」

 その、いつもハイテンションで陽気な川口が、包帯で巻かれた俺の両足を目敏く発見して、とたんに顔をしかめた。

「あぁ、これはちょっとなんていうか……ころんだ」
一昨日のトラウマ(母さんの誘導尋問)をいまだに払拭できず、つい苦しい言い訳をする。
「はぁ? ころんだって……器用なころび方するなあ。なに? 捻挫?」
「あー、そんなかんじ」
半笑いで弁解すると川口はあちゃーって顔になった。
「マジかよー。病院行った? 来週までには治さねえと体育祭ヤバいぞ。お前抜けたらサッカー6人になる」
「げ! ヤベ、忘れてた!」
そういえば今月の終わりに体育祭を控えていたんだった。
「あーでも、い、一応ちゃんと病院行ったし、そんなひどくねえから、体育祭にはひびかないと思う」
「そうか? まあ、あんま無理すんなよ」

 川口は困ったように笑ったかと思うと、何を思ったのか、不意に俺の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。

「おい!? いきなり何してんっ…、ちょ、やめろ。この頭作んのに何分かかってると思ってんだ!」
「んー? 3分くらい?」
なんで分かった。
「は、はぁ…!?さ、3分以上はかかってる!」
「全然キマッてないのに?」
「うるせえっ」

抵抗する俺をおもしろがっているのか、川口は調子に乗って、俺の頭をキューピーヘアーみたいな形にし始めた。それだけは勘弁してくれ。

「バカヤロ離せって」

けらけら笑っている川口にムカっときて本気で抵抗しようとしたときだった。教室に入ってきたやつと偶然目が合って、

「あ」

と声が出た。



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あきゅろす。
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