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きみのためなら死ねる。
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「寒……」

 不意に吹きこんだ冷たい風に身震いして、俺はやっと我に返った。
頭をぼーっとさせたまま、周囲を見回してみる。真っ暗だ。日はもうとっぷりと沈んでいる。野球部や吹奏楽部がたてるいつもの音も聞こえない。なにをやっているんだろう、俺は。こんなところでしゃがみこんで、馬鹿みたいだ。そんな自分に乾いた笑いを漏らしながら、のっそりと立ち上がった。随分長い間同じ体勢をしていたようで、背骨がポキポキいった。今何時だろう。そう思って、尻ポケットから携帯を取り出した。

「……げ」

 真っ暗な中、手探りで首に下げたカメラとポケットに入った財布を確認し、急いで屋上を後にした。
午後7時47分。
マズイ。もう職員用の昇降口しか開いてない時間だ。部室も閉めていないし、もしかしたら放送で呼び出しを食らっていたかもしれない。写真部員は俺しかいない訳だから、もちろん鍵も俺が持っている。

 ところどころ埃がつもってカビ臭い部室から鞄だけ取って、鍵を閉めた。カメラは置いてきた。急いで職員室へと向かう。

 職員室にはまだ人がいるようで、中の明るい光が煌々と暗い廊下を照らしていた。俺はホッと一息ついてからノックをした。中から声がして、ガラリと扉を開けると、コーヒーのほろ苦い匂いが鼻孔をくすぐった。コピー機の音もする。どうやら思ったよりも先生が残っているみたいだ。中間テスト開けだからかもしれない。キョロキョロとお目当ての先生を探していると、不意に頭に衝撃が走った。痛い。

「新井ー。何やってんだお前ー。先生帰れなかったんだぞ。先生の花の金曜日を返せこらー」
「……すみません」

 俺の頭を名簿の角で小突いたのは、お目当ての人物。ナカセン(中野先生のあだ名だ)だった。小突かれた頭を摩っている間、酒やたばこで荒れたような、独特の嗄れ声でグチグチと叱られてしまった。

 ちなみに、ナカセンは俺の担任兼、写真部顧問だ。
顧問といっても、名前を貸してくれているだけだ。貸してくれているというか、写真部を作りたくて、俺が無理に頼み込んだんだけれど。
でも、ナカセンは名目上だけの約束だったはずなのに、部室がなくて困っていた俺に使えそうな場所を確保してくれたり、たまに部室を覗きに来て差し入れなんてしてくれている。だから感謝してもしきれない。
無精髭で、いい年したおっさんで、なんだかんだで生徒思い。俺のところの担任は、そんな先生だ。生徒間でもそこそこ人気がある。

「ったくよー。部室行ってもいないしよー。どこいたんだお前」
「あ、屋上に……」

“屋上”と口にした途端、先ほどの出来事を一気に思いだした。頭の中でコマ送りみたいに浮かんでくる。

夕暮の中、一人手摺りの向こうで佇む後ろ姿。
綺麗にそろえられた靴。
眉間に深くしわを刻んで、決して目を合わせようとしない桂木。
拒絶するみたいに重い音を立てて閉まる鉄のドア。

 あいつ、今頃どうしているだろう。
自殺現場を目撃されるなんて、それこそ死ぬほど深い焦燥感に駆られているんじゃないだろうか。俺だったら、目撃者に口止めをするか、もう顔を合わせないように転校すると思う。じゃなかったらもういっそ、いっそ……、

「………っ」
「新井?どうした?」

――まさか。



 嫌な予感がした。考えすぎかもしれないけど、でも、それでもよかった。最悪の結末になって後で後悔するよりも、早とちりで終わるほうがずっとずっとましだ。

 鬼気迫る勢いで「桂木の家を教えてくれ」と頼み込んだ俺に、ナカセンは始めのうちはドギマギしながら渋っていたけれど、職員室で土下座を始める俺を見て参ったのか、ナカセンはついに折れた。

 話を聞いてみれば、桂木は一人暮らしらしい。高校生が一人暮らしなんて、マンガとか、小説の中の世界でしかないと思っていた。どうして一人で暮らしなんてしているのか気になった。でも、もし桂木が今この時も自殺を試みているんだったら、今は一刻を争う事態だ。
とにかく、はやく桂木のところへ行って無事を確認しないと、生きた心地がしない。桂木が今家にいるとは限らないけれど、とりあえず目星がついただけましだ。

 住所と大まかな場所を聞いてから、すぐに校舎を飛び出した。後になって、ナカセンに桂木の自殺未遂について相談して、車を出してもらえば良かったかもしれない、と少し後悔した。でも、気付いた時には学校から大分と離れてしまっていたから、引き返さずにそのまま走った。右肩に背負った鞄が俺の背中を叩き続けた。



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